流れ星に願い事


「女よこせ、女ほしい、女くれ」
 初っぱなから、不穏な発言を繰り返す、俺。しかし、そんな世間体なんか気にしちゃいられないのが、今の俺。
 俺は、夜空の星に向けて、ひたすら願い事を繰り返していた。しかし、願いを叶えてくれるという、流れ星なるものは、一向に姿を見せることはなかった。俺は、くしゃみを3回して、家の中に戻った。

 そもそも、俺がこんな乙女チックな儀式を、毎晩行うようになったのは、友人の佐藤浩一なる人物が、昨日突然、「彼女ができた」などと曰わったからだ。
 そりゃあ、幼稚園の頃からの幼なじみが、突如そんなことを言い出したら、そりゃあ、俺も、ってことになるだろう。そりゃあ、俺は、自分がそれほどもてる男じゃないってわかっているけど、そりゃあ、人並みに恋もしてみたいわけで。
 そんなこんなで、俺も彼女を獲得すべく、数多の作戦を導きだし、実行に乗り出したのだ。
 しかし、108つあった作戦のうち、107個までが全て失敗に終わった。そして、最後に残ったのが、「流れ星に願い事をする」というものだったのだ。
 あのときの俺は、浩一に自慢げに話されたことで頭に血が上っていて、物事を理解する、ということを忘れていたのだろう。
 なぜこんな項目があるのか、とんとわかりゃしないよ、おまえさん。っていうか、おまえさんて、誰やねん。

 と、一息ついたところで、俺は、インターネットから星に関する情報を、まとめた。今週は、何十年に一度という、流れ星の当たり年で、今週最も大量に見られるという。
 だが、どうしたことか、テレビでは、あんなにたくさん飛んでいる星が、俺の前には一向に姿を見せない。その上、やっと一つ二つ見かけて、急いで「女よこせ、女ほしい、女くれ」と唱えても、明らかに星が消える方が早く、どうにもできぬまま、呆けてしまう、今日この頃の俺。
 一体どうすれば、言い切れるんだよ。

 授業中に寝ていた俺は、昼休みにようやく起きることにした。ここんところ、毎晩徹夜で、どうしもなく眠い。
 しかし、俺は、にこにこしながらこちらにやってくる浩一と目を合わせて、再び、ふて寝することにした。
「おい、良介。どうしたんだよ」
 しかし、浩一は構わず俺にちょっかいをかける。やめろよ、浩一。
「その様子だと、108個の作戦、全て駄目だったのか」
「まだだ。また、今晩挑戦してやる」
 俺は、どうにも辛抱たまらなくなって、起きあがった。
「ふーん。でもなぁ、人間諦めが肝心よ」
「ええぃ、おまえなんかに俺の気持ちがわかってたまるかってんだ。べらぼうめぇ」
 いつのまにか、口調がタイムスリップしていた俺達。しかし、浩一は、とんでもない妙案を捻り出しやがった。
「なぁ、いくらなんでも1秒で願い事ってのは、無理だろう。だったら、素直に『女、女、女』って3回唱えれば、いいんじゃねえか?」
 だと。いくらなんでも、そりゃあ・・・。
「くそっ、俺としたことが、そんな簡単なことに気づかなかったなんて! よく言ってくれた、浩一。それでこそ、俺の親友!」
 と、俺はそこまで一息で言い切ると、また、机に突っ伏した。
「おいおい、どうしたよ」
「今晩に備えて、寝る」
 俺がそういうと、あきれ果てた浩一は、自分の席に戻っていった。

「さーて、練習練習・・・女。女。女。・・・女、女、女、・・・女女女」
 俺は、家に帰ってから、ずっと女を繰り返していた。かあちゃんは、はじめ心配そうに、医者に行けとか言っていたが、今では、もう立派に気味悪そうに成長した息子を、遠くから見るだけだった。
 俺は、そんなこともお構いなく、夕飯の時も、ずっと、女女言い続けた。
「・・・と、良し。0.7秒で、言い切れるようになった」
 そして、いよいよ、俺と流れ星のファイナルバトルが、開始された。

「いよっ、浩一君。今日も元気かね?」
 俺は、もう浮かれまくって、宿題を忘れていたことに、気付かなかった。
「その調子だと、彼女ができたのか。おめでとう」
「は? 何言ってんだよ。言えたんだよ。願い事が」
 浩一の言葉に、訝しがる俺。そして、その言葉に、さらに訝しがる浩一。
「なぁ、良介。願い事が言えたからって、流れ星が、おまえに彼女くれんの?」
 俺は、その時、全てを悟った。
「だ、騙しやがったな浩一ぃ!?」
「別に騙したつもりはないんだが、からかうとおもしろいからな、お前って」
「とほほ・・・」
 浩一に騙されて、すっかり落ち込む俺。こういうときは、ふて寝に限る。何せ、今日も徹夜だったから、眠くてたまらん。というわけで、寝る。もちろん、これから、授業なり。

 キーンコーンカーンというチャイムの音と共に、俺は、飛び起きて、学校を飛び出した。もっと早くに帰っても良かったのだが、出席だけはとりあえずしておくということで。
 あまりにも素早く帰宅したため、俺は、そのとき、教室で起きていた出来事に気づくことはなかった。
 最も、起きていたとしても、起きていることに気付く間もなく、熾きている火の如く、飛び出していたことに、代わりはない。

「ごろにゃご〜ん」
「おう、寅八! 元気にしてたか!」
 俺っちが、自宅に帰宅すると、トラ猫の寅八が、出迎えに出てきた。
「おーよしよし、それー・・・あれー?・・・」
 寅八を抱き上げて、俺は混乱した。まだ、寝ぼけてるのか?
「かあちゃーん、寅八ってば、メスだったっけ?」
「何、馬鹿なことを言ってるんだい。寅八なんて呼ぶのは、あんたくらいでしょ。寅美っていう可愛い女の子らしい名前が付いているのに」
 そして、当たり前のようなかあちゃんの答え。
「そうだっけなぁ?」
 何か腑に落ちなかったけど、そういわれてみると、確かにそうなんだよなぁ。
 今の今まで、いや、さっきの先ほどまで、寅八のことをオスだと思っていた俺ってば、一体何をどう勘違いしていたのだろうか。
 首をひねりながら、俺は寅八(本名、寅美)を玄関に放り入れた。

 翌日、学校へ来てみると、何だかどこかが違うような気がして、混乱した。何がどう昨日と違うのかわからなかったけど、そういえば、登校途中にも何やら不思議な感じがしたもんだ。
 そのうち、疑問の一つに気が付いた俺は、その現況に問いただしてみた。
「なぁ、恵ぃ。何で、お前、女装なんかしてるんだ?」
 俺が、そう声をかけると、当の本人は、一瞬きょとんとして、それから、急に泣き出して、走り去っていた。
「ちょっと、何、ひどいこと言ってるのよ!」
「そりゃぁ、どちらかというと、男っぽいけど。恵は、正真正銘、女の子でしょ!」
「謝ってきなさいよ!」
 ぽかんと立ち竦む俺に、周りの女子から非難の声が挙がる。またしても、俺は、何か勘違いしているのかもしれない。
「わ、わりぃ。ちょっとぼけてた」
 俺は、俺を避難していた女子にも謝ってから、さらに恵に平謝りに謝った。

 俺は、俺が知らぬ間に、昨日から、おかしくなってしまったのだろうか。
 俺が、今朝のことを訝しがっていると、HRが始まった。担任が、教室に入ってくる。
「なぁ、今日も岩美先生、すごい格好だぜ」
 隣の奴の言葉に、ふと顔を上げると、確かにたくましいとも言えるボディーラインを、存分に強調した服装で、岩美先生が入ってきた。いや、俺のクラスの担任は、男だったはずだから・・・。
「岩美先生は男だろ? 何言ってんだ」
「そっちこそ、何言ってんだ?」
 俺が訝しがる言葉に、隣の奴も訝しがる。うーん、そういえば、担任は肉体美をいつも自慢していたけど・・・、今の格好だって、肉体美を見せつけるものだしなぁ。ますます混乱してきた。

 そして、俺の混乱は、昼休みに極致に達した。
 授業中の態度が悪いと言うことで、職員室に呼び出されたのだが、ふと、壁の黒板を見て、愕然とした。
「男子62名、女子987名・・・?」
 この学校は、3年前まで男子校だったって聞いていたけど、もしかして、それは俺の聞き間違いで、女子校だった高校が、共学になったの間違いだったのか。でも、俺の記憶が確かならば、各クラスの3/4は、男子だった気がするし、全校生徒の5割しか、男子でなかったような気もするし・・・。
「こら、浜田君。またぼーっとして」
 岩美先生に、注意された。岩美先生は、自ら自慢するだけあって、確かにすごい美人だが、職員室には、他にも美人といえる先生は、いっぱいいる。こうして見回していると、女の先生の半数は、美人なのではないだろうか。その数、およそ20人と見た。
「・・・あれ? 半数で20人だとっ!?」
「な、何よ、浜田君」
 岩美先生が突然叫んだ俺に驚く。いや、驚いたのは、俺。
「全クラス27だから、教師は多くても40人くらいだろ。半数が20人の女の先生は、つまり、ほぼ全部・・・何だそりゃ!?」
「あ、ちょっと、浜田君、どこ行くの!」
 俺は、やおら美人とそうでない先生の間を全速で走り抜け、職員室を飛び出していた。
「ここも、あそこも、女ばかりだ。あぁ、女、女か。どうなってんだ!?」
 職員室を飛び出すと、廊下はもう、女子校になっていた。いや、俺が男だし、確かに数人の男子は、ちらほら見かける。だが、女子生徒の数は、尋常ではない。
 俺は、この状況から逃げ出すべく、下駄箱へ一目散にかけていった。

「おーい、良介ぇ! さぼりかぁ?」
 慌てて靴を履きそこねると、浩一の声が聞こえた。あぁ、浩一。俺の幼なじみの大親友!
「こ、浩一、お前だけだよ、俺の友達は!」
 俺は、そう言って、振り向いた。そして、浩一の姿を見て、意識を失った。
 振り向いた瞬間は、確かに浩一だったその人物は、一瞬後には、セーラー服に身を包んだ、ショートカットのボーイッシュな姿に変わっていた。俺の本能が激しく拒絶するが、それは確かに、俺の幼なじみの浩美だった。
「ちょ、ちょっと、どうしたんだよ・・・」
 そいつが慌てて駆け寄ってくるが、俺は倒れ伏すまで、浩美なのか浩一なのか、とうとう判断できなかった。

「う、うーん」
 嫌な夢を見ていた。あんな夢を見るなんて、きっと浩美に彼氏ができたって、聞いたからに違いないわ。
 私は、目覚ましを止めると、あくびを一つしてから、起きた。別に何も変わりない、いつもの朝だった。
 しかし、学校に着いて、私は混乱した。どこからともなくやってくる男子生徒の数々。私の学校は、確か女子校だったはずなのに!
「おーい、良子ぉ! どしたの?」
「ひ、浩美ぃ。何で、男子が居るの」
 私は、浩美に縋り付いた。
「何言ってんだ。俺は、浩一、だよん」
 そう言って、笑う彼を見たとき、私の意識はどこかへ行ってしまった・・・。

「う、うーん」
 嫌な夢を見ていた。あんな夢を見るなんて、よっぽど浩一に彼女ができたことがショックだったに違いない、俺ってば。
 まさか、自分が女になってしまう夢を見るなんて・・・。
「あ、気が付かれましたよ」
 その声に、俺は自分がどこにいるのか、気が付いた。その看護婦さんは、俺のかかりつけの病院勤めている、隣の兄ちゃんだったからだ。
「まぁまぁ、ほんとにこの子は、学校で倒れるなんて、ねぇ」
 おかまのような声がして、俺の目の前に、かあちゃんらしき顔が出てきた。
「何だ、かあちゃんか・・・ただの寝不足だよ」
「ちょっと、何、寝惚けてんだよ、おまえは」
 かあちゃんが呆れたように言うと、看護婦の兄ちゃんも笑った。
「お父さんに、『かあちゃん』だなんて、今度は眠りすぎたのかしらね」
「まったくもう、この子ったら、自分の両親の顔も忘れるなんて、ねぇ」
 声と共に、かあちゃんがもう一人現れた。いや、違う。確かに、今こちらに来たのは、かあちゃんだが、はじめに顔を見せたのは、そうだよ、とうちゃんだ。
「え?」
 夫婦って、女同士で、なるもんだっけか?
 しかし、俺のその疑問は、まだしばらく解けそうになかった。
 なぜなら、俺は、再び気絶したからだ。
 最後の瞬間、目眩と共に俺は見た。瞼の裏に、たくさんの星が流れていた。