ある宇宙人の結末


「えーっ!? 俺って人間じゃなかったの!?」
「人間じゃないとは言ってない。地球人じゃないって言ったんだ」
「同じようなもんだよー」
内宇野双葉(うちうの・ふたば)は、実は自分が地球の人間ではないと知って、とほほとしながらも、妙に納得していたのだ。
「朝起きたら、女の子になってたんだもんなー」
そう、双葉はつい昨日まで男の子だった。しかし、自分が普通の人間ではないことを知ってしまえば、別段、不思議ではないものなのだ。・・・そうなのか?・・・
「しっかしなー、何で今まで隠してたの? それに、急に女の子になっちゃうなんて」
「別に隠していたわけじゃない。聞かれなかったからな」
朝刊をめくりながら、双葉の父親である内宇野住人(うちうの・すみひと)がのんびり答える。
「自分が地球人じゃないなんて、普通疑わないよ」
「あらまあ! 双葉ったら、やっと女の子になったのね!」
母親の内宇野一世(うちうの・ひとよ)が、騒ぎを聞きつけて台所からやってきた。
「今日はお赤飯を炊かなくっちゃ」
そういって、双葉の体を触ったり、丈を手で測ったりしている。
「何で、赤飯なんだよ?」
「だって、あれ、が来るのよ」
「ああ、あれ、が来るな」
「あれ・・・って?」
「あれは、あれ、さ」
「あれは、あれ、よねぇ」
母も父も、ただ頷くばかり。
「あれって、あれかー!?」
双葉は、ようやくその意味に気づいた。そして、愕然として自分の体を見下ろす。胸の双球が、やけに目立っていた。

双葉は地球人ではなく、よその星の人間であった。もちろん、彼(彼女?)だけではなく、内宇野家全員が。彼らは、あることを除けば、地球人とまったく同じであった。唯一異なるのが、16歳前後から性別が変化するということであった。16歳までは、男と女でちゃんとわかれている。しかし、それ以降は、半年ごとに体がもう一方の性に変わってしまうのである。また、決して中性とか両性にはならない。この変化は、女性のときに妊娠・出産するか、男性のときにひげをある程度以上伸ばしていれば(!?)、停止する。(女性は子育て期間が終われば、男性はひげをそれば、再び性転換サイクルが開始する。)
なぜ、そのようなことが起きるのかは、現在の(内宇野家がもといた星の)科学でもわかっていない。
それを聞いて、ひげを生やしている父親はともかく、どうして母・一世が男になっていなかったかと、双葉は疑問に思っていた。ピルを飲んで擬妊娠状態になっていたことがわかったのは、ずっと後のことである。

「明日から学校どうするんだよ。あー、今日が日曜日でよかった」
そうなのである。女の子になったら、セーラー服を着なければならない。そんな服は双葉は持っていないのである。とても、大変なことなのだ。
「って、違ーう! 問題が違うだろ!」
そうなのだ。問題は違うのだ。あの日とか、産みの苦しみを体験しなければ、ならないのだ。
「そ、それは、嫌だが・・・それも違う!」
しかも、先週に覚えたばかりの、あれ、がしばらくできないのだ。欲求不満になってしまうではないか! どうしてくれるんだ、ちきしょうめ!
「いや、俺に怒っても・・・」
「だめよ、双葉ちゃん。これからは自分のことを『僕』って言いなさい。女の子が『俺』なんていっちゃ・・・それはそれで萌え萌えだけど、やっぱり『僕』っ子なのよ!」
「・・・」
力説する母親に、何も言えない双葉であった。
「そうそう、セーラー服は用意してある。問題ない」
「!?」
その辺り、抜かりのない父であった。
何だか、口調が誰かに似てしまったようだが・・・問題ない・・・。

「あー!!?」
何かを思い出して、双葉が叫ぶ。
「今度は、何? 双葉ちゃん」
「今日、明日香と出かける予定だったんだ・・・どうすりゃいいんだ」
自分の体の変化に驚くあまり、幼馴染の屋久足明日香(やくそく・あすか)とデートに行くこともすっかり忘れていたのだ。その時間は10時。今はすでに9時であった。
「ま、デートなのね。修司君には内緒なのね。まー、いやらしい」
「なんだよそれ。修司には関係ないよ」
双葉のもう一人の幼馴染が、奈良田修司(ならた・しゅうじ)である。三人は、物心ついた時から常に一緒だった。双葉と修司が、明日香を奪い合うようになるのも当然の成り行きである。今日のデートを成功させれば、双葉にアドバンテージがつくはずであったが・・・。
「もう、どーすりゃいいんだよ!?」
ただ戸惑うしかない、双葉であった。

「もしもし・・・あ、修司君? おばさんだけど」
『一世さん? 何でしょうか?』
「それがねぇ、うちの双葉がちょっと面白いことになっちゃって」
『え、双葉が、どうしたんですか?』
「それはね・・・がね・・・で・・・なのよ」
急に小声になる一世。電話の向こうで、修司の息が徐々に荒くなっていく。
『・・・え!・・・うん・・・わかりました、すぐ行きます!!!』
「それじゃ、ね」
受話器を置く一世。なぜか双葉を見て、ニヤニヤしている。
「な、修司に何電話してんだよ!」
「双葉が双葉ちゃんになっちゃった、って教えてあげたのよ。すぐにこっちに来るって」
「何だとー!?」
一世の言葉に愕然とする双葉。よりによって、一番知られたくないやつに知られてしまったのだ。

・・・どど どど どど どど どど どど どど どどど・・・・バターン!

「おー、マイスイート、双葉!」
爆音とともに、内宇野家に修司が駆け込んできた。そして、唖然とする双葉に抱きつく。
「さすが修司君。ジャスト15秒。新記録だ」
いつのまにかストップウオッチを取り出して、住人が時間を計っていた。
「なななな?!」
突然のことに、赤面する双葉。修司は構わず頬をすりすりと・・・。
「やめんかーーーー!」
「オウッ」
殴り飛ばされる修司、しかし、
「ははは、女の子が暴力はいけないよ」
「や、やめろーーーー!」
どうやら女の子になってしまったせいか、筋力もだいぶ落ちてしまったようだ。双葉は、修司から逃れることができなかった。
「あらあら。双葉ちゃんが女の子になったとたん、積極的なのね」
一世が修司のことを感心している。
「双葉が男の子なのに、好きになっちゃって。こっそり、あたしに相談してきた時とはえらい違い」
「な、な、何だって?」
「そうさ! シャイな僕は、君が好きだってことを、10年以上も告白できなかったのさ!」
「あ、明日香のことは・・・?」
「おー、こんなときに他の女のことを言わないでおくれ」
そういって、修司はさらに、ぎゅう、っと双葉を抱き寄せる。
「二人とも、二階へ行ったらどうかしら? 用意はできてるわよ」
「すみません、一世さん。じゃ、行こうか・・・」
「な、用意って? ちょっと、か、母さん、あああぁぁぁーー」
だんだん小さくなっていく(そんなに遠くはない)声を聞きながら、父・住人は、一人涙していた。娘の運命を知っていたから。しかし、家庭内の力関係ははっきりしていたので、何も言えない住人であった。それでも、双葉の様子を夢想して、萌え萌えになる住人であった。

「・・・」
1時間後、二人は下に降りてきていた。着替えたのだろう。双葉は大きめの(男の時のサイズなので)Tシャツを着ていた。表情からは、男の子が残っていたさっきまでの荒々しさはすで抜けていた。ほふっ、とした顔で、修司の腕によりかかっている。

二階でが行われていたか、賢明な読者の皆様にはすでにおわかりだろう!

「お父さん、お母さん。双葉さんと結婚させてください」
突然の申し出に、涙を流して喜ぶ母と、涙を流して哀れむ父であった。すっかり女の子になってしまった双葉は、ただもじもじしているだけである。
「双葉!」
「修司さん!」
両親に祝福されて、必死と抱きあう二人であった。それにしても、双葉、変わりすぎやんけ。

ぱかーん

「はへっ!?」
凄まじい打撃音とともに、修司がゆっくりと崩れ落ちる。どうやら完全に気を失ったらしい。床に血溜りが作られていく。
「あ、あ、明日香ぁーー?!」
そう。いつのまにか明日香がいて、修司を背後からバットで殴りつけたのだ。その表情は、とても殺気立っている。触れるだけで切れてしまいそうだ。
「な、な、何で、っこっここに!?」
あまりの恐怖に、蛇ににらまれた蛙状態の双葉であった。
「・・・時間・・・10時・・・」
「あ、もう10時15分だ・・・ごめん」
しかし明日香の視線は、双葉の胸に注がれている。ふと、その手が伸ばされる。
「あふん」
「ふーん、本物みたいね」
「なっ?! あ、あん。や、やめ・・・あっ」
明日香は、ぐいぐいと、双葉の胸を揉む。
「あたしとの約束をほったらかしにして、二人でそんなことしてたんだ。ふーん」
「あ、や、やだ。ちょっと」
「で、あたしとの関係は、もう終わりってことなのね?」
明日香があくまでも冷たく言い放つ。
「・・・ん。男の子には戻りたくなくなっちゃった。・・・中に出されちゃったし・・・」
「なっ!?」
双葉の言葉に、明日香の手が止まる。
「あらあら、まあまあ」
一世がおろおろする。しかし、顔は笑ったままである。

双葉は、妊娠していた。
双葉と修司は、正式に夫婦となった。
そして二人の息子は、「奈良田響(ならた・きょう)」と名づけられた。

響は、母親(?)の、時々性別が変わるという体質を受け継いでいたのだが、それはまた別の話である・・・。