「ある役者のお話」

 

 

 


役者を目指して5年前、高校を卒業してすぐに東京に出てきたのに、生きるために毎日、バイトばかり。
私の職業は、役者なのに、これじゃあフリーターと同じ。
「もう実家に帰ろうかな」
役者とは関係ないバイトも今日クビになった。
でもそれも私が悪いじゃない。
お客の一人が、私のお尻を触ってきたから、持っていた飲み物を思わずその男の顔に向かってかけただけ。
その5分後、店長にクビにされた。
「はぁー」
とりあえず、次のバイト先見つけないと。


いかにも怪しかった。
普通、求人のチラシが新聞を取っていないのにポストに入っているわけがない。
私は床に寝そべりながら、その一枚のチラシをジッと睨んでいた。
まぁ誰かが入れたんだよね。
それに新しい仕事を探さないと、生きていけないよ。
時給、1500円。
ここまではいい。
時給も高くて、願ったり叶ったりの好条件。
でも仕事内容がおかしいかった。
仕事内容に役者と書いてある。
他には一切書いてなかった。
どういうこと?

 

次の日、履歴書をもって電話で言われた住所に向かった。
降りたこともない駅に来たこともない街。
といってもあまり遊びに出ていない私にとって、自分の住んでいる街の駅の周辺しか分からない。
電話の説明を殴り書きで書いたメモを見ながら、ある古びたビルにたどり着いた。

 

「あなたが、小池さんですか?」
ドアを開けると、紺のスーツ姿の中年の女性が机に腰掛けていた。
「はい。小池美幸です」
「・・・・」
女性は立ち上がると何も言わずに腕を組み、頭を上下に動かして私の全身を眺めた。
「あなた年は?」
「23歳です」
立ったまま彼女の質問は続いた。
「役者を目指しているんでしょ?」
「あ、はい」
「どうして役者になってみたいの?」
「違う自分を見てみたいと思ったからです」
「どういうこと?」
「その役になることで、私は違う自分に変えます。
 考え方も置かれている立場も全てが違う別人を演じることが
 とっても楽しいし、違う自分が見えるから。
だから役者になりたいと思いました」
「他人になってみたいってこと?」
「そうです。違う自分になってみたい。役者はそれを可能にしてくれるからです」
それまで引き締まった表情だった女性が、笑うかのように口元が緩んだ。
「彩ちゃん、ちょっと来て?」
えっ!?
奥のドアが開いて、一人の男性が現れた。
さっき、彩ちゃんって言ってたよね?
「あー!!」
その男性は、私が昨日、バイトを辞めさせられた原因を作った中年の男性だった。
次の瞬間、その男は手に顔を置き、自分の顔を破った。

 

「美幸ちゃん。美幸ちゃん」
誰かが、私の名前を呼んでいた。
どうやら倒れてしまったらしい。
目を開けると、あの中年の女性が顔を覗き込んでいた。
「よかった」
「すみません。私、幻覚を見たみたいで」
「ごめんなさいね。もう、彩ちゃん驚かさないで」
女性が向いた先には、あの男性が着ていたスーツ姿に身を包んだ若い女性が居た。
「はじめまして、澤田彩です。驚かせてごめんね」
そう話す言葉は、あの男性の声だった。
そして彼女が手に持っていたのは、あの男性の顔だった。

 

「ごめんなさいね」
「・・・いえ」
大丈夫です。と言おうとした。
でも、そんな言葉を言えるわけがなかった。
もう何がなんだか・・・
「自己紹介がまだだったわね。
私は平田なつえ。
いちようこの会社の社長です。
会社といっても私と彩ちゃんの二人だけだけど」
私が、睨むように社長の平田さんの隣に座っている女性を見る。
目が合うと、彼女はよろしくというようにお辞儀をした。
「あの・・・いったいこの会社はどういうことなんですか?
 そもそも、なんであの男が・・・」
敬語を使っていたと思う。
でも、私は驚きと恐怖心と不思議さで思わず早い口調で、喧嘩腰になっていた。
「驚かせたことはあやまるわ。
 ごめんなさい。
 実は昨日のあの男は私だったの。
 でもこれが一番早く、私たちの仕事を分かってもらえると思ったの」
さっきまで私に変装していた彼女は、申し訳そうに下を向きながら話した。
「仕事?」
「ええ、これが私たちの仕事。
 私たちはあなたと同じ役者よ。
 そして演じる役は、実在する本当の人物。
 セリフもストーリーも決められてない。
      : 
      :
      :

社長の長い説明が続いた。
まず、昨日のバイト先の出来事も、家に入っていたチラシも全部仕組まれたことだった。
どうしても、私が必要だったからだと社長は念を押した。
つまり私はスカウトされたというわけだ。
役者として。
でも仕事は、まさに違法そのものだった。
依頼者の指示された人物に変装する。
時には、変装する人物を監禁して。
「殺しはしないわよ」と話す社長はどことなく誇らしげだった。

 

「あなたは素質がある。だから私はあなたに決めたの」
「そう言われても・・・」
「あなた他人になってみたいと思わない?」
社長の一言は、私の隠れた性的欲求を痛いほど正確に突いてきた。
他人になってみたい。
昔からそう思っていた。
アニメで主人公が魔法で誰かに変身したりするシーンを見ながら、よく妄想したりしていた。
友達の服を借りて着てみたりすると、まるで自分がその子になったような気がした。
その欲望の形を少しでも現実に生かすため私は役者を選んだ。
「やります」

「これじゃテストするわね。彩ちゃん準備しておいて」
「分かりました」
澤田さんは、立ち上がると奥の部屋へと入っていった。
「テスト?」
「そうテストよ。はいコレ」
社長は、数枚のスナップ写真と数枚のプリントを私に手渡した。
写真は全部、同じ女の子が写っていた。
通学途中を盗撮したようなそんな写真だった。
「名前は、佐藤久美。
 家は埼玉県で都内の私立高校に通う高校1年生。
 勉強も出来て、学校が終わるとすぐに帰宅。
 いまどきにしては真面目の女子高生ね」
「あの?この子がいったい・・・」
「あれ、わからない?
 今からあなたがこの子になるのよ。
 それがテスト。
 今日一日、彼女として彼女の家に行き家族にばれなかったら合格よ」

 

社長の後を着いていき、私は奥に部屋に入った。
まるでメイク室のような大きな鏡があって、
その周りにはいろいろなカツラやマスクが並んでいた。
でも、私はそれよりも下着姿で手足を縛られ、目隠しをされていた少女に目が釘つけになった。
「彼女が、佐藤久美よ。でも、これからあなたが佐藤久美になるの」
どうしてだろう。
こんなに胸がわくわくするのは。
こんなことはいけない事なのに。
でも・・・
「さぁ、席に座って。時間が無いわ。急いで」

 

「うそ・・・」
鏡に映るっているのは私の顔ではなかった。
いつも化粧を施す顔じゃない。
口元にあったホクロはなく、垂れ目ぎみだった私の目は、パッチリとした大きな目に変わっている。
茶髪だった髪は、セミロングの黒い艶々の髪に変わっていた。
大人しげでなきそうな黒い澄んだ瞳。
いかにもおしとやかそうで、清楚そうな雰囲気をかもし出している。
真面目そうで頭のよさそうな・・・・
「どう?」
「すごい」
「さぁこれを着て」
私に手渡されたのは、彼女が着ていた制服だった。
チェック柄のスカートにワイシャツに赤いリボン。
校章が入った紺のブレザー。
久美が履いていたと思われるソックスまで渡された。

 

周囲の視線が、まるで自分を見ているような気がした。
「あいつは違う」
そういう言葉が聞こえてきそうで怖い。
佐藤久美の制服に身を包んだ私は、やっとの思いで久美の家のある駅と着いた。
久美の鞄から、スイカを取り出す。
「ぴっ」
という機械音と共に改札口のドアが開いた。
ふー。大丈夫。大丈夫。

誰かが私の肩を叩いた。
「久美」
「えっ!?」
振り返ってみると、スーツ姿の中年のおじさんが立っていた。
誰!?
「久美どうしたんだ?何も、驚かなくてもいいじゃないか。それより、珍しいな。こんなに遅い時間なんて。」
「・・・おとうさん?」
「どうしたんだ?急にしおらしくなって」
よかった。
やっぱり父親か。
もう私は私じゃない。
私は佐藤久美。
佐藤久美・・・
「ちょっと学校でね。それより早く帰ろう。お父さん」

 

「ただいま」
「久美、心配したのよ」
玄関を開けると、すぐ横のドアから女性が出てきた。
この人が母親か。
「お母さん、ただいま」
「あら、あなた。久美と一緒だったの?」
「うん。お父さんと駅で会って」
「二人とも、ご飯出来てますから。久美は着替えてきなさい」
「はーい」
私は、もう興奮で今にも胸がはじけそうだ。
ふふ。
目の前の子は、本当は娘じゃないのに。
自分が産んだ子も分からないの?
他人が家に不法侵入してるのに、誰も気がつかない。
あなたたちの子供は、今は監禁されているのに・・・
私は、他人の家に初めて無断で入った。

 

 

 

 

 

 


あとがき

この作品を書いたことすら、覚えていませんでした。
もう眠っていた作品はこれが最後です。
これがODになるとは思えませんが^^;
こんな職業があったら大変ですよね。
要人暗殺とか、銀行強盗とかいろいろ出来そうですし。
殺人事件でも、犯人はアリバイ工作に使えますし。
案外、もう既にこの世の中に存在していたりして^^)
知っていたら、こっそり教えてください(笑
では、最後まで読んでくださいましてありがとうございました。
今までお世話になりました。