時をかけめぐる少女
第一話「時をかける少女?」
まったく今日で、一学期も終わり、明日からは、楽しい夏休みと言うのになにが悲しゅうて最後の日に科学実験室の掃除なんかしなければならないのだ。悔やんでも仕方がない。早いとこ済ませるか。僕と一緒に掃除を言い付かったやつらは、まだ来ていなかった。
僕は、科学担当教師から預かったかぎで実験室のドアを開けた。その時、部屋の中で、誰かの気配を感じた。
「誰だ、中にいるのは?」
だが、誰もいるはずはなかった。なぜなら、かぎは外から掛かっていたし、この実験室はここの所使われてはいないはずだった。僕は、恐る恐る中に入った。中に入るとどこからともなく強い甘い香りに咽た。部屋中に満ちた香りはそれほど強烈だったのだ。そして目の前が突然闇に覆われた。
そして、僕は・・・・気を失った。
「知世ちゃん。」
「原田さん。」
「ともちゃん。」
「知世。」
「う、う〜〜ん。あれ、みんなどうしたの?」
気がつくと、僕の周りにはたくさんに人が集まり、僕の顔を覗き込んでいた。その中の一人が大きな声で叫んだ。
「かんとく〜〜。ともチャン、気がつきました。」
まだ、ふらつく頭を抱えながら、僕は立ち上がった。見たことがあるような人や、見たことない人が、たくさん僕を心配そうな顔をして取り囲んでいた。とにかくなにか言わなくては、という思いから、頭を下げてこう言った。
「どうもご心配をおかけしました。もう大丈夫です。」
その言葉を聞いて、周りの人は安心した顔になり、声をかけ、肩を叩いたり、微笑みかけたりして周りから去っていった。何処かで見たような背の高い女の人が、僕をやさしく抱きしめると耳元で囁いた。
「始まったばかりだから、がんばってね。初主演なのだから。サポートはしっかりやってあげるから、安心しなさい。」
「はい。」
そい言って、僕は微笑んだ。彼女が言っていることはわからなかったが、自然とそう言葉が出てきた。彼女が去ると、優しそうな目をした顔中を髭で覆われたサングラスの体の大きい男の人が近づいてきた。
「トモ。大丈夫か。いけるか。」
その、姿に似合わない優しい声に、僕は頷いた。
「ハイ、大丈夫です。監督。」
監督?それに、この声は?甲高い声変わり前のような声。不思議な感触の足元?いったいなんなのだ。僕は、自分のまあ利の変化に気づき始めていた。
「そうか。それでは、このシーンを終えたら休憩を取る。スタンバイいいか。それではいくぞ。」
さっきとは違う怖いくらいの大きな声に、僕は内心ビビッたが、次の声に体が勝手に反応した。
「ヨ〜〜イ、スタート。」
休憩に入ると僕は、鏡のある部屋へ急いだ。見知らぬ機具や、道具が所狭しと置いてあるところを駆け抜け、ある部屋の中に入った。そこは衣裳部屋のようで所狭しと、着物や洋服が掛けてあった。その部屋の大きな鏡の前に歩いて行った。
大きな鏡の前に恐る恐る立つと、そこには、紺のブレザーとスカートを穿いたショートカットのまだ幼さの残るかわいい女の子が立っていた。僕が微笑むと彼女も微笑んだ。そして、手を伸ばすと彼女も伸ばして、二人の手は、見えない壁にさえぎられ交わる事はできなかった・・・って、鏡に映っている女の子は、僕じゃないか。と言う事は、僕は女の子?
僕は、気を失いそうになった。さっきまでは、高一のそれほどハンサムではないが、しっかり男の子をしていたのに、気がつくと見知らぬ女の子。いや、この子は何処かで見たことがあるぞ。僕は、鏡に映った女の子の顔を覗き込んだ。
「この子は・・・あ、原田知世だ。」
そうだ、この間、親戚の叔父さんが買ってきたDVDに出ていた女の子だ。確か題名は「時をかける少女」。と言う事は、82年頃、彼女はこの映画でブレークしたと、叔父さんに聞いた事を思い出した。と言う事は、この映画を完成させないと歴史が(少なくとも彼女の歴史が)変わってしまう事になるのだ。とにかく僕は「原田知世」を演じる事にした。この先どうなるかわからないし、今できることをやるしかなかった。当時(といっても今のだが)彼女は中学生で、主人公の高校生を演じているのでやはり無理があったが、現役高校生(といっても男子生徒だが)の僕がやるようになって演技が変わった。監督からも誉められるようになったし、女の子でいることに成れはじめた事もあって、スムーズに行くようになった。でも、まだ成れない事もあったが、毎日が楽しく、しかし、撮影は思った異常に大変で、毎日、部屋に帰るとバタンキュ〜で、おいしい事をする気力もなかった。知世ちゃんにしたら、少しお姉さんの人たちとの会話は楽しいし、毎日がキャンプのようでもあった。
服の着替えの時なんか楽しい思いができるかと思ったが、時間との戦いで、追いまくられていてそんな事を楽しむ間もなかった。その上ラストシーンの撮影の時は、大人の女性に扮装するので、ブラの中にパットを詰め込んだり、ハイヒールを履いたり(初めてだからコケまくってしまった)、鬘をつけてメイクした自分を見たとき、ドキッとした。あのかわいい子がこんなに綺麗になるなんて。今では(僕のもといた世界)コーヒーのCMにでている結構オバさんなのに、今の彼女はかわいく、綺麗でまるで、妖精のようだった。僕は、鏡を見つめて思わず呟いてしまった。
「これが、ボク?」
それから、怒涛のような撮影ラッシュが続き、作品は完成した。そして、少女は、スターの階段を上り始める。
「知世ちゃん。」
「あ、高柳君。」
「初主演映画。完成おめでとう。」
「ありがとう。これも、高柳君のお陰よ。」
「いやいや、知世ちゃんの頑張りだよ。完成祝いにこれをあげるよ。」
「なにかしら。」
開けると小さな香水の入った瓶があった。早速、蓋を開けて、嗅いで見ると甘い匂いがした。
「うわあ、いい香り。これはなに?ラベンダー?」
「そうラベンダーの香水だよ。記念にあげる。そして、さようなら。知世ちゃんののなかの誰かさん。」
「なにをいっているの。わたしは、原田と・も・よ・よ。」
テープをゆっくり回しているような声のトーンになり、僕はまた気を失った。そして、あの不思議な闇の中へと落ちていった。
「うう〜ん。」
「おお、気がついたか。さあ立って、踊るのだ。」
目を覚ますと辺りは暗く、夜のようだった。
「ここは?」
「なにを寝ぼけておる。早く、アマテラス様を引きずりださないと、この夜は闇のままだぞ。しっかりしろ、アマノウズメ。」
アマノウズメ?ということは、ここは古事記の世界。僕は、薄い布に包まれたふくよかな胸を抑えてため息をついた。
「あ〜〜〜、いったいどうなるのだ。」
あなた 私の事を
突然忘れたりしないでね
二度とは戻れないドアを
うっかり開けてしまったの
わたしは わたしは さまよい人なる
時をかけめぐる少女
今はうつろな夢
かける姿は天使のようです
あ〜夢のよう