ＴＳの方程式 パターン２
ビーービーービーー
プシュー
『・・・警告、警告』
「・・・んー、何だ？」
激しい警告音とともに、俺はコールドスリープから強制的に起こされた。頭ががんがんする。
『警告、警告』
「どうしたんだ？」
『規定速度に到達、しかし燃料残量が規定値未満です』
「なにっ？！」
『温度センサーに反応あり。貨物庫です』
密航者か・・・、俺はうんざりしながら、服を着込んだ。
「ご、ごめんなさい！」
密航者は１５歳くらいの少女だった。どうやら貨物に紛れ込んでいたらしい。必死に謝る姿は愛らしいが、密航者は密航者だ。しかもよりによって、この船とは・・・。管理局の連中は、何やってたんだ。ま、予算ぎりぎりで飛ばされるこの船だから、その辺の予算も削られているんだろう・・・。
「悪いが、この船の場合、助けてやることができない。燃料がちょうどしか積んでないんでな」
「そ、そんな・・・」
「おまけに引き返すこともできない。こいつの到着が遅れると、何百人もの命が失われる可能性がある」
「あぁ・・・」
少女の顔がみるみる青ざめていく。多分、何も知らずにもぐりこんだんだろう。ま、自分が悪いんだ。
「で、どうすればいいのかだが・・・」
今は、俺とこの船を目的地に到着させることを考えなければならない。
『・・・算出できました。目的地に到着可能な目標質量は、マイナス６０Ｋｇです』
「ま、そんなもんだろうな」
俺は、コンピュータが計算した結果にうなずいた。
「え？ だって、わたしは４０Ｋｇしかないです！」
少女が驚きの声をあげる。
「宇宙では、止まるときにも、動くときと同じだけ燃料が必要だ。この船には余分な燃料はほとんどない。すでに止まるときの燃料も、少し使ってしまっている」
「・・・そんな・・・」
少女がうなだれる。
『後、６時間以内に目標質量に到達しないと、乗務員および貨物の安全は保障できません』
コンピュータがせきたてる。
「まぁ、こんな女の子を宇宙にほっぽり出すわけにもいかないだろうな」
少女は飛び切りというわけではないが、なかなか可愛い顔をしていた。将来が楽しみである。
「それに、俺がいないと、どっちみち人の命が助からない」
俺は目的地で待っている仲間に、現地のウィルスの抗体を渡す必要があった。適切な処方をしないと、効果が無い。現地の医師はすでにそのウィルスにやられてしまった。この俺も医者だから、俺がいないとだめなのだ。
「もっとも、君がこの船から降りても、もう手遅れなんだがな」
「・・・ごめんなさい、わたし、わたし・・・」
少女は、泣き出してしまった。こんな非常事態でなければ、何とかする方法はいくらでもあるんだが、今は俺が助かって、なおかつ質量を俺の体重分減らさなければならない。ま、覚悟を決めてもらうしかないな。
「方法はある」
「えっ？」
「おい。例の処置を行う。準備してくれ」
俺は、船内コンピュータに向かって指示を出した。最近実用化されたあれを使うしかない。しかし、そうなると、俺の人生はここでがらっと変わってしまう。まぁ、それも悪くないかもな。
「とりあえず、座ってもらおうか」
「は、はい」
少女を俺の隣の椅子に座らせる。ベルトで体を固定してやると、不安そうな顔になるから言ってやった。
「やはりな、助けてやることはできない。非常時だからな」
「そ、そんな。た、助けてください。父が、父が・・・」
少女が暴れる。しかし、拘束を解くことはできない。
「ま、自業自得だと思ってあきらめてくれ」
俺がそう言うと、少女はまた泣き出してしまった。俺はそれを無視して、自分の体を椅子にしっかり固定した。
「おい、始めてくれ」
『処置を開始します。予定終了時刻は１６４４です。安全のため、中断はできません』
俺の指示に、コンピュータが報告を返す。
「いやーーー！！ 助けて、助けて！ お願いします！」
叫ぶ少女に、麻酔が注射された。たちまちのうちにおとなしくなる。俺も麻酔の効果で、あっという間に意識がなくなってきた。
・・・今度目が覚めたら、俺は俺じゃなくなっちまうんだな・・・
『・・・を・・・します』
「ん、ううん」
強制麻酔分解をされたのだろう。気分は最悪だが、すっかり目が覚めた。
「わ、わたしがいる！」
おかまみたいな叫び声がした。目の前には、椅子に拘束されたままの、俺、がいる。
「騒ぐなよ。自分の体を見てみな」
俺の言葉に、一瞬きょとんとしたが、不自由な視界を総動員してそいつは自分の体を見回した。
「きゃーーーー！」
そして叫ぶ。不自然に高くて、気色の悪い声だ。
「これでわかったろ。俺とお前の体を交換したんだ。俺はお前に、お前は俺になっちまったわけだ」
「そんな！ どうして！？」
「俺は目的地に行かなければならない。しかし、俺の体重分、何かを宇宙に捨てる必要がある。そういうことだ」
俺は事務的に言った。みるみる少女の、おっと、今はもう少女じゃない、顔が青ざめていく。
「捨てる！？ 宇宙に！？ そんな、死んじゃうじゃないですか！ 人殺し！！」
「おいおい。お前のせいで、危うく何百人もの人間が命を落とすところだったんだぜ」
「だからって、わたしを殺すんですか！ 人でなし！！」
「他に方法は無い！ ぐだぐだ言うな！」
俺の声に、元少女は一瞬たじろいだが、キッと俺を睨むと、
「人殺しは、極刑よ！ あなたも殺されるんだわ！」
とはき捨てるように言った。俺は、哀れむように言ってやった。
「特命任務中に密航者を船外投棄しても、罪には問われない」
「な・・・、う、う、うわーん、わーーん」
俺の言葉に、とうとう大泣きを始めてしまった。大の大人が、しかも俺の顔で、そんなに泣くのは正直言って気持ち悪い。それから何度か声をかけたが、俺がもう何を言っても聞こうとしなかったし、慰めを言ったからといって、助かるわけじゃない。
「おい、やってくれ」
『了解しました。投薬します』
俺の命令とともに、そいつの体に注射が打たれた。泣き声が段々と小さくなっていく。しかし、今度は麻酔ではない。もう、二度と目を覚ますことは無いのだ。
「さようなら。小さな密航者と、俺の体」
それから俺は、自分の体を宇宙に、捨てた。
『報告。生体の生存のため、燃料損失が規定値をオーバー。総員、コールドスリープに入ってください。繰り返します、燃料損失が・・・』
一瞬のうちに見えなくなった体を追って、虚空を見つめていたら、コンピュータが警告を出した。
俺の３８年間の人生と引き換えに、せっかく手に入れたこの若い女の体でいろいろしようと思っていたのだが、そんなことをしていたら、目的の星に無事に着くことができなくなってしまう。
「これから好きなときに楽しめるんだ」
俺は、服を脱ぐと、ポッドに入って横になった。自分の体だというのに、それは少女の体だ。俺はこれからの人生を考えて、思わずにやりとした。パイロットなんか辞めて、いい男でもさがすかな。
『冷却開始します』
俺の妄想をよそに、コンピュータが冷めた声で告げる。
「あぁ、やってくれ」
プシューーーーー
窒素ガスがポッドを満たすとともに、麻酔によって俺は再び意識を失った。
・・・俺の人生、楽しくなりそうだな・・・