面他裳(メタモ)倶楽部

あなたの人に言えない願望をかなえるための倶楽部です。

新しいあなたや、鏡の裏に隠れたあなた、本当の自分を求めて苦悩するあなた。そんなあなたを、お望みの姿にして差し上げます。さあ、おいでください。わたしたちの元に、そして、あなたの思いをかなえてください。あなたは、どんなすがたをお望みですか・・・

 

面他裳(メタモ)倶楽部会員NO.1111 斉藤俊彦

 

繁華街の一角にあるファショナブルなビルの一階にあるメンズエステの入り口の前で、俊彦は迷っていた。ここには、何かがある。彼のカンはそう言っていた。もし外れたら、彼の人に知られたくない願望が白日の下にさらされる事になるかもしれない。彼の願望は、誰にでもあるものなのだが、世間には受け入れられないものだった。いや、これがばれたら、彼は、社会的に抹殺されるかもしれない。2週間前のあの事がなければ、彼はここに来ることはなかっただろう。そして、今ごろは、家で、面白くもないTVを見て、あさっての月曜日には、いつもと同じく会社に行く、惰性的な何の変化もない生活が続くはずだった。あの日にあんな事さえなければ・・・
 2週間前の土曜日、俊彦はただぶらぶらと町を歩き、鳴りだした腹の虫にえさをやるために、限定キャンペーンが好きなファーストフードの店で、ハンバーガーのお得な(?)セットを頼むと、まもなく安っぽいスマイルとうまくも、まずくもないハンバーガーセットが出てきた。ハンバーガーセットを乗せたトレーをもって、俊彦は、通りの見えるウインドー側のカウンターに座った。通り過ぎる人たちをただぼんやりと眺めていると、若い客たちでざわつく店内の方から、声が耳に入ってきた。
「どう、3日間やってみてどうだった。」
「大変だったけど、たのしかった。」
 それは、ごく平凡な若いカップルの会話だった。ただなんとなく振り返ると、席の後ろにあるテーブルには、ジャニーズ系の少年と田中麗奈にそっくりのカップルが座っていた。
「それよりあなたのほうはどうなのよ。」
「僕のほうかい。なれたものさ。それよりも、結構なりきっているな。」
「まあ、なりきっているなんて、失礼ね。わたしは、わたしよ。」
「おいだいじょうぶかい。」
「大丈夫よ。ちょっとした冗談よ。でも、この格好は、わたしにあってるみたい。」
「脅かすなよ。そういえば、るみ達おそいなぁ。」
「ええそうね。約束の時間をとうに過ぎてるのにどうしたのだろう。」
「だいたい、Mトナルトで待ち合わせというのが間違いだったのかな、駅の反対側にもあるしな。」
「そうよね。駅の東側の店ですものね。」
「駅の東側、ここは、北側だぞ。俺たちが間違えたんだ。急がないと、るみ達帰ってしまうわよ。」
「やべぇ、いそごう。」
 ちょうど、俊彦が、トイレに行こうと、席を立ち上がったとき、そのカップルも急いで店を出ようと席を立ったので、俊彦に少女の持っていた鞄がぶつかって、鞄の中身が通路に散らばってしまった。ふたりは、あせりながら散らばった中身を拾い始めた。少年と少女は拾い終わるとそれを、カバンに無造作に放り込み、何も言わずに店を出て行った。俊彦は、飛び出していく二人を、ただ呆然と見送った。と、さっきまで、少女が座っていたイスの上に何か、のっているのに気がついた。それを手にとって見ると、それは生徒手帳だった。何気なく、後ろを開いてみると、そこには、学生証と写真が載っていた。そこには、ごく平凡な顔をした少年が写っていた。だが、これは、あの少女の鞄から出てきたものだ。それにあの少年の顔でもない。その事が、俊彦にはなんとなく引っかかり、彼は、店に預けるでもなく、そのまま生徒手帳を家に持って帰った。
 くだらないTVを見ながら、改めて、手帳を調べると、その中から、一枚のカードと、スケジュール表に月に2回ほど「メタモ」と書かれている事に気付いた。
『メタモ』

その言葉に、俊彦は、なにか引かれるものを感じた。そして、カードを見ると、それは、メンズエステの特別会員証で、店の名前は「メタモルフォーゼ』だった。

これが、俊彦が、この店の前にいる理由だった。
 何の根拠もないのだが、彼のカンが、彼に囁き続けた。俊彦は、この2週間、この店の事ばかりを考え、今日それをはっきりさせるために来たのだが、なかなか中に入ることができなかった。彼が、店の前でうろうろしているので、店の中から若い女店員が出てきた。
「あの、私どもに何か御用でしょうか。」
「あ、いえ、あの・・・」
 俊彦は、口篭もってしまった。女店員が、何か言おうとしたとき、店の中から声がした。
「入ってもらいなさい。」
 その声を聞きつけた女店員は、俊彦の手を取ると彼を店の中に招き入れた。招かれるままに中に入ると、そこには、鈴木京香にそっくりの女性が立っていた。
「いらっしゃいませ。わたしが、当サロンのオーナーです。どうぞこちらに。」
 そう言って、俊彦をエステルームへと連れて行った。ここのサロンは、すべて個室で、一対一で、エステしてもらうシステムになっているようだった。俊彦は、エステサロンに行ったことが一度もないのでその違いはよくわからないのだが、部屋に入ると6畳ほどの広さのところに、ベッドと、鏡台にイス、全身がゆったりと映せる姿見、壁に収納してあるクローゼット、それに、シャワー室があった。鏡台の隣には、ラックトップのパソコンが置いてあり、スキャナーとプリンターも接続してあった。

初めて見る、エステサロンの中に、俊彦は、ついきょろきょろと辺りを見回してしまった。ふと部屋の壁を見ると、姿身の横に、女性の体型をかたちどった洋服掛けがあり、そのそばに、床から60センチほどの高さのところに何か、隠し扉のようなものがあるようだった。なぜなら、よく見ないとわからないのだが、壁の色が微妙に違って見えるからだった。少し不安げにあたりをきょろきょろ見ている俊彦にオーナーが声をかけた。
「どう、気はすみました。」
 さっきは、突然のことで気がつかなかったが、声も京香そっくりだった。
「あなたが、どうやってここを知ったのかは聞かないわ。でも、あなたがわたしたちの同類だということはわかるわ。」
「どうるい?」
「そう、あなたの願望のね。そうでなければ、あなたはここには来なかったはずよ。」
 俊彦は、彼女が言うことが理解できずにいた。
「まだわからないようね。それならば、これを見れば理解できるわ。」
 そういうと、彼女は、額の髪の生え際を両手でつかむと引っ張った。
 べりべりべりっ
 音を立てて、彼女の髪は頭の皮と共に剥がれ、あらわになったスキンヘッドの頂点に小さなチャックの取っ手のようなものがあった。彼女は、それを掴むと、背中のほうにそれをゆっくりと引っ張った。今までは、わからなかったが彼女が摘んだ取っ手の動きとともにチャックが開いて行き、裂け目が頭の頂点から、首の付け根まででき、彼女の顔の皮は、すこし緩んだ。両手ですこしめくれた皮を掴むと、ブドウの皮をむくように顔の皮をはがした。剥がれた皮は、前に垂れ下がり、剥がれた皮の下から現れたのは、特徴のない平凡な男の顔だった。
「どう、わたしが言った意味がわかったかい。」
 その声は、男の声と女の声がまじっていた。
「きれいにマスクを剥がしていないからこんな声だけど、でも、この格好だから、こっちのほうがいいだろう。」
 そう言いながら、彼女?は、マスクを被りなおした。付け根のチャックのつまみを上げると、裂け目はきれいに消え、チャックの跡さえもわからなくなった。
「これは、フリーサイズだから誰でも着れますのよ。それに、全身タイプだから、絶対にばれることはありません。だからあなたの願望も満たせますのよ。」
「ぼ、僕はそんなことを望んじゃいないよ。そんな変態じみたことなんて。」
「そう、そう仰るのなら、もう何も言いませんわ。でも、こんなチャンスは2度と来ませんことよ。」
 彼女にそう言われて、俊彦は、躊躇した。彼女(?)が言うようにこんなチャンスは2度とないだろう。だが・・・
「あら、これは、中森明菜ね。」
 いつの間に抜き盗ったのか、オーナーの手にはスーツの内ポケットに入れてあったはずの俊彦のパスケースが握られていた。恥ずかしい事に、俊彦のパスケースには、十数年前の彼女のブロマイドが入っていたのだ。
「いったいいつの間に、返してくれよ。」
「お返ししますわ。でも、その前にちょっとしたサービスをさせていただきますね。」
 そう言うと、彼女はパスケースから、ブロマイドを取り出すとスキャナーにセッティングして、パソコンの横のマウスを、まるで生きた鼠が動いているかのように巧みに動かした。    

そして、マウスが動きをとめると、彼女は、スキャナーからブロマイドを取り出すと、パスケースに戻して、俊彦に返した。

しばらくすると、さっきの隠し扉が開き、肌色の塊が出てきた。彼女は、それを手に取り、広げると、洋服掛けにかけて、俊彦に見えるように彼の前に持ってきた。それは、ブロマイドそっくりの中森明菜の全裸の皮だった。
「どう、こんなこともできるのよ。何も今の彼女じゃなくて、なりたい時の姿になれるの。オリジナルもできるわ。お望みのままにね。」
 俊彦には彼女の声は聞こえていなかった。目の前の明菜の裸に目を奪われていた。

「お試しいただける期間は、6時間です。それを過ぎると、このスキンは塵になってしまいますの。」
鏡台の前に座って、さっき脱いだかつらをセットし直しながら、オーナーの女は言った。
「それにこれは、通常の着脱可能タイプと違って、一度着たら時間まで脱げないタイプですので、突然何かの拍子に脱げたりすることはありませんわ。私どもの商品で、どんなタイプのものでもトラブルは一度も起こったことはございません。お顔だけとか体の一部だけとかもございますので、お好みで部分だけ変わることも出来ますの。それに、3階のレディースエステサロンは、当店の姉妹店でして、ここのメンズエステサロンとは秘密のエレベーターでつながっておりますので、そこから出ていただけますので決して怪しまれることはございません。」
 オーナーの声が聞こえていたのか、俊彦が聞いた。
「もし、これを使って犯罪を犯したら?たとえば、盗みとか、詐欺とか殺人とか・・・」
「そのときは、それなりの罰を受けていただきます。どんな事情があろうとも、どこに隠れていようとも、迅速に施行されます。」
「どんな?」
「それは、その時の状況によりますが、それ相当の罰が待っています。それに、このサロンでは、規則は一つだけです。お支払いは、きちんと請求させていただいた金額を現金で払っていただくこと、それ以外はお客様の自由です。使用される目的は一切問いません。ただ、へんな事に使われるとほかのお客様の迷惑になるため、その時は、この限りではございませんが。」
「犯罪もそれにはいるということですか。」
「そうです。それ以外でも、他のお客様のご迷惑になると思われるときは禁止事項に該当します。それも、そのときの・・・」
「状況によると。」
「そうです。それと、お客様、6時間というのはこのスキンがここに出てきてからの時間ですから、お早めに、お決めにならないと時間が来てしまいますよ」

俊彦は、まだ迷っていた。こんなモノがそう簡単に出来るはずが無い、それに、これを着たら、その事に付け入られて、後でとんでもないことになるのではないだろうか?そんな思いが、俊彦を躊躇させていた。

「疑っていらっしゃるのね。これを着たら、後でとんでもない金額を請求されるのではないかと?それはございません。これはあくまでも無料お試しですから。こんな事でトラブルを起していたら、私どもの信用問題になりますので、ご安心ください・・・といっても無理かしら?仮面を被った女の言葉ですものね。ふふふ・・・」

「あははは・・」

オーナーの笑いに俊彦も釣られて笑ってしまった。釣られてとはいえ、少し気が軽くなった気がした。

確かに、このオーナーは怪しいというべきだろう。だけど、彼らのこの着ぐるみに関しての技術は、まさに驚愕するほどのものだ。ここでこのオーナーの機嫌を損ねたら、自分はもう二度とこの技術を試す機会に出会う事はないだろう。たとえ、多額の借金を逃れたとしても、この機会を逃す事は、果たして正しい選択と言えるのだろうか?

俊彦は、生まれて初めて、難しい選択に迫られていた。この選択に比べたら今までの人生で悩み苦しんだ事が、些細な事に思えてきた。

「ど、どうしよう・・・」

悩んでいる間に時間だけが過ぎていく。

「どうなさいます?」

決断につかない俊彦の態度にイラついている様子もなく、オーナーは、優しく問いかけた。

長年の夢が叶うと言うのに、俊彦は決断がつかなかった。「着る」の一言で、夢が叶うのだ。だが、それは今までの自分の生活には戻れない事も意味していた。他人に、それも女性に気軽になれる。そのことが、俊彦を、今までどおりの生活を過ごさせてくれるとはどうしても思えなかった。

だが、この事が、彼にもたらしてくれるものと、奪い去られる物。どちらを選ぶか。俊彦にはどうしても決められなかった。

「わたしが居たら、決めづらいでしょうから、席をはずさせていただきますわ。まだ、と言ってもあと5時間ほどですが、時間はございますから、どうなさるかお決めください。決まりましたら、そこのボタンを押していただくと担当の者が参りますから・・では、失礼します」

そう言うとオーナーは部屋から出て行った。部屋の中には俊彦一人残された。

部屋にひとり残された俊彦は、ハンガーに架けられた明菜の着ぐるみを、恐る恐る触ってみた。それは、出来立てからなのか、少し温かい気がした。ハンガーに架けられた着ぐるみは、中身のない高級なダッチワイフのように見えた。

「さっきのは、特殊メイクで、これを着てもあんなにはなれるはずがないじゃないか?ひょっとすると、僕がこれを着るのをどこかで隠し撮りしていて、僕の変態な行動を映して、それを使って僕を脅して・・・」

と、そこまで考えた時、ただのサラリーマンに過ぎない自分に、ここまで手の込んだイタズラをしても何の得もないことに俊彦は気付いた。

俊彦は、ときどき着ぐるみをちょっと触りながらも、どうしても手に取って、着てみることができなかった。その間にも、ただ時間だけが、静かに流れて行った。

俊彦には、人に知られたくない秘め事があった。それは・・・女装。

それは、たった一度だけの体験。だが、その事が、俊彦には衝撃的なトラウマを与えていた。幼い頃から美しいモノを愛し憧れていた彼は、憧れる美を象徴する物として、若く美しい女性を選んだ。その女性の美に近づくために、彼は女装を体験した。

自分の生活圏の近くでは、知人に会う恐れがあるので、わざわざ遠方の女装クラブに行き、そこではじめての女装を体験をした。

「まあきれい。素敵なレディになれるわよ」

女装クラブのメイクさん(本物の女性)が、俊彦のマユや髭剃りあとを、メイク専用のワックスで、塗りつぶしながら言った。

鏡に映し出された自分の顔が濃い目のメイクをされて、女に変わっていくのに義彦の胸はドキドキしていた。

ファンデーションで下地を作り、アイシャドー、頬紅、アイライン、アイブロウ、マスカラ、リップライン、リップ・・・・男の顔というカンバスの上にさまざまな化粧品で描かれる女の顔という絵画。ボブヘアーのウイッグを被せられ、髪にブラシを入れて、俊彦の顔に、そのウイッグが馴染んでいくにつれて、彼は、ある思いが膨らんでいった。

「ハイ出来上がり。まあ!きれいよ」

メイクさんの完成誓言と共に、周りで、彼と同じようにメイクされていたほかの女装者たちが、俊彦の周りに集まってきた。そして、彼らは口々に言った。

「ホントきれい!」

「もう、まるで本当の女性みたいだわ」

「わたしもこんなにきれいになりたい!」

彼らの俊彦をうらやむ彼らの賞賛の声は、俊彦に何の感動も生まなかった。いや、逆に鏡の映る自分を見て膨らんできていた感情の育成を促進させた。

『化け物』

それが、鏡に写る自分を見つめる俊彦の心の中に生まれてきた感情だった。

いくら、厚化粧をして、パットや矯正下着で体型を変え、可愛い服で、身体を覆い包もうとも、鏡に写るのは滑稽な男の姿でしかない。

かなり無理をして脳内保管をしても、けっして女性には見えない自分の姿。自分はかわいい女の子のつもりでも、他人からは、ゲテモノにしか見えない。

これが女装の限界。

どんなにきれいに化粧をしても、いくらファッショナブルな服や、小道具で体型を変えても、男という身体から滲み出てくる雰囲気からは逃れることはできない。

俊彦は、初めての女装体験のあと、決して女装をすることはなかった。

でも、今、自分の目の前にあるモノは、それを覆してしまうのだ。男の彼を、女に、それも彼が望む姿に簡単に変えてしまう。性転換して、ボディコントロールで、体型を変えない限りは、ただの女装者には絶対にすることの出来ない、女性として全裸になることすら出来るのだ。

現実の女装の限界からあきらめていた事が、長い間、夢にまで見たことが、目の前にあるうすっぺらな肌色の着ぐるみで叶えることができると言うのだ。

それでは、今まで自分が悩んできた事は、いったいなんなのだ。俊彦は、自分がどうしたいのかわからなくなっていた。

 

「あらあら、もう時間がなくなってしまうわよ。どうするの?」

俊彦が懸念したように、俊彦のいる部屋は隠しカメラによってモニターされていた。モニター画面に映し出された映像を見つめて、オーナーはニヤリと笑った。

 

目の前の究極の女装アイテム。見かけはおいしそうでも、見掛け倒しの満足できない料理を食べさせられ続けてきた俊彦にとって、目の前の着ぐるみは、追い求めていた究極の料理そのものだ。だが、これを手に入れるための代償は大きかった。それに、これも実は見掛け倒しで、新たな失望を感じることも考えられた。それらの事が俊彦に決断を鈍らせていた。

だが、タイムリミットは、俊彦の迷いに関係なく近づいていた。

俊彦は、ついに、その着ぐるみを持つと、自分の身体に当ててみたりした。自分の身体よりも小さい着ぐるみ。これを着ても、間延びした姿にしか成らないだろう。でも、精巧に女体を模写した着ぐるみは魅力的だった。もしかすると、このサイズに合わせて自分の身体も縮むかもしれない。だが、そんな事はありえなかった。

でも、間延びしたとしてもこの着ぐるみを着れば、憧れていた女体を持つことが出来るのだ。

しかし、憧れと現実のギャップ。俊彦は、それを今までに数多く経験してきた。そして、自分の思いを叶えるのは、想像の世界しかないと思ってきた。だが、それが、いま現実に叶うかもしれないと言うのだ。

期待と絶望。それを繰り返してきた俊彦が慎重になるのは仕方がないことだ。

そして、もし、現実に彼の思いがかなうとしたら、それは、彼が、今までの自分には戻れない事を意味していた。妄想が現実になり、いつでも叶う様になった時、今までの彼の常識は崩れ去ってしまうだろう。

俊彦は、着ぐるみの頭部の20歳前後のアンニュイな明菜のマスクを見つめた。その時、自分の股間が強く反応しているのを感じた。

『着たい。着て見たい。深い落胆が待っていようとも、この着ぐるみを着てみたい』

そんな強い思いの反面。

『これは、今までにないほどの精巧なものなのかもしれないが、それでも、自分の求める物には程遠い物だ。これを着ても、また激しい落胆が待っているだけだ。明菜になれるかもしれないという想像だけで、着るのをやめよう』

そんな思いが彼の頭の中で渦巻いた。

俊彦は、ふと、時間が気になって、着ぐるみを見つめていた顔を上げて、部屋に備え付けられていた時計を見た。

カツカツカツッと正確に時を刻む時計。

「あと二時間・・・」

いつの間にかタイムリミットまで、あと二時間になっていた。時計を見つめていた顔を伏せると俊彦は・・・・

 

 

ある街角で・・・

「わぁ、あの人きれいだなぁ」

「お、いい女。あんなきれいな人になってみたいかも?」

「おいおい、お前にはそんな趣味があったのかよ」

学校帰りであろう三人の男子高校生が、すれ違った美女の後姿を見つめながら会話した。

「いや、女になりたいんじゃなくて・・・」

「お前が女になりたがっていたなんて気色悪!今、この時限り絶交だ!」

「だから、そんなんじゃなくて・・・冗談だってば」

ついつい口を滑らせた少年が、懸命に言い訳をした。

そんな彼らとは関係なく、もう一人の少年がぼそっと呟いた。

「成れるかもしれないぞ」

「何馬鹿なことを言ってるんだよ。お前も女になりたいのかよ」

「いや、こんな話を聞いた事があるんだよ。男を女に、女を男に、それも思い通りの姿に変えてくれるところがあるって」

「なんだよそれは。整形手術でもするのか?俺はいやだね。戻れなくなるじゃないか」

「そうじゃなくて、精巧な着ぐるみで、姿を変えてくれるって言うんだ。体型や容貌も完璧に変わってしまうって言うんだよ」

「そりゃ新手の都市伝説化。そんな事ができるわけが・・・」

「あ、俺も聞いた事がある。そんなクラブがあるって」

女になりたいといって責められていた少年も、会話に参加してきた。

「確かそのクラブの名前って・・・」

そして、二人が同時に言った。

「「面他裳倶楽部」」

 

 

 

 

あとがき

私のファンの方は・・・ほとんどいないか^^;。

私は、ほとんど、お話の最後に、あとがきを書いたことがありません。なぜなら・・・書く事がないからです。

でも今回は書かせてもらいます。なぜなら、まぁ、訳のわからないお話のなったからです。

最初はこれ、主人公が、若い頃の中森明菜になって、女性を楽しむというお話だったのですが、書いているうちに、自分のTSへの思いや、マスク変装への思い(というよりも、それらの事を体験してみたいと思う自分への不安)を書いてしまいました。

俊彦は、私です。そして、彼の不安は私の不安です。

本当に、完璧に(姿だけでも)女性になれる着ぐるみが自分の目の前にあったら、今まで書いてきたお話の登場人物のように、簡単に着れそうにないからです。用心深いのではなくて、今の自分を失いそうで怖いからです。

でも、もし一度でも着てしまったら、そのあとは、着続けてしまいそうです。自分に戻る事も忘れてね。

私って小心者ですね。

『面他裳倶楽部』第二弾を書くことがあれば、その時には、いつもの調子に戻ると思います。ただそれがいつになるかは・・・神さえも知らず。です。^^

では、そのときまで、ぬた!