日本TSむかしばなし

つる女房

 

むか〜しむかしのこと。ある山の麓に、与平と言う若い百姓が住んでおった。

ある日、山に山菜を取りに行って、谷の岩場で、石に足をとられて往生している鶴を見つけた。

やさしい与平は、石をどかし、傷ついている鶴の足に腰にぶら下げておった傷薬を塗ってやり、きていた着物の切れ端で傷を包んでやると空に放してやった。鶴は元気よく空高く舞い上がっていった。

 

それから何日かたったある夜。与平の家の戸を叩くものがおった。

若い女の声「ごめんくださいまし。ごめんくださいまし。」

与 平 「ほ〜い、こんな夜遅くどなたさまかの。」

若い女 「旅のものでございます。この暗闇で難渋しております。どうか一晩お泊めくださいませんか。」

与 平 「わしはかまわんが、この家には男のわししかおらん。若い娘さんのようだがそれでは困ろう。」

若い女 「わたしはかまいません。親が死に、あても泣く都に参ろうとした旅でございます。」

与 平 「そうもいかんじゃろう。わしが納屋に寝るから、お前様はこの家でお休みなさいませ。」

若い女 「そのようなことをされたら。私が困ります。」

与 平 「な〜にかまわんて、それにわしは明日がはやいで、納屋で寝たほうが仕事に行きやすい。そうしなされ。」

そう言うと与平は戸を開けた。そこに立っていたのはこの世のものとは思えぬほどに美しい旅装束の娘であった。

若い娘 「このようなお心遣いを頂きありがとうございます。」

与 平 「なに、いいてことよ。」

与平はその娘の美しさに見とれながら納屋の方へと歩いて行った。少し行って与平は振り向いてこう言った。

与 平 「家の奥に風呂があるから入って、旅の疲れでも癒されるがいい。」

与平は、また納屋のほうへと歩いて行った。

翌朝、旅の疲れからか娘は床についたままになってしまった。与平は朝な夕なに看病して、娘は何とか元気になった。

与 平 「ようやっと、元気になったな。あすにでもまた旅に出るかね。」

若い娘 「与平さん。わたしをここにおいてはくださいませんか。」

与 平 「なにを言いなさる。お前様は旅の途中のお方。こんなところに居られるお人ではなかろうが。」

若い娘 「あの夜にもお話したように、親には死なれ、縁者は居りません。都にでも行こうかという旅でしたから何処で、やめようが一向に構わないのです。それに、与平さんのやさしさに心惹かれました。下女でもかまいませんから置いてください。」

与 平 「下女でもかまわないと言われても、わしのほうがかまうだ。床を離れたばかりだからそう思うのだろう。それならば、気が住むまで居るがいい。」

与平の言葉に若い娘は泣き出してしまいました。

与 平 「泣く事はなかろう。ところでお前様はなんというだ。」

 つう  「まあ、わたしとした事が、まだ名前を名乗ってはおりませんでしたね。わたしは、つうともうします。」

与 平 「おつうさんか。ええ名じゃ。おつうさん。これからよろしくな。」

 つう  「はい、与平様。不束な者ですがよろしくお願いいたします。」

与 平 「なんだか、おつうさんがわしのところに嫁にきたようだな。」

与平の言葉に二人はお互いに顔を見合わせると、笑い出した。

それから、春が過ぎ、夏になり、秋がきて、冬を通り過ぎると、また春がきた。そのころにはつうはすっかり、与平の姉さまになっておった。だが、与平の暮らしは二人ではしんどいものじゃった。

 つう  「与平さん。おねがいがあります。」

与 平 「なんだ、つうよ。」

 つう 「機織りが欲しいのです。わたしは少し、機を織ることができますので、機を織り、それを与平さんがさばいてくだされば、少しは暮らしがよくなると思います。」

与 平 「くるしいか。」

 つう 「わたしだけならいいのですが、この秋には与平さんとわたしのややこが・・・」

与 平 「ややこができたか。そうか、そうなったらこの暮らしでは苦しかろう。わかった、確か、村に年老いて機織りができなくなったば様がおったからそこからもらってきてやろう。」

 

与平がもらってきた機織りでつうは朝から晩まで機を織り出しました。

 つう 「気が散りますから、けっして機を織っている間は中を覗かないでください。」

与平はその言葉を守った。つうが織る反物は、それを着るものを綺麗にすると噂が立ち、近くは愚か、遠く都からも買い求めてくるものさえ現れるほどじゃった。こうして、与平とつうの暮らしはよくなっていった。

じゃが、よいときには必ず悪いことがあるもので、つうが織った反物で着物を作った娘たちが、次々と神隠しにあったのじゃ。つうの反物のせいじゃというものと、神様までも惚れるほどに美しくなれる反物じゃといって、高値で買おうとするものとに別れたが、つうの織る反物は前以上に高値で売れるようになったのじゃ。

 

つうは、機織り場からあまり出てこんようになった。心配になってもつうとの約束があるので与平は中を覗くことができん。機織り場との境にある戸板に弥平は耳をつけて、中の様子を聞くようになって、田畑にでんようになってしもうた。

ある日、何日も出てこないつうが心配になって与平が戸板を開けて中に入るとそこには誰も居らず、足を縛られた野ウサギが、機織りをカタカタと動かしておった。その傍のそばにつうの着物が脱ぎ捨ててあった。

与 平 「つうはどこじゃ。つう。つうよ。」

与平は日がくれるまで、あたりを探し回っておった。すっかり日が暮れると明かりもつけず、与平は機織り機の前で、立っておった。すると、後の方で声がした。

男の声「ついに開けてしもうたようだな。」

与平が声のほうに振りむくとそこには七尺以上はあるじょろうほど大きな恐ろしげな赤鬼が立っておった。そして、赤鬼は恐ろしさのあまり動けなくなった与平のそばを通って機のそばに脱ぎ捨ててあるつうの着物を掴むとそれを着だした。赤鬼が着れるとは思えないのだが、着物を着だすと気のせいか、赤鬼の身体はちぢみだしたのじゃ。そのうえ、どうしたことか恐ろしげな赤鬼の顔もやさしげに変わっていき、色も白くなっていったのじゃ。赤鬼が着物を着終えるとそこには、いつもの優しげなつうが立っておった。

赤鬼(つうの声)「渡辺某という奴に切られた傷のため、こんなところまで逃れてきたのだが、どうも田舎にはわしの食指を刺激する女がおらんので、この機で綺麗になる着物を織ってはそやつらを喰らっておったが、力も戻ったし、お前には感謝しておる。お前が助けた鶴を偽って、お前のところに隠れておったが、それもこれまでじゃ。わしの正体を知ったからにはお前をそのままにしておくわけにもいかん。」

赤鬼のつうは、そう言いながら、口からあふれ出るよだれを手で拭った。

 

つうが姿を消した日の次の日から与平の姿も見かけぬようになった。里のものは、与平はつうを探しに行ったのだろうと話し合い、与平を探す事はなかった。

それからしばらくして、渡辺某という侍が鬼に殺されたと言う噂が風の便りに流れてきた。そして、姿を消しておった羅生門の鬼がまたぞろ現れて悪さを始めたとも・・・

 

 

あとがき

操作ミスで消えたかと思っていましたが残っていたよかった。

よしおか版「つる女房」ご賞味あれ。