「母親になりたくて」       





私はなぜ生きられるのだろう?





私は今、平然と生きている。
でも、私のこのお腹にいた子供は死んでしまった。
それも、あの子が悪いわけでもない。
すべて、私が悪いんだ。
決して見ることが出来なかった、私の子供。

あの子は、男の子だったのだろうか?
あの子は、女の子だったのだろうか?

もし男の子だったら、名前は「だいき」
もし女の子だったら、名前は「そら」

大きな心を持って、広くのびのびと生きて欲しいから。
そして、これでもかというくらい愛情を注ぐんだ。
でも、私の夢が叶う事はもうない。
私はもう、けして子供を授かることは無いんだ。
私の子宮はもうここにない。
私に女性という証拠はない。
こんな私は、女性と言えるの?
お腹を触っても、もうあの振動を感じることが出来ない。
お腹を触っても、もう何も感じない。


「ごめんね。ごめんね」


私は、もういないお腹をさする。
もしここにあの人が居てくれたら
私は少しは救われたのかもしれない。

でも、今の私には誰もいない。
運命は私から、かけがえの無い三つの宝物を奪った。

私が唯一愛したかけがえのない夫
私に授かった私の子供
そして運命は、私という存在意義まで奪ってしまった。

どうして、私は生きることが出来るのだろう?

あの人が亡くなったとき、あの子があの人の生まれ変わりだと信じて頑張れた。
でも今度はいったい何が、私の凍りきった心を暖めるものがあるのだろう?





死ぬしかない。



もしかしたら、天国があるのかもしれない。
そして、天国にはあの人と私の子供がいるのかもしれない。
私のことを待っているのかもしれない。


「君も早く来いよ」


と空の上から私に呼びかけているのかもしれない。





死ぬしかない。

私はもう、生きる意味がない。





「どこで死のうか?」


電車に飛び込もうか?
でも、あれだと周りの人に迷惑がかかる。
だったら、首を吊ろうか?
でも、苦しんで死ぬのはやっぱり嫌だ。
じゃぁ飛び降りよう。
何処か高い所から飛び降りればいいんだ。
そうすれば、私は楽に死ねる。





電車に乗り込む。
朝の通勤の時間ではないので座ることが出来た。
私は何も考えず眼を閉じる。
眠ってしまおうと、思ってもなかなか眠れない。
生きたほうが良いかもしれない。
あの人の為にも生きたほうがいい。
私は生きなければいけないんだ。
そう、私の心の光が呼びかける。
でも、私の心を支配しているのは闇だ。
そう私は死ぬしかないんだ。



      :

      :

いつの間にか私は寝てしまっていた。

      : 

      :

 

夢の中で私は私自身ではなかった。
私は誰か違う人物だった。
私の横には小さな幼い女の子が私の事をママと言う。
夢の中で私は母親になっていた。
私に微笑む女の子。

その子の名前は「そら」

そして、もう一人男の子も出てくる。

その子の名前は「だいき」

そう、私が考えていた子供の名前。
私の心の底の願望が見せていた夢のだろうか?


      :

      :


赤ちゃんの鳴き声で私は起きた。
気がつくと私が乗っていた車両の中は私と私の目の前に座っている若い母親と赤ちゃんの三人だけだった。
私も赤ちゃんが出来たらこのようになっていたのだろうか?
母親は私に謝罪をするかように、こっちを向いて会釈をする。


「何ヶ月なんですか?」

「八ヶ月です。ごめんなさい。泣き止まなくて」


彼女は申し訳なさそうに私に答えた。


「どうしたの?そらちゃん」


そら?


赤ちゃんの名前はそらなのだろうか?
私が考えた名前。
彼女は私から奪われたすべて持っていた。
左の薬指の結婚指輪。
腕の中の可愛い赤ちゃん。
なんて、人生とは不公平なのだろう。
すべてを奪われてこれから死ぬもの。
すべてを持っていて幸福に包まれているもの。
私は彼女を嫉ましく思えずにはいられなかった。


「そらちゃんというのですか?」

「はい。珍しい名前ですよね。のびのびと育って貰いたいから、そらという名前にしました」

「そう・・・・・・・・」



まさにその時だった。

今まで普通に走っていた電車が急にブレーキをかける。
私は、進行方向に身が飛ぶように吹き飛ばされた。

         


目を覚ますと、彼女と赤ちゃんが私の目の前に倒れている。
赤ちゃんは彼女がしっかりと守ったのだろう、外傷もなさそうで大きな声な泣き声を発している。
私は彼女に近づく。
気が失っているのか、彼女は全く動かない。

死んでしまったのだろうか?

私は彼女の体に触れようと、手を伸ばす。
しかし、私は彼女に触れることが出来なかった。
私の手は彼女の体を触れずにスッと通り抜けてしまう。
何度も何度もやっても、通り抜けてしまう。
でも、その訳は後ろに倒れている自分の姿が教えてくれた。

幽体離脱?

私は、自分の体に戻ろうとする。
しかし、私の心の闇は私に囁いた。


「どうせ、死ぬはずだったんだ。
 もう戻る必要はないじゃない?
 それよりも彼女の体に乗り移ってしまえばいい。
 彼女が羨ましいだろ?
 彼女は私から奪われた全てを持っているじゃない?
 彼女になれば、母親になれる」


と、私に言ってくる。

私は泣いている、そらを見る。

 

 

 

私は彼女の体に身を重ねた。







電車同士の正面衝突の事故だった。
死亡者8名も出した大惨事の事故だった。





 私は目を覚ますと病院のベットの上だった。
誰もが、良かったといいながら笑みを浮かべる。
その中に、私の手を握り泣いきながら私の顔へと顔を近づける男性がいる。
きっと、彼が彼女の夫なのだろう。

なぜだろう?

私は直感的にそう感じる。
きっと私が彼女の体を支配しても、体は彼のことを覚えているのだろう。
私は彼に向かって、


「あなた・・・・・」


と言った。



 私の居るベッドの名札には「町田紗枝(まちだ さえ)」
と書かれている。
もちろん、今の私の名前だろう。
もし今、私は町田紗枝ではないといったらどうなるだろう?
でも実際に、私は町田紗枝ではない。
紗枝さんの生年月日では今は26歳だ。
私よりか5歳も若い。
あらためて、自分の手を見つめた。
そう思うと自分よりか若い手のように感じる。
左の薬指から指輪をとる。
私よりも指のサイズがワンサイズ小さいようだ。

Masahiko to Sae

と刻印されている。
あの人の名前はまさひとに間違えない。
今の自分の姿が見たくトイレに行くことにした。
その途中でも、自分が今別人になっていることが分かる。

彼女は私よりも背が高い。
私は背が153しかなかったが、彼女は、160はあるのだろう。
周りが全く違うように見える。
床を見ると今まで感じたことのないくらい床が遠く思える。
この長い足は今の私の足。
右足を動かすように命じると、長く細い右足が動く。
左足を動かすように命じると、長く細い左足が動く。
鏡の前には全く違う自分が居た。
なんとも、不思議だった。
今まで見たこともない顔が、今の私の顔。
手を顔に触れると、感触も今までとは違う。
なによりも、彼女は綺麗だった。

そして、私よりも若い。
これが、今の自分。
今の私は町田紗枝。


「町田紗枝・・・・」


全く私の声ではない。
でも、その声を出しているのは紛れもなく私。
右手で面識もない女性の髪を触っているのも私。
急に、下半身に冷えが生じる。
私は個室へと入る。
もちろん、今までに自分以外の体で排泄したことなどない。
なぜか、他人の体をみるような羞恥心が生まれる。
でも、もうこの体は私なんだ。
下着を下ろして、排泄をする。
排泄がすみ紙を使って下着を上げる。
そう、自分の体ならなにも考えずに出来るだろう。
私は彼女の下半身を見渡す。
彼女には私が奪われた子宮がある。
あのそらちゃんはこの体が生んだ。

私はあの子の母親。

私の胸が張っていることがそれを象徴している。
そして今の私なら、赤ちゃんだって産める。
私が出来なかったことが今なら出来る。

個室から出て、鏡に写る私。


「私は、町田紗枝。
 誰かからみても、私は紗枝。
 大丈夫、大丈夫。
 私はあなたになりすましてみせる」


そう言いながら、私は微笑んだ。



 

 幸い目立った外傷もなかった私は三日後には退院をした。
私は今、車を運転する妻の紗枝さんとして乗っている。
腕にはそらを抱いて。


「ほんと、君じゃなければ泣き止まないんだ」

「そうね。私じゃないとね。この子の母親は私だから」


と私はそらに微笑む。



 車は、ごく普通の一戸建ての家へと到着する。
私は、恐る恐る家の中へと入る。
すぐそばのドアを開ける。
そこは、リビングダイビング・ルームいわゆる居間だった。
リビングと続いて広がる座敷の部屋にベビーベットがあった。
私はそこに、そらを寝かした。
改めて家を見渡すと綺麗に片付けられている。
きっと、紗枝はしっかりと家事をしていたのだろう。
これからは、私がしなければいけないんだ。
でも、ぜんぜん心配はない。
なぜなら、今の私は彼女の記憶を読むことが出来る。
入院中から、少しずつわかるようになっていた。
意識は私だけど、体は彼女であって脳は彼女のものだから。
最初に気づいたのは、初めて見る中年のおばさんが分かった時からだ。


「お母さん」


そう直感的に感じた。
その人が、紗枝さんの母親だった。
それから、だんだんと面白いように頭が勝手に分かるようになった。

紗枝さんは短大を卒業した。
そして、栄養士としてある企業に働いていた。
そんなとき雅彦さんと出会い、付き合うことになった。
そして、二年前に結婚をした。
というように私は紗枝さんの記憶が面白いように分かってきた。


「わたし、ちょっときがえて来るね」

「別に断らなくてもいいよ」


紗枝さんの顔をして彼女の家に居るのだから、何をしてもいいのだ。
私は、二階の寝室へと行く。
寝室に入り、クローゼットを開ける。
もし他人がこのクローゼットを開けていたら犯罪だけど、今は私のクローゼット。
この服も、これも全て私のもの。
私は服を自分の体にあてて楽しむ。
前のじぶんなら、絶対に切られないサイズばかりだ。
左半分から、下は引き出しになっている。
一番上の引き出しに女性ものの下着類が綺麗に畳まれ並んでいる。
ふんわりと丸めるような畳み方だ。
もし、私が前の自分のままだったら他人の下着など頼まれても着けないだろう。
でも、今の私は紗枝でありこの下着は私の下着に違いはない。

部屋にあった鏡に自分の姿を映す。

白い清楚なワンピースを脱ぐと、ベージュの大人っぽいブラとショーツがそこにはあった。
鏡に映る彼女の体は、一児の子供がいる母親とは思えないくらいにウエストは、引き締まり胸は大きく突き出ている。

 急に背後に人気がして、振り返るとまさひこが立っていた。
彼は急に近づくと私に抱きついてきた。


「まさひこさん、どうしたの?」


彼は涙を目に浮かべていた。


「ごめん。急に悲しくなってきたんだ。
 僕は君とそらが、事故に巻き込まれたと連絡を
 聞いたとき僕は一瞬、気を失いかけた。
 僕の大切な宝物が一瞬にして消えたとばかり思った。
 でも、君はこうして僕の前に居る。
 そらと一緒に戻って来てくれた。
 なんか、嘘みたいで・・・・・」

「嘘じゃないわ。
 私はあなたの妻の紗枝です。
 ね、嘘じゃない。
 私があなたをおいて居なくなるわけないから」


嘘じゃない、私は雅彦さんのことを今は愛している。
それは、紗枝さんに対しての償いや雅彦さんが亡くなったあの人に面影が感じられたから、だけじゃない。
私ではなくこの体が本能的に彼を愛しているのだろう。
こうして、今の私は彼に興奮している。


紗枝さんの大きな胸がブラジャーをはずすと、ぶるんと震えた。
自分のものになっている私の胸が彼女の夫によって揉まれている。


「ああ・・・・・」


彼は自分の妻のパンティーの中へと手を入れる。


「いやぁ!!あっ・・・・・」

「ほら、もうこんなにも濡れて・・・・・・」


と彼は、両手で私からパンティーを脱がす。
指が私の中にぬるっと入り込み、中をかき回す。

やだ・・・なんかへん。

私の下半身はだんだんとろけてくる気がする。


「あ、あぁッ・・・・・・・」

(紗枝さんのからだは・・・・・すごく気持ちがいい・・・・)


その時だ、私の目が一点を見つめた。
まさひこと紗枝さんが一緒に映った写真。
紗枝さんの微笑んでいる顔。

その顔が今の私をジッと睨んでいる。
私はゴメンネと思いながら、
彼女の夫と身を重ねる。
どこか、彼女に見せびらかすように。


「今は、私があなたなの。
 どこをどう見たって私は町田紗枝よ。
 まさひこさんは私の夫なの。
 そらは、私の娘なのよ」


彼は体勢を変えると、私の腰をゆっくりと高く上げた。
彼のペニスが私の秘唇にぴたぴたと当たる。

彼はグッと腰に力を入れる。


「あ・・・ああっ!!」







5年後



「ママ、だいきが私のもの取ったよ」


そらが、私へと走り駆け寄ってくる。


「そうなの。大樹にはちゃんと言うからね。
 でも、そらも大樹に少し貸してあげてくれないかな?
 ね、出来るよね?」

「・・・・・うん。わかった」


今、私はあの時と同じ年になった。
そして私には今二人の子供がいる。



とても、いま幸せです。









あとがき

すみません。
かなりひどいものになってしまいました。
こんなふうになるとは、じぶんでも思ってみなかったんですが。
自分でもかなり憂鬱になってきて、途中で何度もやめようと思いました。
だから、考えました。
この話が、救われる話になるにはどうするか。
もしかしたら彼女はこのあと元に戻ってしまうのかもしれません。
じぶんが死ぬはずだった年まで紗枝として生きてきた。
だからもう、元に戻ってしまう。
なんで、そういう理屈になるのかは分かりませんが、救われるストーリーを望む人はそういうふうになると思ってください。
このままでも良い人はこのままでいいですけど。
悪いのは、こんなことを書いた私です。
ごめんなさい。
この「母親になりたくて」はTS版も書く予定です。
ほんとうに、こんな見苦しい作品を読んでくれた人。
ありがとうございます。



ちょっと、余談なのですが、この話が普通の話なら紗枝に成り済ますとしても、体が入れ替わるのではなく紗枝に主人公が間違えられてしまう。
というストーリーだと思います。
そのような展開のストーリーでサンドラ・ブラウンの「私でない私」と言う作品が新潮文庫から出ています。
小池真理子の「仮面のマドンナ」も似ていますが、あまり面白くないと私は思います。
TSものではないのですが、面白いと思いますよ。
知っていた人には何の得にもならない話ですが。