麻雀がしたいの


「おい、麻雀しようぜ!」
「うきゃああああああっ!?」
窓からひょいっと、沙希の幼馴染の淳平が飛び込んできた。
バッ!!
沙希は慌ててズボンを引き上げる。
「ん? パンツ脱いで何してたの? 日光浴?」
淳平は無邪気に問い掛ける。
「そ、そうよ!! な、何しに来たのよ!!?」
沙希は、顔を真っ赤にしている。実は、淳平のことを考えているうちに、いろいろあったわけで。
「あ? 今言ったろ。麻雀しよう。麻雀」
淳平がその場駆け足をする。
「えー、またぁ? 昨日も打ったばかりでしょ」
沙希がいやな顔をする。淳平が麻雀に興味を持ってくれたのはいいが、へた、なのだ。どうしようもなくへたなのだ。ま、初心者だから当たり前かもしれないが。
「そう言わないで。頼むよ。この雀牌使ってさ」
淳平は、持っていたケースを沙希に見せる。それは、年季の入った皮製のケースであった。
「ほら、すげーだろ。中身だって」
「わー、すごーい」
中には象牙でできた麻雀牌が、きれいに並べられていた。それは沙希が今まで見た中でも、一二を争うほどの高級品と思われた。
「これ、どこから持ってきたのよ?」
「じーちゃんがさ、使ってみろって・・・。実はさ、何でも願いが叶うんだって」
淳平が、声を潜める。
「は?」
「いや、は、じゃなくてな。相手に何でも言うことを聞かせられるとか、そういうことらしいぜ」
淳平の言葉に、沙希はジト目になる。馬鹿なことを言い出した、という顔だ。
「いや、まぁ、俺も信じてるわけじゃないけど、な。何だか夢があっていいだろ。これでしようぜ」
「うーん。話は嘘っぽいけど、こんな素敵な牌で打ってみたいわね。・・・いいわ、でも、一局だけよ」
「よっしゃ、そうこなくっちゃな」
「で、誰を呼ぶの?」
沙希が携帯電話を取り上げて、淳平に聞く。普通は4人で卓を囲むものだ。
「あー、それがな。二人じゃないとだめらしいんだ。そうでないと、願いが叶わないとか、何とかいって」
淳平が頭を書きながら、じーちゃんの言葉を思い出す。
「えー、何よ、それ。もう、しょうがないんだから」
沙希は、しぶしぶながら、用意を始めた。
「相手に叶えて貰いたいことを、念じながら洗牌するんだって」
「ふーん」
沙希はあくまで、気のない返事だ。しかし、心の中では、
(淳平が欲しい、っていうのはだめかな・・・)
と考えていた。沙希は、ずっと淳平のことが好きだったのだが、淳平はそういうことには、とても疎い。そろそろ何かあってもいいんじゃないかな、と、沙希は日ごろからついつい考えてしまう。
「さて、起家は、俺だな・・・よっ、自5だ・・・」
ともあれ、打ち始め。しかし、淳平はルールもやっと覚えたばかりの初心者である。得点計算こそ、沙希に猛勉強させられたため覚えたものの、手作りとか、読みは全然だめである。今だって、手牌が14牌あるかどうか、ひとつずつ数えているくらいだ。
「んー、字牌から・・・だよな?」
「あのねー、人に聞いてどうするのよ」
「そりゃそうだけど・・・ま、いいや、北(ペー)」

麻雀の様子を実況してもしょうがないので、途中少し略。

「立直(リーチ)よ」
7順目。沙希が七萬(ちーわん)を切ってリーチする。
「うえー、安牌ないよー」
淳平が、どれにしようかな・・・、と切る牌を考えている。
「馬鹿ねー。字牌ばっかり先に切っちゃうからでしょ」
淳平の河には、7種類の字牌が見事に勢ぞろいしていた。
「そんなこといったってなー、いい手なんだよなー。えーい、三萬」
「あ、当たり」
沙希が、ロンと言って、牌を倒す。
「立直即、断、一盃口(イーペー)、裏が1つ。・・・あら、いきなり満貫ね」
ぶしゅう、というような音がしたかどうか。淳平は頭が爆発してしまった。
「はい。8000点・・・あ、あれ?」
「うわっ、な、何だこりゃあ?!」
二人は、驚いて自分たちの腕を見つめている。それもそのはず。点棒をやり取りした瞬間、二人の手が変化したのだ。淳平のごつごつ手が、沙希のすらっとした手に。沙希のすべすべの手が、淳平の毛深い手に。それぞれ変わってしまった。二人は目を丸くして、自分たちの手を眺めている。
「な、何、これ?」
「おい。お前だろ。さっき何考えて洗牌してたんだ?」
「あ、あたし?! こんなこと考えてないよ!」
沙希は、あまりに驚いたため、まさか自分の願いを麻雀牌が叶えているとは、気づいていなかった。
「お、俺だって・・・」
淳平は戸惑っていた。
しかし、二人ははっきりと悟ったのである。このいんちきくさい麻雀牌は、本当に願い事を叶えるのだ、ということを。
(沙希とキスしたい、っていうのはこういうことじゃないだろうからなぁ)
淳平の動機も不純なものだが、それでもずいぶん可愛らしい。さきほど、下半身丸出しの沙希が何をしているか知っていたら、初心な淳平は、驚きのあまりそのままベランダから転げ落ちていただろう。
「じーちゃんは、こうも言ってた。一度始めたら、途中で止めないこと。止めたら・・・」
「止めたら?」
「願いが、中途半端に叶ってしまい。二人は不幸になる」
「ええぇー!?」

二人は入れ替わった腕をしげしげと眺める。さすってみたり、手を握ったり開いたりするが、普段とは違う感覚には違和感がある。
「何でこうなったのかは、よくわからん。しかし、途中で止めると、このままになっちまうってことだから、続けるしかない」
「そ、そうね・・・」
淳平の言葉に、戸惑う沙希だった。
(もしかして、「淳平が欲しい」ってこういうことなのかな。うーん、そうすると、最後まで行くと。んー・・・)

東2局
沙希:33000点   淳平:17000点

東1局で、いきなり満貫をあがってしまった沙希が、一歩リードしている。ちなみに、25000点スタートの3万点返し、アリアリのアリアリ、フリテンロンあがり無しの、とにかくほとんど何でもアリのルールだった。もちろん、大車輪もありだし、紅一色どころか、黒一色だってありだった。
「うーん、こう切ると、こうなってだな・・・」
淳平は、どこから持ち出したのか、麻雀初心者向けの本と、自分の手牌を交互に見比べている。
「ET、平和作る」
その様子を見て、沙希がぼそっとつぶやく。
「は?」
「あ、何でもないの。ちょっとしたジョークよ、ジョーク」
ネタとしては結構古い。

「んー、これかな」
八筒を切る沙希。
「そう来たか。・・・おっ! ついに、来ました。これはすごいぞ、ふっふっふ」
淳平は、牌を何度も並べ替えて、順序を確認している。そんなことをすれば、手牌の構造が、大体どうなっているかわかってしまうのだが、もちろん淳平はそんなことには気づかない。
「よーし、リーチできるぞ。リーチ」
そう言って、九萬を切る。しかし、河に索子がやけに少ない(というよりは2つしかない)のだから、もう何を待っているのか、ばればれである。やっぱり、そこいら辺がいまいちなところである。
「じゃ、九筒ね」
「うーん、通る。さーて、三面待ちだからな。一発でつもるぞ」
(ふーん、やるじゃない。今までは平和だってなかなか作れなかったのに)
沙希が、ちょっと感心する。
「あーーー、くそっ、さっき来てれば良かったのに! いらん!」
そう言って淳平が切ったのは、中であった。ということは、中の対子がすでにあり、それが頭になっているのだろう。すなわち、字牌は安牌と見てよい。もし、中が3枚ならばカンをするだろう。中が1枚ならば国士無双であるが、中が1順前に来たからといって、何も変化はない。また、他の字牌で待つことのある七対子ならば、先ほどのようなセリフは出てこないはずである。
「もう、あまりしゃべらないほうがいいわよ。ひっかけているつもりじゃないならね。はい、西」
「くっそー、またつもれない」
淳平が叩きつけるように切る。
「あ、また来ちゃった。八筒」
「ああああ、出たー! 当たりだ! ロンロンロン!」
「えっ? しまった」
「ふふーん、二、五、八筒の三面待ちさ」
そういえば、その筋は一枚も切れてない。沙希は、淳平が初心者ということにとらわれすぎていた。そのため、索子待ちであるという先入観を持ってしまったのである。
「うーん、やられたわ・・・で、いくら?」
淳平が牌を倒す。
中中・・・やはり、対子でもっていたか・・・22233334567・・・なるほど・・・あれ?・・・
「立直、面前混一色、んーと、あれ? これだけか?」
淳平が裏ドラめくるが、出てきたのは三萬だった。ドラはない。
「あ、ちょっと待ってよ。それフリテンじゃない!」
「え?」
「22、234、567、333、中中、でしょ。中でもあがれるわ」
「あっ! し、しまった」
「もう。ちゃんと確認しないからよ。チョンボね」
「がーーーーん!」

「うわっ、今度は足か!?」
「やっぱり、かわっちゃうのね」
これで、両手両足が入れ替わってしまった。

「あ、ごめん」
「え?」
「ロン、タンヤオのみ。1500点」
「くっ!」
髪の毛がかわった。

「あー、もう何を切っていいかわかんないよー」
淳平は泣きそうな顔で沙希の河を見る。親のリーチに安牌がない。
「えーい、これでどうだ!」
「・・・ロン、リーチ、七対子、4800点」
「だわーーー、そりゃわからんて」
とうとう胸部と腹部がかわってしまった。
「うわーー、何じゃこりゃー!?」
「揉むなー!」
淳平が、驚いて思わず自分の(というか沙希の)胸を揉んでしまう。そして、あまりの刺激に鼻血を出して倒れてしまうのであった。

仕方がないので、休憩をはさむ。
「あー、もう残りが2700点しかないよ」
「おしいところもあったんだけどね。まだ実践が足りないわね」
「そうか・・・じゃあ、これからも毎日麻雀しょうな」
「えっ」
失言に気づく沙希。自分の体を見て、もう淳平とは金輪際打ちたくないと決意する。しかし、沙希が断っても、淳平は決してあきらめないだろう。一日中付き纏われることを考えると、今から頭が痛くなってくる。

「ツモ、親ッパネ、4000点オール」
そして、当然ながら沙希が勝ってしまった。あがらないように遠まわしに打っていたのに、かえって高い役が来てしまったのだ。
そして、顔を除く、体のすべてが入れ替わってしまった・・・。
「もういやーーーーー!」

・・・さて、この後、一体どうしたのでしょう・・・。

  1. 淳平が勝つまで麻雀を続けた
  2. 窓から麻雀牌を捨てたら、二度と元に戻れなくなった
  3. 成り行き上、×××