TSの方程式 パターン3


ビーービーービーー

プシュー
『・・・警告、警告』

「・・・んー、何だ?」
激しい警告音とともに、俺はコールドスリープから強制的に起こされた。頭ががんがんする。
「おい、起きろ」
「あと5分」
「ふざけてる場合じゃないぜ、何か異常があるらしい」
なかなか起き出そうとしない相棒を、たたき起こす。
『警告、警告。規定速度に到達、しかし燃料残量が規定値未満です』
「なにっ?!」
「どうしたんだ?」
寝ぼけてやがる。
『温度センサーに反応あり。貨物庫です』
「密航者だな」
「はあ。がんばってね」
「お前なぁ」
俺は、密航者と相棒の両方にうんざりしながら、服を着込んだ。

「ご、ごめんなさい!」
密航者は15歳くらいの少女だった。どうやら貨物に紛れ込んでいたらしい。必死に謝る姿は愛らしいが、密航者は密航者だ。しかもよりによって、この船とは・・・。管理局の連中は、何やってたんだ。ま、予算ぎりぎりで飛ばされるこの船だから、その辺の予算も削られているんだろう・・・。
「悪いが、この船の場合、助けてやることができない。燃料がちょうどしか積んでないんでな」
「そ、そんな・・・」
「お前が言うなよ」
相棒は、俺の後ろからしぶしぶ着いてきていたが、密航者が少女だと知ってから、態度をころっと変えた。少女趣味なのだ。
「到着が遅れると、何百人もの命が失われる可能性があるから、引き返すこともできない」
「あぁ・・・」
少女の顔がみるみる青ざめていく。多分、何も知らずにもぐりこんだんだろう。
「で、どうすればいいのかだが・・・」
今は、俺たちとこの船を、目的地に到着させることを考えなければならない。
「もちろん、目の前で震えている少女を最優先に助ける方法を、君が考えてくれたまえ」
「お前なー、少しは自分の頭も使えよな」
まったく、しょうがないやつだ。

『・・・算出できました。目的地に到着可能な目標質量は、マイナス60Kgです』
「ま、そんなもんだろうな」
俺は、コンピュータが計算した結果にうなずいた。
「え? だって、わたしは40Kgしかないです!」
少女が驚きの声をあげる。
「それは侮辱罪だぞ・・・いてぇ」
口より先に手が出ていた。
「馬鹿かお前は・・・」
そして、少女に向き直る。
「宇宙では、止まるときにも、動くときと同じだけ燃料が必要なんだよ。この船には余分な燃料はほとんどない。すでに止まるときの燃料も、少し使ってしまっているんだ」
「・・・そんな・・・」
少女がうなだれる。
『後、6時間以内に目標質量に到達しないと、乗務員および貨物の安全は保障できません』
コンピュータがせきたてる。
「しっかしなぁ、こんな女の子を宇宙にほっぽり出すわけにもいかないし、俺たちがいないと、どっちみち人の命が助からないし」
俺は目的地で待っている仲間に、現地のウィルスの抗体を渡す必要があった。適切な処方をしないと、効果が無い。現地の医師はすでにそのウィルスにやられてしまった。この俺も医者だから、俺がいないとだめなのだ。
「この子を放り出すくらいなら、お前が出て行け」
「あのなぁ」
こんな馬鹿でも、いないと困る。普段の言動はともかく、ある種の才能はあるわけだから。
「この子がこの船から降りてももう手遅れだから、別の方法を考えないと」
「・・・ごめんなさい、わたし、わたし・・・」
少女は、泣き出してしまった。
「女の子を泣かすなんて、お前は大悪人だ。そんな意地悪を言わなくても、解決方法はあるんだから」
「ああ、もういいから・・・って、なんて言ったよ、今?!」
「だから。60kg減らすなんて簡単だよ」
俺は相棒の言葉に耳を疑った。しかし、繰り返すが、普段の言動と技術力の落差は本物だ。今はこいつの言うことを信じるしかないな。
「じゃあ、それで頼む。・・・本当に、大丈夫なんだろうな!?」
「まぁまかせておけって。・・・例の処置を行う。準備してくれ」
相棒は、船内コンピュータに向かって指示を出した。

「・・・ダイエット・・・ですか?」
少女が怪訝そうな顔で相棒を見る。もちろん俺もだ。
「そうさ。僕は天才なんだよ。『これを飲めば、誰でもたちまちダイエットできる薬』さ」
そういって、取り出したのは、赤褐色の液体が入った試験管。それが何かというと、飲めばたちまちダイエットなんとか、という薬品らしい。
「大丈夫なのか、そんなので。俺たち二人で体重を減らしたとしても、一人30kgなんだぞ」
今75kgあるから、45kgくらいになるのか・・・、どう考えても健康面に支障が出るような気がする。
「だーいじょうぶ。すでに人体実験はしてあるから。どんな、ぽっちゃり体型な人だって、たちまちすらっと美少女に大変身さ」
いんちき商品の説明書きだって、もう少しまともなことが書いてあると思うが。
「飲めばいいのか?」
一向に減らない不信感を何とか拭い去る。背に腹は変えられない。
「そ、一気にね」
俺と相棒は、その液体を一気に飲み下した。
「・・・ストロベリー味か?」
「一応、女の子向け商品だから」
商品って、軍人だろう、俺たちは。などと突っ込みを入れる前に、俺は自分の体の異常に気が付いた。手足が、まるでジャグジースーツのようにぼこぼこと泡立ってきたかと思うと、それがあっという間も無く、体全体に広がっていったのだ。
「あははっはばばば、楽びびねぶぶぶ」
「ばんばぶろばー」
顔にまで広がったので、俺たちはぶくぶく言いあった。

「きゃー、何ですかそれー、信じられない」
「・・・が・・・ね・・・の・・・」
少女の驚く声と、誰か、相棒ではない、の声がする。
変化は終わったのだろう。強力な発泡剤入りの風呂に使っていたような感触が無くなった。
「うー、何も見えん」
俺の前には泡立った、何か、が層を作って横たわっており、周りの様子も良くわからなかった。辛うじて手を突き出すことができたが、肩が回らないので空を掴むばかり。
「もう出てきてもいいよ」
その、誰かの声が俺の手を掴んで、引っ張り出すようにして、俺を泡の中から救出してくれた。
「うわーーー、かわいいーーーー!!!」
外に出た俺は、俺の手を握っていた見知らぬ少女に抱き疲れてしまった。でも、何で裸なんだろう。俺はともかく。そして、この違和感は一体・・・。
「き、君は誰だい・・・って、声が!?」
「やだなぁ、僕だよ、僕」
「えっ?! だって、女の子・・・」
「あぁ、これね。いいでしょ。萌え萌えだねー」
俺はそういう言葉遣いの人間を一人しか知らなかった。そして目の前の少女が、そいつだという結論、頭の中で強く拒否したい。
「自分の体も見てごらんよ」
「え・・・え、え、えええええっーーーー!?」
俺は言われるままに自分の体を見下ろしてみて、自分に起こったことを知った。そして、今まで感じていた違和感の正体にも気づいた。
「女になってる・・・」
さきほどから船内がやけに大きく感じられたのも、声が随分と高くなっているように思われたのも、俺に抱きついてきた少女の背が異様に高かったのも、すべて俺が、女の子になってしまっていたからなのだ!
「こ、これは一体・・・」
「さっき言ったじゃないか。『たちまちすらっと美少女に変身』って」
少女、いや、相棒が言う。んもう、っていうその様が、やけに外見に似合っているのはなぜだろう。
「言った。確かに言ったが、それは、意味が違うだろーーー!!」
「あう」
俺のハリセンが、相棒にクリティカルヒットした。

『報告。生体の生存のため、燃料損失が規定値をオーバー。総員、コールドスリープに入ってください。繰り返します、燃料損失が・・・』
最悪のタイミングで、コンピュータから警告が出た。これ以上こうしていると、目的の星に無事に着くことができなくなってしまう。
「仕方が無い。このままでいるしかない」
「わーい。右を見ても女の子、左を見ても女の子、自分を見ても女の子。なんてすばらしいんだ!」
俺は、感動している相棒の尻を蹴飛ばして、ポッドに押し込んだ。そして、すぐさまスイッチを入れてやった。
「わーん、ひどいじゃないかぁ・・・あふ・・・」
たちまちのうちに眠りにつく相棒。
「えー、すまないが、一緒に、は、入ってくれ」
俺は少女の方をなるべく見ないようにして、指示した。ポッドはもともと二つしかない。相棒がそういう趣味の人間だから、俺とこの少女のどちらも一緒にしたくなかった。そうなると、必然的に俺と少女が一緒のポッドに入ることになるわけで・・・。
俺は服を脱ぐと、ポッドに入って横になった。ちらっと様子を窺うと、少女は真っ赤になって服を脱いでいる。
「じゅ、準備ができたら言ってくれ」
「あら。わたしの準備はできてるわよ。準備が必要なのは、あなたの方じゃない」
「え?」
突然、顔が迫ってきたと思うと、唇を奪われてしまった。
「ええっ?!」
すでに少女の手が、俺の胸とあそこに伸びていて、もぞもぞ動いている。あ、ちょっと、う・・・
「ふふふ。かっわいいー」
「あ、や、やめてくれー。・・・コンピュータ! 強制冷却ぅ! あう」
『冷却開始します』

プシューーーーー

「もう! いいところなのに」
なんて少女だ。これじゃ相棒と同じだよ。
麻酔で力が抜けてしまい、少女と俺は抱き合ったままコールドスリープに入った。
・・・俺は何か選択を間違えたのだろうか・・・