淫らな憑き物 1


「あ、な、何!? きゃああ、あ、ああ・・・・ふう、成功っと」
駅のホームで列車を待っていた女性が、あるいは商店街であったり、あるいはどこかの学校の教室で、突然悲鳴を上げたかと思うと、やがてにんまりと笑い、両手を胸や陰部へと運び、そして、人前であるにもかかわらず、そのことをまったく気にもせずに、突如として自慰行為に励むのだ。むしろ、
「はあ、は、なぁ、おじさん。あ、うん、あ、あたしのいくところを見ていて」
などと周囲の人間に積極的に行為を見せ付けるなどする。そして、
「あ、いきそうだ。あ、あああ、う、あ・・・いくーーーーー!」
と、恥もなくいってみせたりする。しかし、ここまででも十分問題であるにもかかわらず、一通り行為を終えた女性は、ふと、自分の格好や、周囲の目を見て、
「い、いやーーーーーー!!?」
・・・パニックに陥るのである。先ほどまで、あれほど自ら誘うようにしていたにもかかわらず・・・。
本当の問題はここにあった。その行為に陥った女性は、誰も、何も、覚えていないのである。どうしてそんなことをしたのか、そして、自分が何をしたかさえも。

最近、そんな噂が町内のあちこちでまことしやかにささやかれるようになった。それは、地元の新聞紙にも載っていない、否、載せられないような内容であり、唯一、事件を取り扱ったのは、卑猥な雑誌のみであり、しかし、その内容も、ストレスとか憑き物とか、性を解放できない女性、というようなことが、あいまいに書かれていたに過ぎなかった。
佐伯たちも、この噂に関わった人間の一部である。しかし、彼らの場合、そのきっかけは大変真面目なものであった。
彼らは、地元の高校で、探偵クラブなるものを立ち上げて活動していた。その設立や日ごろの活動などについては省くが、腕のよさは、校内はもとより、近所にも評判だった。
ある日、彼らのもとに、ひとつの依頼が飛び込んできたのである・・・。

「・・・で、お姉さんには会ってもいいのかな?」
探偵クラブの長である佐伯が、依頼人の下級生にやさしく聞いた。椅子に腰掛けた女子生徒は、最初涙ぐんでまともに受け答えもできなかったが、今ではずいぶん落ち着いて話ができるようになっていた。
「はい。姉も、話を聞いてもらいたいと・・・ただ、男性の方には、ちょっと・・・」
「ああ、それは大丈夫。うちの女性スタッフには、副長の片桐君を始め、優れた人材がそろっているから。それでは、日時の方を・・・」
探偵クラブと、その女子生徒は依頼を取り交わし、それから彼女は、ありがとうございます、と、ここに来たときよりもずいぶんと明るい口調で、退室していった。
「どうやら、僕たちもあの噂にそろそろ挑戦するときが来たようだね」
佐伯が、今の女子生徒から聞き出したことをまとめた資料を見返しながら、他のスタッフを見回す。この探偵クラブに所属するメンバーは、合計7名。そのうち、4名が現在、この部屋にいた。クラブ長は、佐伯啓次、この学校の3年生。そして、さきほど副長として紹介された片桐梢、3年生。女子生徒の証言をまとめていた、2年生の堀田紗枝、それから、1年生の小林岬、である。
「あのエッチなやつですね。僕、興味あるなー」
そう言ってニヤニヤするのは、まだ下積みとして探偵事務所(とみなは呼んでいた)の掃除などをしている小林である。小林少年(?)は、男子高校生にふさわしく(?)とても興奮して、この事件への積極的関与を希望していたのだった。
「女の人が困っているんです。興味本位で接してはだめだよ」
佐伯は、決して起こっている口調ではなく、やさしく小林をたしなめる。どちらかというと、探偵とはいえないような、やさしい性格の佐伯は、しかし、部下の扱いには長けており、観察能力も優れていた。佐伯は、ちょっと片桐梢の方へ目を向けたが、二人でうなづくと、紗枝の方に、お願いします、と声をかけた。
「あの子のお姉さんと会うってこと・・・ですよね?」
「うん。そうだ。今、一番状況を詳しく知っているのは、ここにいた4人だし、片桐君以外の女性は君だけだからね」
「お願いね」
依頼者は、今日の夕方にでも会いにきて欲しいということだった。梢に何らかの用事があるならば、他に動くことができる女性は、佐伯の言う通り紗枝しかいない。
「はーい、では行ってきまーす」
佐伯と片桐、両方から肯定の返事を受けて、紗枝は、元気良く返事をした。

依頼者の家までは、電車で一駅であり、どちらにしろ電車に乗る紗枝にとってみれば、ちょっと寄り道するだけでよかった。放課後になってから、事務所に顔を出さすそのまま依頼者の家に向かっていたが、まだちょっと早いかな、と、紗枝は、その途中で近くの雑貨店に寄っていた。髪の毛を縛るリボンの、新しいものが欲しかったのだ。
その店は、駅の近くにあり、通学路の途中にあたるため、何も買うものがなくとも良く立ち寄るようになっていた。おかげで店の人ともすっかり顔なじみになっている。その人は、順子といい、29歳にしては、店に来る女子中学生や高校生とも話が合うのだった。
店長は、順子の亭主だったが、どちらかというと事務担当であり、販売はもっぱら順子の仕事なのだった。そのため、店の商品はほとんど彼女が仕入れたものであり、置き場所やディスプレイについても、彼女がほとんど一人で行っていた。もともとセンスが良かったのか、順子がお勧めの商品は、個人経営の店にしては珍しく、すぐに売れ切れてしまうほどであった。
紗枝も、身に付ける小物はいつもこの店で買うことにしていたのだ。
「こんちはー!」
「あら、いらっしゃい」
店には他に客がおらず、順子がレジカウンターでポップの作成をしていた。
「今日は、リボンを探しに来たんだけどぉ」
紗枝は友達に話し掛けるように、順子に声をかける。順子が、10代の女性と妙に話が合うため、誰もが大抵そのような口調で話すようになっていた。
「えーと、お勧めが入ってるわよ、いつもの所にあるわよ」
「え、ほんと?! やったー、順子さんのお勧めが買える」
紗枝が大喜びで、リボンの棚からいくつか手に取ってみる。
「やだ。紗枝ちゃんたら、いつも大げさな・・・あ、な、何?!」
「あ、どうしたの!」
順子が突然、ぶるぶると震えだした。顔が真っ青になっている。紗枝の声にも反応しない。
「大丈夫!? ねぇ、順子さん!」
紗枝は慌てて駆け寄ると、順子の方をつかんで目の前で声をかけた。
「あ、う、うん」
何度か肩をゆすると、順子の目が焦点を取り戻し、紗枝の声にも反応した。
「順子さん、良かった。病気なの? 大丈夫?」
「あ、大丈夫大丈夫」
「でも・・・ずいぶん、ひどい顔してたけど・・・」
「ああ、もういいんだよ。あっちいって買い物の続きでもしてな」
順子は、心配する紗枝を押し返そうとする。
「え、ちょっと。何、順子さん。やっぱり変だよ。旦那さん呼ぼうか?」
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと混乱しちゃったの。もう大丈夫だから、旦那は呼ばなくてもいいわよ」
順子は、慌てて取り繕うようと、居住まいを正した。
「そう? でも、何かあったらすぐ呼んでね」
「はいはい、すぐ呼びまーす」
「?」
紗枝は、まだ順子の様子を訝しく思っていたが、再びリボンを見に行った。
(少し、疲れているのかもしれないね。昨日は忙しかったみたいだから)
昨日は日曜日であり、いつもお客でいっぱいになるのだった。だから、その疲れが残っているのかも、と紗枝は考えていた。
「・・・ぁ・・・ん・・・ぅ・・・あ!」
このリボン素敵ー、こっちもいいなー、と紗枝が夢中になっていると、レジカウンターから順子の奇妙な声が聞こえてきた。えっ、と振り返ると、ちょうどこちらを見ていた順子と目が合ってしまった。さきほどあんなに青くなっていた顔が、今度は上気したような真っ赤な色になっている。表情も、どちらかというとセクシーな感じがする。右手が胸に、左手はレジの下のほうに消えていた。どちらの手ももぞもぞと動いている様子が、ずいぶんいやらしげに見える。
「あ、な、何やってるのー!?」
紗枝はまたもや慌てて順子のもとに駆け寄った。順子は、声に出してしまっていることもまったく気にせず、自慰を続けていた。紗枝に声をかけられると、ぼぉっとした視線を向けてきた。
「ね、あ、あたしのこと好き?」
「何言ってるの?!」
「俺、じゃない、あたしはあなたのこと、あ、気に入ってる、ん、わよ。」
話しながらも、順子の手は止まらない。
「ちょ、ちょっと順子さん!」
「で、でもまた今度ね。も、もう、いきそう。あ、あ、あああーーーーっ、いってるぅ、いってるよーーーー!」
叫んだかと思うと、少しの間痙攣を続け、そしてぐったりとしてしまった。どうやら本当にいってしまったようだ。紗枝は突っ立ったまま、唖然としていた。
「あ、あれ? どうしたのかしら私。突然、寒気がしたんだけど・・・どうしたの紗枝ちゃん、顔真っ赤よ?」
順子がつい今しがた、いったばかりとは思えない口調で、紗枝に言う。自分が何をしたか、まったく覚えていないようだ。
「二人とも風邪引いちゃったかな?」
「い、今、順子さん。あ、え?」
順子の痴態を目にしてしまい、紗枝は自分で何を言っているのかわからず、
「ま、また来ます。さよなら!」
と、飛び出してしまった。
「お大事にねー」
順子が場違いな挨拶をしていた。