淫らな憑き物 4


伊勢家に来るときよりも、さらに大きな衝撃を受けて、紗枝は帰宅の途についた。
真理絵は自分の痴態を認識していたという。しかし、その行為者はあくまで自分ではなかったという。まるでビデオや映画を見ているかのように、リアルな映像や感触が伝わっては来るが、手足を動かしていたのは自分ではないし、話をしていたのも自分ではないというのだ。
真理絵は、意識を持ちながら自分が何者かに操られていたような恐ろしさに、咲子は、自分だけでなく妹までも襲った得体の知れない事件に、垣間見え始めた明るさなどどこかへ吹き飛ばしてしまっていた。
「絶対に、原因を突き止めて見せます」
紗枝は真理絵を宥め、咲子を元気付かせようとしたが、二人はただ悲しみにくれるだけだった。

紗枝は、再び駅にやってきて、電車を待っていた。人も街も、すっかり茜色にそまっている。
「・・・何かの病気、かしら?」
紗枝は、それでも、伊勢姉妹の身に起きた事件を、一生懸命に検討していたのである。咲子の事件については、本人の意識がなかったこともあり、いろいろな可能性(決して快くない、むしろおぞましいものばかり)が考えられた。しかし、真理絵の場合は紗枝の、まさに目の前で起きたのである。しかも本人も、意識を保っていた。もし、咲子と真理絵の事件が同一の原因によって引き起こされたものであるならば、その範囲はぐっと縮まるのだ。
その一つが、何らかの精神的な病によるものではないかということである。しかし、同じような環境で生活している姉妹が同じ精神的な病気に冒されたとしてもあまり疑問ではないが、世間で噂になるほどに多くの人たちがまったく同じ病気を同時期に発症するとなると、その理由はとても考えられなくなる。
「どこかの宗教に入信したとか・・・」
世間には、宗教行為と偽り、あるいは半ば本気で、女性に卑猥な術を施す者もあるという。少なくとも今現在聞かれる噂では、いずれの事件もこの町で起こっており、その被害者は若い女性だけということである。よって、彼女らが何らかの会合を持ったとしても、不思議はない。しかし、伊勢姉妹ですら、最後に一緒に出かけたのが1ヶ月以上も前だという。
「んー、伝染病だったらどうしよう・・・私がキャリアってことにもなるかもしれない」
信じたくは無かったが、順子についても、きっと伊勢姉妹や世間の噂と同じであるのに、やはり違いないのだ。だとしたら、順子の店で、発病(?)した彼女から菌を移され、それが真理絵に感染したのかもしれない。あるいは、咲子から真理絵へと。
「潜伏期間が多少はあるだろうから、もし感染によるものなら、お姉さんから真理絵さん、って考えるのが妥当よね」
どちらにしろ、そうなると自分も保菌者である可能性がある。真理絵のように、突然淫らになってしまうのだろうか。紗枝は、自分の痴態を思い描いて恐怖したが、その考えを振り払うかのように、頭を二三度振る。
また別の考えに至る前に、電車がホームに入ってきた。紗枝は、自宅に帰るまでにも、いくつもの仮説を立ててみたが、どれも決定的なものは浮かんでこなかった。それほど、状況が不可思議なのである。

次の日、紗枝は、昨日の二つの事件についてまとめた調査書を、佐伯に提出した。昼休みの探偵クラブには、佐伯と片桐しかいなかった。メンバーの半分くらいは昼にここ来ることは滅多に無いし、その他のものは専ら学食である。報告は、伊勢姉妹のことだけでも良かったのだが、順子のことを放っておくわけにもいかない。
「これは奇妙なことになったね・・・」
紗枝の調査書を読みながら、佐伯は難しい顔をした。
「別の情報によると、病院で数ヶ月間入院しているある女性が、同様の事件に遭遇したらしい。紗枝君の報告とあわせて考えてみると、今回の一連の事件は、この『病原菌説』によるものが、何だか有力な候補になりそうだね」
佐伯が机から取り出したもう一束の書類と見比べて言う。
「それは嫌ね。何とかしないと」
片桐もそれらの調査書に目を通す。
彼女は、どちらかというと知的な才女といった感じで、まるでどこかの社長の秘書のようであった。小林などは、お局様の間違いでは、などと笑って言ったが、年上とはいえ、18歳の少女に向かって言うべき言葉ではない。
しかし、紗枝は片桐のもう一つの面も知っていた。佐伯と片桐は傍目にも美男美女の組み合わせなのだが、実は、というまでもなく、二人は公私共のカップルであった。普段は雰囲気が冷たい感じもする片桐から連想もできないことに、彼女は佐伯のためにお弁当を毎日作ってきたりしている。しかも、そのおかずには、たこさんウインナやうさぎリンゴが入るのである。紗枝が初めてそのお弁当を見つけたとき、片桐は初々しく頬を赤くしたものであった。意外と少女っぽい一面も持っているのだ。

ともあれ、この事件に関してはこれからも重点的に捜査を継続するということで、放課後にまた、話し合いをもつことになった。
紗枝は、教室に戻った。次の授業までまだ数分ほどの時間がある。
「あ、忘れ物」
しかし、用意をし始めて、先程クラブへ行った時に、授業のノートまで置いてきてしまったことに気付いた。
慌てて取りに戻るが、クラブに着く頃には予鈴が鳴り始めていた。
「急がなくちゃ」
息も荒く、ドアの錠に手を掛ける。
「あれ、開いてる。まだ誰かいるんだ」
ドアには番号をそろえると開くタイプの錠が付けられているのだが、昼休みが終わる時間にもかかわらず、まだそれは閉じられていなかった。
紗枝はとにかく中に入った。部屋は簡単な仕切りによって、二つに分けられており、それぞれが六畳間ほどの広さになっていた。ドアを開けたすぐの部屋には椅子や机などが置かれており、メンバーの雑談や応接のために使用されていた。奥の部屋は、資料などが積まれた本棚と、なぜか仮眠用ベッドが置かれていた。小林などは、佐伯と片桐との関係を茶化して、彼女によく引っ叩かれていたが、実のところ誰が、いつ、何の目的そこに置いたのかはわかっていない。ただし、その目的については誰もが用意に類推できた。もちろん小林の期待するようなことではなく、単に授業をサボって昼寝をするために用意されたものなのだろうと。

「・・・誰・・・か、いる、の?」
目的の忘れ物を手に、紗枝が部屋を出ようとしたとき、奥の部屋からうめくような声が呼びかけてきた。
「っ!」
紗枝は一瞬どきりとしたが、喘ぐようなその声が、どこか病人を思い起こさせるようだったので、思い切って奥の部屋を覗き込んだ。
「あ、・・・片桐さ・・・ん。ご、ごめんなさい!」
そこにいたのは片桐だった。奥のベッドで横になっていた。しかし、それは具合が悪いからではなかった。着衣は乱れ、上気して赤く染まった肌を見れば、誰の目にも明らかだろう。紗枝は、片桐が、しかも学校で、そのような行為を行っていることにひどく混乱し、慌てて出て行こうとした。
「ま、待って・・・助けて・・・」
片桐のか細い悲鳴のような声に、紗枝の足がぴたりと止まる。
「片桐さん!」
なぜだかわからないまま、紗枝は今自分が調べている事件に、昨日から自分の行く先々で起きた事件にかかわりがあると、体で感じ取っていた。
「体が勝手に・・・あぁ、こんなことしたくないのに。言うことを気かな、うぅ」
果たして、片桐の身に起きていたことは、今までの事例と同じく、本人の真意でない行動を取る現象であった。
「しっかりしてください」
「あっ、あああん」
紗枝が片桐の腕を掴み、動きを止めようとする。しかし、そのことが却って彼女に刺激を与えてしまう。それでも、紗枝は必死になって片桐の動きを押さえ込む。抱きつくようにして一緒にベッドに倒れこむと、片桐の体が一瞬ビクッと震え、全身から力が抜けていった。
「しっかりしてください」
紗枝がもう一度片桐に声を掛ける。恐怖と恥辱で歪んでいた彼女の顔が、段々と落ち着いてくる。
「大丈夫ですか・・・あ、ごめんなさい」
紗枝はほっとしたが、自分が上になってベッドに押さえ付けていることに気付くと、慌てて起き上がろうとした。
「えっ?・・・むふっ」
しかし、片桐は急に紗枝を引き寄せると、そのまま唇を押し付けてきた。突然のため、素直に口付けをされてしまった紗枝だが、すぐさまそれを引き離した。
「ちょ、ちょっと何するんですか!?」
体も離そうとするのだが、背中に回された片桐の手は、左手一本だけであるにもかかわらず、紗枝がそれ以上遠ざかるのを許そうとしない。
「ははは。また会えたね。今度は一緒に気持ちよくなろうよ」
「え?・・・あっ!」
片桐の豹変に戸惑う紗枝。その一瞬の隙を突いて、片桐が体を入れ替え、紗枝の上になる。
「や、やめてくださ・・・あん」
そして、息をつくまもなく、紗枝の体に手を這わす。胸を、腹を、首を、足をと、片桐は縦横無尽に刺激を与え続ける。紗枝は精一杯の抵抗をするが、力の差は歴然としていたし、次々と急所に与えられる快感に、どうしても力が入らなかった。
「はっ、はっ、あああん、や、うん」
紗枝は次第に、息を荒くしていく。片桐は無言のまま、にやりと笑う。
「あああっ!?」
しばらくの間、手だけで愛撫が続けられていたが、ついに胸の突端に舌が這わされた。すでに紗枝の衣服はほとんど脱がされており、一方の片桐もほとんど全裸になっていた。まるで淫らな憑き物が片桐を支配しているかのように、その行為は凄まじいものであった。
「あああ、いやあああああっ・・・はっ、あん」
まだ秘部には手もつけられていないというのに、紗枝は、すでに3回ほど軽く達していた。
「ふふふ。次は一緒に、ね」
片桐がそう言って、身に付けていた最後の一枚を脱ぐために手を止めても、紗枝は意識が朦朧としたまま、呼吸を整えることすらままならなかった。ましてや、逃げ出すとか、大声で助けを呼ぶとかは、考えることすらできない。最も、すでに授業は始まっており、校舎から多少とはいえ離れたこの場所で、助けを求めたところで、偶然誰かが近くにいる可能性などなきに等しい。それは、先程まであれほどの嬌声を上げていたにもかかわらず、ここに立ち入る者の無いことでも明らかである。
「一足早く、あなたを手に入れられそうだ」
紗枝は、まな板の上の鯉のごとく、ただ最後の時を待つだけであった。全裸の片桐によって、紗枝も最後の一枚の衣服が剥ぎ取られ、ついに二人とも生まれたままの姿になった。
「・・・」
どうせなら早く終わってしまえばいいと、紗枝は目を閉じて、体が感じることさえも意識から追い出そうとした。体だけ勝手にイッてしまえばいいんだとばかりに。
「・・・?」
しかし、覚悟を決めたものの、いつになってもそれ以上何も起こらない。
「・・・ん、こ、こんな・・・あ、気持ちいい・・・あああん」
そればかりか、片桐の喘ぎ声が聞こえてくるばかりで、ちっとも自分には刺激が襲ってくることはないのだ。
おそるおそる紗枝が目を開けると、片桐が自分自身を愛撫し、それに彼女自身が身悶えていた。
「こ、これが、ああん、女の快感か・・・今までと全然、う、違う、うぅ」
紗枝はポカンとして、その光景を見つめるばかりだった。何がどうなっているのか、彼女には全く理解できない。
「あぁ、こ、こんなに意志が強、い、あっ、とは、あああんっ」
ついには、紗枝に覆い被さるように倒れこんできた。肌が上気し、風邪を引いているかのように、熱い。
「ま、い、いいさ・・・もう、もうすぐ、だから、あぁ」
紗枝に抱かれながら、片桐が熱い瞳でその顔を見つめる。しかし、それもすぐに快感に歪むと、後はただ喘ぎ声を上げるだけだった。
「くぅーーーーー、いっくぅううーーーああああぅん・・・・」
そしてそれからしばらくもしないうちに、とうとう片桐は達していた。長く尾を引くような悲鳴を上げ、弓なりに体を反らし上げる。そして、がっくりと力が抜けたかと思うと、完全に紗枝に体を預けてしまった。