マリベルじゅなん
ここは、ダーマ神殿の2階です。
先ほどアルス一行が到着しました。アルス一行は、世界を救う旅を続けています。各地でモンスターを倒していることが修行となり、十分にレベルが上がると、新しい職業に就くため、時折、このダーマへとやって来るのです。
「あ〜あ、もうくったくた」
宿屋のベッドに倒れこみながら、マリベルが言いました。久しぶりのふかふかの感触を存分に味わっています。
ダーマの神殿には、新しい職を得るために訪れる旅人たちが、旅の疲れを癒したり、新しい武器や防具、道具類を揃えるための、いくつかのお店が作られていました。
「今回の冒険では、マリベル殿が大活躍だったでござる」
古の勇者、メルビンが装備を脱ぎながら、マリベルに応えます。
「ハラ減った〜」
白い狼の少年、ガボは、早くも食堂へ向かう準備をしています。
「アルス、マリベル、早く行こうぜ」
食堂に入ると、もうそこは人でいっぱいです。屈強な男たちや、剣士、魔法使い、旅の商人、盗賊風の男、僧侶、シスター、踊り子など、さまざまな人たちが居ました。魔王が、世界中にモンスターを放っていても、ここにいる人々は決して負けないで戦っているのです。
店の奥からはぷんと良い香りがして、鼻をくすぐります。
「お〜、たまんね〜。ハラいっぱい食うぞ〜」
「拙者の疲れた体を癒す、百薬をいっぱい飲むでござる」
「メルビンったら、それって、お酒のことでしょう?」
マリベルが苦笑します。
「あ、ここ空いてるわよ」
そして、隅の方に席を見つけると、さっさと座って自分の注文をしてしまいます。アルス達もテーブルに並びました。
一同が座った席の隣には、一人の老人がいました。以前からここダーマで何度か見かけた老人です。
「おや、お主達はこの間も来ていたの」
老人もどうやらアルス達のことを憶えていたようです。食事の手を止めると、こちらの顔を見渡しました。
「ご老人も、前からここに居られるようでござるが、いかような職業を?」
年が近いためか、この老人の相手は専らメルビンがしていました。何となく話も合うのかもしれません。
「じーちゃんのなりたいものなんて、ぜんぜんわかんねーぞ」
運ばれてきた料理をほうばりながら、ガボが言いました。
「僧侶か魔法使いかしら。アルスはどう思う?」
アルスもマリベルの意見に賛成でした。老人は力もなさそうですし、踊りや音楽の才能があるようにも見えません。しかし、老人の答えは、皆の予想をはるかに越えていました。
「いんや、違う。わしは、ピチピチギャルになりたいんじゃ」
『えー?!』
その夜、アルスはなかなか寝付けませんでした。食堂で聞いた、老人のなりたい職業、それを思い出す度に何だか胸の辺りがキュンとなるのです。
「まだ起きてるの?」
アルスが眠れずにがさがさと寝返りをうつので、マリベルが起きてしまいました。
「ねえ、もしかして、あんたもギャルになりたいなんて思ってないわよね?」
マリベルのその一言が、アルスの想いを決定付けました。アルスは、老人の夢であるピチピチギャルになることを、いつしか自分の夢として思い描いていたのです。そして、そのことを正直にマリベルに伝えました。
「・・・今の言葉は聞かなかったことにしてあげる。まさか、アルスにそんな趣味があったなんてね。別に嫌いになったりはしないけど、人格疑うわよ」
そう言って、マリベルは反対側を向いて眠ってしまいました。アルスも気持ちの整理がついたのか、そのまま布団にもぐりこむと、すぐに小さな寝息を立て始めました。
魔王との戦いは、長く辛いものでした。けれども、今まで平和のために戦いを続けていたアルス達が、ついに勝利を収めたのです。
アルス達が地上に戻ってくると、世界からは闇が消え、暖かい光が満ち溢れていました。
天の神殿で、メルビンと別れた後、一行は世界の人々の元を訪れました。人々は笑いを取り戻し、アルス達を盛大に歓迎しました。
そうしている内に、ダーマへとやって来ました。
「フォズ大神官に会いたかったな〜」
むさくるしいひげ顔の出迎えを見て、ガボは溜め息を吐きました。過去の世界で彼女を救ってから、ガボとフォズ大神官は仲の良い友達(?)の関係を続けていました。もう少し一緒に居れば、きっと今よりももっと良い関係になっていることでしょう。もしかすると、キーファと同じく、ガボも過去の世界で生きていきたいと言い出すかもしれません。ふと、そう考えたアルスは、何だか現在の大神官の顔が、ガボに似ているように思えてきました。
「何、ボーっとしているの。他の人にも会いに行きましょ!」
マリベルに背中を叩かれて、アルスははっとして考えを振り捨てるように頭をぶるぶるとしたのでした。
ダーマ神殿の地下では、山賊達が待っていました。彼らもアルス達と出会ったことで、正義の心に目覚めたのかもしれません。
「はーい、ぼうや達。平和を取り戻してくれたお礼に、お姉さんがぱふぱふしてあげよっか」
『!?』
二階に上がったとき、綺麗なバニーガール姿の女性が、アルス達に声をかけてきました。
「遠慮することないんじゃよ。ほれほれ」
「ん、『じゃよ』? 何か変ね?」
アイラが、その女性の言葉がおかしいことに気づきました。
「フンフン・・・あれ! この匂い知ってるぞ。フンフン・・・いつもダーマにいたじーちゃんのだ。間違いねえ」
ガボがバニーガール姿の女性の匂いを嗅いで言いました。
「ほっほっほ、もうばれてしまったか」
何とその女性は、あのときアルスの心を揺さぶった老人だったのです。
「どーじゃ、わしのこの姿。念願のバニーガールにようやく転職できたのじゃ。さーて、ぱふぱふしまくるぞい。ほれほれ・・・ほーほっほ」
元老人のバニーガールは、アルスに素早くぱふぱふすると、笑いながら行ってしまいました。その感触は、アルスにとって本物のように感ぜられました。
「な、な、何よあれ・・・アルスもにやにやしてるんじゃないの!」
マリベルは、アルスの頭を思いっきりひっぱたきました。
「あっ!」
バタバタ、ドターン!
しかしそのとき、マリベルはバランスを崩してしまい、アルスと一緒に階段を転げ落ちてしまったのです。
「きゃ〜、マリベル! アルス!」
「だ、大丈夫か〜!!」
アイラとガボが慌てて駆け寄ります。歓迎に出ていた人達も、ビックリして、倒れている二人のもとに集まってきました。
「しっかりして・・・えっ?!」
「お、おい、まさか・・・」
二人を助け起こしたアイラとガボでしたが、ぐったりとした体を抱えて呆然としました。
「息してないわ・・・」
「死んじまってる・・・」
ざわっ。
辺りにざわめきが起きました。しかし、いずれも熟練の冒険者達、皆は同じ事を考えたのです。
次の瞬間、ダーマの神殿中に、二人を復活させるための、ザオラル、ザオリク、せいれいの歌、天使の歌声の大合唱が響き渡りました。中には、あまりに動転してしまい、いっぱつギャグや、忍び笑いをするものもいましたが、二人を生き返らせようとする気持ちは同じでした。
呪文の声が収まると、辺りに再び静寂が訪れました。誰かの喉が鳴る、ゴクッという音が、やけに大きく聞こえました。
「ん・・・」
皆の見守る中、二人がゆっくりと目を覚ましました。祈りが天に通じたのです。
『わー!』
人々の歓声が巻き起こりました。魔王を倒したときよりも、もしかすると、喜びは大きかったかもしれません。自分達の力で、英雄を助けることができたのですから。しかし、アルスの言葉を聞いて、人々は再びパニックに陥ったのでした。
「何で、あたしがもう一人いるの!?」
「な、何てことかしら」
おかま口調のアルス、いやいや違います、アルスとして甦ったマリベルが力無く呟きました。
あれから、2時間が経っていました。人々は落ち着きを取り戻し、二人が入れ替わってしまった原因をあれこれと調べました。その間も、アルスになってしまったマリベルは、自分に起こった不幸を嘆き、辺り構わず当り散らしていました。マリベルになってしまったアルスは、自分の夢が叶ったものですから、それを堪能していました。もちろん、大っぴらに体を触ったりすれば、アルスの姿をしたマリベルに、アルスの力で叩かれてしまいますから、ばれないようにこっそりと楽しむのです。しかしアルスは、してはいけないことをしているという状態に、かえって興奮しているのでした。
「原因が分かったぞ」
大神官が言いました。とても厚い本の一部を指差しています。
「複数の人間に対して、同時にいくつもの蘇生手段を用いると、まれに魂が戻る先を間違えてしまい、こういった症状が起きるらしい」
どうやら、皆の助けようとした気持ちが、逆効果になってしまったようです。
「で、元に戻る方法は!!」
アルスになっているのマリベルが、ややこしいですね、大神官の襟元を締め上げて問い詰めます。
「うぅ、言う。言うから放せ〜」
苦しげにぜいぜいと息をつく大神官。恐怖の眼差しをアルスのマリベルに向けました。何だか、アルスがアルスだったときよりも、男らしいというか、乱暴者になってしまったようです。
(このままでは、新たな魔王が誕生してしまう!)
誰もが、心の中でそう叫びました。
「ま、まずは、お互いの『心』を手に入れるのだ」
ようやく解放された大神官は、まだ少しびくびくしながら、言いました。
「モンスターの心があれば、そのモンスターになることができる。そして、それをマスターすれば、姿形はもとより、能力や特技まで全くそのモンスターと変わりなくなる。同じように、二人がお互いの『心』を使い、それをマスターすれば・・・」
「元通りってわけね!」
アルスのマリベルが、我が意を得たり、とばかりにうなずきました。
「そうだ」
二人が入れ替わってから、初めての夜を迎えました。 本当なら今頃は、グランエスタード島に凱旋帰国して、たくさんのおいしい料理を食べたり、冒険の自慢話に花を咲かせていたことでしょう。しかし、入れ替わったまま帰るわけにはいきません。お互いの心を手に入れたら、マスターするまで修行を続けなければなりません。故郷で帰りを待っている人々には、用事があるのでしばらく遅れるという便りを出しておきました。
「はぁ〜、しかし心を手に入れるために、まさか、あんなことをするなんて思いもしなかったわ。これからは、いつでも好きなモンスターの心を手に入れられるわね〜」
アルスのマリベルの言葉に、マリベルのアルスも神妙にうなずきます。
「あ、今さら大人しくしてもダメよ。朝まで解いてあげないから」
なんとマリベルのアルスは、ロープで体を縛れていたのでした。満足に動かすことができるのは、頭ぐらいのものです。トイレに行きたくなったら、どうするんでしょうね。実はマリベルのアルスは、ダーマで入れ替わった後、こっそり触っていることに飽きてしまい、ついぱふぱふを始めてしまったのでした。もちろんマリベルが黙っているはずもなく、身動きできないようにぐるぐる巻きにされてしまったのです。
「さ〜て、そろそろ寝ましょうか。明日から、またモンスターと戦って修行しないといけないんですものね。ふふふっ」
こうして、マリベルの活躍によって、何事も無く(?)、一日が終わったのでした。
「では、アルスのマリベルよ。マリベルの気持ちになって祈りなさい」
翌日、お互いの心を手に入れた二人は、そうなる原因を作ってしまった人々たちに見守られる中、大神官によって元の自分の職業に就いたのです。
「うが〜。アルスみたいなマリベルみたいなおかしな人間が二人できたぞ」
ガボが二人の姿を見て、頭を抱えてしまいました。無理もありません。職業をマスターしないうちは、当然、姿も「似ている」レベルですから。
「早くマスターしなくちゃね」
アルスとマリベルの中間みたいなマリベルが言いました。もしかすると、アルスとマリベルの中間みたいなアルスが喋ったのかも知れませんが、アルスの会話は画面に出てこないので、判別は容易です。
会心の一撃!
「やったわ」
マリベル?は、はぐれメタルを倒した。
そして同じく、アルス?もホイミスライムを倒していた。
「ついに『あたし』をマスターしたわよ!」
入れ替わり事件が起きてから1週間が経っていました。魔王を倒したため、モンスターがほとんどを姿を見せなくなっていましたが、ここクレージュの周辺は、相変わらずスライム族がわんさか出現していました。アルス?とマリベル?は、1週間毎日スライムと戦って、とうとう「自分」をマスターしたのでした。
「うお〜、元に戻ったぞ!」
ガボが二人の姿を見て、嬉しさのあまり、遠吠えをしました。どこからともなく、狼がやって来ます。アイラも一緒に、皆で二人を祝福しました。
久しぶりに帰ってきた故郷では、アルス達を待ち侘びた島中の人々が、総出で歓迎の催しを開いてくれました。誰もがグランエスタードの勇者に乾杯し、国をあげてのお祭り騒ぎは、三日三晩も続きました。
そして、宴が終わると、今年のアミット漁がいよいよ始まります。
「アルス、今年からはお前も一緒に来い」
アルスの父ボルカノが言いました。たった一欠けらの石版から始まった今回の冒険で、アルスは逞しく成長していたのでした。マリベルになってしまった事もありましたが、自分をマスターして、すっかり元通りです。
「だがな、そのままではいかん」
ボルカノが腕組みをして言いました。
「ダーマへ行って、『ふなのり』になって来い。漁へ出るのはそれからだ」
漁師たるもの、船に乗れなくては話になりません。ましてや遠洋漁業へ出かけるのですから、操船技術はぜひとも身に付けておきたいところです。
「あたしもちょうど、スーパースターになりたいと思ってたの」
マリベルに事情を話すと、ついてくると言いました。こうして、二人は再びダーマ神殿へと行くことになったのです。
「さあ、アルスよ。ふなのりの気持ちになって祈りなさい」
大神官の言葉に、目を閉じて祈りをささげるアルス。転職を行うとき独特の、暖かい空気が全身を包むのを感じます。
「な、何なのよ。それ!!」
しかし、それが終わった途端、マリベルの絶叫が響きました。アルスが目を開けて見てみると、大神官が驚愕のあまり、ガタガタ震えていました。振り返れば、マリベルがこちらを指差したまま固まってしまっています。
「あ、あんた、またあたしになってる・・・」
マリベルのその言葉に、自分の体を確かめるアルス。下を向くと見えるのは、ちょびっと膨らんだ自分の胸が二つ。思わずもんでしまいます。
「バ、バカなことしてんじゃないわよ!」
マリベルに思い切り殴られた再びマリベルになってしまったアルスは、遠くの壁に激突して、気絶してしまいました。
「そうか。自分になれたといっても、あくまで職業として。すなわち、職を変えれば、また相手の姿になってしまうのか」
思わず納得している大神官でしたが、自分の運命を悟っていたためか、額には大量の汗が浮かんでいました。
「言いたいことは、それだけかしら?」
マリベルの言葉が、輝く息のように冷たく響いてきます。
「イ・オ・ナ・ズ〜ン!!」
怒りの篭められたマリベルの呪文が、ダーマの神殿中を襲いました。
第二の魔王が誕生した瞬間です。