ソルティ・ドッグ

その日、猫撫署(ねこなでしょ)捜査課は、上を下への大騒動になっていた。それは、あの、怪盗「ソルティ・ドッグ」からの予告状が届いたからだ。超古代の発掘品ばかりを盗む怪盗で、ここのところ、猫撫署は、とらえる事ができずに上層部ばかりか世間からも白い目で見られていた。
 今回しくじれば、捜査課全員、そう入れ替えの危険すらあった。そのため、課長の神経は極限まで高まっていた。
「内海はどこいった。内海は・・・」
「先輩なら出かけましたが?」
「またソルティ・ドッグだろう。連れ戻せ〜〜。この大事なときに内海の馬鹿が・・・」
 課長の予想通りに、捜査課刑事・内海俊子は、猫撫署の近くの喫茶店「ソルティ・ドッグ」にいた。
 そこは、ルイ、ヒトミ、アイの美人三姉妹が切り盛りしている喫茶店で、猫撫署のご用達の喫茶店でもあった。
「ねえ、ルイさん。ヒトシのアホからは何の連絡もないの。」
 猫撫署の美人刑事内海俊子は、この店のオーナーのルイに絡んでいた。彼女のヒトシは、ルイたちと従兄弟で、1年前に、他の兄弟たちと共に、突然姿を消したのだった。そして、ヒトシの兄、英が、経営していたこの店を、ルイたち姉妹が譲り受けて、今日にいたっていた。
「ええ、ヒトシさんたちからは、何の連絡も入っていないわ。わたし達も心配しているのですけどね。」
 ルイの横で、エプロンをかけ、荒いものをしていた次女のヒトミが、頷いた。
「そうなの。でも、心配要らないわよ。ヒトシちゃんは、ちゃんとあなたのとこに帰ってくるわよ。」
「ありがとう。慰めてくれて、でも、こんながさつな女のとこには、帰ってこないわよ。だれも・・」
「そんな事は・・・」
 言いかけたヒトミを、ルイは止めた。今、なにを言っても無駄だからだ。
 チャラン。という音がして、ドアが開いた。ボブヘヤーの三女のアイが帰ってきたのだった。物静かで、おとなしい彼女は、俊子にコクリと頭を下げると、店の奥に入っていった。
「ゴメンネ。愛想がない子で。」
「いいえ、アイちゃんらしいですわ。ヒトシの弟のアオ君にそっくり。従兄弟って似るんですね。」
 その言葉に、ルイとヒトミは、顔を見合わせて、苦笑いをした。だが、俊子は、そのことに気づいてはいなかった。
 今度は、ドアが、外れんばかりに開いて、長身にサングラスの松田優作もどきの男が入ってきた。
「せ、先輩。大変ですよ。ドッグからの予告状が・・・」
「え、ドッグからの」
 俊子は、飛び上がり、その男の胸倉を掴むと、声を押し殺していった。
「いま、ドッグからの予告状って言った?」
「は、はい。今夜、12時に、猫撫博物館に展示してあるジュピター・クリスタルをいただくと・・・」
「じゅぴたー・くりすたる?」
「それは、超古代文明マユランカ遺跡から発掘された水晶でできた木星の模型で、美術品的価値もかなり高いはずよ。」
「さすが、ヒトミさん。ヒトシと同じ考古学教室にいただけのことはあるわね。」
「それほどでも・・」
「さあ、いくわよ。」
「先輩。ちょっとまってくださいよ。署から走ってきたので、喉がからからなんですから。」
「なにいってるのよ。ドッグからの予告が来たのよ。そうのんびりとは・・・」
「まあまあ、俊子さん。そんなに慌てなくてもね。それに、予告は、夜でしょう。コーヒーでも飲んで落ち着いてわ。」
「そうよ。慌てていくと、課長さんの雷を耐えられないわよ。」
「課長、怒っていた?」
 俊子は、おそるおそる優作もどきに聞いた。
「ええ、それは、烈火のごとく。」
「そう、じゃあヒトミさん、コーヒーちょうだい。ミルクたっぷりと、シューガーは・・・」
「ハイ、ダイエットね。君はなににするのかな?」
「ぼ、ぼく、いや、俺は、いいす。」
「いいのよ。お姉さんのおごりだから。」
 ルイのその言葉を聞いて彼の顔がほころんだ。
「それじゃ、ブルマンのブラックを。」
「だめよ。警官たる者、民間人におごってもらっては。」
「あら、俊子さん、常連さんへのサービスよ。俊子さんのもサービスよ。」
「それは・・・・・(小声で)ありがとう。」
 俊子は、ルイの言葉に、何か言おうとしたが、出てきたのは、お礼の言葉だった。
 俊子と後輩は、出てきたコーヒーを、半分ほど飲んだところで、様子が変わった。
「はれなんらかへんらろ・・・」
「ろうしらんれしょうれ。れんぱい?」
 そう言うと、二人とも崩れるように眠ってしまった。
「効いてきたようね。ヒトミ、おねがいね。」
「わかったわ。おにいさん、じゃなかった。おねえさん。」
 そう言うと、ヒトミは、店の奥に入った。
 そして、しばらくすると、眠っていたはずの俊子が、起き上がった。
「ルイさん、わたしになにを飲ませたの。」
 ルイに問い詰める俊子の目は、なぜか笑っていた。
「ヒトミ悪ふざけはやめて、早く署に行きなさい。」
「わかってるよ。でも、また、俊子の奴、むねがおおきくなったなぁ。」
 俊子は、自分の胸を持ち上げながら言った。
「ヒトシ。」
「はいはい、わかってますよ。起きなさい、帰るわよ。起きなさい。こら、起きろ。」
 俊子は、後輩をたたき起こすと、連れ立って、猫撫署へと帰っていった。
 それを見つめながら、ルイは、つぶやいた。
「ヒトシ、がんばってね。」

 
この美人三姉妹と、行方不明の三兄弟の関係は?
 そして、彼らが狙う超古代の発掘品の謎とは?
 ヒトミにのり移られた俊子の運命は?
 ソルティ・ドッグはどうやって、ジュピター・クリスタルを盗むのか?
 彼らと超古代発掘品との関係は?

 カーテンから差し込む朝日が、俊子の顔にあたって、彼女は目が覚めた。あの騒ぎのため、彼女は疲れきっていた。
「ん〜〜〜〜ん。よく寝た。」
まだ寝ぼけた頭で、部屋を見回した。と、次の瞬間、彼女は、飛び起きると部屋の中を歩き回り始めた。
「ここはどこ?なんで、ぼくはここに居るの?」
いつの間にか見知らぬところに寝かされていた恐怖。あなたは体験した事があるだろうか。俊子は、はっとした顔をすると洗面所に駆け込んだ。そこの鏡に映っているのは紛れもなく内海俊子の顔だった。
「あ〜あびっくりした。俊子の顔だ。」
俊子は、安心するとキッチンのテーブルにつくと、インスタントコーヒーを入れてのみ出した。
「きのう俊子に憑依してそのままだったんだ。驚いてそんした気分。」
そういうと、のんびりと、朝飯の仕度を始めた。そう、この俊子は、ヒトミが憑依した俊子だったのだ。

さて、時計を逆回しするとしよう。俊子に憑依したヒトミは、後輩を連れて猫撫署の捜査課に戻った。しかし、運悪くこっそりと入ってくるところを課長に見つかってしまった。
そして、たっぷり30分お小言を聞かされる羽目にはまってしまった。
 「ヒトシ君のことが気になる事はわかるが、仕事中は慎めよ。」
そう優しく言うと、課長のお小言は終わった。
「ところで、ドッグ対策はどうなっている。」
「はい、猫撫博物館の、このG・Wの目玉になっている『超古代文明展』の超目玉の『ジュピター・クリスタル』ですが、安心してください。この内海俊子、命に代えましても守って見せます。」
またか。といった顔で、課長は頭を抱え込んでしまった。
「内海さん、それでは計画になっていないじゃありませんか。」
その声に振り向くとそこには、俊子と為を張る美人刑事麻谷美津子が立っていた。
「そんなことだからいつもドッグに逃げられるのよ。」
「ふん、そんなことあなたには、関係ないでしょう。」
「ないことはないわ。あなたのお陰で捜査課全員無能と思われているのですからね。」
苦労をかけてるな。と思う俊子(ヒトミ)だった。
「課長。内海さんはこの際、はずしてわたくしの計画でまいりませんか。」
「なによ失礼な。なにかいい計画でもあるというの。」
「もちろんよ。あなたには思いつかないでしょうけどね。」
そう言うとちいさなの小箱をとり出して、ふたを開けてなかからちいさな色つきの玉を取り出した。それは、『ジュピター・クリスタル』のイミテーションだった。本物を知らないものには判断がつかないだろうが、本物を熟知しているヒトミには、ただのガラス球としか映らなかった。
「よくできているな。」
「ええ、ある知人にガラス工芸家を紹介いただいて特別に作ってもらいました。」
ある知人はルイ姉さん。ガラス工芸家はアイのことだった。麻谷刑事は、ドッグにはめられたことに気がついていなかった。
「これを本物と・・・」
「ええ、入れ替えるのです。それは、いつ、どのように行うかは、わたくしに全てお任せいただきたいのです。」
「それはなぜ。」
「それを知っているものが少ないほどばれ難いからです。」
「たしかに、麻谷君の言うとおりだ。早速取り掛かってくれ。」
「ハイ、わかりました。」
「課長。わたしは?」
「おまえは、書類整理だ。」
「え〜〜、そんなあ。」
「わかったな。さっさとしろ〜〜〜。」
これで第一段階はOK。
そんなヒトミの気持ちに誰も気がついてはいなかった。
それから一時間後。俊子はトイレの中にいた。
「そろそろいい時間ね。それじゃあ。」
そうつぶやくとカプセルを口に含み、洋式トイレの上に崩れるように倒れた。
『これで良しと。』
魂になったヒトミは、俊子の身体から抜き出ると麻谷が居る部屋へと向かった。そして、その部屋の前のドアのノブを握った。
 霊体になったヒトミは、麻谷がいる部屋のノブを回そうとして愕然となった。ノブが握れないのだ。
 握ろうとするたびにヒトミの手は、ノブをすり抜けた。
「もう、どうもこれだけは何度やってもなれないな。」
 そう呟きながらヒトミは、ドアをすり抜けて部屋の中へと入っていった。そこには、ルイ姉特製のスリーピングサンドイッチを食べて眠っている麻谷刑事がいた。
「それでは失礼します。」
 そう言って、ヒトミは、机に伏せっている彼女に重なった。
『憑依成功。』
 そう言って、麻谷刑事に乗り移ったヒトミは、机から立ち上がった。そして、部屋を出て行こうとして、ふと立ち止まった。
『おや、麻谷さんて、意外と大きい。』
 そう言って、彼女の胸を触りだした。
『お、感度もいい。こりゃ、たまらん。』
 胸を触っていたヒトミの手は下のほうに伸びた。
『あ、あ、ここもいい。』
 麻谷に憑依したヒトミは、悶え始めた。
『あ、あ、どうにも止まらない。ん〜〜あそこが濡れて来た。ん〜〜、あ〜〜イ〜〜イ。』
 ヒトミは、当初の計画を忘れて麻谷の身体を愛撫し続けた。
『ヒトミ、あなたなにやっているのよ。早くしなさい。俊子さんが起きるわよ。』
 ルイの強力なテレパシーで我に返ったヒトミは、舌を出してちょっと肩をすくめて照れた。
 そして、乱れた服を直すと、いつもの麻谷に戻り、部屋を出た。そして、俊子の眠るトイレへと急いだ。
 俊子の入っている個室のドアを開けると、俊子の服のポケットに隠していたアイ特製の『ジュピター・クリスタル』を取り出し、またドアをもと通りに閉めた。
 この『ジュピター・クリスタル』は、ヒトミでさえ本物と間違えそうになるほどそっくりだった。
 それを持つと麻谷のポケットに直し、捜査課に行った。
課長に出かけてくるというと、総務からパトカーを借りると『猫撫博物館』へと向かった。
 館長に面会を求めると、警備参考のためといって、『ジュピター・クリスタル』を見せてもらうのに成功した。
 展示室に飾られたそれは、間違いなく本物だった。
「ちょっと手にとってみてもいいですか。」
「それは・・・」
「本物を確認しておきたいのです。」
 麻谷の強引な申し出に館長もしぶしぶ承諾した。
 そして、手にとって光にかざしたり、目を近付けたりして見ていたが、突然、くしゃみをはじめた。
「ハックション。クション。クション。薬が切れたみたい。」
 そう言うと、ポケットからハンカチを取り出して、鼻をかんだ。そして、それをまたポケットに戻すと、館長に『ジュピター・クリスタル』を返した。
「これお返しします。落とすと大変ですから。」
 そう言って、館長に丁寧に御礼を言って、博物館を出て行った。
「うふ、交換成功。」
 パトカーに乗り込んだ麻谷は、ハンカチを入れたポケットから『ジュピター・クリスタル』を取り出し、確認すると署に向かってパトカーを走らせた。
 そして、トイレに入ると、また、俊子の個室を開けて彼女のポケットに『ジュピター・クリスタル』を入れると、ドアを閉め、部屋に戻った。そして、麻谷から出ると、再び俊子に憑依した。
『作戦成功。そして、俊子への変身もね。もうしばらく、俊子でいさせてもらうからね。ごめんね。』
 そういうと、俊子になったヒトミは、トイレを出て行った。

 ヒトミの憑依から解かれた麻谷は、眠りから覚めた。
「あら、わたしどうしたのかしら。たしか、『ソルティ・ドッグ』のサンドイッチを食べて、そうしたら・・・」
麻谷は、残っていたサンドイッチを掴むと鑑識へと向かった。
そこで、顔見知りの鑑識課課員を見つけると、サンドイッチの分析を頼んだ。
「一体なにが出てくるんだ。」
「たぶん、睡眠薬が・・・」
彼は、その言葉に目の色を変え、試薬を使って検査を始めたが、しばらくして麻谷のほうを見て言った。
「これはただのサンドイッチだよ。おいしそうなのになあ。もう食べられないや。」
「そんなばかな。」
自分の考えすぎだったのだろうか。麻谷は、彼に礼を言うと鑑識課室を出て行った。
実は、そのサンドイッチは、麻谷がまだ眠っている間に、彼女に憑依したヒトミによって無害なものと交換されていたのだ。そのことを知らない麻谷は、落ち込んだ。
自分の考えすぎだったのだろうか、すっかり気落ちした麻谷は、警備の打ち合わせのために、猫撫博物館に電話した。だが、館長からの言葉に愕然となった。
「またですか。さっき来られたばかりなのに。」
そんな馬鹿な、自分はずっと署の中にいたのに。そんな思いが、麻谷の頭の中を駆け巡った。誰かが自分に化けて博物館に行っている。
それは、前々から思っていた疑惑を膨らました。そして、署の玄関に立ち番している警官と署内中のものに確認してある結論を得た。そして、それを確かめるために、麻谷は、『ソルティ・ドッグ』へと向かった。
彼女の疑惑とは、『ソルティ・ドッグ』の三姉妹が、怪盗『ソルティ・ドッグ』ではないかということだ。そして、背格好から言うと、次女のヒトミが、自分に化けた確立が高い。そして、(ヒトミが化けた)自分が帰ってきてから署を出て『ソルティ・ドッグ』に行ったものは誰もいない。
つまり、いま、『ソルティ・ドッグ』には、ヒトミはいないはずだった。それを確かめるために、麻谷は、店のドアを開けた。
店の中は、カウンターの中で洗い物をするルイだけだった。
「ルイさん、ヒトミさんいます。」
「ヒトミならいまは・・・」
「いないんですか。」
麻谷は、自分の勘が正しかった事を確信した。
「いないんですね。」
そのとき、奥から声がした。
「わたしがどうしたの。麻谷さん。」
奥から現れたのは、ヒトミだった。
「そんな、なぜあなたはここにいるの。」
「なぜって、自分のうちですもの。いてはいけない。」
「いいえ、そんなことはないわ。」
そう言うと、麻谷は、狐にでも騙された猟師のように唖然とした顔で店を出て行った。
残された二人は、顔を見合わせて、噴出してしまった。
「見た、姉さん。あの、麻谷さんの顔。」
「アイ、あまり笑っては失礼よ。」
「あら、姉さんこそ。」
そう、このヒトミは、末のアイの変身した姿だった。
「ありがとう助かったわ。」
「帰ってきたら店が騒がしいから気をつけていたの。」
そう言いながら、アイは、ヒトミの変身を解いた。一回り小柄な美少女の姿になると、アイは、ルイに頭をちょっと下げると、店の奥へと引っ込んでいった。
「アイも変身するとおしゃべりになるんだけどなあ。」
そんな事を呟きながら、ルイは残っていた洗い物を片付けた。

猫撫署の捜査課長は、珍しく近くの居酒屋で飲んでいた。
「おやじおかわり。」
「課長さん、飲みすぎですよ。」
「いいからおかわり。」
「なにかいやなことでもあったのですかい。」
「そう見えるかい。」
「そう見えるかいって、いつもなら、一杯だけの酒を、そうたんびにおかわりしてたらそう思いましよ。」
「そうか、そうだよな。」
課長の目が、ふと寂しそうになった。
今日署長に呼ばれて、今度、「ドッグ」を逃したら、捜査課全員降格の上、左遷だと言われたのだった。子供達も独り立ちし、妻と二人、自分だけの処罰だったらなんとでもなるのだが、捜査課全員では、中にはこれから学校で大変になるものや、所帯を持つものもいる。出世の希望をたたれてはこれからの者達が可愛そうだった。
自分の不甲斐なさと、「ドッグ」への憤りから酒を呑まずに入られなかったのだ。
やがて課長は、酔いつぶれてしまった。
「課長、課長さん。中間管理職も大変なんだなあ。」
親父がそう呟くと、身体が小刻みに震えだし、身体が縮みだした。そして、その髭面は、可愛い女の子の顔に変わった。
そう、情報収集のために哀が、変身していたのだ。哀は、奥から毛布を持ってくると、寝入っている課長の背中にかけた。そして、そっと、課長の背中に頭をつけた。
幼い頃、両親を失った哀にとって、課長は父親の香りがしたのだ。いつも店にきては、哀にお土産を持ってきてくれて、哀が寂しそうな顔をしているとそっと、優しく抱きしめてくれた。そんな課長に哀は、父親を重ねていた。
課長にも若い頃は夢があった。キャリアだった課長は将来を嘱望されていた。そして、警察官僚になり、上級官吏職になり、大きい家に住み、メイドを置く生活を夢見ていた。しかし、ある事件で、上司に逆らい、命令無視してしまった。そのため、道からそれたがそのことを悔やんだ事はなかった。それからの課長は、自分の信じる道を進むようになった。
翌朝、目を覚ますと、いつの間にか自分のうちで寝ていた。置きだして、食卓につくと、奥さんが、おふ入りの味噌汁を課長の前に置いてくれた。
「二日酔いにいいのよ。」
なにがあったのかは決して聞こうとはしない妻。この妻は、自分のする事を信じていてくれる。そして、何もかも失ってもついて来てくれるだろう。
道を外れても、この妻と出会わせてくれたあの事件を課長は忘れられなかった。
「あなた、御味噌汁が冷めますよ。信じていますから。思う通りにやってくださいよ。」
その言葉に、課長は、碗を手にとった。
こうして、猫撫署捜査課対ソルティドッグの対決の火蓋は切って落とされた。

さて「ソルティ・ドッグ」第一部の完です。最後までお付き合いください。

「そうだったの。課長さん。そんなことがあったの。」
 ルイは泣きじゃくりながら居酒屋での出来事を報告するアイに、ためらいながらもこう言った。
「でもね、アイ。わたし達と、課長さんは、いまは敵同士なのよ。わかってるでしょ。」
 泣きじゃくりながらも頷き、苦しそうな顔をする妹?の頭をふくよかな胸で包み、優しく頭を抱いてやった。
「ごめんなさいね、アイ。あなたをこんなに苦しめるわたしを許してね。」
ルイの胸で泣きながら、アイの指名と感情で混乱した心は、姉?の優しさと、胸から伝わる温かさで揉み解されていくようだった。
 この哀れな妹?の姿を見ながらルイは、自分達が娘の姿になったあの事件の事を思い出していた。

それは、1年前のことだった。ある論文に関するいざこざで学会がいやになった英は、幼い頃に失踪した両親にいつも連れて行ってもらっていたカフェの味が忘られず、喫茶店を始めた。それが、「ソルティ・ドッグ」だった。
 そのころ、弟のヒトシは、ある大学の考古学研究室にいた。彼らの両親は、高名な考古学者で、古代TS文明について研究をしていた。TS文明とは、性別による男女のいさかいをある方法で無くし、平和な社会を作っていた文明だった。
 しかし、彼らは何らかの理由で姿を消していた。そんな彼らの存在と、性別による相互無理解をいかにして克服していたかが、両親の研究課題だった。ところが、ある日二人とも忽然と消息を絶った。その、謎を追うためにヒトシは、考古学の道を歩んでいた。どうしても子煩悩だった両親が、3人を置いて姿を消すとは信じられなかった。
 そして、ヒトシは、ある発掘品の存在を知った。それが、「ジュピター・クリスタル」を始めとする超古代文明の遺品だった。それを追い、研究する事によって両親の失踪の原因を探ろうとしたのだ。
 そして、あの日がやってきた。その日は、朝から曇り、末っ子の厚は、身体を壊し熱を出して、伏せっていた。英は、そんな弟を看病していた。
 ヒトシは、朝から両親の遺品を調べていた。なにに使うのかわからないものが大半で、遺品の調査というよりも大掃除といった観があった。
 そんな中に、不思議な姿見があった。それは、資材はわからないが鮮明度が高く、鏡に映っているというよりも、そこに人が立っているような感じがあった。そして、そこに映るのは、女の姿をした自分だった。確かにそこに立っているのはヒトシなのだが、鏡に映っているのは、着ている服こそは今の自分と同じだが、髪の長いスタイルのいい美女だった。ヒトシは、こっそりと、鏡に映る自分の胸を掴んでみた。
もみもみもみ
不思議な事に、ないはずの胸が、鏡を見ながら掴むと、その感触を感じるような気がした。
ヒトシは、英や、厚のも見せようと厚の部屋にそれを運んだ。そして、彼らを鏡に映して見せた。
英は、妖艶なないスバディの美女に変わった。厚は、熱は下がっていたので、ベッドに座らせて見せた。
ボブへアの、端整な顔立ちの美少女に変わった。
三人一緒に映ると、そこには3人の美しい娘達が映っていた。服だけ変わらずに映っているその姿は、なぜか萌えるものがあった。
3人が一緒に映り、互いの姿を評価していたとき、ボールが飛んできて、窓ガラスとこの鏡を割ってしまった。
一瞬、なにかの衝撃が走った。3人は、すぐには何が起こったかは気づかなかったが、その理由は3人をパニックに陥れた。お互いに顔を見るとそこにはさっきまで鏡に映っていた互いの顔があったからだ。顔だけではなく、姿さえも変わっていた。
こうして3人は、ルイ、ヒトミ、アイの3姉妹になってしまった。
男のときは両親のつてで、古代文明の発掘品を借りれたが、この姿では不可能だった。そこで、彼ら?は、怪盗「ソルティ・ドッグ」となった。
彼らの能力は、両親が残していった不思議なアイテムから生まれていた。そして、このアイテムは、一人一個しか使えず、ほかのものには作動しなかった。
ヒトミは憑依。アイは変身。といった風にだ。
そして、ルイの能力は、また今度御話するとしよう。
こうして彼女達は今夜も「ソルティ・ドッグ」として、活躍するのであった。

ソルティ・ドッグVS猫撫署の面々の対決は第2部までおあずけだ。と、いうことで、再見。