ヴァーチャルリアリティ


『気分が悪くなられた方がおりましたら、隣の休憩室へどうぞ。
 本日は、我が社の最新型バーチャルリアリティマシンを体験いただきまして、誠にありがとうございました』
 アナウンスの声とともに、視覚が、いや五感全てが現実へと帰ってくる。
「あぁ、おもしろかった」
 俺はヘッドギアを取り外し、棺桶のような筐体から身体を起こす。
 周りでも友人達が同様に起きてくる。
 順番待ちの人と入れ替わるように、俺達は床に降り立った。
「なぁ、休憩室で休んでいかないか?」
 初めての体験のためか、身体にちょっとばかり違和感を感じるので、俺はそう提案した。
 だが、みんなは不思議そう、いや、驚愕の表情を浮かべて俺を見つめるばかり。
「どうしたんだよ。俺の顔になんかついてるのか?」
「ね、ねぇ、晶。あなた、晶よね?」
 恵がおかしな事を聞いてくる。
「何言ってるんだよ。俺は、俺だよ。なぁ、剛」
 俺は、やっぱりおかしな顔をしている剛に向かって肩をすくめてみせる。
「あ、あぁ、お前は晶だけれど、なんか口調が男っぽくなってないか?」
「は?」
 俺は剛の言うことが理解できなかった。
「おい、もしかして・・・」
 健が、俺に聞こえないように、ひそひそと剛と恵に話しかける。
「おい、隠し事か」
「ね、晶、これ、見て」
 恵がバッグから手鏡を取り出すと、俺の前に差し出した。そこに映っていたのは・・・。
「な、なんだ、これ!? ・・・俺、じゃない・・・」
「僕、係の人呼んでくる!」
 健が慌ててブースへと戻っていく。
 鏡の中には、ちょこんと、可愛らしい女の子が、いた。それが、俺だと気づく前に、俺は自分の身体を確認し、だが、意識はその結果を拒否し、そして自身を闇に閉ざしていた。

「・・・うっ」
 強い光の刺激で、目が覚める。
『晶!』
 剛、健、恵。三人が心配そうにのぞき込んでいる。
 辺りを見回すと、休憩室に運ばれて横にされていた。どうやら、気を失っていたのは一瞬のことだったようだ。
 先ほどの係の女性と、もう一人、見知らぬ男性が立っていた。
「開発責任者の橋本と申します」
 男は名刺を取り出すと、そう名乗った。
「この度は、誠に申し訳ない事になってしまい・・・」
 そして、今回、俺に起こったことを説明してくれた。

「・・・じゃぁ、俺は、ゲームの中で作られた疑似人格だっていうのか。
 そんなことがあるわけ・・・」
 だが、友人達の表情は、俺が本当の俺じゃないことを示していたし、第一、俺は男だった・・・はずだ。
「あなたには、もう一度マシンの中に入ってもらいます。そして、記録されたログから人格を戻すわけですが、幸い、自分の事についての記憶以外には傷害が無いようですので、そのままデータを書き戻します。
 ただ、一日に何度も感覚を移すと危険が増すので、私どもが用意した病院で一度カウンセリングを受けてから、明日、改めて行うことにします」
 橋本は、そこまで一気に言い切ると、脇に控えていたスタッフに指示を出した。
「さ、行きましょうか」
「なぁ、俺はどうなるんだ?」
「先ほど説明しましたように、大脳皮質の表面が一時的に変化して生まれたのがあなたです。一種の記憶喪失といってもいいでしょう。
 本当の人格が戻ったときにどうなるかは、通常の記憶喪失と同様にお考えください」
 俺は、消えてしまうのだろうか、それとも元の俺と一緒になるのだろうか。
 強い不安を胸にしながら、俺は会社が用意した病院へと移っていった。
 恵は最後までついてくると言っていたが、橋本が丁寧ながらも強い拒否の姿勢を示していたし、何より俺自身が一人でいたかった。
 病院ではいろいろな検査の後、簡単な心理テストとカウンセリングを受けた。
 女性の身体に興味がなかったわけではないし、実際、トイレや入浴時には柄にもなく緊張してしまった。
 その後、夜までにもいろいろあってなかなか寝付けなかったが、鎮静剤を打ってもらってようやく眠ることができた。

 翌日、ゲーム制作会社の開発室につれて行かれた。通常は関係者以外絶対立入禁止だが、特別に剛、健、恵の三人も室内に通された。
 筐体は、ゲームセンターに置かれたものと異なり、むき出しの基盤や、様々な配線が繋がれている。
「さぁ、これに入って」
 橋本がノートパソコンを叩きながら言う。
 俺は一度みんなの顔を見回してから再びゲームの世界へと陥っていった。

  ブゥゥゥゥン

 機械が停止すると、五感が現実へと戻ってくる。
 はヘッドギアをはずすと、棺桶のような筐体から起きあがった。
 ・・・そう、人格は元に戻っていた。へと・・・。
『晶!』
 剛、健、恵の三人が心配そうに私をのぞき込む。
「なかなか目を覚まさないんで、心配したぜ」
 剛が言う。ふと涙が流れる。
「大丈夫よ。私も・・・そして、彼も・・・」
 昨日、私の代わりに私になっていた、もう一人の私。彼は消えてはいなかった。表面的には確かに女性の私になっていたが、心の奥底には彼を感じている。
「・・・ねぇ、何言っているの、晶君」
「え?」
「おう、なんかオカマみたいなしゃべり方になって」
「ゲームの影響が抜け切れてないんじゃないか?」
 恵も、剛も、健も、何を言っているのだろう。
 私はこうして戻ってきたのに。
「ねぇ、橋本さんは?」
 そういえば、橋本の姿が見えない。いや、それどころか、普通の客が順番待ちまでしている。何故?
「おい、恵。こいつに鏡でも見せてやれよ」
「そうだな。自分の顔を見れば現実を思い出すだろう」
「もう、しょうがないわね・・・はい」
 そういって、差し出された鏡に映っていたのは紛れもなく男性の顔。
 ・・・これって、どういうこと・・・。

 こうして存在している私は、一体、何なんだろう・・・。
 ・・・・ゲームはいつ終わるのだろう・・・。