霊の探偵 第1話
探偵にはいろいろいるけれど、どんな事件もぴたりと解決、それでいて世間に名の知られていない探偵。そんな探偵はこの世に1.5人いる。
そのうちの1人は、ひらめきさせたらこの世で一番といわれる、平雌木なもすけ。警視庁の陰に立ち、軽犯罪から殺人まで、尋常あらざる事件を、そのひらめきによって、たちまちのうちに解決する。(なもすけの活躍については、S氏が篤と語っておるのでご覧あれい。)
そして、0.5人の方は・・・ん、その0.5人とはどういうことか?
それは簡単な話。実はその探偵、すでに死んでいるのだ。しかし、何の因果か、成仏できずにあの世とこの世の中間点で右往左往している。このため、この世の部分は0.5人というわけ。
都内の一等地に、地縛霊探偵として事務所を構えている。だからこの作品のタイトルは、「霊能」ではなくて「霊の」探偵なのだよ。ワトスン君。
というわけでもって、霊の探偵こと伊之手練太(いのて・れんた)の活躍をここで語ろうと思う。
伊之手の探偵事務所は、その駅から歩いて42日ほど離れた場所にあった。なお、最寄の駅からは15分ほどである。
彼は生前から探偵であった。しかし、今現在の活躍に比べることもできないほど、落ちぶれていた。依頼といえば、くだらないことばかり。事務所の家賃ばかり高くて、多少の収入もみな消えてしまう。毎日パンの耳をかじっていたような生活であった。
今は違う。この世のものとも思えない、奇妙な事件に遭遇する人々はたくさんいる。そのため、自然と収入アップなのである。ただし、彼は若い美人の女性からは現金での報酬を受け取っていなかった。それはなぜか。それは、もうすぐ明らかになるだろう。
ほら、今、彼の事務所に、一人の女性がやってきたようだから。
こんこん
「はい、どうぞ。開いてますよ」
伊之手がドア越しに声を掛けると、がちゃっとドアが開けられた。
「こちらは『伊之手探偵事務所』でしょうか」
入ってきたのは、二十歳前後の女性だった。身振り態度から、OLではなく、学生のように思われた。
「はい、そうです。何かお困りのことですか?」
伊之手はそう言って、女性に、自分の反対側のソファに座るように勧める。
「私、相田淳子といいます。なもすけさんに、あなたを薦められて・・・」
淳子が失礼しますと言って、ソファに座る。
「はい、聞いてますよ。先ほど彼から電話がありました。今回の事件は、私の方が適しているようですね。まずは、事件についてお聞かせ願いますか」
「わかりました。私の姉ですが、先月くらいから・・・」
淳子が事件のあらましを話し始める。
「なるほど。それはストーカーですね。・・・あ、お茶をどうぞ」
彼女は気づいていなかったが、いつの間にか目の前のテーブルには、お茶とお茶菓子が並んでいた。なお、伊之手は淳子が来る以前から、一度も席を離れていない。では、お茶とお菓子は、どこからやってきたのだろうか。
「やはりストーカーなのでしょうか。でも、私も姉も、誰もその姿を見て無くって。帰り道で付けられているときなんか、足音や息遣いまではっきりとわかるのに、振り返ってみても誰もいないんです。それに、ときどきかかってくる奇妙な電話も・・・私たち、ノイローゼになってしまいそうです」
淳子はそのときの様子を思い出したのだろう。顔が青ざめてきている。
「そうですね。確かに普通のストーカーではないでしょう。だからこそ、私がこの依頼にはぴったりなのです。それはおそらく、霊の仕業でしょう」
伊之手の言葉に、淳子は彼をじっと見詰める。一気に信用を失ったかの彼女の表情に、しかし伊之手は一向に気にする様子もない。
「私の足を見て御覧なさい」
「えっ? ・・・きゃーーーーーー!!!?」
淳子が言われるままに、伊之手の足元を見るが・・・そこには足が無かった・・・。伊之手の下半身は、腰から下が空気に溶け込むように消えてなくなっていたのだ。
「あ、あ、あなたは一体・・・」
「私は、まあ、見てのとおり、霊です。一度死んでしまったんですが、地縛霊としてこの世を彷徨っているんですよ。ま、地縛霊ですから、自由には彷徨えないんですが・・・って聞いてますか?」
淳子は、まぁ、ここへ来る誰しもが最初にそうなるように、霊を目の当たりにしたショックで失神していたのだった。
「・・・あの・・・」
「はい?」
しばらくして意識を取り戻した淳子が、怖々と声を掛ける。伊之手はいつものことなので、あまり怖がらせないように明るく振舞う。
「・・・いえ、その・・・」
「大丈夫です。あなたに危害を加えたりはしませんよ」
「・・・わかりました。あなたを信用します。事件を解決してくださるなら・・・」
淳子は、また一段と青ざめた顔になっていたが、何とか気力を振り絞っていた。とはいえ、もし逃げ出そうと思っても、腰が抜けて立つことができなかったのだが。
「それで、その幽霊ストーカーですが、足音は、どこまで着いて来るのでしょうか。家の近くまで来ていますか?」
ようやく落ち着いた依頼者に、伊之手が質問をする。今回の事件は、早めに手を打てば、簡単に解決するだろう。
「それが・・・先週までは家から少し離れた交差点までだったんですが。ここ数日で、どんどん近づいてきて、昨日は、玄関口までなんです。だから、私たち、もう怖くて・・・」
その話に、伊之手の顔色が変わる。
「それはいけない。今日にも、その霊が家に侵入する恐れがあります。夜までに対策をとらないと。お宅に伺ってよろしいですか?」
急に険しくなった伊之手に、淳子は少しびっくりしながらも、頷く。
「依頼、受けてくださるんですか」
「はい。困っている人を放っておくわけにはいきませんから」
しかし、喜んだのも束の間、淳子が申し訳なさそうに言う。
「あの・・・報酬が、おいくらかかるんでしょうか。私たち、両親も亡くなり、女所帯なので・・・」
「あぁ、そのことなら大丈夫ですよ。女性からは現金はいただいていないんです」
伊之手の言葉に、えっ、と顔を向ける淳子。
「私、霊なのでお金は最小限で済みます。その代わりですが、地縛霊なのでこの事務所から出られないんです。そこで、依頼人の方に憑かせていただくことをお願いしています。そうすると、外に出られるので。今回の場合は、現場、あなた方の自宅ですが、そこに行かなくてはならないので、どちらにしろあなたに憑かせていただくことになるのですが・・・それでよろしければ、依頼をお受けします」
伊之手の言葉に、淳子はあらためて、お願いしますと頭を下げた。
「さて、では行きましょうか」
淳子がアタッシュケースを手に、伊之手探偵事務所を出て行く。伊之手の姿は見えない。
彼はすでに淳子に憑いていた。
「ご自宅の場所を教えてください」
(バスで・・・2つ目・・・降りて・・・右に・・・)
彼が独り言のように呟くと、頭の中で淳子の意識が、断片的な答えをよこす。憑かれている間は、眠っているかのようになるのだ。
「あぁ、そこまででいいです。後は、バスを降りてからにしましょう」
伊之手は、淳子の体を操り、バスに乗り込んだ。
「ここですね」
相田家は、大通りから少し離れた住宅街にあった。淳子らの父が、20年前に淳子が生まれたときに建てた家だという。今は、姉妹二人だけで住んでいるのだそうだ。
バス停からここまでおよそ500mある。淳子の姉、利恵をストーキングする霊は、始めバス停付近から、徐々に家まで近づいているのだという。
「・・・今来たときは、近くに見かけませんでしたね。お姉さんが帰ってくるときだけ、現れるのでしょう。さて、とりあえず中に入って準備しましょう」
(鍵・・・ポケット・・・)
「はい。・・・あれ、開いてます。お姉さん、ご在宅ですか?」
(姉・・・会社・・・おかしい・・・探して!・・・)
開いていないはずの鍵に、淳子の意識が激しく警告を送ってくる。伊之手は、用心深く、玄関を開けた。
「ん! まずいですね。すでに、侵入されてしまっています!」
一見すると、何も異常はないように見える。しかし、靴は乱れ、マットはずれていて、近くの床や壁には爪の跡があり、髪の毛が数本落ちている。伊之手はそれらをすばやく見出すと、靴を脱ぐのももどかしく、家に上がった。
「どうやら、ここで襲われた様子だね。大変だ、すぐにお姉さんを助けないと」
(・・・2階・・・奥の部屋)
淳子の声に階段を駆け登る。利恵の部屋に入ると、彼女は床に倒れて、もがいていた。辺りの物が床に落ちて、散々な状況になっている。
「ダ・・・レ・・・ダ・・・」
部屋に入ってきた淳子を見て、利恵はよろよろと起き上がると、身構えた。明らかに利恵本人ではない声で言葉をかけてくる。
「まずいな。すでに憑きかかっている」
(助けて・・・お願い・・・)
「大丈夫。まかせておきなさい。その代わり、すこし眠っていてください。見ていない方が良いでしょうから」
(・・・)
伊之手の言葉に、淳子の意識が沈黙した。
「コ・・・ロ・・・ス・・・」
利恵は、瞳をぎらぎらさせながら、今にも飛び掛ってきそうだ。
「まあ、まてよ。お前さん、死んでからどれくらいだ?」
伊之手は、淳子が眠った途端に口調ががらりと変わる。
「ナンダ・・・オマエ・・・?」
明らかに自分の存在を理解するその言葉に、利恵に憑いた霊が戸惑いを見せる。
「ああ、お前さんと同じく、俺もこの娘に憑いている。折角死んでも、この世を彷徨ってるんだ。このまま成仏するなんて勿体無いだろう?で、いつ死んだんだ?」
「先月・・・シンダ・・・」
伊之手の存在を嗅ぎ取ったのだろう。利恵は急におとなしくなった。
「なんだよ。まだ四十九日も迎えてないのか。で、何だって、その娘を狙ったんだ?」
「マンションから落ちた・・・バス停・・・彼女が通りかかって・・・」
「ああそういえば。あそこにでっかいマンションがあったな。ま、そんなことだろうと思ったけどな。この機会に、いろいろ教えてやるよ」
実は、伊之手はあまり信用できない霊なのかもしれない。
「お前が憑いた利恵ちゃん、美人だなぁ。俺の方もなかなかなもんだろう。こうなったら、楽しまなきゃ損じゃないか?」
「た、楽しむ?」
もう完全に憑いたのだろう。利恵はすっかり普通にしゃべるようになっていた。
「そうさ。こんなことしたりな・・・あ、あん!」
突然、伊之手は自分の胸をもみ始める。
「な・・・?!」
「こんな経験、死んで霊になってるからこそできることだろ。すごいぞー、ほら」
伊之手は、上着を脱ぐ。抜群のプロポーションが、二人の前にさらされる。さらに、伊之手は下着まで脱いだ。
「う、うわー」
かえって戸惑うばかりのストーカーは、淳子の裸から視線をそらしてしまう。
「お前にも、女の楽しみって奴を教えてやるよ」
「そんなこと・・・俺は男だし・・・あん」
「何言ってやがる。これが男か、あーん?こんな立派なもんを胸につけやがって。ほら、鏡見てみろよ」
「あああ・・・こ、こんなことって・・・あ・・・気持ちいい」
「ははは。そうだろう」
伊之手は調子に乗って利恵の胸をもむ。上着がまくられ、いつの間にかブラジャーも脱がされていた。
「あ、胸って気持ちいいんだ。・・・あっ、そ、そこ、いい!」
伊之手の手が、胸の先端を摘むと、そのたびに、利恵の体がはねる。
「あああ・・・はあはあ」
数分もしないうちに、利恵は荒い息をつき始めた。
「もう濡れたんじゃないか」
「え? ぬ、濡れるって・・・もしかして」
利恵が、驚いた声を出す。
「女だからな。あっちがそうなるんだよ、さーて、どうなっているかな」
「や、やめろ・・・」
今でも信じられない快楽に侵されている利恵は、さらなる未知の快楽に恐怖した。
「な、何だこの感覚・・・あ、あああーー!」
しかし、伊之手の手がそこに達することを防ぐことはできない。体中の筋肉は、快楽を受けるたびに収縮を繰り返すものの、それは硬直するだけであり、自由に動かすことはできなかったのだ。
「男と違う感触を堪能しておけよ」
そう言うと、伊之手は手のひら全体を使ってなでる。
「ああああーーー。な、ない、ない。ないーーー」
男だったときとはまったく違う感覚。ただ表面をなでられているだけなのに、異質な感覚はすべて快感に繋がってしまう。
「はあはあ・・・いい・・・気持ちいい・・・無いのが気持ちいい」
「いや。あるぞ。ちゃんと」
伊之手の指が一本、くいっと曲げられ、すじの中をなぞる。
「ぇっ・・・はうううーーー・・・あ、あう、はあ、ああ」
最も敏感な部分をなでられ、利恵の体が震える。声も、もはや喘ぎ声だけになった。
「いいだろう。ここが、クリト・・・」
その名称を、伊之手が言おうとしたときだった。
「いいーーーー、いく、いく、逝くぅーーーーーーーっ」
利恵の体が、大きく跳ね上がった。初めての女の快感に耐え切れなかったのだろう。数回そこをなでられただけで、霊のストーカーは、あっけなく逝ってしまった。
「おいおい・・・まだ、これからだぜ!?」
あっけにとられる伊之手だったが、はあはあと息をつく利恵の体から出てくる白い靄を見て、ふぅとため息をついた。
「まあ、依頼完了ですから、よしとしましょうか」
その口調も、元に戻っていた。
ストーカーの霊を逝かせて、それから姉妹を脅かす存在はなくなった。
二人とも大変感謝した。
もちろん、その解決方法については、二人には内緒である。
淳子などは、時々なら自分に憑いて、自由に外出しても良いと言い出すのだ。実は、依頼人は多く、しょっちゅう外に出られることを知ったら、あるいは、成仏の方法を知ったら、何と言うだろうか。
「ま、知らぬが仏ってやつさ・・・あん・・・」
折角だから、憑かせてもらうことにした伊之手は、早速、淳子の体で報酬を受け取っていた。
「あのときは、途中だったもんな、あああ・・・うぁ・・・」
他の霊と違って、伊之手は女を堪能しても成仏しなかった。それは、よほどの強い念が残っているからである。けれども、その残念については、親友のなもすけも知らないのだった。伊之手の死に、一体どれほどの秘密が隠されているのだろうか。
「あ、いきそ。淳子ぉ・・・いく、逝くーーーっ・・・」
しかし、毎度繰り広げられる痴態からは、シリアスなムードなど全く見られないのであった。