衣替え4

田中家の習慣


Kの紅白も終盤に差し掛かり、今年も残すところ後45分になっていた。田中家の家族4人は、仲良くコタツを真中に、車座に座っていた。

「さて、年越しそばも食べた事だし。そろそろ始めるか。かあさん、準備はいいかい。」

「はい、おとうさん。ここに・・・」

そう言うと、夫の右横に座っていた妻の昌江(47)は、夫の正敏(50)の前に、一枚の紙を差し出した。そこには4本の直線が、平行に並んでいた。正敏は、その線の片方の先端に、家族4人の名前を書き込んだ。そして、書き込んだ部分を見えないように折り込むと、それを、正面に座っている長女の雪絵(23)のほうに、差し出した。

雪絵は、その名の通り、白く細長い手にボールペンを持つと、4本の平行な直線を、短い横線でつなぎ始めた。

そして、無数の線で、4本の直線をつなぎ終わると、それを、右横に座っている長男の勇司(19)に渡した。

「姉さん、線の描きすぎなんだよ。これ、やるの大変だよ。」

「いいから、勇司。早く名前を書きなさいよ。」

「へいへい。」

そう答えると、勇司は、手にもっていた八面体のさいころを振った。それには、家族全員の名前が書き込んであった。ぶつくさ言いながらも彼は、天面に来た名前を書き込んでいった。同じ名前が出たときは、もう一度振りなおして、4本の直線に名前を書き込み終えたときには、今年も後、20分になっていた。

「さて、くじを開くぞ。文句はいいこなしだぞ。」

そう言うと、正敏は、勇司から受け取った紙を伸ばした。それは、複雑に入り組んだ阿弥陀くじになっていた。

まずは、正敏は、自分の名前から始めた。そして、その先の名は、雪絵になっていた。次に、くじは、昌江に渡った。昌江が行き着いた先には、正敏の名前があった。次は、雪絵の番だ。雪絵は、勇司に当り。勇司は、昌江に当った。

「さて、これで、新年が決まった。もう時間がないから急ごうか。」

正敏の言葉に全員が立ち上がると、その場で服を脱ぎ始めた。昌江は、40後半にしては、身体の線は崩れておらず、たるみのない引き締った身体をしていた。雪絵も色白できめ細かい肌の上に、着痩せするのか、服を脱いだ後のナイスバディに、家族と入っても、正敏や、勇司の視線はついついそちらの方に向かってしまうようだった。正敏も、引き締った筋肉をしていて無駄な贅肉は少しもなかった。勇司もスリムでしなやかな身体をしていた。

下着まで脱ぎ終わると、彼らは、お互いに顔を合わせて微笑むと、お互いに背中を向けて相手の後ろ髪の中に手を入れた。そして、何かをつまむとそれをお尻のあたりまで引きおろした。背中がぱっくりと割れ、中から何かが出てきた。

「ふう、今度は、ねえさんか。ぐふっ。」

正敏の中から出てきたのは、勇司だった。

「なにが、ぐふっ、よ。昭道さんと、4月には結婚するのだからね。忘れないでよ。」

昌江の中から出てきた雪絵が、勇司に言った。

「まあまあ、だけど、昭道君は優しい人でよかったわね。勇司。」

雪絵から出てきた昌江が、少し赤らめながら言った。

「うむ、確かに。新婚だから、変な事のないようにな。」

勇司から出てきた正敏は、諭すように勇司に言った。

彼らは脱いだボディスーツを、入れ替えると着だした。

「まったく便利なものが出来たものね。」

正敏から雪絵になった勇司が呟いた。

「まったくだ。これが、5年前になかったら、わたし達家族はどうなっていた事か。」

昌江から正敏になった雪絵が言った。

「本当にそうですね。」

勇司から昌江になった正敏も答えた。

「でも、よかったでしょう。このアイデア。」

雪絵から勇司になった昌江が、ちょっと得意そうに言った。

そうなのだ。5年前、この田中家は崩壊に危機にあった。正敏は、前の会社をリストラされ、勇司は、いじめから登校拒否になり、雪絵は、2年付き合っていた彼に振られ、過食症になり、昌江は、子供達のことで、正敏に責められ、キッチンドランカーになりかけていた。そんな時、自閉症気味になりかけていた勇司が借りてきたビデオを見ていた昌江は、あることを思いついた。そのビデオで、相手のことが理解できない恋人達が入替り、お互いへのあいを深めるというストーリーだった。

その夜、昌江は家族の前で、お互いに入替るアイデアを話した。だが、それは正敏をますます怒らせ、雪絵の嘲笑を誘っただけだった。ところが、勇司が、インターネットで「ビーナス・スーツ」というアイテムを見つけてきた。それは、フリーサイズでモデルになった相手の体形を忠実にコピーでき、記憶もチップでサポートできるので、完璧に相手になることが出来た。それを使って、田中家ではお互いに入替ってみる事になった。

一ヶ月のタイムリミットで入替り、お互いに見えてなかった相手の苦労や問題点が見え始めた。そして、このことがいつしかあたりまえになり、大晦日の日に入替る習慣が出来た。一年間、家族の誰かになるのだ。そして、それが、家庭円満の秘訣になった。

「ところで、雪絵。昭道さんは大丈夫なの。」

昌江になった正敏が、雪絵になった勇司に聞いた。

「それは大丈夫だよ。ここに同居するのだし、雪絵ねえさんがうまくやるさ。」

さっきまで、雪絵だった昌江が、無責任に勇気の姿で言った。

「ところでおかあさん。由希ちゃんが来るのはいつからなの?」

雪絵になった勇司が聞いた。

由希というのは、昌江の弟の一人娘で、弟夫婦が海外出張になったので預かる事になった、今年女子高に入学が決まった女の子だった。

「たしか、3月の中ごろだな。少なくとも3年間は一緒に暮らすことになるだろうな。」

正敏になった雪絵が答えた。

「来年も、いや、もう今年か。面白くなるぞ。」

4人は仲良く声を合わせて笑い出した。今年の大晦日を思い浮かべながら、4人はさらに声高らかに笑い出した。

こうして、田中家の明るい新年は明けた。

 

 

あとがき

あなたのおうちでも如何ですか。簡単ですよ。

シリーズ化するつもりはなかったのですが、いつの間にかなってしまった感があります。

ちょっと複雑な入替りになりましたが、整理してお読みください。作者もこんがらかってしまいましたから・・・

それでは、また。