ある男の異常な愛情
 
又は、わたしは如何にして人間であるのを止めて、人形になる事をのぞむようになったか
by RK & でこビュー
 
1.宅配便
 
 僕、啓治。大学3年生でつ(^^ゞ 無二の親友の洋介がまた海外に行ってしまって寂しいです。
 去年も僕に一言の相談もなく、イギリスに行ってしまってびっくりでした。そんな素振りは全然なかったのに。
 イギリスから帰った洋介は一回り大きくなったというか成長した感じでした。 ファッションが陸サーファーからロンドンパンクに変わっていました。
 僕と洋介は幼馴染で洋介はスポーツ少年、僕はゲームオタクで趣味が違うのになぜか気が合ってよく徹夜でPS2の新作をやったりしてまつ。 
 
 なんてモノローグを言ってたら宅急便が届きました。
「めちゃでかいすよ。」
日通のにいちゃんが二人がかりで大きな段ボールを僕のアパートに運び込みました。 
「おつかれさまでした〜。」
僕は日通のにいちゃんたちを労らってから、人一人入りそうなでっかい段ボールをしげしげと眺めた。
あ。差出人は洋介だ。一体何を送ってくらたのだろう。早速開封してみる。 
 
「うわ――――――!!」
な、中に女の子が入ってる。 
全裸でビニール袋に包まれてすやすや寝ている(@@)僕は半分腰を抜かしながら段ボールから女の子を引き釣り出す。
気を失いそうにどきどきする。うむむ。この子はうぅ。まさに僕と洋介の好みそのものの女の子だ。洋介とは女の子の好みが合うのです。
彼女がいない僕の為に洋介は現地で拉致した女の子を段ボールに詰めて送って寄越したのだろうか。やっとのことで女の子を段ボールから引きずりだしてビニール袋を剥がしていると女の子が目を覚ました。 
 
「うぅ〜ん、よく寝た。あ、啓治君。始めまして。あたし ヨシミ。」 
「うおー!生きてる。喋った!!」 
「きゃは。生きてるよ♪」 
 
 
 
2.女の子
 女の子は自分でビニールから這い出すと、大きく伸びをした。 
 僕はその姿に目をそらそうとして、そして、失敗した。彼女は何も着ていない。 
 女の子がこっちを向く。僕は慌てて言い訳の言葉を捜した。 
 
 「いいかんじの部屋だね。あ、お邪魔しまーす。」 
 彼女は自分が裸であるなど気にしてない様子で、興味深げに我が家を物色し始めた。 
 僕は彼女の後を追いながら、部屋をかたずける。 
 
 どうしよう。何から聞けばいいんだ? 
 って、女の子が手をかけてるあの引出しの中わぁぁぁぁ!! 
 「ちょっ、だめだめだめ!!」 
 僕は大慌てで引出しを押さえた。 
 「えー!なんでぇーっ」 
 「なんでって・・・」 
 女の子は不満そうな声をあげる。悪いのは向こうのはずなのだが、僕は言葉に詰まった。 
 
 「なんで?」 
 女の子は僕の顔を覗き込みながら質問を繰り返す。思わず目をそらしてしまう。 
 「その、見られたくないものだってあるわけだし、プライベートとかって重要だと思うし、、」 
 何を言ってるんだ。僕は。それに、それにこの状況はなんなんだ! 
 「だいたい君は、、、、っていねーよぉぉーーーー」 
 見ると奥の部屋に続くドアが開いている。僕は半泣き状態で後を追った。 
 2部屋しかない我が家ならすぐに見つかるはず!ところが、どの部屋にも彼女の姿はなかった。 
 
 夢?それともベランダ?・・・裸で?? 
 数秒の思考停止の後、僕はベランダへと急行した。そして、彼女を部屋に引っ張り込む。 
 「わっだいたーん」 
 僕の胸の中で彼女が呟いた。 
 「ベランダは道から丸見えなんだから、裸でなんて!」
 裸? 
 自分の発した言葉に僕はフリーズしてしまった。裸の女の子?今抱いているのがそうなのか? 
 視界の隅にベッドが目に入る。 
 僕は混乱の中にいた。理性が警鐘を鳴らす中、視界の隅のベッドが大きくなっていく。 
 誘っている?、、、このまま倒れこんだら彼女は嫌がるだろうか?合意の上。そうだよな。だって裸なんだし。彼女は騒いだりしていないじゃないか。 
 
 「ね、あの服借りていい?」 
 僕はその言葉に大いにクールダウンした。へなへなとベッドへと座り込む。 
 どっと疲れが押し寄せていた。からかわれてるのだろうか。 
 すぐ横に誰かが腰を下ろす気配を感じた。誰かといっても、今この部屋には僕と彼女しかいない。 
 僕は理性を保つため、彼女のほうを見ないようにしながら問い掛けた。 
 
 「なんで、なんでこんなことするんだよ。」 
 「んー?秘密。でもごめんね。ちょっと反応が面白くて。やりすぎちゃったみたい。」 
 
 反応が面白い??? 
 僕は黙って彼女を押し倒した。 
 「こーゆー反応もあるって思わなかったのかよ。」 
 怒気を含んだ声で言い放つ。今となっては彼女が好みのタイプであることも怒りを加速する要素でしかなかった。
 
 
 
3.告白
 「昔さぁ、女の子同士がレズるってアダルトビデオでさぁ、一方がお人形のふりをするって設定のやつあったよね。」
 彼女が、僕の体の下、僕に両腕をしっかりと押さえ込まれている彼女が言った。彼女に抵抗の気配はない。
 「そのビデオ、、、まださっきの引き出しの中に入ってるの?」
 「な、なに言ってんだよ。」
 声がうわずった。そのことを知っているのは僕以外では洋介だけのはず。
 このいたずらをしかけたのは洋介なのか?
 「覚えてない? 前にそこで一緒に見たじゃない。」
 彼女の視線の先を追う。そこにあるのは本棚。でも半年前にはそこにビデオがあった。そして、そして一緒にビデオを見た相手は、、、
 「洋介・・・なのか?」
 言ってみた後で自分が酷く馬鹿なことを言ったことに気付いた。この子が洋介なわけがない。
 「そう、だよ。」
 その言葉に僕は彼女の顔を、腕を、体を、まじまじと観察した。彼女は恥ずかしげに顔を伏せる。・・・信じられない。いや、信じられるわけがない。
 「なに、、、言ってんだよ。」
 予想外の台詞に体の力が抜ける。
 「証拠、見せようか?」
 彼女はするりと僕の腕を振り払うと、僕を押しのけて立ち上がった。
 「ついて来て」
 絶対嘘だ。そう思いつつも僕は彼女の後を追った。
 彼女は玄関まで出ると、彼女自身が梱包されていた箱を探り始めた。そして1体の人形を取り出した。いや、人形の「皮」か?
 「着て。」
 そう言って彼女は僕にそれを渡した。色はマネキンのそれに似ている。手触りは、、、すこしごわついてる。
 「着て、手伝うから。」
 彼女は繰り返した。着てったって、、、
 「なな、なにを言ってんだよ。」
 僕はようやく言葉を搾り出す。
 「私のこの姿もスーツなの。だから着て。わかるから。」
 彼女の、その姿がスーツ?・・・そんな馬鹿な。
 彼女の手が僕の服にのびる。僕はされるがままに裸にされ、スーツに体を通した。それと同時に不思議な感覚が僕を襲った。
軽いめまいを感じ、座り込んでしまう。
 
 彼女は僕を着替えさせた後、鏡を持ってきた。
 その中には1体の人形が写っていた。精巧な生き人形。遠くから見たら人間と区別がつかないだろう。
 やっぱり嘘だ。こんなスーツじゃ女の子じゃないとすぐわかるじゃないか。そう言おうとした。
 しかし、僕の口からは言葉が出ない。それどころか、体も動かせない。
 焦る僕をよそに、彼女は梱包を始めた。彼女が包まれていたビニールが僕に被せられ、ダンボール箱へと押し込まれる。
 「そのスーツはね、いわゆる開発途中の失敗作なんだって。」
 ダンボールを覗き込むようにして彼女が言った。
 「でもさ、失敗作なんかじゃないよね。だって完全な人形になれるんだから。」
 箱が閉じられ、暗闇に閉ざされる。
 
 程なくして、玄関のチャイムが鳴った。
 「ごめんください、お荷物の引き取りにお邪魔しました。」
 
 
 
4.お人形
 頭が朦朧とする。目の焦点があわない。なんだか声が聞こえる。男の声?
 「・・・かしよぉ、このスーツを好きこのんで着たい奴がいるとはなぁ。ま、俺も人の趣味をとやかく言えねーけどよ。」
 夢?聞き覚えのない声だ。
 「えっ、あぁ、、うん。」
 歯切れの悪い女の子の返事。この声は!
 「ピロピロピロン」
 頭の上で電子音が鳴った。
 「お!お姫様のお目覚めか。」
 視界いっぱいにハンサムな男の顔が見えた。男はまじまじと僕を見つめている。
 「起きたつってもぜんぜん変わんね−な。目も開きっぱなしだし。」
 「ちょっ、そんな覗き込んだら可哀相だよ!」
 あの女の子が僕からハンサム男を引き離した。
 「あぁ、悪い悪い。」
 「あー!!あんた達まだ服着せてなかったの?可哀相じゃない!」
 別の人の声が聞こえた。女の人だ。
 その人は僕を立たせると、僕に服を着せ始めた。自分ではピクリとも動けないというのに、その人は楽々と僕のポーズを変えながら服を着せてくれている。
 「じゃぁ、俺らは出かけてくるから。」
 「OK、あとはまかせて。」
 「じゃあ、お願いします。」
 女の子、ヨシミはペコリと頭を下げた。そして、ハンサム男と一緒に部屋からでていく。
 着替えた後、僕は再び椅子に座らされた。
 「やっぱお人形はこーでなくちゃね。」
 満足気な声。
 「あ!そうそう!」
 女の人は部屋から出ると、大きな鏡を持って来て僕の前に置いた。
 ゴスロリというやつだろうか。僕、というか、鏡の中の人形はレースのたくさんついたメイド服のような服を着せられ、微笑んでいた。
瞳の色は緑で、髪は明るい金髪。その髪には髪飾りがつけられ、その髪飾りはオレンジ色に点滅している。
 「びっくりしたの?とっても可愛いわよ。」
 「ピロロロロン」
 アラームがなって、今度は髪飾りが緑色に点灯する。
 「あら、うれしいの?」
 そう言って女の人は微笑んだ。僕は真っ赤になった。人形の中の僕は。言い訳をしようとしたが、なにも話せない。
 「恥ずかしいの?とっても似合ってるわよ。」
 髪飾りがオレンジから緑の点滅に切り替わり、またすぐにオレンジ色に点灯した。心が見透かされてる!!
 「あらあら、どうしたの?」
 子供をあやすような声で言うと、女の人は僕の頭を撫でた。髪飾りのランプはオレンジ、赤、緑と激しく明滅を繰り返している。
 「いきなりでビックリしちゃったのね。」
 目の前の鏡が取り去られた。
 「貴方の持ち主はヨシミちゃんだけど、当面貴方の世話をするのは私だから。でも、排泄は自動でされるし、同じ姿勢でいても床ずれも起きないから安心してね。あと、食事や水は自動で送り込まれてるから。ま、私の仕事は健康管理と機能テストってとこかな。」
 女の人の視線が髪飾りに向くと、女の人はうなずいた。・・・いったい何色に光ってるんだろう?
 「さ、起きたばっかりで悪いけど感覚系の調整があるからまたお休みしてね。じゃ、おやすみなさい。」
 そう言うと女の人は僕のほっぺにキスをした。
 「ピロロロロン」
 アラームがなった。女の人の手が僕の頭へと伸び、ごそごそと何かを触られた。それから手でまぶたが閉じられる。
 僕は急に眠気に襲われ、眠りの中へと落ちていった。眠りを示すアラームと思われる蛍の光を聞きながら。
 
 
 
5.人形部屋
 僕はぼんやりとピンク色に染まった部屋を眺めていた。
 最初はどこかに運ばれたんだと思ったけど、しばらくして同じ部屋だと気がついた。
 奥に見えるドアも家具のレイアウトも一緒だ。
 壁紙が張り替えられたようで、部屋の雰囲気はだいぶ変わっていた。キ○ィちゃんの壁紙って初めて見たかもしれない。
 
 正面には大きな鏡。そして、その鏡に映る僕はファンシーグッツに埋め尽くされていた。もっとも、今や僕もそのファンシーグッツの1つに過ぎない。
 
 「うわっ!なんだよこれ−!!」
 ドアが開く音と同時に男の驚いたような声が聞こえた。あのハンサムな人だ。
 「姉貴、こんな趣味が・・・」
 「お人形はこれが正道なのよ。」
 あ!あの女の人だ!!なんだか僕は少しうれしくなった。でも、人形の正道ってなんだろう?
 「直子さん、服持って来ました。」
 「ありがと、ヨシミちゃん。」
 自分のことを友達の洋介だと言い張る少女、ヨシミがピンク色のドレスを片手にやって来た。あの女の人、直子さんってゆうんだ!
 「ほらっ!着替えるんだから出た出た!」
 直子さんが男の人を追い立てると、彼はぶつぶつといいながら出て行った。
 
 直子さんは僕を立たせると、倒れないように気を使いながら僕の服を脱がせ始めた。すぐにヨシミが手伝いに入る。
 ブラジャーやパンティはもちろん、お尻のところに取り付けられていた部品のようなものの外され、僕は完全に裸になった。
 目の前の鏡に少女の人形と化した僕の全身が映っているので余計恥ずかしい。
 「よしみちゃん、私、生命維持アタッチメントのメンテナンスして来るから着替えのほうお願いね。」
 「はい。」
 
 直子さんが出て行くと、部屋には僕とヨシミの2人だけが残された。しばらくして、ヨシミが口を開いた。
 「・・・・・怒ってる・・・よ、、ね。」
 そう聞かれても僕は話せないので答えようがない。
 「あの、、さ。最初はちゃんと説明するつもりだったんだけど、なりゆきっていうか・・・その、悪気があったわけじゃなくて、私にとってはお人形になるのはむしろ、うらやましいって言うか・・・」
 ヨシミはしどろもどりになりながら弁解を始めた。
 やっぱりヨシミが洋介だなんて信じられない。洋介はこんな性格じゃない。
 
 「あら、まだ着せてなかったの?」
 いつのまにか部屋にいた直子さんの一言にヨシミの表情がひきつった。
 「ああああの、直子さん。その、ちょっとお話、いえ、考え事してたっていうか、、、すぐ着せますっ!」
 ヨシミは大慌てで僕にパンティを着せ始めた。ヨシミはあきらかに動揺していて、僕はヨシミが間違って僕を倒してしまうんじゃないかとヒヤヒヤした。
 「変よ・・・あなた。」
 直子さんは眉をひそめた。
 
 
 「着替え終わりましたっ」
 兵隊が上官に報告するかのような口調でヨシミが言った。完全に動揺したままだ。
 「はい、ご苦労様。」
 直子さんのほうはゆったりした口調で応答する。
 「じゃあ、私、お店のほう見てきますっ」
 「うん、お願いね。」
 さすがに敬礼はしなかったが、依然軍隊っぽい口調のまま報告すると、ヨシミは逃げるように部屋から去っていった。
 そういえば、洋介って軍隊物好きだったっけ。でも、、、
 
 「ヨシミちゃんが洋介くんだなんて信じられないでしょ?」
 僕の疑問を見透かしたかのように直子さんが言った。
 「大きさはどうあれ、男の子の心の中にも女の子がいるものなのよ。そして、ヨシミちゃんは洋介くんの中で眠っていた女の子。」 
直子さんの手が僕の右頬に添えられた。
 「そして、あのスーツは男の子の中のアニマを引き出すの。」
 直子さんは僕の耳元に顔を寄せると呟いた。
 「あなたももう啓治くんじゃないのよ。・・・啓治くんの中にいたお人形、めぐみちゃんなんだから。」
 僕が、、、もう僕じゃない???
 「さ、お洒落しましょうね。」
 直子さんはにっこりと笑った。そしてブラシを手にすると、僕の髪をすき始める。
 その日、直子さんのお人形遊びは延々と続いたのだった。
 
 
 
6.来訪者
 平日の日中。
 人形たちの時間は止まっている。
 静止した空間の中、外の時間だけが過ぎていく。
 以前だったら、退屈で仕方がない状況だろう。
 しかし、人形となった僕の心は止まったままで、ただ、あの人が部屋に入ってくるのを待ち続けていた。
 
 ガチャ、ドアが開いた。
 僕の意識はドアへと、そこから現れるであろう人物に集中する。心が、時間が動き出す。
 直子さんだろうか?それとも、ヨシミ?
 
 そのどちらでもなかった。
 入口から入ってきた見知らぬ男は、僕の姿を見るなりにこやかに話し始めた。
 「私、○○運輸のものなのですが、ここの荷物を運ぶように依頼されまして、、、伊藤さんのお宅ですよね?」
 無言のままの僕。話せないのだから仕方がない。
 
 背の高い男だ。天井の低いこの部屋では頭が天井につかえそうだ。言葉のとおり、宅配便の制服を着ている。
 彼はにこやかな表情で僕の答えを待っていた。
 と、不意に男の表情が一変した。
 「なんだ、人形かよ。びっくりさせやがって。」
 男は気味悪げに僕を眺めた後、棚、引出し、あらゆるものを床にぶちまけ、物色しだした。
 「くそっ!なんにもありゃしねぇ!! こんな人形に1部屋まるまる使って飾ってやがる。まったく金持ちってやつは!」
 男がいまいましげに言った。
 こ、こいつは空き巣だ!!どうしよう!!!
 ドアが開いて、もう1人男が入ってきた。こちらも宅配便の制服を着ているが、空き巣の一味に違いない。
 
 「おいっ!そっちはどうだった!」
 背の高い男が新たに入ってきた男へ問い掛けた。
 「ダメ。なんにもないよ。」
 「くそっ ガゼつかませやがって!苦労ばっか多くてなんにも金目のもんね−じゃねーか!あるのはこんな不気味な人形くれーだ。」
 背の高い男は腹が立ってしょうがないという風だった。
 「ごめんよ。でも、ここが金持ちの別宅っていうのは確かだったんだから。」
 「あーそーだろーよ!こんだけセキュリティシステムがあんだからな。でも、金目のものがねーんじゃしょーがねーんだよ!」
 「そんな事言ったって金持ちの隠れ家には外にだせないような財産があるもんだって言ったのは松田さんじゃ、、」
 「おい!現場で名前呼ぶなんて馬鹿繰り返してみろ?失踪してもらうぞ。」
 背の高い男がすごんだ。思わず僕まで震え上がる。
 「すっすみません!」
 「あーもー引き上げだ!とっとと引き上げるぞ!」
 空き巣の2人はあきらめた様子で、部屋の出口へと向かった。と、突然背の高い男、松田が立ち止まった。
 「ちょと待て。金目の物ならあるじゃねーか。」
 男が振り返って僕を見た。さっきとはうって変わって熱い視線を送ってくる。
 「あのセキュリティシステムもみんなこいつを守るためだったんだよ。あれだけ金使って守ってたんだ。サバけりゃあ金になるぞ!」
 「え、はい。」
 背の低い方の男が僕に手をかけ、担ぎ上げようとした。
 「馬鹿かおめーは。値打ちものなんだ。ちゃんと梱包すんだよ!」
 
 
 「ありがとうございました。」
 大きな荷物を抱えた2人は無人の玄関に向け挨拶を済ますと、堂々と外にでた。そして、僕を台車に乗せ運び出す。
 荷物の集配サービス。よくある日常の風景。だれもこの2人が空き巣だとは疑わないだろう。
 
 こうして、僕は秘密の部屋を後にした。
 
 
 
7.盗難事件
 「ありがとうございました。」
 人形、めぐみが持ち出されようとしている正にその時、直子は趣味でやっているアクセサリ・ショップにて客を見送っていた。
 「ヨシミちゃん、お客さんもいなくなったことだし、一休みしよっか?」
 「あ、はーい。今お茶いれますね。」
 そうだ、うんと濃いコーヒーにしてもらおう。そう直子が声をかけようとした時だった。
 「ニャア・ニャア・ニャア」
 直子の携帯が鳴った。その着信音に直子は眉をひそめる。
 「泥棒ですか?」
 着信音の意味を知るヨシミは不安げに言った。
 「システムの誤動作って可能性もあるし。今、確認するから。」
 直子は携帯からセキュリティシステムの画面を開き、すぐに席を立った。
 「めぐみちゃんのマンションのシステムが死んでるの。一応確認してくるから。」
 「私も行きますっ」
 めぐみはお休みの札をドアに下げると、戸締りを始めた。
 研究室ならともかく、めぐみちゃんのマンションに入ったって利益は少ないはず。でも、2重化されてる監視システムが全部いっぺん
に死ぬなんて考えづらい。なにより警報も鳴らさずに私のセキュリティ・システムを殺すなんてできないはずだ。
 「おまたせしましたっ」
 ヨシミの声に、直子は駆け足で車へと向かった。
 
 
 「やられたよ。めぐみがいない。」
 先に到着していた直彦が険しい表情で言った。
 直子は大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐き出した。それと同時に不安や恐れ、体の中の悪いものを外へ吐き出すようにイメージする。
彼女が幼い頃、彼女の母親が教えてくれたおまじないだ。
 「めぐみちゃんになにかあったら・・・私のせいだ!私、無理矢理・・・」
 ヨシミが泣きそうな声をあげる。
 「大丈夫よ。」
 直子は断言した。
 「めぐみちゃんの生命維持パックは昨日交換したばかりだから10日は持つわ。とにかく今は状況診断よ。独立動作してるセキュリティ・システムだってあるんだから証拠が残ってないなんてことはあり得ないわ。」
 「私、なんでも手伝います!」
 「じゃあ、直彦のほうを手伝って。私はセキュリティシステムから情報が拾えないか調べるから。直彦とヨシミちゃんは犯人が物証を残してないか調べて。警察を利用するわけにはいかないから。」
 「はいっ!」
 「わかった。」
 
 セキュリティシステムは全滅していたものの、このマンションのメインサーバーは無事だった。通信系が全滅していたために、外からアクセスできないだけだったのだ。
 直子はこのマンションの自室に篭ると、ログの解析に着手した。
 
 
 夜。直彦は直子の部屋を訪れた。
 コン・コン(ドアをノックする音)
 「どうぞ。」
 「姉貴、そんなに状況はやばいのか?」
 入るなり直彦が聞く。直子はしばらく考え込んだ後、口を開いた。
 「ヨシミちゃんの手前タイムリミットを10日と言ったけど、それは生命維持ユニットをつけたままにした時の話よ。もし、それが外されていたら1日、、、もって2日よ。それに、あのスーツはまだ未完成だから長期間メンテナンスしないと何が起こっても不思議じゃないわ。」
 「2日・・・か。犯人はあいつらなのか?」
 「その可能性は薄いわね。あいつらだったらもっと徹底してる。でも、犯人はプロよ。それにここにセキュリティシステムがあるのを知ることのできる人間ね。準備もなしに短期間で私のセキュリティ・システムを無効化したりできないもの。」
 「研究室のほうじゃなく、ここに入ったってのも妙だな。」
 「そうね。なにか理由があるのかもね。」
 「まぁ、まかせとけよ。俺がなんとかしてやっから。」
 「お願いね。頼りにしてるから。」
 直彦は直子の表情がゆるんだことを確認すると、直子の部屋を後にした。
 
 
 
8.アジトにて
 僕は今、空き巣たちのアジトで飾られてる。
 現実感はない。全くない。
 だって、いきなり人形にされて、空き巣に盗まれて、自分では動くこともできずにただ飾られてるだけなんて誰が信じられる?
 不安がないわけじゃない。でも、なんだか混乱していて、どうにも考えがまとまってくれなかった。
 
 
 「うぉっ」
 空き巣の1人、松田が僕の姿に驚き、その後溜息をついた。
 「どーにも馴れねーなぁ。」
 そう呟きながら僕の顔を覗き込んでくる。ちなみに、松田が僕を見て驚くのはこれでちょうど10回目。
 「あーーーーったくもー、、、高値で売れてくれよーー。」
 松田が哀願するかのように僕に向かって言った。そんなこと僕に言われたって、、、
 
 ガラガラガラガラ、玄関の引き戸があく音。その音が聞こえた途端、松田は玄関へと直行した。
 「どうだ!売れたかっ!!」
 「今日はカメラを買いに行ってただけですよ、松田さん。」
 「カメラァ?」
 「こんな大きな人形を持って回るわけにもいかないですからね。写真を撮ってからまわるんですよ。ほらっ見てくださいよ!デジカメ!!買っちゃったんですよー。」
 空き巣のもう一方、田村はうれしそうな声を上げた。デジカメ?どんなの買ったんだろう。ちょっと気になるぞ。
 「俺は今すぐにでも金が必要なんだ。わかってるだろうが!」
 松田は切羽詰ったような声をあげた。
 「はい。だからこそ少しでも高く売りますから。」
 対して、田村はどこか神妙な口調で答えた。
 「頼むぜー。こればっかりはお前だけが頼りなんだからな。」
 空き巣たちは会話しながら、僕のいる部屋に入ってきた。
 
 
 田村は早速デジカメのセットアップを始めた。よく見ると、マニュアルだけはすでに箱の外にだされている。さては家に着くのが待ちきれなかったのかな?まぁ、なんにせよ準備万端というわけだ。
 数分でセットアップを終えた田村は部屋の隅に置いてあった3脚にカメラを取り付けると、僕のほうをむいて心底うれしそうな声をあげた。
 「きれいに撮ってあげるからねーーーっ」
 その声に松田は思わずあとずさった。
 
 
 ピピッ
 デジカメのシャッター音が断続的に響き、そのたびに僕はフラッシュに照らされる。
 かれこれ何時間たっただろか?
 ポーズを変え、アングルを変え、バッテリーを充電器上のそれと交換し、いくどとなくデータをPCに転送しながら、撮影は延々と続いた。
 頬を上気させた田村は、飽きることなく延々と写真を撮り続けている。
 松田のほうを見ると、彼は今にも寝てしまいそうな状態で、フラフラと揺れていた。
 
 「さてと。」
 突然、田村は僕の服を脱がし始めた。僕はあっという間に下着姿となった。
 え?え!ええーーっ!!!
 「おい、おい!何してんだ!」
 目を覚ました松田が驚いて声を上げる。
 「何って、、、写真撮るんですよ。」
 「人形の・・・裸のか?」
 「だってこれってそういう人形でしょ?」
 当然だという口調で田村が断言した。
 「じゃ何か?こいつはあのマンションで金持ち野郎が来るのを待つ物言わぬ愛人ってことか?」
 信じられないという顔で松田が言った。
 「ここまで精巧に作ってあるんですからね。」
 そう言いながら田村はブラジャーを外すと、僕の胸を揉んだ。え!胸の感覚が、、ある!!なんで!!!作り物のはずなのに!なんか、変な、、、
 「ほらっ触ってみてくださいよ。」
 「お、おう!」
 松田も興味がないわけではないらしく、田村に続いて僕の胸を揉んだ。
 「おい、なんかよ・・・乳首・・・立ってきてねえか?」
 「やだなぁ、松田さん。いくらなんでもそこまでできるわけないじゃないですか。」
 「ハ、ハ、ハ、、、だよな。」
 松田はなんだか複雑そうな表情をしていた。
 「さーて、こっちはどうなってるかなぁ。」
 田村の手が僕のパンティに伸びる。ヤダヤダヤダ!!お、犯されちゃうよぉ。僕は直子さんの物なのにぃ!!!
 「ちゃんと作ってあるんだな。」
 「ですねぇ。」
 松田と田村が僕の股間を覗き込んでいる。この恥ずかしさは尋常じゃない。僕には見えないが、空き巣たちが騒がないところをみると、そこも女性そのものなのだろう。って痛!!
 「おい!壊すなよ!!」
 「そっと触ってますから大丈夫ですって」
 イタタタタタ!
 「はいりゃしねぇって!鑑賞用なんじゃねぇか?」
 「うーーん。」
 パコッ!田村が生命維持ユニットを外した。
 「だから壊すなって!!値が下がったらどうするんだ!」
 「大丈夫ですってば!」
 「いいから写真だ写真!」
 「そうですかぁ?」
 田村はしぶしぶ僕から離れると、僕の足を大きく開き、カメラを構えた。
 ピピッ・・ピピッ・・・
 シャッターの音が続く。僕は一糸まとわぬ姿で、あられもない姿のままカメラに収まった。あまりの恥ずかしさに人形の中の僕は顔が火照り、呼吸も荒くなった。なんか、なんか息苦しいような気もする。嫌だ。こんなの嫌だ!!
 「お、おい!なんかこの人形、表情が変わってないか?」
 微細な、本当に微妙な変化に気付いた松田が声を上げた。
 「そんなわけないですよ!」
 撮影を中断された田村は不機嫌な声を上げた。
 「よく見てみろよ!雰囲気違うだろうが!」
 「・・・ですねぇ。言われてみるとそんな気もしますね。」
 「だろ?」
 「・・・・・人形には魂が宿るって昔から言いますからねぇ。」
 「バ・バ・バ・馬鹿言ってんじゃねぇよ!」
 「そんなわけないじゃないですか。気のせいですって。」
 「お前が馬鹿なこと言い出すからだろうか!ただでさえこの人形、気配がありやがんだから!」
 その言葉に田村の表情がひきつった。
 「気配、ですか?」
 「お、おう!」
 ガシャッ! バランス悪く置かれていた生命維持ユニットが大きな音をたてて倒れた。
 松田と田村はひきつった表情をうかべ、ピクリとも動かない。
 「風・・・だよな。」
 静寂を破ったのは松田のほうだった。
 「・・・そうですよ、それか振動で倒れたんですよ。」
 田村が同意する。
 「そろそろ飯にしねぇか?」
 「え、でも。」
 「もう百枚近くは撮ってるじゃねぇか。もう十分だって。印刷だってあるんだろ?」
 「まぁ、そうですけど。」
 「よし!もう終わり!ほらっ片付けて飯だ!」
 松田は大急ぎで片付けを始めた。それを見た田村もしぶしぶと片付けを始める。
 た、助かったぁ・・・。とりあえず、貞操は守られた。今回は。でも、明日はどうなるんだろう?それに売られちゃったりしたら・・・
 今更だが僕はこのときになって初めて、リアルな不安を感じつつあった。
 
 
 
9.コンタクト
 「じゃ、松田さん。絶対高値でさばいてきますから。」
 「あぁ。頼むぜ田村。」
 翌朝、松田は田村を送り出すと、めぐみのいる部屋に戻った。
 幽霊疑惑など、松田にとってめぐみ人形は気味の悪い存在だったが、同時に重要な商品でもある。
 万一にも盗まれるようなことがないように、松田は1日中人形を見張るつもりでいた。
 「うっ。」
 めぐみ人形と目の合ってしまった松田がうめいた。昨晩のことを思い出し後ずさる。数秒悩んだ後、松田は部屋のすみに座った。
 「田村、早くさばいてくれよ〜」
 その声に普段の精悍さは微塵もなかった。
 
 
 「容疑者リストの一番上でいきなりポジティブかよ。さすが姉貴。神業だな。」
 空き巣達のアジトである民家から約400m。道路の脇に駐車された車の中、直人は呆れたような口調で呟いた。
 「もしもし、姉貴?生命維持ユニットからの通信を確認した。容疑者リストの一番上だ。それから生命維持ユニットが外れてから約18時間経過してる。ユニットのマイクからの音声によるとめぐみはユニットのそばにいるようだ。相手は男2名以上。内1名以上は外出中だ。」
 「そう。なんとかセーフね。あの田村だったら手荒なマネはしないはずよ。まったく!どうしてやろうかしら。」
 「めぐみも無事みたいだし冷静にな、姉貴。」
 「あんたは人のことなんだと思ってるのよ。・・・まぁいいわ。中の状況が気になるから集められるだけ情報を集めて。私は田村達の情報をかき集めてから合流するわ。じゃ、切るわよ。」
 電話口の向こうの直子は口早にそれだけ言うと電話を切った。
 「中の状況ったってなぁ。ま、ユニットのマイクで盗聴を続けるかぁ。」
 民家からでてきた田村は直人の車の横を通ったが、田村は車を気にした様子もなく、駅の方面へと歩いていった。
 
 
 直子が直人の元に現れたのはそれから1時間ほど後だった。手には大きなボストンバックを持っている。
 「姉貴、電車で来たのか?」
 「まさか。車は離れたところに止めてあるわ。それより状況はどう?」
 「動きはないな。音からすると、ユニットと同じ部屋に1人見張りがいるようだ。」
 「つまり、めぐみちゃんと空き巣が同じ部屋にいる可能性が高いってわけね。」
 「だな。で、どうする?これ以上情報を拾えそうにないぜ。突入するか?」
 「待って。単独で外出してる田村を拉致って状況を聞き出すのが一番安全だわ。」
 「あ、そうか。悪い。気が付かなかった。」
 「いいえ。相手が解らない状態だったんだから見送りが正解よ。それにそっちはヨシミちゃんが追ってるわ。単純に人形をさばこうとしてるそうだから、金目的みたいね。」
 「空き巣についてなんかわかったのか?」
 「それがまるで漫画のお約束的キャラって感じなのよ。そもそも松田はやばい組織に追われててね、」
 突然、直人の表情が険しくなった。
 「姉貴、悲鳴だ。すぐにでも確保したほうがいい!」
 
 
 空き巣のアジトに乗り込んだ2人が最初に目にしたのは腰を抜かして這っている松田の姿だった。
 直子は松田には目もくれず、手製の武器を手にめぐみのいる部屋に乗り込む。
 え!めぐみちゃん??
 「助けに来てくれたんですね!」
 美少女の人形がうれしそうな顔で直子に抱きついた。
 「・・・めぐみちゃん動けるの?」
 「はい。何故か。」
 「それより体は大丈夫?」
 「少し前まで息ぐるしかったです。死んじゃうかもって思ったら突然体が動いて。」
 「きっと、生命維持の本能がスーツの暗示に勝ったのね。そして、動けたっていう事実自体が逆暗示となって元々の暗示を打ち消したんだわ。」
 「・・・・・・は、はぁ。」
 めぐみ人形はよくわからなかったという顔をしながらも、とりあえず頷いた。
 「でも、ほんとにごめんね。これは私の不手際だわ。」
 「ううん、いいんです。直子お姉さま。」
 お・ね・え・さ・ま・? 直子は予想外の単語の出現に動揺した。めぐみはというと、キャ〜言っちゃった〜という様子でときめいている。
 「あのね、めぐみちゃん。お姉さまというのは、、、」
 言いかけて直子は口をつぐんだ。顔立ちに幼さを残した美少女が瞳をうるうるさせながら見上げている。うっ・・・か、かわいい・・・。
そういえば、私ってばめぐみちゃんへの免疫は・・・
 「お姉さま?」
 うっ・・・妙な感覚に肩を振るわせる直子。
 
 「でどうする?空き巣の1人は玄関で寝てるけど。」
 直人がなにやってんだという口調で聞いた。
 「あ、ああ、田村の方は多分無害よ。でも、玄関で寝てるノッポのほうは放置すると危険ね。スーツを使うわ。脱げないほうのね。」
 「スーツを使うってことは、こいつもそうなのか?」
 「ううん。でも、人は誰しも男女両方の特性を持つのよ。この人の適正は低いけど、身元を隠したいっていう強力な動機がある。だったらこのスーツは馴染むはずよ。」
 「なるほどねぇ。」
 「それにね。特性の少ない人の装着例も見たいし。きっと面白いわよぉ。」
 そう言うと、直子は楽しみで溜まらないというニンマリ笑いを浮かべた。
 「姉貴、妙にニヤニヤしてたのはこのせいか。」
 「失礼ね!ニヤニヤなんてしてないわよ。それに、これだとみんなが利益を得るわ。そこで寝てる松田さんは身元を隠しながらも身内のそばに居つづけられる。それから、私は私のセキュリティを破るようなスタッフを手に入れる。そうね、田村も雇ってもいいわ。そうね、彼だったら女性になった彼をサポートしてくれるはずよ、喜んでね。ほらっ!みんなハッピーだわ。」
 「姉貴は新しい実験材料を手に入れるしな。」
 「だから、ついでよ。ついで!じゃ、田村さん拉致って帰りましょうか。みんな一緒にね。」
 直子は満面の笑みを浮かべた。
 
 「だから拉致なんて言葉、さわやかに使うなよ。姉貴。」
 
 
 
10.ハッピーエンド?
 僕たちは夜が来るのを待っている。
 意識を失っている空き巣、松田を運び出すのに、日中では人目がありすぎるからだ。
 空き巣のもう1方、田村はちょっと前に帰宅したところを、直子さんと直人さんに連れられて2階のほうに上がっていった。・・・
何してるんだろう?可哀相なくらいおびえていたっけ。
 
 今部屋に居るのは3人。僕と、松田と、ヨシミだけ。
 3人のうち、松田は未だ懇々と眠り続けている。その眠りの主な原因は気絶したまま着せられた例のスーツ。数日間眠りつづけることもあると直子さんが教えてくれた。
 すでに松田は男としての面影はなくなり、率直なところ、うらやましいくらいの美女と化している。目を覚ましたら驚くんだろうなぁ。・・・それにしても、僕の時もこれくらいスタイル良くしてくれれば良かったのに。なんか不満。
 
 ヨシミはというと、僕の前で居心地悪そうにしている。
 さっき口を開きかけたところを僕が睨みつけたからだろう。
 実のところ、僕はヨシミのことを恨んだりしていない。でも、つい意地悪したくなって睨んでしまった。
 どうしよう?こっちから声をかけるべきかな。
 
 2階のほうが少し騒がしくなり、直子さん達が降りてきた。
 「ひっ!」
 僕の姿を見るなり田村が顔をひきつらせてあとずさった。・・・なんだか傷つくぞ。
 「これもスーツよ。そして、そっちが松田さん。」
 田村はよろよろと松田に近寄ると、松田にかけられた毛布を剥ぎ取った。見事な裸体がさらされる。
 「ね、これなら誰も松田さんだとは思わないでしょ。」
 田村はそのまま座り込んでしまった。よほど驚いているんだろう。口をバクバクさせている。
 直子さんは困ったような顔で溜息をついた。
 「こ、このスーツ・・・僕にももらえないかな。そうだあっちがいい!」
 田村は僕を指差した。
 直子さんは一瞬驚いた顔をみせたが、すぐに微笑み、言った。
 「がんばったらね。」
 「うん、がんばるよ!」
 田村が即答する。
 「姉貴、この旅行カバンだったら松田でも入るんじゃねぇか?」
 直人さんが大きなカバンを手に2階から降りてきた。
 「そうね。時間ももったいないし、そうしましょうか。めぐみちゃんはこのバックね。人形が歩いてたらみんなビックリしちゃうだろうから。」
 「はぁい」
 「じゃ、私車取ってきます!」
 ヨシミは待ってましたとばかりに外に飛び出していった。
 「さ、じゃあ戻りましょうか。戸籍も偽装しないとね。忙しくなるわよ!」
 
 こうして仲間を2人増やし、事件は収束した。いや、僕を入れると3人かな。
 最初は文句を言っていた松田も、今では田村 明美として奮闘している。妹の志保ちゃんがなついてくれなくて四苦八苦しているそうだ。
 僕のほうは、人形として直子さんの帰りを待つ日々を過ごしているが、そろそろ男として大学に戻るか選択を迫られている。
 直子お姉さまがお婿に来てくれればいいのに。
 心悩ます日々なのであった。