借金どうしましょ?


夜の公園で、一人の青年がブランコに座っている。
「また、すっちまった」
今日のGIレースで、絶対に当てるはずだった。
「第4コーナーで、あんなことにならなければなぁ」
結局彼は、昨日手にしたばかりの給料をほぼ全額すってしまっていた。
しかも、帰りの交通費までつぎ込んでしまい、帰るに帰れない有り様である。
「ま、こうなったら、仕方が無い。こんな時の消費者金融っしょ」
彼はどこかで聞いたことのあるCMソングを口ずさみながら、駅前の無人契約機へと足を向けた。

「お客様、返済期限のほうが本日までとなっております」
それから数ヵ月後、彼のもとに金融会社の男性社員がやってきていた。彼と同じような普通のサラリーマンのように見えるが、眼光の鋭さが異様なほどである。
このところ、競馬の予想が全く当たらない。あのGIレース以来、実に20連敗だった。
ついつい熱くなってしまう性格の彼は、毎回大きなレースのたびに、給料の大半をつぎ込んでしまう。
彼の借金は、一介のサラリーマンとしては随分高額になってしまっていた。
「は、ははは・・・今、無いんだ。来週、来週まで待ってくれ!」
彼は来週のレースで、一気に取り返すつもりだった。もちろん、自分が負けることなど全く考えていない。連敗中であることも、ちょっと運が悪いだけさ、と全く気にする様子も無い。
「失礼ですが、お客様の支出を調べさせていただきました。おそらくその『来週』というのも競馬のことですね。我々は、そのようなギャンブルでのお支払いはお断りしています。今までの成績から考えますと、お客様が『また』残高を増やすことは確実ですから」
「なっ!?」
どうせ次も負けるんだろう、という男性の言葉に、彼は思わずむっとする。
「どちらにしろ、お金のほうは今日中に返していただきます」
男性はかまわず話を続ける。
「だから、今、持ってないよ」
彼は今度は怒ってみせる。
「・・・わかりました。では、こうしましょう。お客様には私どもの子会社で働いていただきます。そこでの収入を、借金返済に充てていただくということで」
「はあ? 俺だって会社勤めだよ。別のとこで働けるわけないだろ」
奇妙な提案を行う男性社員に、不信感を募らせる。
「1日10万稼ぐ者もおりますが、いかがでしょう」
「え?」
「毎日とはいいません。土日や平日の業務終了後にバイト感覚で働けます。お客様の現在の収入では、返済に何年もかかりますが、こちらで働けば、2ヶ月で返済できますよ」
「しかし・・・」
「もちろん、お客様の会社の方にはばれないように配慮いたします」
その一言が効いた。彼はあっさりと頷いてみせた。
「そうですか、それは良かった。では、早速行きましょうか」
「そっか、1日10万か・・・転職してもいいかもしんないねぇ」
彼は、借金もどこ吹く風、男性社員の車に乗り込んだ。

男たちに連れてこられたのは、繁華街の、特に風俗店が建ち並んでいる通りであった。
「まあ、そうだよな。1日10万も稼ぐには風俗しかないよなぁ。俺にホストでもやれってことかい?」
「そのようなものです」
車から降りるとそこは、『T&S』という派手な装飾の風俗店であった。
「『TS金融』だから子会社も『T&S』ってか?」
もはや無言の男たちに連れられ、彼はあくまでも陽気であった。
数分後、自分の身に起こることも知らずに・・・

「さて、これを飲んでもらおうか」
彼は、金融会社の社員から、この店の店長に引き渡された。そして、簡単なアンケートに答えさせられた後、突然、ジュースの入ったコップを渡された。どこからどう見ても、イチゴジュースだ。
「これは?」
「何でもいい。飲んでもらおうか」
彼の問いかけに、しかし、店長は答えない。口調はおとなしいが、凄みを感じさせる。
「わ、わかったよ・・・」
彼は、その迫力に押され、おとなしくイチゴジュースと思われる液体を口にする。
「・・・う?! うぁわわわーーー!!」
次の瞬間、彼の体に変化が訪れた。
それは、時間にすればわずか十秒程度だっただろうが、彼にとってはとても長い時間のように思われた。
「こ、こんなことって・・・一体、どうなってるんだ?!」
彼は、自分の体に起こった変化を知って、驚いて叫んでいた。
「さて、客一人につき、1万円の給料を支払おう。始めは慣れていないから、数人が限度だろうが、そのうち、1日10人でも相手にできるようになる」
「うわー、胸が・・・でかい・・・」
しかし、彼は自分の胸を見つめていて、店長の話を全く聞いていなかった。
「もしかして下も・・・うわー、な、無いよ?!」
ズボンを覗き込みながら嬌声をあげる彼に、店長は声を荒らげた。
「おいっ! いつまでそうしているつもりだ? 早く店に出ろ!」
「えっ? 店って・・・もしかしてこの格好・・・女になって、男の相手すんの?」
彼もようやく事態を飲み込むことができたらしい。それにしても、やけにあっさりと状況に納得しているのは、さすがに借金を全く気にしないだけはある。
「そうだ。衣装はそのままでいい。その方が客にも受けるからな」
こうして、女になった彼は、『T&S』の新人としてデビューすることになった。

「うわー、も、もしかして新人さん?」
ジーンズをはいた女性が、ぼりぼりと自分の足を掻いていたりする様子を見て、この店の常連が早速彼を指名した。
「うーん、この異常とも思える状況にまったく動じないその様子。僕、気に入ったよー!」
「え? ああ、どーも。・・・で、何すればいいんだ?」
彼はその客と一緒に、他の個室に移されたが、喜ぶ客を前に、困惑するばかりだった。何しろ、ジュースを飲まされて、男の相手をしろと言われただけで、業務内容など一切聞かされていなかったのだ。
「やだなぁ。何って、ナニに決まってるジャン。こっちの経験ももちろん初めてでしょ? いい夢見させてあげるよ〜!?」
客の男はそういって、いそいそと服を脱ぎ始める。
「ああ、やっぱりそうなんだ。そうだよな。一日10万円だもんな。ま、別にいいけどね」
「あー、そういうのもいいよ、新鮮で。初物をよく頂いてるけど、みんな始めは驚いたり怖がったりして、それはそれでいいんだけどね。時々は君みたいな人が相手だと、いいかも〜。・・・さ、まずは何をしてあげようか・・・君が女だってことを感じさせるために?」
そういって、彼に身を寄せる客。
「そうだなー・・・鏡、鏡の前で、胸揉んでくれよ。さっきから気になってしょうがないんだよ。この胸を揉まれたら、どんな感じがするんだろうって。それに、自分がどんな顔かも気になるし・・・」
「うわー、いいね。最高だよ。今日はラッキーだなぁ」
彼の言葉に、客は大喜びで彼の胸を揉んだ。
「あっ!? な、何だこれ・・・あうん・・・」
こうして、彼の借金返済が始まったのだった。

1ヵ月後。
店長に惜しまれながら、彼は退職した。
「借金を返せたどころか、思わぬ体験ができちゃったなぁ」
女になって、男の相手をするという異常なシチュエーションは、そうそう滅多に体験できるものではないだろう。彼はそれがつぼにはまったのか、異様な速さで借金を完済してしまっていた。他人の実に2倍以上のスピードである。
もしかしたら、これが彼の天職なのではなかろうか、というほど、彼は客の心をがっちりと掴んでいた。怯える様子が好きな客、体は女でも心は体育会系、最初のようなさばさばした様子、彼は客の好みを素早くさとり、その要望に応えることができたのだ。
「はー、折角の収入だから、有意義に使うことにしようか。何せ『自分の体』で稼いだ金だからねぇ」
借金返済だけでなく、さらに若干のボーナスを手にした彼は、そう言って電車に乗った。

「・・・さて、これは一体何なのかね?」
それから数ヵ月後、再び『T&S』。
「このお客様、このたび1000万円の大台を突破しまして・・・」
連れてきたTS金融の社員も、どうしようもないといった表情である。
「いやー、今度は先物取引に手を出しちゃって・・・素人がうまくいくわけないのにね?」
全然反省の無い様子の客に、社員はあきれた様子で、店長は笑っていた。
「まぁ、何にしろ、稼ぎ頭が戻ってきたんだ。・・・今度は長くなりそうだな?」
「いやー、癖になっちゃいそう」
店長に渡されたイチゴジュース風飲料を飲みながら、そこには、すっかり虜になってしまった彼の姿があった。
数日後、彼は今の会社を辞め、『T&S』に転職することを決めた。

「貴方好みのTS娘見ーつけた」
これが、彼の最近のキャッチフレーズだそうだ。