狂った Eve


 神がアダムの肋骨からイブを作り出したように、僕も自分の肋骨からアニマを作り出した。
「僕ではない、ボク」
 同じ記憶を持つ、異性の自分。
「僕は、君の事を愛している」
「いや、愛しているのはボクも同じ」
 狂おしいほどのボクに対する自己愛。
 かつて僕であった彼女は、しかし、同時に彼はボクの一部でもある。
「快楽を本能が求めるなら、その安らぎたるや社会的本能とは言えないだろうか」
 そういって、ひたすらボクを求める僕は単なる機械だろうか。しかし、ボクの心の隅で母性がこの行為をじっと見守っていてそれを否定する。
「あぁ、これが生。すべての命にとって、最高の甘美たるもの」
 意識を白に飛ばしながらも、次する行為はお互いにわかっている。
「全ては地に帰る」

 僕は、家の近くの雑木林に、穴を掘った。
 丁度人が一人寝転がれるほどの、しかし、深さは2mくらいあり、雨程度では簡単に出てこない。
 この、あらざる生と性を体験したボクは、その死を持ってこの正負をたださねばならない。
 僕が次にすることは、当然ボクもわかっていたから。
 命無き者でありながら生を得て、男でありながら女であり、そして、命有る者ながら死を望む。
「さようなら、ボク」
「さようなら、僕」
 ボクは、穴の底に横たわると、静かに目を閉じた。
 僕が刃を振り下ろすと、その都度、意識のかけらが地に吸い込まれた。
「あぁ、これが死。生にとって、最高の甘美なるもの」
 ボクは最後にそれだけを言い残し、そして、僕は死を理解した。
「僕であった君は、しかし、今はボクだ」
 僕は最後にそれだけを言い残し、そして、ボクは生を超越した。

 すっかり辺りが暗くなって、家についた時には月が天頂に達していた。
「ただいまぁ、お腹空いちゃった」
 台所にいる母に声をかける。
「お風呂、できてるから、先に入っちゃいなさい」
「はぁ〜い」
 脱衣所でその真実に気付いた。

 どうして、鏡に映っているのはボクなんだろうか?