闇鍋の時間


「んじゃ、7時に俺ん家に集合な!」
 俺は、そう言って、校門前でみんなと別れた。
「おーし、いいもん食わせてやるからな」
「わー、楽しみぃ」
 みんなはそれぞれ別方向に向かいながらも、用意する食材とそれを食べたときの事を考えて、早速盛り上がり始める。
 今日は鍋パーティだ。それも闇の。
 かと言っても、ただの闇鍋じゃない。特別な、この今日のある一定の限られた時間にしかできない、そんな鍋だ。
 俺は、弥が上にも高まる期待で胸がいっぱいになり、きひひ、と笑みが漏れた。

 炬燵の上に大きめの鍋と、人数分の小皿や調味料を並べ始めたとき、玄関で呼び鈴を鳴らす音がした。
「よう、早かったな」
 迎え出てみると、やすおと麻美のカップルだった。
「俺達が一番か?」
 やすおは、瓶詰めを両手に持っている。理科室の薬品みたいに、色ガラスに入っているので、中に何が入っているかはわからなかったが、中身が、ちらっ、と動いたのを見ると、怪しげな小動物を持ってきたようだ。もう一方の瓶はわからなかった。
 一方、麻美はというと、30cm×50cmくらいの円筒の形をしたケースと、その半分くらいの大きさのケースを持ってきている。両方とも大げさなくらい厳重に包まれていて、表面に描かれている模様は、映画かニュースか、とにかく何かで見たことがあるようなものだった。
 二人が持ってきたこれらは、何であろうと、相当怪しいものに違いない。俺はわくわくしながら、二人を招き入れた。
 それから、間をおかずに、残りの三人もやってきた。手に手に持っているのは、やはりただならぬ物のばかりのようだ。

 炬燵にみんなで入ると、さすがに6人では少々狭い。それに、たかしは図体もでかいだけあって、一人で一辺を占有する。
 並びは、たかし、やすお、麻美、広一、今日子、そして俺、の順だ。いつも並ぶときはこの順番だった。俺と今日子、やすおと麻美がつきあっているから隣同士、そして、広一は女好きで、たかしは別段何もないので、結局、こうなる。
 そうこう言っている間に、出汁が煮立って、醤油のいい匂いがぷ〜んと部屋中に漂い始める。
 時計の針が7時29分を指している。いよいよ、闇鍋の時間が始まる。
「えー、今年もいよいよこの瞬間がやってきました。思い起こせば、5年前、・・・」
「いいから、早く消してよ」
「そうだ! そうだぁ!」
 俺が開会の挨拶を始めると、もう待ちきれないみんながヤジを飛ばす。俺は咳払い一つして、電気を消すと言った。
「では、始め!!」

 明かりを消すと、みんなは、きゃー、とか、わー、とか言いつつ、がさごそ物音を立てる。持ってきた物を入れる、この瞬間がたまらない。
 俺も、立ち上がって用意していたあれをまず鍋に入れた。そして、ズボンを脱ぎ・・・。ぽちゃ、という音と共に、それはだし汁を吸って鍋に沈んでいった(・・・だろう、何せ見えない)。
「あー、はじめ君、何かやな物入れたでしょー」
 麻美が耳聡く、俺の作業音を聞きつけ言った。へへへっ、と俺は笑いつつ、
「えー、みなさん。全て入れ終わったでしょうか。・・・それでは、一度煮込むため、明かりを付けま〜す」
 と言って、スイッチを入れた。明かりが付くと、みんなの表情が見える。にやにやした顔だ。おとなしい今日子も、毎年この瞬間だけは、普段は想像もできない表情である。もちろん俺もだが。
 炬燵の上では、蓋をした鍋が、ことこと、という音を立てている。
 ことこと、にやにや、ことこと、にやにや。ことこと、にやにや。
 ただひたすら、蓋の開けられる瞬間を待つ。
 ことこと、にやにや、ぐつぐつ、にやにや。ぐつぐつ、にやにや。

 具に十分火が回った頃を見計らって、俺は明かりを消した。再び訪れる闇。まるで、この儀式を象徴しているかのようだ。
「さて、まずは、第一箸。みなさん、一品だけ小皿に取り出してください」
 俺がそう言って鍋の蓋を取ると、さっ、とみんなの箸がのびる。箸同士がぶつかって、ちゃきちゃき、音を立てる。完全なる闇の世界。音だけがこの世界での唯一の認知方法だ。
 全員が一品ずつ取り終わり、また明かりを付ける。俺達の闇鍋は、オープン制だ。自分が何を取ったのか、そして、それを食べる姿を、みんなに見せなくてはならない。その方が、断然盛り上がるからだ。
 鍋は再び蓋をされ、小皿にも同じく蓋が被さっている。自分の番が来るまで、楽しみを取っておくためだ。
「今日のホストははじめだから、名前の通り、はじめがはじめなのねん」
 広一がげらげら笑いながら、言う。
 俺は、目の前の小皿に神経を集中させていた。何が来るかわからない。この緊張感は、何度経験してもいいものだ。

 ゆっくりと蓋を開けると、そこにあったのは・・・いや、そこにいたのは、一匹の牛蛙だった。いわゆる食用蛙である。
「しかも、まだ生きてるぜ! おい」
 俺は声を荒らげて言った。蛙は十分煮込まれたにもかかわらず、苦しそうに、もぞもぞと動いていたのだ。しかし、驚くのはまだ早かった。
「は、はじめ君・・・た、助けて・・・」
 な、何とその蛙は、(鍋汁を纏って)しっとりとした目でこちらを見ながら、今日子の声でそう言いのけたのだ。だが、姿はもちろん蛙だ。
「うおっ!? きょ、今日子!?」
 俺は、ぶったまげて、小皿を取り落とした。今日子蛙は、床に投げ出され、よろよろと這いずった。
「わははは、それ俺のだ! どうだ、びっくりしただろぉ」
 やすおが腹に手を当てて、笑い転げる。そうか、あの瓶に入っていた生き物はこの蛙だったのか・・・。しかし、よくもこんな変な事をしたもんだ。マイクロテープでも仕込んだんだろうか。俺は、床の今日子蛙を見つめながら、そう思っていた。
 蛙は、とうとう今日子本人の元へとたどり着いた。あまりのショックで固まったままの今日子は、ようやく我を思い出すと、そうっと、蛙を手に取った。
「それはな、今日子ちゃんの記憶と発声器官を埋め込んだ蛙なんだ」
 やすおが何でも無いように言いのける。
『えー!?』
 俺達は、今度こそ本当の驚きの声を上げ、今日子は、ひーっ、といって蛙を手に取ったまま、再び固まった。その目の縁からは、涙が漏れてくる。
「ね、ねぇ・・・何でわたしがもう一人いるの?」
 今日子蛙も涙声だった。
「・・・ねぇ、何でわたし、こ、こんな姿に・・・」
 だが、今日子蛙は最後まで言えなかった。何故なら、俺が、ひょいっ、と箸でつまむとそのまま口へ放り込んだからだ。
「きゃあああああぁぁぁぁ・・・」
 最初の一噛みと共に、口の中から断末魔の叫びが聞こえた。だが、二噛み三噛みすると、その叫び声も聞こえなくなった。俺は、ごっくん、と飲み込むと言った。
「食用蛙というのは、なかなかうまい」

 次は、たかしの番だったが、これは(俺にとっては)あまりおもしろくなかった。
 たかしが引き当てたのは、先ほど暗闇の中で、俺が脱いだばかりの、ほかほか(一度煮立ったが・・・)のトランクス。だが、たかしは、
「僕、菜食主義だから、ちょうどいいや」
 とか言って、もそもそ、いとも簡単に食べちまった。あまつさえ、
「ちょっとしょっぱ苦いのは何故だろう? 一部、動物性蛋白?」
 だと。うるせい、うるせぃ。悪かったなぁ。
 麻美は、先ほどの闇中での背景を知っているものだから、ずっとにやっとした目つきで俺の顔を見ていた。くそっ。

 やすおが小皿の蓋を開けるのを待っていた俺達は、中にあったそれを見て、ちょっとがっかりした。何故なら、そこにあったのはただのワカメだったからだ。強いて言うならば、ちゃんと海草の形をしたワカメ。
「何だぁ、ちょっと期待はずれだな。誰の?」
 やすおが箸の先でワカメをつついて言った。すると、今日子が、
「そ、それ。わたしの・・・。とりあえず食べてみてよ。そうすればわかるわ」
 と言った。さっきの蛙のショックが尾を引いているのか、声が震えている。
「そう? んじゃ・・・むぐむぐ」
 やすおがワカメを飲み込むまで、じっくりと待ったが、それでも何か起こる気配はなかった。あれ? っと誰もが思い始めた時、それは起こった。
「げはっ、ごほごほ、げー」
 突然、やすおが胃の辺りを押さえると、大量のワカメを吐き出したのだ。
「え? ちょ、ちょっと」
 隣で苦しげにワカメを吐くやすおに、麻美が慌てる。
 しかしやすおは、後から後から、これでもか、とばかりにワカメを吐き続ける。始めに食べた量に比べて、明らかに多く吐き出したにも関わらず、まだ止まる気配はない。やすおは今やぐったりしたまま、ただ口からワカメを溢れさせるだけ。
「・・・お、おい、今日子。これは一体・・・?」
 ようやく、事態を認識した俺が聞くと、
「胃液で増え続けるワカメ。500倍くらいに増えるわよ」
 と、ウィンクしながら、えへっ、と言った感じで言う。普段がおとなしいだけに、その表情にはぞっとくるものがあった。
「・・・ごほっ、げへ、がはぁ」
 胃液が枯渇したのかワカメの噴出は止まり、やすおは麻美に助けられながら、ようやく起き上がった。
「はっ。すごいよ今日子ちゃん。これは参った」
 そう言って、やすおは俺達を見回す。
「吐いたこのワカメも、食べなきゃだめか?」
 俺達はそろって首を横に振った。

 いよいよ、待ちに待った麻美の番だ。麻美は、普段はちょっと高飛車なところがあるので、つきあっているやすおも含め、みんな今日という復讐の機会を待っていたのだ。
 麻美の器に入っていたのは、長さが20cmくらいの、フランクフルトのような肉の塊。
『??』
 麻美を含め、それ、が何なのかわからない。麻美はいろいろな方向から、それ、を見つめるが、いまいちのようだ。
「そ、そそそそ、それは、僕の、だ!」
 広一が、うひゃあっ、といった感じで、叫ぶ。
「広一、の? ・・・まさか」
 そして、俺達は気づいた。麻美も。わかっていないのは、今日子だけだ。
「そう、クローン培養した僕、の」
 けけけっ、と不気味に笑い。広一は麻美を見る。
「ふーん、なかなか立派じゃない」
 麻美はそう言って、しげしげとそれを見つめる。改めて見てみると、なかなかグロテスクだ。
「ね、ねねね、麻美ちゃ〜ん。それ、先っぽから舐めるように。ね、ね」
 広一が気持ち悪い声で麻美の耳元にささやく。だが、麻美はそれを意に介さず、それ、にがぶりとかじりついた。・・・うっ、何かとっても痛そう。
「え、ええっ! そ、そんな急にぃ! ひゃあ」
 広一が隣で身悶える。麻美はそんな広一を全く無視して、それ、を食べ終えて言った。
「味は御粗末ね」

 広一の番になり、待ってました、とばかりに開けると、そこには寒天状の何かが。
「何でしょ、これ?」
 広一が辺りを、ふりふり、と伺う。今日子は目が合うと、にまっとした顔で(何度見てもいやな表情だ。普段が普段なだけに)、言った。
「スライム」
『スライムぅ?!』
 スライムって言うのは、あれか? ぐにゃっとした糊状のおもちゃ、それとも、アメーバ状の化け物か。
「そう、スライム。食べてみて、ね」
 相変わらず、食べてみて、だけだ。まぁ、確かに食べてみなければわからない。広一は、先ほどのワカメもあるから、慎重にその、ぐにゃぐにゃ、に箸を付けた。
「味は・・・おいしいですね。ゼリーみたいだ」
 広一は、ちゅるちゅる、といった感じで、吸い込むと言った。
「何も無いですねぇ、増えたりしないし」
 広一は安心しているが、今日子のことだ、どんな罠があるかわからない。俺達は、じぃっと広一を見つめていた。
「んー?」
 しかし、あんまり見つめていたせいか、目が霞む。広一の輪郭がぶれ、よく見えない。慌てて瞬きするが、両脇にいる麻美と今日子はしっかりと見えるのに、どうも広一がよく見えないのだ。これは変だ。
「あ、あ、あ、あれれ? か、体、変ですよぉ」
 広一が扇風機に向かって言ったような声を出す。そうこう言っているうちに、とうとう、広一の輪郭は無くなり、背後が透けて見えるようになり、先ほど食べたスライムのようになってしまった。
「な、なぁ、今日子。これってもしかして・・・」
 俺が今日子に聞くと、
「そうよ。スライムになるスライム」
 今日子は事も無げに答えて、にやりと笑った。
「ひぃどどぃよぼぅ、きょぼこちゃぁん」
 スライム広一は、ぶるぶるっ、と震えて声を出す。そして、今日子へとのし掛かるように寄ってくる。
「うわぁ、こっち来るなあ」
 俺は思わず、鍋の蓋を掴んで、広一スライムを押し返した。今度は、麻美の方に倒れ(?)込む広一。
「あら?」
 すぽっ、といった感じで、麻美の上半身がスライム広一に包み込まれた。途端に、じゅじゅう、といった音を立てて、麻美の肌が焼け、服が溶ける。
『おおおっ!』
 上半身を露出させられた麻美を見て、俺とやすお、そしてスライム広一が声を上げる。
 麻美は、肌を焼かれた痛みから逃れようともがく。しかし、暖簾に腕押し、糠に釘、全く抜け出せない。広一はうれしそうに、じゅるじゅる、と麻美を溶かしていく。
「あざぁみぢゃぁん、おいぃじぃいよぼぉ」
『おええぇっ』
 麻美は肌を溶かされ、赤い物、そして次に白い物を露出させた。骨だ。次第に広がっていく白い面積。もう、麻美の面影は消え失せた。そして、麻美の抵抗も・・・。
 スライム広一はとうとう麻美を喰らいつくしてしまった。青いゼリーの中には、既に標本と同じ様な麻美の上半身だった骨格が漂っている。さすがに骨を溶かすのは時間がかかったが、しばらくして、広一は今度こそ完全に麻美を消化し尽くした。
 残された下半身がどさりと床に落ちる。
『・・・』
 俺達は、ただもう呆然と、その人喰いショーに見入っていた。
 さぁ、今度は下半身か! と思われたとき、スライム広一は、スライムになったときと同じように、ぶるぶる、と震えると、次第に輪郭と不透明を取り戻して、元の広一に戻った。
「あぁ、今、僕は麻美ちゃんと一つにぃ」
 広一が感動していると、
「くぅ、広一ぃ、やったわねぇ」
 残された麻美の下半身が、もぞもぞ、と蠢き、まるでトカゲの尻尾が再生するかのように、上半身を、にょきにょきはやしていく。さすが闇の時間だ。あれよあれよ、という間に、麻美もすっかり元の姿を取り戻した。着ていたものを除いて。
 麻美の服は、広一の服に混ざってしまっていた。
「!? ふ、服貸してよ、はじめ君!」
 再び、おおおっ、とどよめく俺に、麻美は言った。俺は、タンスからワイシャツを出して来ると、麻美に渡した。

 いよいよ第一箸のラスト、今日子の番だ。
 今日子は、蓋を開けると、蛙を見たときよりも大きく、きゃあ、と叫んだ。
 そこには、でん、といった感じで、海鼠、が横たわっていた。なまこ、だ。
「あ、今日子ちゃん、らっきぃ。それ俺が持ってきたやつだ。高級中華食材。高かったんだぜ」
 やすおが言う。
「ら、らっきぃじゃないもん。こ、こんなの・・・」
 だが、今日子は先ほどにもまして涙声になって嫌々をした。

 何とか、今日子が海鼠を食べ終わる。
 いよいよ第二箸だ。
 最初と同じように、明かりを消し、鍋の蓋をはずすと、ごそごそ、と六人の手が踊った。

 第二箸一番手の俺が取ったのは、500円玉を3枚くらい重ねたような、がちがち、としたオセロの駒のような、何やらよくわからないものだった。
 誰も何も言わない。第一箸でちょっとはしゃぎすぎたせいかもしれない。黙ってじっと俺がこの不思議な食品(?)を口にするのを待っている。
「えーい、ままよ!」
 俺は、そう言うと、ぽいっと口の中へ放り込んだ。がりがり、と囓る。どうやら普通の食べ物ではないようだ。苦い。
「何だこりゃ、薬みたいな味がするぞ?」
「それは、僕が入れた薬でーす。はじめ大当たり!」
 やっと沈黙を破ったのは、広一だった。
「こ、広一が入れたのか・・・媚薬か惚れ薬?」
 おそらく麻美か今日子に食べさせ(?)られれば、広一に、という寸法だったのだろう。危ない、危ない。俺で良かったぜ。
「残念だったな、広一。俺が取っちゃって」
 そう言うと、広一はしかし全然残念そうではなく、
「いいの、いいの。ところで、服はきつくない?」
 と変なことを言い出した。俺は、何だ、といぶかしがりながらも、そう言えば何だか上半身も下半身も、ぶくぶく、と膨れていくような感じがしていた。もしかして、風船みたいに体が膨れちまうのか? と思っていると、
「いてー、いてててぇ」
 膨張が急激に起こったようで、胸の辺りと、そして特に尻の辺りが、ぎゅうぎゅう、にきつくてたまらなくなり、俺は慌ててズボンを脱ぎ捨てた。ふぅ、楽になった。
『あっ!』
 すると、みんなが一斉に俺を指さしたまま、固まった。広一は、にひひ、と笑っている。目だけはこちらを向けたまま。
「ん? 何だ・・・あ、こ、声が?!」
 俺はそのとき、自分らしからぬ声に驚いた。驚いて上げた声も、1オクターブは高くなっていて、自分でないみたいだ。
「は、はじめ。お、女になってる」
 たかしの声を久しぶりに聞いた気がする。・・・じゃなくて、俺が、えっ?!
「・・・うわああああぁぁ」
 みんなの指先を辿って、視線を床の方へ向けたとき、俺は全てを理解した。そして、慌ててかけてあったバスタオルを掴んで腰に巻いた。
 俺がその視線の先に見たのは、胸の双丘とその谷間と、のっぺりとした、そして、下着も何も付けていない女の下半身だった。
「おい、広一。お前、まさか!」
「へへ、当たり、当たり、大当たり。即効性の性転換薬だよん」
 くううぅ。どうりで、俺がこれを取ったのを喜んでいたわけだ。してやられたぜ。
「あ、あの、広一。はじめはいつ元に戻るんだ?」
 麻美が上半身裸になったときも、顔色一つ変えなかったたかしが、今度は顔を茹で蛸どころか、溶鉱炉のように(?)真っ赤になっていた。おいおい。
「だ〜いじょうぶ。ちゃんと時間までには元に戻るよ。僕が保証する」
 広一は、何をどう保証するつもりかわからないが、そう言った。闇の時間は日付が変わるまでだ。俺はそれを聞いて、一応ホッとした。ぞろぞろ、と胸をなで下ろす。が、そこでぶつかるのは、俺らしからぬ俺の一部。
「くうぅ。何でこんなもの入れたんだよ」
 俺の言葉に広一は、
「だって、男女比4:2だったでしょ。確率1/2だし。それに、僕、今日子ちゃんがいいなぁ、って思ってたから、はじめで一番うれしいよ。あ、でも今のはじめなら僕もいいかな」
 ・・・何が、いいかな、だ。俺はふてくされて炬燵に戻った。
「あ、はじめ君。足、足」
 今日子が俺の腿をつついて耳元で、ぼそぼそ、と小声でささやく。俺はいつも通りあぐらをかいて座っていた。あまり女らしい格好とは言えないので、俺は慌てて座り直した。はいているのはズボンのかわりにバスタオルだが、これはしょうがない。何せ、俺は女物の服なんて持っていないのだ。
 ふぅ〜、冬で良かったよ、全く。

「次だ次! たかし、行け!」
 俺は女になってしまい、ムシャクシャして、言った。
「お、女の子になったはじめって、何だか、か、かわいい、よ」
 たかしが俯いたまま言う。顔どころか全身が真っ赤で、頭からは湯気が立っている。おいおい、呆れて何も言えないよ。
 ともかく、たかしは真っ赤になって、俯いたまま、小皿を手に取った。中には、何やら円形の、先ほど俺が口にした物よりは一回りくらい大きかったが、何となく似ている。たかしは俯いていて、その事実に気づいていない。箸で取って、口に運ぶ・・・。
「お、おい、たかし!」
 俺はたまらず声を上げた。たかしは、えっ、っていって顔をこちらに向けたが、既に、それ、を噛みしめていた。
「あっ」
 その途端に、たかしの口から爆風が溢れ、辺りに爆炎と爆音と、たかしの物と思われる脳漿と肉片、血液をまき散らした。
「・・・は?」
 俺がふと我に返ると、たかしの顔は無惨に吹き飛び、首の上には、わずかに下顎が残るのみだった。
「あ、それあたしの。安心して、性転換薬じゃないから」
 麻美が、お茶を啜りながら言う。幾らなんでも安心とか、そういうレベルじゃないような気がするが、
「いやぁ、びっくりした」
 と、下顎だけのたかしが言う(?)のを見て、俺は、あぁそうか闇鍋だっけ、と気づいた。さっき自分の身に起こったことが、あまりにも衝撃的だったので、少々混乱していたのかもしれない。
 ふー、と息をついて、落ち着いてみると、たかしの顔は既に元通りになっていた。さすが、闇の時間だ。
「と、ところで麻美。今のは何だったんだ? どうみても食べ物じゃないようだが・・・」
 やすおが恐る恐る、と言った感じで麻美に問いかける。
「あぁ、あれ? クレイモアよ」
『クレイモア?』
 俺達は、その聞き慣れない言葉に、おどおど、と再び問いかけた。すっかり麻美のペースに飲まれている。
「クレイモアって言うのは、指向性対人用地雷のことよ。ま、破壊力を押さえてあるから入れておいたんだけどね」
 あっけらかんと、麻美は言う。
「・・・地雷とは、ご、豪快ですね。麻美ちゃん〜」
「あら、もう一つのはもっとすごいのよ」
 広一の言葉に、麻美は、あらあら心外ね、というように言った。
「な、何を入れたのかしらね・・・」
 今日子が、ちょっと怖い、と言ってしがみついてきた。今日子の手が胸に触れて、ぞくぞく、っとした。

「ははは、ま、まぁ、何だ。幸せっていいよな。あ、次、俺だな」
 やすおはよくわからないことを言って、皿を手に取った。しかし、そこから出てきたのは、俺とたかしに続いて、またもや同じ様な円柱形状の、あきらかに、食べ物食べ物らしからぬものだった。
「な、なぁ、これってもしかして、麻美の・・・か?」
 やすおの箸先は、ふるふる、と震えている。そんなやすおにたいして、麻美は、
「やったね、やすお。今日の一番!」
 と、手をたたいて喜んでいる。
 いくら闇鍋といえども、頭を吹っ飛ばされる以上の物を食べなければならないとしたら、このわき上がる恐怖感は、一体どうやって押さえ込めばいいのだろうか。やすおはそう思っているに違いない。箸を持った手を、もう一方の手で、必死に押さえ込んでいる。顔は笑っているが、ぴくぴく、と引きつっている。
 俺は、広一の性転換薬を食べさせられたことを、今、つくづく、幸福なことであったと感じていた。

「はぁ、何だ。知らなかったわ」
 麻美が、自分の小皿を取りながら、残念そうにため息を吐く。
 やすおは結局、麻美が持ってきた奇妙な塊を飲み込んだのだ。だが、結局、やすおの身には何も起きなかった。
「・・・で、何だったの?」
 やすおが何もなかったので、今日子が中身のことを麻美に聞いた。
「プルトニウム」
『プルトニウムぅ?!』
 俺達は、今度もまた声を合わせて、しかし、今度は叫ぶように言った。
「そう、プルトニウムよ。先週、たまたま、プルトニウム輸送船が近くを通ったから、ちょっと分けてもらったのよ」
 麻美は、それが如何にものすごいことであるかを、全然、全く、ほとほと、気づいていない。しかも、放射性物質について説明されると、
「何か、危ない物質だ、って言うから、持ってきたのに」
 と曰いやがった。ああ、無知であることが、こんなに素晴らしいなんて! 俺は、つくづく、この闇鍋の時間に感謝した。

「ところで、これ・・・何?」
 麻美が小皿から持ち上げたものを見て、たかしが言った。
「あ、それ。生命線だよ」
「は?」
「だから、生命線。ほら、手のひらにある・・・」
 白滝のような、糸蒟蒻のようなそれを、たかしは生命線と言うのだ。
「ああ、そうなの」
 俺達が呆気にとられ(もう先ほどからのような凄まじいものばかりがで続け、俺とやすお、今日子の三人はほとんど何も言えなかったのだ)、麻美が平気な顔でその、生命線、とかいう代物を口に運ぶのを黙ってみているしかなかった。
 麻美が食べ終わるのを見て、たかしは、
「あぁ、これで一体何人の人間が寿命を迎えたことか」
 と、おやおや、といった感じで呟いた。幾ら闇鍋とは入っても、そんな、訳わからん物を持ってくるなよなぁ。

 広一がそれを器から持ち上げたとき、比較的常識人の俺達三人は、またか?、と思った。そこにあったのは、先ほど麻美が食べた、生命線、という物体に良く似ていたからだ。
「同じ物を入れるなんてねぇ、やれやれ」
 広一が、それをつまみ上げたまま、首を横に振りつつ言った。そして、そのまま、ぽいっ、とばかりに飲み込む。
「あ、それは、超ひも、だよ。生命線じゃないよ」
 やはり、たかしの入れた物だったが、その物が違った。今度は、超ひも、とかいうもののようだ。
「あ、そう」
 もはや、俺達三人はすっかり燃え尽きたのか、素っ気なく答えた。闇の時間と、その超ひもとかいうものが干渉したのだろう。しばらくの間、それを食べた広一が、消えたり、凍ったり、ぶれたり、千切れたり、歪んだりしていた。

 いよいよ、闇鍋も今日子で終わり。しかし、俺とやすおと今日子は相変わらず、真っ白になっており、広一は異次元からの影響を受けて、この空間から姿を消していた。残っていた麻美とたかしは、
「きゃあ、何よその目玉!」とか、
「うわぁ、はじめちゃんが、あっ・・・ごめん、はじめが・・・」とか、
「ちょっとはじめ君、お米どこにあるの?」とか、
「広一、戻って来たはいいけれど、安定して存在してないね」とか、
「ちょっと、おじやするわよ」とか、
 何やら、いろいろ言っていた。俺達はその間も全く無反応だった。が、ついにそれにも終点がやってきたらしく、俺達は最後の麻美の一言に反応した。広一も原点に復活した。そして、言った。
『おじやだ(と | って)!』

「いやぁ、鍋はやっぱりおじやだよなぁ」
「そうね、締めくくり、って感じよね」
「有終の美、というか、ラストスパート、というか、もうだめお願い、というか、そんな感じだね」
 辛うじて無事に闇鍋を乗り切った俺達は、残った汁に米を入れて、おじやを始めていた。
 いろんな具から滲み出た放射能や出し汁が、いい具合にご飯に染み込んでいく。
「そろそろ、いいかしらね」
 鍋の様子を見ていた麻美が、自分の小皿におじやをよそった。
「うんうん、いい感じ」
 と言って、一人で食べ始める。他の人間にはよそおうとはしない。麻美らしいと言うか、何というか。ともかく、俺達は、渋々と、自分たちの皿におじやを盛りつけた。
「さすがに高級中華食材だけあって、海鼠が効いてるねぇ」
 半分くらい食べたところで、やすおが自分の入れた物を思い出して言った。なるほど、確かにいつもの鍋に比べると、うまい。俺は、お代わりをよそった。しかし、今日子は吹き出しはしなかったものの、うっ、といったような感じで、そのまま箸を止めてしまった。そういえば、海鼠で苦労していたなぁ。
 俺達は、そんな今日子を意に介せず、黙々と、鍋の底をこすり取るように、食べ干した。

「それじゃあな」
「バイバイ」
「さようなら」
 各人が、すっかり満足して帰っていく。今年も、闇の時間の鍋は大成功だった。少々、過激な所もあった気がするが、なかなか、良かった。
 俺は、みんなを送り出すと、鍋を片づけた。時間は、まだまだ、余裕があるが、急ぐに越したことはない。シンデレラのように、魔法の時間は12時までなのだ。
 ふと、俺は、風呂はどうしよう、と考えてちょっと赤面した。何故なら、今、俺は女になっている。あぁ、何だかいけない誘惑が・・・と思ったが、いそいそと風呂の準備をしている間に、元に戻っていた。ちぇっ。
 風呂から出ると、俺はそのまま、うとうとしていたが、12時を30分も過ぎた頃に、ようやく寝た。
 来年は、何を入れようかなぁ、と考えながら・・・。

 翌朝、俺を起こしたのは、目覚まし時計のベルではなく、びりびり、とがなり立てる携帯電話の音だった。
「ねぇ、はじめ君! 助けて!」
 電話はどこかのおかまがかけてきたものらしかった。いやに女っぽい口調の声を聞いて、俺は、ぶつぶつ、と寝言のような文句を言って、そのまま電話を切った。だが、切った瞬間、再び、電話が鳴りだした。
「おいおい、何だこりゃ」
 携帯番号の液晶画面に出ていたのは、しかし、先ほどのもそうだったが、今日子の番号だったのである。俺は訝しがりながらも、しぶしぶ、と出た。
「ねぇ、ちょっと聞いてよ〜、男になっちゃったのよ〜!」
 その声は、男のものだった。おかまみたいな口調の上、泣き声混じりだったので、広一の声かと思った。しかし、番号は今日子だ。
「な、なぁ。今日子はどうしたんだ?」
「だからぁ、わたしが今日子だってばぁ」
 その男は自分が今日子だと言う。俺は何が何やらわからなかった。
「はじめぇ〜、ちょっと来てくれぇ」
 怪しい電話の男と会話をしていると、玄関から俺を呼ぶ声がした。女の声なので、麻美か今日子かと思った。もちろん、本物の方の。でも、いつもと口調が違うしなぁ、って思って出てみると、
「お〜い、はじめぇ。たかしだけどぉ」
 と、その大柄の女性は突然言い出した。おいおい、何の事だよ。俺はもうわけがわからなかった。
「朝起きたら、こうなってたんだよぉ」
 その、たかし、と名乗る女性は、たかしのような格好で、たかしのような口調で、たかしのように言った。
「だからですね、たかしは男ですよ」
「わかってるよぉ」
「そして、あなたは女だ」
「そうなんだけど、僕はたかしなんだよ」
 俺はどうもわからなかった。先ほどの奇妙な電話といい、この女性の言うことといい、まるで昨日の闇鍋の時間のようではないか。
「でも、今はもう闇の時間じゃないし・・・」
 俺がそう言うと、
「それはですね。多分、おそらくですが、おじや、が原因ではないかと。あ、ちなみにわたくし、広一です。はい」
 と、門柱の向こうから、にへへ、といったような嫌な笑みを浮かべた女性が話しかけてきた。また変なのが来たよ。だが、それだけではなく、知らない男女のカップルが、
「おーい、はじめぇ」
「はじめ君、大変大変!」
 と駆け込んできたのだ。そして、その後ろからは、今日子のパジャマと同じ模様の同じ様なパジャマを着た高校生くらいの(いわゆる耽美系のような)美少年っぽい男が続く。
「お前ら一体何なんだぁ〜!」
 俺はまだ薄暗い空に向かって叫んだ。その声は、えんえん、太平洋を越えて行った。

 よくよく、話しを聞いてみて、どうやら、この奇妙な連中は、本当に名乗っている通りの人物らしかった。
「でもなあ、昨日、闇鍋を終わったときには、確かにみんな普通だったんだよなあ・・・」
 俺は、ほとほと困っている面々を見ながら、どうしたことかと考えた。
 闇の時間に起きたことは、例えどんなことであっても、闇の時間が終わるまでは、無効、になる。だから、麻美の上半身が喰われても、たかしの頭がふっとばされても、二人は何ともなかったかのように生き返った。俺は、12時までに男に戻っていなければ、最低1年間はあのままだったし、もし、この五人が同じように性転換していたとすれば、薬の有効期限は12時前に戻っていたはずだ。だが、違う。
「うーん?」
 俺が、うんうん、うなっていると、薬を持ってきた広一が言った。
「そういえば、あの薬。元々は直径5cmくらいあったんですけど、はじめが取り出したとき、半分以下の大きさしかなかったですよねぇ、ということは・・・」
 俺は、俺達は、広一の言わんとしていたことを、朧気ながら理解した。おそらく鍋の中に薬の成分が溶けだしていた、ということだろう。
「だったら、何で、みんな同時に変身しなかったんだ?」
 やすお女が最もな質問をした。そういえば、そうだ。
「だからですね、塊だったときは即効性を持ってたけど、溶けちゃって遅効性になってしまったんではないかと・・・」
「ほう、それで?」
「ですから、闇の時間が終わった12時以降、みなさんが寝ている間に変わってしまったのでは・・・」
「ほうほう、だから?」
「え、えぇええっと、あのですね、あの、だから、来年の闇の時間までこ、このまま、ってことで・・・」
 5人の、ちくちく、と刺すような視線に、ようやく気づいたのか、広一女は、あのあの、と繰り返す。
「ま、まぁ、何ですか。だ、男女比が1:1になって、あの、良かったんじゃないで・・・って、ちょっと、あ、きゃあ」
『よくなーい!!』
 俺達の集中攻撃は、太陽が高く昇るまで続いた。