母:「あと1週間ね、政代(まさよ)」
政代:「え、うん」
母:「智一(ともかず)も寂しくなるわね」
智一「別に。これで姉貴の部屋は俺が使ってもいいんだよな」
母:「ふふ。またそんな強がり言って。本当は寂しくて仕方ないんでしょ」
智一:「そ、そんな事無いって」
父:「政代も24だもんな。寂しいけど、父さん、お前がいい人を見つけてくれたからホッとしたよ」
政代:「うん。私も彼に会えてよかった」
智一:「…………」
智一の6歳年上である姉、政代は、あと1週間で2年間付き合ってきた彼氏と結婚する事が決まっていた。
嬉しそうに話している政代に強がった言葉を投げる智一だが、心の中ではとても寂しいと感じている。
これまで姉弟で過ごしてきた18年間があと1週間で終わってしまうと思うと、心の中にぽっかりと穴が開いてしまいそうな気がするのだ。
いつかはこうなると分かっていても、18年と言う長い年月をそう簡単に思い出には出来ない。
結婚した後は、たまに帰ってくるとしても年に数回くらいだろう。
智一にとっては、姉弟として母親以上に可愛がってくれたように思う。
あと1週間。
あと1週間で政代はフィアンセと共に……智一から離れていってしまう。
智一:「俺、姉貴の事が好きだったのにな。好きか……好きというよりも……」
絶対姉貴っ!(前編)
政代:「どう?似合う?」
母:「すごく素敵よ。私の若い頃にそっくりだわ」
政代:「ほんとに〜?ねえ智一。どう?このウェディングドレス、綺麗でしょ」
智一:「ま、まあね」
純白のウェディングドレスが家に届けられた日、政代は早速試着してみた。
タンクトップと短パン姿の政代が、ウェディングドレスを手に取り着始める。
胸元が大きく開いているプリンセスラインのウェディングドレスは、ウェストがキュッとしまっていて裾がふわっと広がり、その名の通りお姫様のように見えた。
白いロングのウェディンググローブを両手にはめ、首には大きなパールがついたチョーカー。
そして、頭には小さなガラスの玉が敷きつめられ、キラキラと光っている銀のティアラをつけている。
この結婚式の日のために、1年かけて伸ばしてきた黒いストレートの髪が、白いウェディングドレスの背中にとてもよく似合っていた。
そんな政代の姿を母親と一緒に見ていた智一。
チラッ……チラッと横目で見ている。
何だか恥ずかしくてまともに見ることが出来ないのだ。
だって……すごく綺麗だから……
ウェディングドレスと言うよりも、そのドレスを着こなしている政代の姿に心を奪われてしまう。
姉弟とはいえ、全く違う顔つき政代。
雑誌のモデルのアルバイトだってしたことがあるほどだ。
そんな政代に『好き』という感情以上のものを持っていた智一は、なかなかその姿をまともに見ることが出来ないでいた。
そんな智一の気持ちなんて全く知らない政代は、しばらく姿見の前で嬉しそうにウェディングドレスを着た自分の姿を眺めると、母親と一緒にシワが寄らないよう、ドレスと一緒に送られてきた
専用のドレス掛けに戻した。
母:「このドレスを着て式を挙げるのね。お母さん、嬉しいけどやっぱり寂しいわ」
政代:「お母さん……」
智一:「別に一生会えなくなるわけじゃないのにさ。大げさなんだから」
政代:「ふふ、そうよね」
智一:「じゃあ俺、部屋に戻るから」
政代:「うん……」
智一は、わざとそっけない態度を取ると、自分の部屋へと戻った。
智一:「あ〜あ」
そう言いながらベッドに倒れ込むと、寂しい気持ちを打ち消すようにステレオのボリュームを大きくして音楽を聞いた――
次の日、高校の昼休み。
「ほら、お前が着るタイツ、買ってきてやったぞ」
智一:「タイツ?あ、ああ。文化祭のやつか」
「文化祭のやつかって、もう10日しかないんだぞ」
智一:「そうだっけかな」
「……まあお前は台詞がないから楽だろうけど、何たって俺は主役だから忙しいんだ。
ちゃんとフォローしてくれよ」
智一:「ああ。分かってるって」
智一は政代の事が気になって、文化祭なんてモノの話はすっかり忘れていたようだ。
買いに行くのが邪魔臭いなんて言って、クラスメイトに無理矢理買って来てもらった全身タイツを受け取った智一は、それをカバンに詰め込んで家に帰った。
智一:「そういえば文化祭もあるんだっけ。邪魔臭いな」
毎年恒例の文化祭だが、智一のクラスでは演劇部の部長をしている倉田がみんなを先導して劇をする事に決まっている。こいつがかなり強引に決めたのだが、女子生徒達は結構やる気マンマンだったりした。
男子生徒についてはまちまちだが、担任の先生が協力する事で何とかまとまっている。
智一も裏方で舞台の上がるのだが、今日受け取った黒い全身タイツを着て背景などを移動するだけなので、目立つ役と言う訳ではない。
だから、台詞などを必死で覚えなければならないという事はないのだった。
智一:「こんな気分の時に、文化祭なんて出たくないな。姉貴が結婚してすぐじゃないか」
自分の部屋に戻った智一が黒い全身タイツの入ったビニール袋を開けて、妙な手触りのするタイツを取り出した。
智一:「へぇ〜、変わった手触りだな」
伸縮性のゴムの様にも感じるが、繊維が見えるから糸のようにも思える。
それでいて、妙にスベスベした手触り。表面に光沢は全くなかった。
背中ではなく、首元からお腹くらいまでにファスナーがついていて、首のところには頭からすっぽりと被るようなマスクがくっついていた。
智一:「すごく伸び縮みするよな。こんな素材、触ったの初めてだよ」
近くの雑貨屋で買ってきたらしいが、こんなものが売っているとは知らなかった智一。
ビニールに入っていた1枚の説明書のようなものを手にとって読んでみる。
智一:「何々?えっと……ふ〜ん……はは。面白いな、これ」
智一は、鼻で笑いながらその文章を読み終えた。
『このタイツは変身用です。変身したい人の髪の毛をタイツの中に入れてファスナーを閉めてください。
5分ほどすると、その髪の毛から得た情報を元に、タイツが変化して髪の毛の持ち主と同じ姿に変化します。
その後、ファスナーを開けて着る事で変身できるようになっています。
ファスナーを閉じるとファスナーは無くなりますが、自分で胸元から左右に引きちぎるように開くと、ファスナーが外れますので脱ぐ事が可能です。
効果は12時間程度。12時間経てば元の黒いタイツに戻ります。
何度でも使用可能です』
そんな内容が書いてある。
とりあえず、その面白い冗談が書かれている紙を無視した智一は、一度タイツを着てみることにした。
トランクス1枚になって、黒いタイツに足を入れる。
とても気持ちがいい肌触りで、思わずゾクッとするくらいだ。
足の指も5つに分かれているそのタイツに両足の指を入れ、腰まで引き上げる。
ヌルッとした感触……と言うのが正しいのか。
ローションなどは塗っていないはずなのに、まるでローションを塗っているような着こごち。
妙に気持ちがいい。
智一:「すごいな。体にフィットしてる」
ウェットスーツのような感覚で黒い全身タイツを着てゆく智一。
両腕を通して5本の指先まで入れる。
そして、頭のマスクの部分だけ被らない状態で前に付いているファスナーをあげた。
すると、そのファスナーがタイツの生地に溶け込むような形で消えてしまったのだ。
智一:「うそだろ……鉄製のファスナーが消えたよ……」
信じられないが、今ファスナーのあった場所には継ぎ目なんで見えない。
智一:「す、すげぇ……」
只々、感心している智一は、首の後ろに付いているマスクを引っ張って被ってみた。
生地の向こうに、うっすらと部屋が見える。
そして、息苦しいという感覚は全く無い。
それに、何故か首の所まで被ったマスクの継ぎ目が無くなっているようなのだ。
手で首元を触ってみて、その継ぎ目がなくなっていることを確認する。
智一:「どうなってるんだ?このタイツは」
黒い全身タイツを着た智一が手や足を動かす。
だぶついているところなんて全く無い。
サイズが合っているというよりは、まるで智一専用にオーダーメイドされたタイツのように思える。
智一:「動きやすいよな。全然突っ張らないし」
歩いてみたり座ってみたり……
他人が見れば非常に怪しい格好だが、智一はその全身タイツの着心地に満足していた。
智一:「えっと、脱ぐ時は確か……」
紙に書いてあったように、胸元を掴んで左右に引っ張ると、先ほどまで消えていたファスナーが姿を現してジーッという音と共に開いた。
そこから手を抜き、継ぎ目の現われたマスクを取って全てを脱ぐ。
全く汗なんて掻いていない。
蒸れると言う感じがしないのだ。
智一:「この紙に書いてあったとおりだ」
絨毯の上に落ちている紙を拾い上げて、その内容をもう一度読む。
智一:「これって本当なのか?それなら髪の毛を入れるとこの黒い全身タイツが……」
智一は紙を置くと、自分の髪の毛を一本抜いて、先ほど着ていたタイツの中に入れた。
そしてファスナーをした。
すると、ファスナーの継ぎ目がまた無くなり、マスクとタイツの境目がなくなってしまう。
智一:「へぇ〜、こんな風に繋がるのか」
そう思いながらしばらく待っていると、黒かったタイツの色が薄くなり始めた。
白色になるのかと思ったが、どうやら少し茶色い肌色へと変化しているようだ。
そして、のっぺりとしていたタイツの表面が素肌のように変化し始める。
智一:「うわ……すげぇ……」
まるで生き物のように変化する全身タイツ。
指先には爪が生え、素肌のように変化したタイツの表面には産毛が生え始める。
そして、少し筋肉質な感じに盛り上がってくると、タイツの股間には見たことのなるものが形成したのだ。
智一:「い……これってもしかして、俺のムスコ!?」
そうとしか思えないものが出来上がっている。
そしてマスクを見てみると、のっぺらぼうだったものに目や鼻が付いている。
髪の毛も生えてきて、耳や口まで現れた。
智一:「……ほ、ほんとかよ……これ……」
驚いた表情で呟いた智一。
智一の目の前には、先ほどの黒いタイツの存在は無かった。
その代わりに、まるで智一の「抜け殻」のようなものがあったのだ。
恐る恐る手にとってみる。
その手触りは、本当に皮膚としか思えない。
自分のムスコを掴んでみると、なんとも言えない感触がある。
それが妙にリアルすぎて気持ち悪い。
智一:「ほんとに俺が脱皮したみたいだ……」
とにかく智一は、その智一の姿になったタイツの胸元を掴んで左右に引っ張ってみた。
すると、先ほどと同じようにファスナーが現れ、皮膚が左右に開いたのだ。
智一:「すげぇ……」
あまりにリアルなタイツなので、まるで自分の身体を裂いてしまったようで気分が悪い。
智一:「これを着たら、俺になれるのか?」
そう思いながら立ち上がってトランクスを脱ぎ、裸になった。
黒いタイツの時と同じように足を通し、下半身を入れて両腕も入れる。
上半身を包み込んだあと、開いているファスナーを閉じると……
智一:「ほ、ほんとに着ているのか?これ」
と呟いた。
自分でも分からない。
確かにタイツを着ているはずなのだが、着ているという感覚がないのだ。
特に、ムスコなんて2重になってるから変に盛り上がっているはずなのに、妙にスッキリしている。
智一が、タイツのムスコを掴んでみると
智一:「あ……な、何だよこれ。タイツなのに感覚がある……」
タイツの上から触ったのに、しっかりとその感覚がある。
不思議な事に、タイツを摘んでみると痛いという感覚が伝わってくるし、足の裏をくすぐると、まるで自分の足の裏をくすぐられているような感覚が伝わってくるのだ。
タイツが自分の皮膚とリンクしている感じ。
智一:「おかしいって、絶対……」
さっきつねったところが赤くなっている。タイツのはずなのに……
本当に自分の肌になってしまったとしか思えない。
智一:「これでマスクを被ったら、俺になるんだろうか」
そう思いながらマスクを被る。
目や鼻、口などをそれなりに合わせると、まるで張り付くような感覚と共にピッタリとはまってしまった。
また首のところの継ぎ目もなくなっている。
智一:「イテッ!」
マスクの髪の毛を引っ張ってみると、自分の髪の毛を引っ張られている感じがする。
感じがするというよりは、まさに自分の髪の毛なのだ。
机の上に置いている手鏡で顔を映してみる。
すると、そこには自分の顔が映っていた。
マスクではなく、自分の顔が……
智一:「信じられないよな……俺にしか見えないよ。これでもタイツを着ているんだ……」
全身を大きく動かしてみる。
タイツを着ているという感覚なんて全く無い。
自分の身体、そのものだ。
智一:「すげぇ……すげぇタイツだ。こんなのが世の中にあったんだ……」
妙な胸騒ぎが心のそこから湧き出てくる。
智一:「俺の髪の毛じゃなくて、他人の髪の毛を入れたら他人になれるんだよな。
他人……そうだよ。他人になれるんだ。髪の毛さえあれば」
そう。このタイツさえあれば……そして髪の毛さえあれば……
智一は瞬間的に決めていた。
誰の髪の毛をこのタイツの中に入れるのか――
その日の夜、智一は部屋でインターネットを閲覧していた。
検索サイトのキーワード欄に『化粧の仕方』という文字を入れてサイトを探している。
色々なサイトが見つかる。
智一はじっとそれらのサイトを見て、化粧の仕方を覚えていた。
そして、
政代:「お風呂開いたよ。冷めないうちに入ってね」
智一:「ああ」
わざと政代を先に風呂へ入れた智一は、バスルームから政代の髪の毛を採取する。
政代の、黒くてとても長い髪の毛をたくさん……
次の日。
昨日、誰にも見つからないようにタンスの奥にしまっておいた全身タイツは、学校から帰ってきた時には元の、のっぺらとした黒い状態に戻っていた。
絨毯の上に広げて、ファスナーの間から昨日採取した政代の髪の毛を一本入れ、ファスナーを閉じる。
智一:「これで姉貴のタイツが出来るんだ……」
自分でもすごく鼓動が早くなっているのを感じる。
智一は、心臓が張り裂けそうな思いをしながら、黒い全身タイツが徐々に変化してゆく姿をじっと眺めていた――
絶対姉貴っ!(前編)…おわり
後編へ
あとがき
純粋な皮作品でございます。
多分書いた事はなかったでしょう。「秘密の〜」で似たようなものは書きましたが。
よしおかさんに刺激されちゃった!テヘッ!
皮を着るって面白いですよね。
今回は、ウェディングドレス姿と化粧を細かく書くことに専念しました(^^
それでは最後まで読んで下さった皆様、ありがとうございました。
Tiraでした。