コピー屋さん


集合住宅が建ち並ぶ、郊外の一角に、その店はあった。
一見するとノスタルジーをかき立てるような古めかしい建物で、犬をつれたおじいさんがひょっこりと出てきそうな感じはするが、何かの商売を営んでいるようにはとても思えない。
実はこの店、非合法の生体コピー屋であった。
だが、この店は、団地に住む働いても働いてもなかなか裕福になれない人々にとって、無くてはならない大切な店だったのである。
これから、この店で起こった数々の出来事を紹介しようと思う。

まずその前に、生体コピーがなんたるかを述べなければならない。
ご存じのように人間の体というのは、いや、人間に限らず、あらゆる生物の細胞というものは、自分が死すべき時を決めて、生まれてくる。
つまり生物というのは、種族として長く残っていくために、個体の寿命を短く設定しているのだ。
そうでなくとも、普通の日常生活を送るだけで細胞は簡単に死んでいく。どうにかして、この制限を抑えたいと思うのが人情ではないだろうか。
しかし、人の遺伝子が全て解読されたのが随分昔の話であるにもかかわらず、未だにこの部分を予め寿命を持たないものに書き変えるという、うまい方法は見つかっていなかった。
そこで、人々(単にある個々人だけでなく人類というもの)は、自分さえ長生きできるならばと、クローン体に記憶を移して、長い時を生きる事を日常的に行うようになったのだ。
まだクローン技術が未熟だった頃には、倫理的にいけないとか、世界中が人間のクローンを作ることに反対していたが、それは単に不良品しかない事に建前上の言い訳をしていたに過ぎず、実際、実用的なクローン技術が確立してからは、政府高官、企業トップ、富裕階層は言うに及ばず、猫も杓子もこぞってそのお世話になった。
だが、そりゃあやっぱまじーっつんで、おえらいさんがいろいろめんどーをかけたんじゃきに。んなわけで、そーゆーばやいは、かってにやんべーっつんで、こーゆーみせができたんだぎゃ。んだば、とっととはじめっかや。


田中弘士(23歳・学生)の場合

「あの、のぉ。な、な、なんか変ですけ、け、ど、ど」
 人体クローン複製作成人格移転人間再生装置、いわゆる再生君と店に来る客は呼んでいる、から出てきた青年は、何か見た目もちょっとぶれた感じで、これは乱視だからとかではなく実際に、二重写しになったような姿と口調で、店主に困惑の表情を向けた。
「ははあ、おめえさん。きけーん(機械)中で、動いたべ。此奴はせーみつきけー、しかも非合法もんだで、ちゃんとじっとしてねーとこーなるだ。ま、映りのわりーテレビだと思ってあきらめっぺ」
 店のオヤジは、どこの出身なのかよくわからない言葉をかけながら、青年の肩をぽんぽんと叩いて店の外に送り出した。
「と、と、とほほ、ほ」
 青年は二重に情けない顔をしながら、とぼとぼと帰っていった。
「こーいうこともあるっちうのが、また楽しいんだ。ギャンブルみてーなもんさな」
 オヤジはうんうんと一人うなずいていた。

中原朱美(19歳・無職)、石崎君夫(39歳・会社員)の場合

「やぁ、体が軽いや。いいねぇ、生き返ったようだ・・・おや?」
 再生君から出てきた若い女性は、うーっと伸びをすると、首をゴキッゴキッと鳴らしながら、しかし次の瞬間、自分の体が単に再生回復したという以上のやけに調子が異なっていることに気が付いた。そして、同時に、
「きゃあ、何よこれぇ!」
 という、おかまの声を聞いた。
 岩崎氏がその声がする方を向く。そこに、氏は鏡を見た。しかしその鏡、あるいはそれは鏡ではなく立体映像スクリーンなのかもしれないが、はどこかおかしいらしく氏がとってもいない行動、狼狽えて体をくねらせ奇声を上げるといった、を続けるのだ。
「ちょっと、あなたね。私の体を返してよ!」
 氏が呆然としていると、その鏡の氏らしき人物が、突然こちらへとつかみかかってきたのだ。今まで訳が分からずその言動を見ていた氏は、ようやく自分の体がやけに軽くて健康的、ただし腸の一部を除く、になっていた原因に気付いたのだ。すなわち、再生仮定において、氏と女性の体、あるいは意識の方が、ともとれるが、が入れ替わってしまっていたのだ。
「おおい、オヤジさん、これは一体・・・?」
 氏は驚いて店主を呼ぶ。押っ取り刀とは全く逆に、おっとりと駆けつけてきたオヤジは、一目でこの状況を看破した。
「ははあ、こりゃあ都合のいいこって」
 オヤジはしきりに、えがったえがった、と頷いている。
 氏は、もちろん女性も、何が良いのかさっぱりわからず、ただ呆然としている。ようやく、おかまの氏が、もとい女性が我に返って、オヤジを問いつめる。
「な、な、なにが都合が良いって言うのよ!」
 オヤジはというと、女性の剣幕にものともせず、
「何つったって、石崎さんちのかーちゃんは、おめーさんの弟だぁ。知らなかったんか?」
 その発言に驚いたのは、女性ではなく、むしろ氏の方で、もちろん全くそんな事実には気付いていなかった。
「ま、これで万事っつーわけでもねーが、千事くれーは元通りなわけやから、元気だしいや。」
 もはや声も出ない二人は、ぎこちない動きでそれぞれ昨日とは別の自宅へと帰っていった。
「非合法っちゅうのはこえーべ。だけんど、生きてりゃこういう良いこともあるっちゅーことや」
 オヤジはよくわからない教訓を引きつった笑いを浮かべて順番を待っていた客に向かって呟いた。

江川蕗子(30歳・パートタイマー)の場合

「おーい、お客さん。終わったべ。出てきてくんろ」
 オヤジが声をかけるが、すでに作業の終わった再生君から、人が出てくる気配はない。
「おんや、一体何事でっしゃろ」
 オヤジは蓋を開けると中をのぞき込む。しかし、やはりそこには何者の姿も存在しない。訝しがりながら、システムのチェックを始めるオヤジ。ふと、あることに気が付く。
「あれま。出力先でべーす(デバイス)をまちげーて /dev/null にしてたみてーだ。お客さん消えちまったぞい」

菊地山啓介(26歳・フリーター)の場合

「ふー、やっぱり再生君は効くねぇ」
「おーい、オヤジさん。失敗した?」
 二台の再生君、正確には一台の機械の入力側と出力側、から同じ姿をした二人の男性が出てくる。しかし、お互いに顔を見合わせると、
『うわぁ、お、俺が二人いるぅ!』
 と互いに指を差し合わせたまま固まる。そこへオヤジが登場。
「おんや、お客さん、双子だったでっしゃろか?」
『違ーう!! 一体、どーいう事なんだよぉ』
 二人が同時にオヤジに詰め寄る。
「しかたねーべなぁ、どっちか消すきゃ?」
『こいつを消せ!』
 またもや二人、いや一人、が互いを指さす。さすがのオヤジも困惑した顔で、
「ま、よく考えるこった」
 と匙を投げる始末。

「俺の方が新品だ!」
「俺がオリジナルだ!」
「お前が消えろよ!」
「お前こそ!」
 ・・・二人になった一人の争いは終わらない・・・。