TSの方程式 パターン1


ビーービーービーー

プシュー
『・・・警告、警告』

「・・・んー、何だ?」
激しい警告音とともに、俺はコールドスリープから強制的に起こされた。頭ががんがんする。
『警告、警告』
「どうしたんだ?」
『規定速度に到達、しかし燃料残量が規定値未満です』
「なにっ?!」
『温度センサーに反応あり。貨物庫です』
密航者か・・・、俺はうんざりしながら、服を着込んだ。

「ご、ごめんなさい!」
密航者は15歳くらいの少女だった。どうやら貨物に紛れ込んでいたらしい。必死に謝る姿は愛らしいが、密航者は密航者だ。しかもよりによって、この船とは・・・。管理局の連中は、何やってたんだ。ま、予算ぎりぎりで飛ばされるこの船だから、その辺の予算も削られているんだろう・・・。
「悪いが、この船の場合、助けてやることができないんだ。燃料がちょうどしか積んでない」
「そ、そんな・・・」
「おまけに引き返すこともできない。こいつの到着が遅れると、何百人もの命が失われる可能性がある」
「あぁ・・・」
少女の顔がみるみる青ざめていく。本当はこんな脅しをしたくないんだが、しょうがない。
「で、どうすればいいのかだが・・・」
今は、俺とこの船を目的地に到着させることを考えなければならない。もちろん、目の前で震えている少女も助けてやりたいが。

『・・・算出できました。目的地に到着可能な目標質量は、マイナス60Kgです』
「ま、そんなもんだろうな」
俺は、コンピュータが計算した結果にうなずいた。
「え? だって、わたしは40Kgしかないです!」
少女が驚きの声をあげる。
「宇宙では、止まるときにも、動くときと同じだけ燃料が必要なんだ。この船には余分な燃料はほとんどない。すでに止まるときの燃料も、少し使ってしまっているんだ」
「・・・そんな・・・」
少女がうなだれる。
『後、6時間以内に目標質量に到達しないと、乗務員および貨物の安全は保障できません』
コンピュータがせきたてる。
「しっかしなぁ、こんな女の子を宇宙にほっぽり出すわけにもいかないし、俺がいないと、どっちみち人の命が助からないし」
俺は目的地で待っている仲間に、現地のウィルスの抗体を渡す必要があった。適切な処方をしないと、効果が無い。現地の医師はすでにそのウィルスにやられてしまった。この俺も医者だから、俺がいないとだめなのだ。
「もっとも、君がこの船から降りても、もう手遅れなんだが・・・」
「・・・ごめんなさい、わたし、わたし・・・」
少女は、泣き出してしまった。うーん、男ならたとえ少女でも、女を泣かしちゃいけないよな。よし、覚悟を決めるか。
「ま、何とかなる。方法はあるんだ」
「えっ?」
「おい。例の処置を行う。準備してくれ」
俺は、船内コンピュータに向かって指示を出した。最近実用化されたあれを使うしかない。しかし、あれはちょっと、というか、まったくもって嫌なものなんだよな・・・

「えぇ? 幽霊になるんですか?!」
「そうさ。まだ軍部とその他一部でしか、実用化されてないけどね」
そう、あれというのは、肉体から魂を切り離す技術のことだ。人間の本質が、魂にあることが発見されたのは、つい最近のこと。しかし、まさか幽霊になる羽目とはねぇ。
「魂だけになれば、肉体が不要になる。そうすれば目標達成というわけさ」
「でも、それじゃ・・・」
この方法の唯一(というか一番の)欠点が、肉体は死んでしまうということ。ま、どちらにしろ、俺の肉体分の質量は宇宙に投棄だ。方法そのもので死ななくても、体は助からないってわけさ。ならば、始めから体が死んでしまうほうが、まだ気が楽ってもの。
「わたしのせいで、ごめんなさい」
「なーに、今はクローン技術がある。魂さえ残っていれば、元に戻ることもできるのさ」
それを聞いて、少女も少しは安心したようだ。
「だけど、もし君が、それでも責任を感じるならば、俺の肉体における最後の楽しみを、これから味あわせてくれないかな?」
俺は、少女の肩に手をかけると、耳元でささやいた。 一度は死ぬんだ。これくらいは役得がないとな。
「・・・はい。わたしにできることは何でもします」
俺たちは、そのままブリッジの床に倒れこんだ。

「さて、始めようか」
俺は、シートに座ると、体を固定した。すでに髪の毛を数本、容器に入れてアンプルケースに入れておいた。何日後かわからないが、自分の体に戻るために。
「向こうに行ってればいいのに」
少女が首を横に振る。
「わたしの責任ですから、ちゃんと見てます」
俺だって見たくないのに。よっぽど責任を感じているのか、それとも・・・。
『始めます。覚悟はいいですか?』
「おいおい。覚悟ってのは、ないだろ・・・」

バチバチバチバチバチバチバチ

「ぐぉぉぉっ!!」
言い終わらないうちに、凄まじい電撃が俺を襲った。
「ひっ!」
俺は、少女が息を呑む声を聞きながら、意識を失っていった。
・・・もっと痛くない方法が良かった・・・

「・・・さん、見えますか?」
ウォーターベッドに横たわっているような、あるいは、自由落下しているような、不思議な感じだった。声のするほうに、ぼんやりと、目を向けると、誰かが俺のことを呼んでいるのが見えた。
『軌道の再計算、終了。必要燃料を確認。航海の成功率99.9999%です』
コンピュータの音声が、ブリッジに響く。
「・・・あぁ、そうだ。思い出した」
段々と意識がはっきりしてきた。にこっ、と微笑んでやると、それまで泣き顔だった少女も、笑ってくれた。
「良かった。生きてた・・・」
「おいおい、死んでるんだよ」
「あ、そうでした。でも、嬉しいです」
そう言って、少女は俺に抱きついてきた。幽霊だから触れないよ、と言おうとしたが、それは無理だった。

バチバチバチバチバチバチバチ

「うわああぁぁぁっ!」
「きゃああああ!」
少女が俺に触れた途端、突然、あの衝撃が二人を襲ったのだ。
俺の意識は、またもや、すっと失われていった。

「・・・う、いててて・・・一体どうなってるんだ?」
しばらく上下左右がひっくり返ったような感覚の後、俺は目を覚ました。先ほどと同様、視界がぼんやりしていて良く見えない。しかし、明らかに先ほどと違うのは、体がやけに重たく感じられることだ。幽霊に、体重はないはずだ。
(元の体に戻ってしまった?)
いや、それは無いだろう。すでに俺の体は宇宙空間をさまよっているはずだ。
『ブリッジにて、異常電圧を確認。航海に支障なし。・・・検査終了。憑依現象を確認しました』
コンピュータから今の状況について、ブリッジに報告される。
「そういえば、あの子はどこへ行ったんだ?」
俺は辺りを見回すが、少女の姿はどこにも無かった。
「ん? 何でそんな所に・・・」
俺がもう一度、ブリッジを見回すと少女の姿が、一瞬チラッと見えた。しかし、それは正面コンソール付近であり、人が居られるような空間は無い。
「ゆゆゆゆ、幽霊か?!」
俺はぶるぶる震えてしまった。昔っから、お化けとか幽霊とかは大の苦手なんだよなぁ。と、俺は自分も幽霊になっていることを思い出した。科学的な現象なら大丈夫だ。
「おーい、大丈夫か?」
俺は気を取り直すと、ゆっくりとコンソールへ近づいていった。もしかしたら、先ほどの電撃で、少女も幽霊になってしまったのかもしれない。と、そう思い立ったのだ。
「あれ?」
コンソールを覗き込むと、確かに少女の姿を映していた。しかし、俺が手を伸ばすと、少女も手を伸ばす。俺が右を向けば、少女も右を。犬が西向きゃ尾は東。
「何だって!!?」
一体どうなってるんだ。これじゃ、俺が少女じゃないか。
「そういえば・・・」
俺は、さきほどコンピュータが報告した内容が気になった。
「報告を時系列にしたがって逆再生」
『了解。報告1612』
『ブリッジにて、異常電圧を確認。航海に支障なし。・・・検査終了。憑依現象を確認しました』
『報告1557』
『軌道の再計算、終了。必要燃料を・・・』
「あ、報告ストップ」
『了解』
コンピュータの報告を止めさせる。俺は、嫌な単語に気づいていた。
「憑依だって?」
俺は、もう一度、自分の体を見回した。まだ膨らみきっていない胸や、ほそっこい腕と足、肩まで伸びたストレートヘア。触って確かめてみても、どれも確かにあの少女のものだった。うーん、俺が彼女の体を乗っ取っちまったんだろうか。
『報告。生体の生存のため、燃料損失が規定値をオーバー。総員、コールドスリープに入ってください。繰り返します、燃料損失が・・・』
最悪のタイミングで、コンピュータから警告が出た。今の状態をいろいろ調べなければならないのに、これ以上こうしていると、目的の星に無事に着くことができなくなってしまう。
「仕方が無い。このままでいるしかない」
俺は、服を脱ぐと、ポッドに入って横になった。自分の体だというのに、少女の体なのだ。うーん、さっきの記憶が思い出されてしまう。ちょっとだけいたずらしてからでも遅くない・・・、俺は自分の体をなでようと、手を伸ばした。
『冷却開始します』
「あ、ちょっと待て!」

プシューーーーー

しかし、ときすでに遅し。窒素ガスがポッドを満たすとともに、麻酔によって俺は三度、意識を失った。
・・・今度こそ、無事に目的地に着いているといいのだが・・・