演劇の神様


1.神様登場

「いくらかかるんだかわかりゃしない」
「全部ベニヤ板って訳にもいかないしねぇ」
 近くの学校の生徒だろうか。制服姿の一組の男女が、とても優雅とは言えないアフタヌーンティの時間を愚痴まみれで過ごしている。
「大体、個人でどうにかなる問題じゃないだろ?」
「そうよねぇ、原因は私たちとは関係ないのにねぇ。雷で火事が起きるなんて、思ってもみなかった」
「しかし、全部燃えちまったのは痛かったなぁ」
「高校生活最後の大舞台がこのままじゃ台無しよ」
 ここで、二人してため息。
 二人の話をずっと聞いていると、どうやら彼らの所属する演劇部の部室が、火事で燃えてしまったらしい。歴代の部員が残していった数々の大道具小道具が全てだめになってしまい、二週間後に迫った文化祭をどう乗り切るかを検討中の様だ。
 学校側だって、もちろん部室の修繕費用は出してくれたのだが、肝心の演劇をするための諸々の費用までは面倒を見てくれなかった。しかも、文化祭のために出ていた特別予算までも使い切ってしまっていたのは、不幸中の不幸。最悪のパターンだった。
 二人は文化祭で行う劇の演出をどうするかを話し合っていたところだったのだ。
「まさか、道具無しでってわけにも行かないし」
「せめて大道具が残っていればねぇ」
 ここで、二人してまたため息。

「もう一度、学校側に掛け合ってみるか」
 ようやく解決になっていない結論を出したとき、お待たせ、と声がかけられる。
「恵美子ぉ、遅いじゃない」
「許してぇ咲樹、ちょっと手間取っちゃって」
 恵美子は手を合わせてごめんと謝る。
「・・・で、その人は?」
 待っていたもう一人の男の子、雲英(きら)が、恵美子の隣に立っている老人に目を向ける。
 その老人は、今時の日本人のお年寄りよりも若干変わった姿格好をしていた。白髪を頭巾でおおい、これまた白く豊かな髭を蓄え、まだ秋口なのにちゃんちゃんこを着ている。まぁ、ちゃんちゃんこ自体が珍しいが。
「じゃじゃーん。聞いて驚いてよ。この人・・・じゃない、この神様が演劇の神様よ!」
『えぇ?!』
 恵美子の言葉に、二人は驚くばかり。一方の老人、もとい演劇の神様は、ふぉっふぉっ、と笑っている。

 まだ新築の匂いがきつい部室に全員を召集し、神様のことを紹介すると、彼らは一斉に、ぽかーんと呆けたような表情や、驚愕の表情、かわいそうにといった表情を浮かべる。この辺りのリアクションは、雲英や恵美子と変わらない。人間誰しも、自ら神様と名乗る人物、もとい、神様に出会ったら、同じ様な表情をするに違いない。
「えー、じゃあ、昨日言っていた心当たりって、このことなの?!」
 部長の鈴音は信じられなーい、といった表情で、老人を見つめた。
「まぁね。実家のつてでちょっと、ね」
 恵美子が自信満々で改めて神様を皆に紹介する。
「私たちの問題を全部解決してくれるって、本当ですか?」
「いくら神とはいえ、全ては無理じゃ」
「何だぁ、がっかり」
「期待した俺が馬鹿だったぜ、くそー」
「うぅ、死んでやるぅ」
 神様の、思ってもみなかった言葉に、悲嘆にくれる部員たち。中には、ロープを天井にかける者もいる始末。少々気が早い。
「神様も全能じゃ無いって事ですか・・・ふう」
「まあまあ、全ては無理じゃが、演劇に関することなら任せておくが良い」
 鈴音の呟きに、しかし、厳かに答える神様、その答えを聞いた途端、
「すごぉい」
「やったぜ!」
「うぉーー、大好きだぁ!!」
 一斉に皆が神様に詰め寄り、もみくちゃにする。こいつらは少々江戸っ子気性だ。
「や、やめんか。こりゃー」
 神様の抗議も届かず、演劇部一同12名は、そのまま神様を胴上げをするかのように担ぎ上げると、部室の外へと運び出してしまった。そして、わっしょいわっしょいとかけ声を弾ませる。火事が起こって以来、どうも練習に身が入らず、悶々とした日々を送っていた彼らも、ようやく稽古に本腰を入れられるということで、大張り切りなのだ。
 一行は、舞台のある講義堂へと向かう。そこでは、文化祭当日の発表はもちろん、いつもの練習も行うのだった。

「それでは、これが今回のシナリオです」
 眼鏡をかけた少年、睦月(むつき)が、神様に台本を手渡す。
「ふむ、なるほど。なかなか、気合いが入っておるのぉ」
 神様はぱらぱらとページをめくる。睦月はその言葉に、感動して目尻に光るものを浮かべた。この作品は、一世一代の秀作と自画自賛していた睦月なのだった。
「・・・しかし、この言葉はわからんのじゃが・・・」
「え?」
 神様が差し出すページを見た睦月は愕然として、膝を落とした。
(どうして老人に優しい文章にしなかったんだろう)
 と自分の書いた文章を改めて見直して嘆く。今回のストーリーは、アクションを取り入れた推理もの。時代背景は、近代ヨーロッパ。だからと言って片仮名である必要はないのだが、睦月のシナリオは、やたらに片仮名の多い、どこかの間違った政策の様な雰囲気を醸し出している。神様も、片仮名はもちろん読めるが意味が分からない。
「も、もうお終いだぁ。僕は駄目な人間だぁ」
 突如叫び声をあげて、睦月は頭を抱える。少々悲観主義過ぎる。
「うがぁ」
 しかし、次の瞬間鳩尾に決まった見事なエルボーのため、声を失い、気を失う。いつの間にか、一人と一柱の脇に立っていた咲樹が、放ったのだった。
(めごい娘じゃが、気が強いのぉ)
 そんな神様の心を察したのか、そうでないのか、咲樹は至ってお淑やかに訪ねる。
「必要な場面場面で、指示を出せば、大丈夫ですよね?」
「ま、まあ、臨機応変にこなしてみせるぞぃ」
 床でピクピクと痙攣している睦月を見てしまったら、駄目だとは言えない神様であった。これは少々気が弱いというだけではないだろう。

・・・こうして神様まで巻き込んだ舞台練習は開始されたのである・・・


2.腕前披露

「まず、大道具からお願いしますね」
 舞台裏には、何枚ものベニヤ板が運び込まれていた。焼失してしまった大道具を、ベニヤに絵を描いて代用するつもりだったのだ。しかし、時間的・金銭的に余裕が無かったため、板に描かれているのは、下書きのみである。これでは、やる気が出ないのも当然かもしれない。
「うむ、任せるが良い」
 神様はそう言うと、むむ、っと気合いを込めはじめ・・・はしなかった。持っていた杖を突き出し、
「そいやぁ!」
 と小さな声で呟くだけで、ベニヤ板がうにょーんと変形していく。少々不気味だ。
『おぉ!』
 その様子を緊張の面持ちで見守っていた部員一同は、今や立派な宮殿へと変化したベニヤ板を見つめて、感嘆のため息をもらした。
 神様は昔の神様のようで、それは、少々古めかしいものだった。しかし、今回は近代ヨーロッパが舞台のため、その懐古主義的なデザインはかえって素晴らしい。
「どうじゃ。なかなかのもんじゃろう」
 部員たちの士気が3上がり、神様の評価が1上がった。

 その後も、各小道具や衣装を調達してもらい、練習は順調に進む、かのように思われた。
「っ、痛たたぁ」
 1年生の豊が、アクロバットのシーンで、転んで足を捻ってしまったのだ。
 保健委員でもある清花(さやか)が、豊の足を簡単に診察する。
「どうかしら?」
「練習を続けるのはちょっと無理みたいですね」
 心配そうにその様子を見守る鈴音に、清花は首を横に振りながら答える。豊は今はもう痛いとは言っていなかったが、患部に押し当てられたタオルの感触に顔をしかめる。
「軽い捻挫ですから、本番は何とかなるでしょう。ただ、今日は駄目ですね」
「仕方がないわね。でも、他に軽業ができる人もいないし・・・」
 清花の言葉に、ガックリと項垂れる豊と、鈴音と、部員一同。今回の劇の最初の見せ場は、中学の時体操部に所属していた豊でなければ到底こなせない。ここで内容を大幅に縮小したら、味気ないものになってしまうだろう。
「神様なら何とかしてくれるのではないでしょうか?」
 豊の同級生で、先ほどから清花と共に豊の手当をしていた明美が、はっと気づいたように声をあげる。
「あっ、そうだ。神様がいたんだ」
「あー! 何でそんなことに俺は気づかなかったんだー!」
「くそー馬鹿だ。俺は馬鹿だー」
「こんな私は、生きていく価値なんか無いのよぉ〜!」
 自分たちの愚かさに、夕日に向かって青春する者数名。彼らは少々熱血タイプだ。
「・・・簡単な事じゃ・・・ほれ!」
 そんな部員たちに少々面食らっていた神様も、ごほん、と咳払いをして、先ほどのように呪文を唱え・・・たりはせず、杖をちょいと振りかざす。すると、白い煙と共に、いかにも運動神経抜群ですぅ、といった感じの男子が現れる。
「代わりじゃ」
 神様は満足げだ。
「・・・あれ? ここは一体どこなんですか? 僕は・・・?」
 しかし、突然召喚されたその少年は、状況が飲み込めず、おろおろと不安げな視線を一同に向ける。その様子は、少々年下もの系であり、そういった系統のお姉さんが近くにいたら、放っておかないだろう。実際、恵美子や1年生の紀子などは、目がハートマークになっている。
「あなた、えぇと?」
 鈴音は、現れた少年から、いけないお姉さんの魔の手を遠ざけるようにして、聞く。
「武文です」
「そう武文君ね。武文君は飛んだり跳ねたりは得意?」
「えぇ、まぁ」
「そ、そう、良かったわ」
 武文のはにかむような答えに、鈴音はたじろぐ。その気のない彼女にも一瞬、悪くないな、と思わせてしまう辺り、それは彼の天性の素質なのかもしれない。
「岩下君、雛形君、北原君を保健室へ連れていってあげて」
「はい、部長」
「任せてください。ほれ、行くぞ」
 手先が器用と力持ちのこの二人は主に大道具担当である。豊が足を怪我した、と聞いて早速寄せ集めの機材で即席の担架を作っていた。
「・・・すみません・・・」
 そのお手製の担架に乗せられた豊が、二人の手によって、保健室へと運ばれていく。
「さあ、練習を再開するわよ」
 このメンバーなら当然のことかもしれないが、豊の怪我を治した方が明らかに手軽であることに、誰も気がついていなかった。
 こうして豊は、せっかく本格的な練習が始まったのにも関わらず、序盤でいきなり退場という憂き目にあってしまった。しかし、彼がいなくなってからの出来事を聞いたとき、豊は自分の運の良さを、それこそ神様に感謝したのだった。

 そうそう、ここいらで、今回彼らが演じる劇の内容をざっと紹介しておこう。
全体的な流れとしては、先ほどの睦月が登場したときに述べたように、19世紀ヨーロッパを舞台にしたアクションを取り入れた推理物語、である。アルセーヌ・ルパンのような人物を想像してもらえれば丁度良い感じ。
 まず、第一幕では、奇抜で大胆な怪盗が、貴族の宝を盗む、と予告を出すところから始まる。そして、次々に盗みを成功させる怪盗は、ついに王宮へと挑戦状をたたきつけたのだ。果たして、怪盗を阻止できるのだろうか。というところで、第一幕は終了する。
 次の第二幕では、その王宮でのパーティーシーンをメインとしている。そのパーティーの主役が、怪盗が狙っている宝石なのだ。しかし、その最中、一人の貴族が、飲み物に毒を盛られていたため死亡する。怪盗と殺人事件の関係はどうなるのか、といったところで幕がおりてしまい、実に過剰な期待を持たせる少々嫌な・・・げふんげふん、何とも見事なストーリー展開である。
 第三幕は、近頃名が売れてきた若手探偵が、登場。犯人は、パーティーの賓客に紛れていた何者か、という推理を披露する。そして、ついに予告状で告げられた時間になるが、そこで彼らの前に姿を現したのは・・・。
 最終幕では、殺人事件の犯人、探偵、怪盗の三つ巴で場面が展開していく。特にラストの決闘のシーンは、それまでの伏線を見事に昇華させた、睦月が自慢するだけのことはある素晴らしい出来になっている。
 と、簡単であるが、以上が演劇部一同が演じる内容だ。

 それでは、一同の練習の続きと、神様の演出をじっくりと見ていただきたい。


3.本領発揮

 舞台上に元ベニヤ板の大道具が運び込まれて、一昔前のヨーロッパの都市が舞台で再現される。平和な日常を演じる一同。しかし、昼から夜になると、一転して町は暗黒の闇にとらわれる。
「・・・がいいよね」
「そうね、だったら・・・」
 シーンが変わって脇に引いた恭一と清花が、舞台を指し示しながら、二人で何やら話し合っている。どうも部員たちは少々理論よりも実践タイプというか、こういった演劇の理を話しているのを見かけないのが残念なのだが、この二人はなかなか見所のあるようだ。ふむふむ、ちょっと詳しく聞いてみることにしよう。
「・・・もいいね。でも見た目の豪華さといったら萩野屋だろう?」
「アンジュラのパフェも、チョコ細工が綺麗なのよ」
「あぁ、もう思い出しただけで涎が出るよ」
「稽古が終わったら寄っていきましょうね」
 ・・・失礼。全然関係なかったようだ。再び舞台の様子を見てみよう・・・と思ったら、すでに第一幕が終わりそうだ。こりゃいかん。
 舞台は第一幕の最後、怪盗退出シーンのようだ。黒尽くめの衣装で身を包んだ咲樹が、怪盗の役を演じている。彼女は活発(過ぎ)で、こういった役所がぴったりだ。豊のようには行かないが、彼女もなかなかの運動神経を持っていて、怪盗の役に満場一致で可決された。シナリオを書いた睦月もその辺りを考慮したに違いない。ネタばらしになるが、同じ様な演劇スタイルの豊は、怪盗の偽物として登場するはずだったのだ。
「それでは、神様。ここで、そことあそこにこれとあれを・・・」
 と神様に演出の指示をしているのは、恵美子だ。神様は指示が出るたびに、こりゃさはらさ、ってな感じで、杖を振り振り神業を出す。少々変な表現だが神様の業には違いない・・・。
 でもよく考えてみたら、神様が演出までする必要があったんだっけ。確か、道具類が必要なだけだったのでは・・・。こいつら少々悪知恵に長けているようだ。そのうち、天罰が下るかもしれないぞ。まぁ、神様も好きで(?)やっていることなのだろう。
「はっはっは。愚かな警察諸君、この宝のお礼に、君達にはこれを差し上げよう!」
 去り際に、怪盗の手から、一通の手紙が敬(たかし)の演じる警部の元へ舞い降りる。
「次は捕まえてやるぞ!」
 またしても怪盗を逃してしまった悔しさがよくわかるセリフだ。
「『明後日に王宮で行われるパーティの場に参上いたす・・・』、な、何だとぉ!?」
 警部は地団駄を踏みながら、その手紙を読み上げる。
「覚えていろ!」
「大それた奴め!」
「明日は俺たちがホームランだ!」
 一人一人が足を鳴らしながら、観客席の方を向き直って指を指しつつ口々に叫ぶ警官たち。少々タイミングがずれてはいるものの、いかにも演劇らしい演技は、流石演劇部といったところだろう。
「・・・はい、じゃあ本番はここで暗転ね。次の用意をして」
 鈴音がパンッと手を叩いて指示を出す。町並みの元ベニヤ板が運び出され、代わりのものが用意される。
「・・・なかなか見事な演技じゃのう」
 差し出されたお茶を受け取る神様。
「これは手伝いのし甲斐があるわい」
 ずずっ、とお茶を飲むと、むはぅ、と息を吐く。
「でしょう! それじゃ次もお願いします」
「うむ、まかしておけぃ」
 神様はどっこいせと立ち上がり、並べられた衣装を杖でつつく。途端に豪華なドレスが現れる。片仮名英語は知らなくとも、鹿鳴館時代をならした神様ならこのくらい朝飯前だ。
 さあ、第二幕へ行ってみよう。

 厳重な警備体制が敷かれる中、パーティはいよいよ開始された。刻一刻と近づく予告の時間に、警部はいらいらを隠せない。
 一方のパーティ会場、これは舞台のもう半分でうまく場所の移動を表現している、では、貴族たちの和やかな会話が華開いている。
「・・・東の国で、・・・の怪物が・・・で、まあ何とかやっつけたんです」
「まぁ、すてき」
「そんな恐ろしい国へ行くなんて、あぁ」
 特に異国への冒険譚を大げさに語る男爵とその周りは、いっそう賑やかである。婦人方にもっともっとと迫られる男爵は、グラスを手にとって口へ運ぶと、では、と新しい話を始めようとする。しかし、苦しげに呻くと、そのまま倒れ伏してしまう。
(むむっ、わしの出番じゃな)
 神様はその様子を見て、ぱっと一振りささっとな。
『きゃあ〜!!』
 響き渡る悲鳴に、駆けつける警察&警備兵。
「何事ですか。むむっ、これは・・・あ、し、死んでるよぉ」
 倒れた男爵の脇へかけよった警部が腰を抜かす。ざわざわとわめく一同。
「? ちょっと、岩下君。そこセリフが違うでしょ」
 その中にいた青年が、いや、青年の顔から男装していた部長としての顔に戻った鈴音が、警部役の敬に注意する。
「う、あ、だ、だって、こいつ、あ」
 しかし、未だパニック状態の敬。
「大谷君がどうかしたの、大谷君?」
 呼びかける声に反応しない恭一を訝しがりながら、その手を取った鈴音の顔から、さっと血の気が引いていく。
「本当に死んでいるわ」
『えぇー!?』
 演技ではないせいだろうか。今度の驚きの声は、むしろ滑稽に響き渡った。

「なんだぁ」
「びっくりしたじゃないですか」
「過激な演出。そんな神様最高だぜ!」
 恭一の死体を囲んで、笑う部員達。
 たねを明かされて、これが神様の演出、ということにようやく気づいたのだ。で、先ほどのセリフというわけ。
「んー、でもこいつじゃまだなぁ」
「とりあえず、脇にどかしておきましょう」
 よいせっ、と死体はずるずる運ばれていく。
「さぁ、じゃあ続けるわよ」
 鈴音の声に、再び配置に付く一同。
 ・・・でも、神様の仕業にしろ何にしろ、恭一が死んでいることには変わりないのだが・・・。演劇部のメンバーは、少々の事には動じない心臓の持ち主ばかりなのだ。

 第二幕・第三幕も、恭一が本当に死んでしまった以外は何事もなく進んだ。もちろんその都度、神様の力は存分に発揮される。
 そして、いよいよ第四幕。佳境の三者による決闘シーンである。
「・・・まさか、あんたが怪盗だったとはな・・・」
 あちこちに傷を負いながらも、雲英が銃を構える。
「全くだよ、本物さん」
 左右に油断無く目を配らせながら、武文は吐き捨てるように言う。
「我が輩の変装の腕前をほめてくれるとは、うれしいな」
 咲樹もやはり銃を両手に持ちながら、しかし一番余裕をもった表情で笑いながら話す。
 他のものは、ただ黙って隅の方で息をのむばかり。あぁ、まさかこんな展開になろうとは、どこの誰が予想できただろうか。
「黙れっ!」
 雲英の指に力がこもる。三人の間に走る緊張。
「撃てるかな? 例え一人を殺せても、もう一人からドスンと喰らうぞ」
 咲樹が嘲る。二丁拳銃なのは、咲樹だけ。後の二人より断然有利なのだ。
「・・・それはどうかな」
「!?」
 武文の言葉と次の瞬間響く銃声に、慌てて視線を向ける咲樹。しかし、武文の銃口はきっちりとこちらを向いたままである。銃弾を受けたのは雲英の方だった。その顔が歪む。
「な、何故だ・・・」
 自分の胸元をのぞき込む雲英。ぽっかりと指先ほどの穴があいている。
「し、死ぬのかなぁ、ち、血が出るのかなぁ・・・」
 ゆっくりと崩れる雲英。しかし、倒れる瞬間、
「うわあぁ、なんじゃこりゃあ?」
 頼んでいたはずの血糊が出ず、ちょっと神様に不審した雲英は、むずむずとする胸元の感覚から、たまらず手をやると、そのあまりの出来事に思わず叫んでいたのだった。
 突然、自分の胸元を掻きむしる雲英に、せっかくのシーンは台無しになってしまう。呆れる一同。
「あ、あのねぇ、永野君」
 こめかみをぴくつかせながら、それでも声だけは落ち着かせて、鈴音が雲英の元に詰め寄る。
 しかし、部長のお怒りも目に入らず、雲英は自分の胸を掻きむしり続け、そして、たまらず衣装を左右に引きちぎる。と、露わになる上半身。
「ちょっと、何よ・・・きゃあ!」
『おぉっ!?』
 なんと服の内側からこぼれんばかりに溢れ出てきたのは・・・。
「胸が、胸が・・・胸がある〜!!」


4.稽古終了

「ははは、っていうか、下も無いよ・・・」
 雲英の胸出し事件の真相は、まぁ真相でも何でもなく、神様によるものだった。あの時、神様は昨日の疲れが溜まっていて、少々うとうととしていたのだ。そりゃあ、「ち、血が出る」っていうのを「乳が出る」と勘違いするのはどうかと思うが、神様にもそれなりの事情があったんだろう。多分。
「す、すまんのぉ。わしゃてっきり・・・」
「すまんで済んだら警察いらんのやぁ!」
 神様につかみかかる雲英にとりあえず一撃を入れて黙らせると、いや、女の子になっているからこれくらいで済んでいるのであって普段の雲英に対してなら踵落としくらいはお見舞いしていただろう、咲樹は、
「で、元に戻せないんですか?」
 神様に聞く。
「無理なんじゃよ。神とはいえ、全能ではない。一人一回までじゃ。けれども、別の話ならば、また可能となる」
 そう言えば、神様が力をふるったのは、ベニヤを大道具に、服を豪華なドレスに、武文が現れて、恭一が死んで、雲英が女の子になってと、確かに一度ずつだった。
「不幸中の幸いってことかしら」
 鈴音が頭をかきながら、気を失っている雲英を見つめる。そして女の子っぽくなった顔を見て、かわいいわね、と頬を赤らめる。鈴音は少々そういう趣味を持っているのだ。
「ま、本人達に頑張ってもらうしかないでしょ」

「おっはよう。・・・まだやってるの?」
 翌朝部室を訪れた恵美子と咲樹は、その様子を見て、ため息をついた。
 部室では、雲英が目の下に隈を作りながら、原稿用紙に書き散らしていた。あれからずっとシナリオを書き続けているらしい。武文もずっと一緒にいたようだが、こちらはぐっすりと寝込んでいる。彼も結局元の世界(?)に戻れず、新たなシナリオを創作しなければならないのだ。そして、隅には、恭一の死体が転がっていて、捨てられた原稿用紙はまるで白い花を添えられているかのようである。
「駄目だぁ!」
 雲英は原稿用紙をちぎって丸めてぽいすると、新たなものに筆を走らせる。
「適当な話をでっち上げればいいのに」
「そんなことできるかぁ! 例え神様が許しても、俺の演劇魂が許さん! うがー!」
 叫んで、また紙を丸める。あれからずうっとこんな調子だったのだろう。
「演劇バカ」
 まさに。

・・・全ての問題が片づいたのは、それから三日後だった・・・。