どんなときでもいっしょ


「うぉおおおお〜!!」
 俺は、全力で自転車をこいでいた。
「ちくしょぉおおおっっっ!!」
 太陽は既に姿を見せていて、暑い日差しを伸ばす。

 今日は、新作ゲームソフト「どんなときもいっしょ」の発売日。
 俺は、今日という日を生まれてから16年間も待ち続けていた。・・・嘘だ。
 だが、何をどう勘違いしたのか、はたまた運命のいたずらか、俺は昨日になるまで、「どんなときもいっしょ」の予約をするのを忘れていた事に気がつかなかったのだ。
 ゲームソフトの予約は、たいていの場合、2日以上前まで、となっているため、前日までそれを忘れていた俺に対しては、どこの店の店員も首を縦に振らなかった。
 だから、俺は、今日になると同時に、自転車を駆り出して、近所のゲームショップというゲームショップ。コンビニというコンビニを回っていたのだ。
 だが、雑誌で新作として紹介されたときから、読者前人気でトップを走り続けていたこのソフトは、既に予約だけで初回生産数を超えてしまったという噂だった。
 当然、どこの店に行っても、「予約をしていないと、ちょっと・・」とつれない返事ばかり。

 俺は、どうしても、このソフトを入手したい。
 汗だくになりながら、ショップからショップへと自転車をこぎ続ける。
 しかし、もうあらかたのゲームショップを回り尽くしてしまった。焦燥感が募る。
 駅前の大通りから、近道のため狭い路地に入ったとき、しかし、俺はそこに奇跡を見た。
「『どんなときでもいっしょ』入荷しました」
 こぢんまりとした、目立たないひっそりと佇むその店は、この俺ですら今の今までその存在を知らないゲームショップだった。しかし、それを目にした時の俺と言ったら、それまでの疲れも忘れてしまったかのように、間髪置かず、その店に飛び込んでいた。

 店の中は、外から見たときよりも、さらに薄暗く、埃っぽかった。
(よくも、こんな店が大人気ソフトを仕入れることができたものだ)
 俺は、そう思いながらも、緊張を携え、店内を見回した。
「・・・いらっしゃい」
 俺がキョロキョロしていると、店の奥から、くぐもった声をさせて、この店の店員(おそらく唯一の)が出てきた。
「あ、あの〜、表の張り紙の、あの、あれを」
 俺が、焦りのあまり、口がうまく回らず、表を指さしながら、あのあれをあれを、と言い続けた。
 そして、その店員は、俺の顔を見ると、にやり、と笑った。
「お客さん。運がいいねぇ、これ最後の1個」

 ・・・結局、俺は学校へは行かなかった。当然だろう。

 家に飛んで帰ると、俺はソフトをセットして電源を入れる。いよいよだ。
 ゆっくりと、画面が、表示される。

どんなときでも
いっしょ

 このとき、俺は気づくべきだったのだ。
 だが、念願のソフトを入手してうかれていたこの時の俺に、今更そんなことを言っても無駄だった。


「とりあえず、ねこ、でしょう。始めはこれしか無いねぇ」
 ゲーム内容については言及しないが、再び日が昇り、目がかすんで、強制自動睡眠時間に達するまで、プレイし続け、
「・・・つ、続きは、明日にしよう」
 俺はついにダウンした。

 ・・・目が覚めて、再びソフトを立ち上げた俺に、しかし待っていたのは、
『ねこは出ていきました』
 唖然とした。ひっくり返った。のけぞった。耄けた。そして、立ち直った。
「しかたない、もう一度、今度は別のキャラで・・・」
 キャラ一覧から、次を選ぼうとしたとき、ふと、最初のプレイでは見かけなかったものを見た。
「あれ? 『女性』だって・・・? こんなのあったかなぁ。隠しか?」
 いわゆるギャルゲーキャラだ。雑誌の特集にも載っていなかったので、隠しキャラでの何か条件があるのだろう。
 俺は、とりあえずそれを選んで、始めた。

 最初の1時間くらいは、前と変わらなかった。
 単純な言葉遊び、その連続である。
 進めていくと、そのキャラが、段々と会話の節々に質問を織り交ぜるようになってきた。
「名前は?」とか、「愛称は?」とか、「好きな食べ物は?」とか、「お昼食べた? yes/no」とか、「携帯電話持ってる? yes/no」とかである。
 俺は、こういうことにも真面目に答えてしまう性格で、「ふっ、かわいいやつ」(?)とか思いながら返事をしていった。
 夢中で答えていると、最後にこんな質問が出てきた。
「私と、『どんなときでもいっしょ』がいい? yes/no」
 ・・・?
 意味がよくわからなかったが、ゲームソフトのタイトルがそうだから、きっと yes って答えれば、ご機嫌取りになるんだろう。
 俺はそれ以上考えず、yes を選んでいた。
「・・・あれ? 『どんなときもいっしょ』じゃ無かったよな、今? ・・・うわぁ!?」
 しかし、突然画面が光り出し、その強烈さに俺は気を失った・・・。

 ・・・目が覚めると、今までの部屋ではなかった。
「どこだろう? 見覚えがあるけど・・・」
 同じくらいの広さの部屋だったが、家具や装飾が全く違う。
 カーテンはひらひらだったし、部屋中花柄。
「どう? これで一緒よ」
 女の人の声が聞こえた。手元を見ると、携帯型のゲーム機の画面に、人が映っている。
 声も、そこから聞こえてくる。
「あっ!?」
 わかった。この部屋を見たことがある訳が。
 この部屋は、ゲーム中に登場する女性が住んでいる部屋にそっくりだったのだ。
 画面の中で、彼女が微笑む。画面の中の部屋で、笑いながら、彼女は言った。
「どんなときでも、全く、どこもかも、一緒。ね」
 その彼女の言葉に、ようやくわたしは気づいた。
 部屋だけじゃない。服も、そして、それを着ている体さえも・・・。
 愕然としたわたしの目に飛び込んできたのは、ゲームソフトのパッケージだった。
「『どんなときでもいっしょ』!? 『どんなときもいっしょ』じゃない!!」
 何て事だろう。夢だろうか?
 だが、突きつけられたのは現実だ。どうしようもない。

「うふふ」
 ゲーム画面の中では、未だに彼女が笑い続けている。
「うふふ」
 わたしも笑った。だって、彼女はわたし。いっしょなんだから・・・。
「うふふ」「うふふ」
「うふふ」「うふふ」
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 笑い声は、いつまでも続いていた。いつまでも。