僕は神様
ふとした瞬間に、僕は自分が『神』であることに気づいた。
どうしてそんな大変なことを今までまったく気づかずにいたのかまことに不思議だが、もはや神であるこの身ではすぐに理由も思い立ったが、すでに、そんな些細な事はどうでもよかった。
「おい、坂井、どうしたんだよ」
僕が道ばたで急に立ち止まったので、元同僚の吉井が声をかけてきた。『元』というのは人間だった頃は、という意味で、神となった身では同僚とか会社とかはもう関係ない。
「なぁ、吉井。神っていると思うか?」
「はあ?」
吉井は、突然馬鹿なことを、と思って、もちろん神になった僕には他人の思考を読むこともたやすい、気の抜けたような返事をした。
そういって、僕はまたすたすたと歩き出す。
「せっかくだから、何かしてみるか」
そう言って僕はまず、脇の道にいた猫と、散歩中の犬の精神を交換した。
「なあぁわ、わにゃなんなにゃ?!」
「なんなわんなん、な?!!!」
突然中身が入れ替わった二匹は、何が起こったかわからずに混乱し、変な声で鳴き喚いた。
「わはははは・・・」
僕はあまりのおかしさに腹をよじれさせながらも、次々に交換していった。
次は、近くにいた二人連れの女子高生とおかまを交換した。
「な、何? 何が起きたの・・・あっ、お、女よ。本物の女になってる」
「きゃぁぁああ、何よ、ちょっと、ねぇ、美智ったら、ねぇ」
女子高生の片割れが喜んで走り去っていき、顎に青いものが残ったおかまが妙な声を出しながら、もう一方の女子高生にすがりつこうとして、邪険にされる。
「ひゃっはっは・・・。よーし、次は・・・」
今度は、信号待ちしていた団体と、車の運転手を交換する。
突然立場が入れ替わり、進路を失い次々飛び込む車で、交差点はさながら地獄絵図だ。
「ひ、ひぃ、もうだめ、おかしい」
僕は、笑い転げながら、今度は辺り中全部、人間や犬、猫だけでなく、電柱やポスト、車といった無生物までもかまわず交換した。
人がブッブーと鳴いて電柱を担いで道路を走り、食堂では人がポストに頭からガリガリ囓られ、犬が歯を折りながら地面を掘削する。
「お、おい、坂井?! た、助けてくれぇ〜」
吉井がふと我に返ったときには、彼は6階建てのマンションになっていた。僕に向かって情けない声で助けを求めるが、付近一帯は支離滅裂、ひっちゃかめっちゃか、大騒ぎ。
「ふぅふぅ、うぅ、笑いすぎて腹が痛い・・・もういいや、全部消えちゃえ」
僕がそう言うと、その瞬間、あれほど騒がしかった交差点一帯は、真っ平らのうす茶色の地面が広がるまるで埋め立て地の如くに変貌した。 狂ったように騒いでいた犬も、猫も、女子高生も、おかまも、ポストも、電柱も、そして吉井も、すでにこの宇宙から存在を失っていた。
それから一週間。僕は、神の力で、世界中をいじくって遊んでいた。
人間を小さくして蟻と闘わせたり、足を5本にしたり、他の生物と混ぜたり、死者を生き返らせたり、海と陸地、地球と月を入れ替えたり、日本沈没だったり、ムー大陸だったり、と、何かを考えるだけで、何でも思った通りになるのだから、楽しくてしょうがない。
世界中で、神だ悪魔だと大騒ぎし始めたが、気まぐれな僕に翻弄され、結局、なすすべなく、10日も経たずに人類は滅び去っていた。
もちろん、神の意志によって、全員生き返らせてやったのだが、おもしろいから、再び滅ぼしたりして遊んだ。
しかし、一ヶ月もすると、ただ単にいじくりまわすのにも飽きてきた。
そこで、すべての能力を別の人間(とは限らないが)に譲り渡し、すべてを僕が人間だった頃に戻すことにした。
こうして、短い間だったが、僕は神様であることを卒業した。
僕の後を引き継いだのは、立派な宗教家であったらしく、今度は3分とかからずに、僕はもちろん、宇宙全体が永遠に消滅した。
すなわち、新たな神様は、『滅びの神』だったのだ。