おじさん


 学校から帰ってくると、母さんが黒い服を着て僕を出迎えた。
「雅司も着替えてきなさい」
「どうしたの?」
「芳夫おじさんがね、亡くなったのよ」
「おじさんが・・・」
 僕は、一瞬目の前が手渡された服のように真っ暗になった。おじさんが死んだなんて・・・。
 おじさんは、父さんの双子の弟で、有名な大学の教授だって聞いた。頭は良かったけど、ちょっと変わり者とかで、父さん母さんを含めて、あまり近所の人とはつきあいがなかった。けれども、僕は毎日のようにおじさんの家に行っていて、まるで同じ小学生同士の親友のようだった。

 おじさんの家に着くと、すでにたくさんの人が集まっていて、僕とおじさんの思い出を引っかき回していた。居間では、父さんと姉さん、それに僕の知らないたくさんの親戚に囲まれて、おじさんが布団の上に横たわっていた。
 僕はその姿を見て、たまらず逃げ出した。
「雅司!」
 母さんが止める声が聞こえたが、僕はそれを無視した。僕は現実から目を背けたかった。そして僕は、離れに駆け込んだ。母さんもそれ以上は追ってこなかった。多分何を言っても無駄だとわかっているんだろう。
 そこにはおじさんが趣味にしていた手作りのおもちゃ、それからパソコンやら、顕微鏡やら、そして理科室に並んでいるような薬品などがあった。おじさんは研究室と呼んでいたが、二人にとっては遊び場だった。
「おじさん・・・」
 僕は壁に凭れ掛かりながら呟いた。二人の思い出の場所は、今はもう、雑多な物を納めただけの、ただの物置に過ぎなかった。いつの間にか流れ出した涙が、床を湿らせていた。

 夕御飯の頃になって、姉さんが僕を連れ戻しに来た。すでに泣き止んでいてほっとしたが、涙の後が残る顔を見られて、ちょっと恥ずかしかった。
「今日はここにお泊まりだって」
 姉さんが僕を率いながら、言った。今日はお通夜をして、明日は学校を休んでお葬式に出るのだそうだ。僕はお葬式とお通夜がどう違うのかわからなかったけど、おじさんの家に泊まれるのはうれしかった。いつもは、母さんも父さんも許してくれなかったのだ。そのことを姉さんに言うと、
「あんなおじさんが好きなんて、あなたも変わってるわね」
 僕はちょっとむっとしたが、おじさんがもういないということを思い出すと、何も言い返すことができなかった。

 夜も更けてきたので、おじさんの家の二階に寝床が用意されて、僕達はそこへ行った。集まった親戚縁者一同の中で子供は僕と姉さんだけだった。大人達は下で集まって、夜中までお酒を飲んだり、料理を食べたりするらしい。脇の廊下を通りかかったとき、
「何だかんだ言ってたけど、死んぢまったら、こんな奴でもなぁ」
 という父さんの声が聞こえてきた。おじさんが生きていたときは、兄弟の癖していろいろ悪いことを言っていたのに、大人は勝手だ。
 昼間泣いていた疲れが出たのか、布団に入った途端に眠ってしまっていた。

「ん・・・」
 ふと、廊下を誰かが歩くぎしっという音で目が覚めてしまった。姉さんのすーすーという寝息と比較してしまったせいか、その音はやけに大きく響いている。僕らの様子を見に来たのだろうか、それとも宴会が終わった大人達の誰かが、隣の部屋に眠りに来たのかも知れない。おじさんの家の二階には、もう二つ、寝泊まりできる部屋があった。
 僕は何故かちょっと緊張してその足音を聞いていた。すると、僕らが寝ている部屋の前でそれは止まった。父さんか母さんが様子を見に来たのだろうか。次にそうっと襖を開ける音がして、その人物が中を覗き込む様子が、うっすらと見えた。
「おい、雅司」
 布団の脇に寄って、小さく僕の名前を呼ぶその声を聞いたとき、僕はあっと思わず声を上げてしまった。
「お、おじさんなの?!」
 僕はばっと起き上がると、その顔を見た。暗くて良く判らなかったが、少なくとも全く別の人間という訳でもなさそうだ。
「しー、静かに。愛香ちゃんが起きちゃう」
 今更遅かったかも知れないが、僕は慌てて口を閉じた。そっと振り返ってみたが、姉さんが起きるような気配はない。僕は安心して、改めて聞いた。
「本当に、おじさんなの?」
「そうだ」
 僕は、その返事を聞いて、泣き出してしまった。昼間あれだけ涙を流したのに、全然枯れていなかった。もしかしたら、僕はおじさんが死んでしまったことを悲しんでいなかったのかも知れない、あるいは、死んでしまったのは嘘なのだと思いこんでいたのかも知れない。おじさんはそんな僕の肩にそっと手を置くと言った。
「いいかい、これから言うことを良く聞くんだ」
「ん」
 僕はしゃくりながら、返事をする。
「おじさんは本当に死んだんだ。今こうして雅司と話しているのは、おじさんであって、おじさんではない」
「え、よくわからないよ・・・」
 死んでしまったら、こうやって話す事なんてできない。小学生だって、そんなことくらいはわかっている。僕が当惑していると、おじさんはもう一度ゆっくりと説明してくれた。
「おじさんの体は、さっき雅司が見たように死んでしまっている。ここまではいいな?」
「うん」
「だけど、おじさんはある秘密兵器を使って、こうして雅司と話しているんだ」
「え? 秘密兵器?」
「そう、秘密兵器だ」
 大人が秘密兵器なんて言うのはちょっと可笑しかったけど、おじさんは至って真面目に頷いた。
「それを使うと、別の人の体を借りることができる。つまり、頭の中だけ、おじさんなんだ」
「頭の中、だけ?」
「そうだ。明るいところで見てみればわかる。この体は、兄貴、すなわちお前のお父さんの体だよ。雅司をびっくりさせないように、借りてきたんだ」
「え、父さんの・・・」
 僕は、おじさんの言葉にびっくりしてしまって、改めてまじまじとおじさんを見つめた。僕は、父さんとおじさんは似ているが、全く別の顔をしていると思っていた。けれど、こうしてみると、さっぱり判らない。
 さらに眺めていると、ようやく、暗闇に目が慣れてきたのか、確かに少し違う様に見える。
「全然わかんなかったよ。その秘密兵器ってすごいや」
 おじさんは、ずっと僕が見つめていたせいか、それとも、誉めたせいか、ちょっと照れたように笑った。
「それじゃ、その秘密兵器を見せて上げる。おいで」
 そして、やおら立ち上がると、僕の手を引っ張った。しかし、次の瞬間、あいててて、と腰を押さえて蹲ってしまった。僕を引っ張り上げようとして、腰が痛くなったらしい。僕は、その様子を見て、夕御飯の時に父さんが話していたことを思い出した。
「おじさんを運ぶときに、腰を痛めたって、父さんが言ってた」
「そ、そうかい。・・・こういうのも自業自得って言うのかなぁ」
 おじさんは、腰をさすると、笑った。
「ちょっと待っててな。別の人の体を借りてくるから」
 そういって、今度は気をつけてゆっくりと立つ。
「え、一緒に行くんじゃないの?」
「今一緒に行くと、体を借りるのを断られてしまうかもしれない。子供を夜中に連れ回して、なんて言われてな。だから、ちょっと待っていてほしい」
「ん、わかった」
 僕がそう言うと、おじさんは、いい子だ、と頭を撫でてから、部屋を出ていった。僕は何だか力が抜けてしまって、布団の上に、ぺたんと腰を下ろしてしまった。

 おじさんは、今、本当に、ここに居たんだろうか。夢だったのでは、ないだろうか。
 僕は、しばらくずっと、ぼうっとしていた。姉さんの規則正しい呼吸音だけが辺りに響いていた。ここで、姉さんを起こして、おじさんの事を話しても、きっと、
「寝ぼけないでよ。夢でも見たんでしょ」
 と笑われるか、
「ふざけたこと言わないでよ」
 と怒られるに違いない。僕は、溜め息をつくと、また惚けたように座っていた。

 少し経って、また廊下を歩く足音が聞こえてきた。おじさんが戻ってきたのだろうか。僕はちょっとわくわくしながら、足音の主が部屋に入ってくるのを待っていた。
「雅司、まだ起きていたの。早く寝なさい」
 しかし、その声を聞いてびっくりした。僕達の様子を見に来たのだろう、部屋に来たのは母さんだったのだ。僕は、慌てて布団に潜り込んだ。
「ふっふふ、起きろよ、雅司」
 しかし、布団を突っつきながら笑うその声を聞いて、僕は二度びっくりしてしまった。寝なさい、と言った母さんが、今度は起きろだって。しかも、起きろよ、なんて。
「あっ、もしかして、おじさん?!」
 僕は、布団から顔を覗かせると、おじさんをじっと見つめた。確かに母さんの格好をしていて、これがおじさんだなんて、誰にもわかりはしないだろう。そんな僕を、今度こそ引っ張り上げるのに成功したおじさんは、
「さ、行こうか」
 と言った。僕の手を引くおじさんの手は、確かに母さんの手なのだが、その力加減は、僕が覚えているおじさんのものなのだ。僕は少し混乱してしまった。そんな僕を、おじさんはずっと笑っていたが、ふと、
「そうだ、愛香ちゃんも」
 と言って、姉さんを布団から担ぎ上げた。姉さんは中学に入ってからぐんと背が伸びて、母さんと同じくらいの背丈になっていた。そんな姉さんを母さんが担ぎ上げるのは無理があると思ったが、おじさんは案外楽そうだった。
「姉さんをどうするの?」
「雅司に、秘密兵器を使うところ見せたくてな」
「ふうん」
 未だ混乱の中にあった僕は、この時おじさんの意図が全くわかっていなかった。

 母さんの格好をしたおじさんの後について下に降りた。既に宴会は終わっているらしく、明かりは消え、あちこちから鼾やら何やらが聞こえてきた。そんな中をおじさんと僕は歩いた。さっきの僕のように、足音で目を覚ます人がいるのではと、僕は自然忍び足になった。玄関を出て、ようやく離れまで辿り着いて、ほっとした。
「あれ、これって」
 研究室に入って、僕は床にぽっかりと空いた穴を見つけた。今までこんな穴があるなんて、知らなかった。
「そう、秘密兵器があるのは、秘密基地さ」
 おじさんは僕に向かってウィンクしたが、母さんの顔でされて、ちょっと変な感じがした。

 床に空いた穴から階段を下りていくと、ぼやぁっとした明かりに照らされた研究室と同じくらいの大きさの部屋に出た。 上はいろいろな物が置いてあったのに、ここは机と椅子が置いてあるだけで、学校へ行っている間に母さんが掃除してしまった僕の部屋みたいに綺麗だった。母さんになったおじさんを見ていて、ふとそんな風に思ってしまった。
 他に違う所といえば、階段の反対側の壁に、水槽のようなものが二つ並んで埋まっていることだった。
「さて、それじゃ秘密兵器を紹介しよう」
 おじさんは姉さんを椅子に座らせると、壁の水槽の前に行って何かを始めた。僕はおじさんが作業するのを見守りながら、姉さんの側に寄った。これから何が起こるのか、姉さんにも見せたくなったので、肩を揺すって起こそうとした。しかし、姉さんの目が覚める気配はなかった。
「おじさん。姉さんが起きないんだけど」
 すると、おじさんは、ちょっと驚いた顔をして、それから笑って言った。
「秘密兵器のことはおじさんと雅司だけの秘密にしておきたいんだ。だから、ちょっと目を覚まさないようにしただけさ。心配ないよ」
 おじさんは、にこにこと笑いながら、壁際で行っていた作業を中断して、こちらへと来た。僕は、姉さんの事が心配になってしまったが、二人だけの秘密、という言葉は何だかくすぐったくて格好良くて、
「そ、そうなの」
 思わず頷いてしまった。そして、次のおじさんの言葉に、僕は姉さんのことなどすっかりどうでも良くなってしまった。
「それじゃ、秘密兵器を使ってみようか」
 そう言われて、僕は、おじさんが秘密兵器を動かすのを見るために、机の上に腰掛けた。しかし、おじさんは、僕に壁の水槽の中に入れと言った。てっきりおじさんが今度は姉さんになると思っていた僕は、びっくりしてしまった。
「え? 僕が入るの?」
「そうだ」
 母さんのおじさんは、姉さんを抱え上げると、右側の水槽の蓋を開けて、中に姉さんを座らせた。姉さんは、何も知らずに眠ったまま。目が覚めないようにしてあるとおじさんは言ったけど、そこまでぐーぐー寝ることないじゃないか。僕は、実験で解剖されるカエルの気持ちになって、不安を紛らわすために、心の中で姉さんに中たった。

 おじさんが何か操作する度に、水槽の中と外についているLEDが点滅する。何だかんだ言ったところで、やっぱり秘密兵器には違いない。僕は、好奇心と不安感と緊張によって、心臓だけでなく体中がどきどきっとしてしまう。
「それじゃ、行くよ」
「あ、ちょっと待っ・・・」
 心の準備ができる前に、おじさんがスイッチを押して、僕の意識は唐突に失われていった。

「うわっ!」
 誰かの上げた声と、どさっという大きな音で、僕は目を覚ました。
 様子を確かめようと周囲を見回したら、風邪を引いたときのように、目の横の辺りがちくちく痛んだ。
「あっっ、痛つぅ」
 我慢して、意識をはっきりさせようと頭をぶんと振る。暗いままの視界が徐々に回復してきて、ようやく自分が今いる場所を把握することができた。
 僕はおじさんに連れてこられた秘密基地に居た。気を失う前と別段何かが変わっているようには思えない。おじさんを見つけようと、水槽の方に顔を向けると、そこでは、僕が母さんの下敷きになって床に倒れていた。おじさんが母さんになっているとして、じゃあ、そこにいる僕を見ている僕は一体何者だろうか。
 僕は目の錯覚かと思って、目をごしごしと擦って、やっと何がどうなったかを思い出した。僕が着ているのは姉さんがさっきまで着ていたはずのパジャマで、つまり、僕はおじさんの秘密兵器によって、今は姉さんになっているのだ。ということは、そこに倒れている僕は姉さんということになるのだろう。
 僕の力では、母さんを運ぶどころか、持ち上げるのだって精一杯だ。姉さんは、おじさんを運ぼうとしてその重さに倒れてしまったらしい。うんうんと唸って母さんの体の下から抜け出そうとしている。でも何故、姉さんはおじさんを負ぶっていたのだろうか。
「お、おじさん??」
 ようやく頭の痛みが収まってきたので、僕は僕の姿の姉さんと、母さんの姿のおじさんの元に駆け寄った。しかし、おじさんも気を失っているのか、動く気配はない。僕はとりあえず姉さんを助け出すことにした。
「大丈夫、姉さん?」
「あぁ大丈夫だ」
 僕はその返事を聞いて、ピンと来た。姉さんは、あぁ、とか、〜だ、なんて言い方は決してしない。多分、おじさんはもう一回秘密兵器を使って、今度は僕になったんだろう。
「えっと、おじさんなの?」
 いつもは鏡でしか見ることのない僕自身の顔だが、こうしてみると、表情の変化が良く判る。おじさんは何故か、しまった、という顔をして、僕を見返した。
「あ、あぁ。もう、気が付いたのかい? 他の奴らと同じようにずっと眠っていれば良かったのに」
「え? な、何を言ってるの?」
「雅司。私は、お前になって生きていく。まだ死にたくないんだ」
「ぼ、僕になって・・・じゃあ、僕はどうしたらいいの・・・」
 僕はおじさんの考えていることがわからなかった。おじさんは何だか泣いたような顔をして笑うと、僕に近寄ってきた。僕は急におじさんのことが怖くなって、二、三歩後ずさった。
「これは復讐なんだ」
「復讐?」
 僕はおじさんが何を言っているのかわからなかった。出口の方へ段々と下がって行くが、おじさんもさらに近づいてくる。
「和夫兄さんも、恭華さんも、愛香ちゃんも私のことを馬鹿にしていた。雅司、お前だって本当はそうなんだろう!」
「そ、そんなことないよ」
 おじさんは何かおかしい。今までも父さんや母さんのことはあまり好きではないようだったが、少なくとも僕にはいつも優しい笑顔でいてくれた。だけど、今のおじさんは僕の顔を使って、精一杯憎しみを表現している。
 僕はここから逃げようとして、ドアのノブを後ろ手に握った。しかし、がしゃがしゃと途中で止まってしまう。
「無駄だ。鍵をかけてある」
 僕は慌ててしまって、ノブを力任せに回したり、ドアに体ごとぶつかっていった。もちろんその程度ではドアは開かなかった。だが、逃げ道もここしかない。僕は一瞬おじさんのことを忘れ、必死になってドアと闘った。
「安心しろ」
 ドアを開けるのに夢中になっていた僕に、おじさんは優しく声をかけてきた。僕は、はっとして振り向いた。おじさんはいつの間にか僕のすぐ背後にまで来ていて、僕の首に手をかけようとしていたのだ。
「大丈夫だ、他の三人があの世で待っていてくれる」
 ・・・え? 今、おじさんは、何て、言ったんだ・・・
 僕は、おじさんの手から逃れるのも忘れ、今の言葉を頭の中で繰り返した。
 ・・・他の三人があの世で待っている・・・
 それはつまり・・・。しかし、考え至る前に、おじさんが首を絞めたので、僕は苦しくなった。
「あ、う。や、やめて」
 おじさんはもう何も言わずに僕をじっと睨み付けた。首を締め付ける力は、とても僕が出せる力とは思えないほど強い。僕は、息が苦しくなって暴れた。
「うっ」
 おじさんの足を蹴っ飛ばしたために、その手の力が弛んだ。僕はおじさんを突き飛ばすと、近くにあった椅子を手にとった。そして、なおも掴みかかってくるおじさんに向けて思いっきり、それを振り下ろしたのだ。
 おじさんは、二、三回呻いて、そのまま床に倒れた。床に血が流れ出した。
「お、おじさん?」
 僕は、慌てて駆け寄った。何か大変なことになってしまったのではないかと思ったのだ。
「雅司・・・、駄目だ。機械を使っちゃ駄目だ」
 おじさんは、床から身を起こそうとしながら、独り言の様に呟いた。
「何、ねぇ、おじさん」
「あの機械は人の心を壊してしまう。だから、使っちゃ駄目だ」
 僕はおじさんを助け起こしたが、おじさんは何処か在らぬ方向を向いたまま、そちらへ向かって話し続けた。
「しっかりして、おじさん!」
「・・・愛香ちゃんか。・・・雅司に伝えてくれ。ごめん、と」
 あぁ、おじさんは、僕のことも忘れてしまったんだ。今ここで起きたことも。
「そして、さようなら、って」
 おじさんは僕の頬に手を伸ばすと、しかし、途中でだらんと手を下ろしてしまった。おじさんの僕の体から、力がすっと抜けていったのがわかった。
「おじさん! ねぇ、おじさんってば!」
 僕はもう何が何だかわからず、おじさんを揺さぶった。いや、わかっていたけど、認めたくなかったんだ。
「また死んじゃうなんて嫌だ! おじさん!」
 僕は、心の中で、もうどうにもならないことをしっかりと理解しながら、それでもしばらくの間、おじさんを抱きしめながら泣き叫んでいた。

 あれからしばらくして、目を覚ました親戚の人たちによって、僕は発見された。
 飛んできた警察によって父さんの遺体もまもなく発見された。おじさん家の庭の隅に、たどたどしい字で『かずおのはか』と書かれた札が差さっていたのを見つけ、そこの土の中から父さんが出てきたそうだ。近くには、同じように母さんや姉さんの名前が書かれた札が落ちていたらしい。
 おじさんはあの機械によっておかしくなってしまい、僕らを皆殺しにしようと考えたのだろう。
 でも、結局、僕を残したまま、おじさんは二度死んだ。

 警察の事情徴収が行われた。
 あの地下室には中から鍵が掛かっていたし、僕を殺したのは僕だということに間違いないから、三人を殺したのは僕だということになったのだ。僕は、おじさんや機械の事も全部話したが、やはりというか誰も何も信じてくれなかった。あの地下室には古びた机と、僕を殺すのに使われた椅子があるだけで、壁の機械だとか、それにつながっている水槽だとかはどこにも無いと言われた。
 挙げ句の果てに、家族を惨殺して気が狂った女の子、として精神病院に入れられてしまった。
 僕はそこで気が付いた。あぁ、そうだ。おじさんは言っていたじゃないか。あの機械は人の心を壊す、って。だから、姉さんになってしまった僕の心も壊れてしまったに違いない。
 僕は鉄格子の張られた病院の窓から外を見つめながら、静かに溜め息をついた。