TsトラQ
「さあ、いこう由利ちゃん。」
「でも、一平君はあのままでいいの。」
「かまわないさ。さあ。」
万城目と由利子は、友人のパーティ開場から二人だけ飛び出すと、駐車場に止めておいた車に飛び乗り、走り出した。
「待ってくださいよ、先輩、由利ちゅあん。バカ、アホ、人殺し〜二人とも死んじまえ。」
二人に取り残されて、パーティの罰ゲームのために女装をさせられた一平は、置いてけぼりにした二人に怒鳴るとその場に座り込んでしまった。
「ちくしょう。俺はどうすりゃいいんだ。」
「淳ちゃん、もっと飛ばして。」
「おいおい、一平は気にならないのかい。」
「一平君は一平君。わたし達はわたし達。さあ、楽しみましょう。」
「よ〜し、派手に行くか。」
万城目は、カーステレオをいれるとスピードを上げた。深夜と言ってもオフィス街のビルのあちらこちらにはまだ明かりがともっているところはあったが、車の通りはほとんどなかった。万城目は、車のアクセルを踏んだ。そして、あまりスピードを落とさず、ビル街の角を曲がったところで、急ブレーキを掛けた。
「いた〜い、どうしたの淳ちゃん。」
フロントで頭を打った由利子が、痛みを抑えながら聞いた。
「いや、急に人が飛び出してきたものだから。」
「いくらなんでもこんな時間にここに人なんていないわよ。何かと見間違えたんじゃないの。」
そう言う由利子の言葉に、万城目は前方を指差して答えた。そこには頭を抱え泣き叫ぶ奇妙な女が立っていた。
「もどしてくれ。もとの俺にもどしてくれ。もどしてくれ〜〜。」
もどしてくれ!
テーマミュージック
ナレーション「昼間の騒々しさと打って変わった静寂なオフィス街。そこには、人知れぬ異界への入り口があるのです。この女性は、その扉を開け、そこに迷い込んでしまったのです。そこは、性別の狂った世界。セクシャルアンバランスゾーンだったのです。
これからしばらくの間、あなたの心はあなたの身体をはなれ、このセクシャルアンバランスゾーンの中へと入っていくのです。」
「もどしてくれ。もどしてくれ〜〜。」
壁をやわらかいクッションで覆われた部屋の中で、女性用のスーツを着た中年男性がなりふりかまわずに叫んでいた。
「先生。これはどういうことです。僕たちがこの研究所に運び込んだのは、確かに若い女性だったのに。」
「淳ちゃんの言うとおりだわ。博士どうなっているの。」
一の谷博士は、その自慢の白いカイゼル髭を摩りながら呟いた。
「うむ、実は、わからんのだ。二人ともこっちに来なさい。」
二人は鋼鉄のドアについた覗き窓からはなれると、一の谷博士について行った。
博士は、二人を別の部屋の前に案内すると、覗き窓から覗くように指示した。
二人が覗いた部屋の中には、男子学生用のブレザーとズボンをはいた中年女性がいた。
「もどしてよ。わたしをもとにもどして・・子供が、夫が待っているの。だから、もどして・・」
それはさっきの男のときと同じだった。
「先生これはどういうことです。」
「ふむ、彼女もここに連れてこられたときには、高校生ぐらいの少年だったのだ。それが今ではこの姿だ。誰かが何かに実験をしているとしか思えんのだが・・・」
「実験?どんな?」
由利子は考え込んだ。
「それがわかればこの二人の現象も説明がつくのだがなあ。」
三人は頭を抱え込んでしまった。
その頃、さっきの部屋で婦人服を来た中年男は、絶望を含んだ目で何か思い込んでいた。
『あのとき、そう、あのときからからおかしくなったのだ。あのとき・・・
わたしは、いつものように電車を降りると、人ごみにもまれながら、乗り換えのホームへと急いでいた。と、そのとき、ふと乗車階段と反対側にあるポスターが目に付いた。それは、モニター募集のポスターだった。
≪いまのあなたに疲れていませんか。別のあなたになって人生やり直してみませんか。≫
何気なく目に付いたポスターを見ているうちに、その前に立っていた。そのとき、着いた電車から降りる人たちの波に飲まれ、わたしはもみくちゃにされ気を失ってしまった。そして、気がつくと、見知らぬ部屋に寝かされ、数人の人に取り囲まれていた。
「どうです。新しい身体は・・・」
「まだ、目覚めたばかりよ。わかるわけないでしょう。」
「それもそうだ。ようこそ、我々の新しい仲間。」
そいつらは、口ぐちにわけのわからないことを言いながら、にこやかにわたしの顔を覗き込んだ。
我々の仲間?新しい体?
わたしは、奴らの仲間になった覚えもないし、一体ここはどこなのだ。
と、突然ドアが開き、若い白衣の男が血相を変えて部屋の中に飛び込んできた。
「大変です。この方は該当者の中にいらっしゃいません。間違って処置を行ったようです。」
わたしの周りにいた者たちは一斉に彼のほうに向いた。
「なんだって。」
「どうしてそんなことに。」
「そうだわ原因を究明しなさい。それと警備の方を。しばらくの間この方を拘束して。」
「この計画は極秘だからまだ知られてはまずいからな。」
その言葉を聞いたとき、わたしは身の危険を感じた。わたしは、もう2度と家族に会えない。そう考えると、わたしはベッドの中から飛び出し、彼らを弾き飛ばして、部屋を出ると無我夢中で出口を探した。いつになく体が軽く、動きが俊敏だった。
いつもならとっくの昔に息を切らし、ばててしまう筈なのに、軽く息をきらせているだけだった。彼らが言ったように、ほんとうに新しい体になったのだろうか。いつの間にかわたしはいつも乗り換える駅の構内に立っていた。
実はあそこはこの駅の構内に秘密の入り口があったのかもしれない、などと思いながらも、わたしは今の姿が気になった。新しい自分。それがどんな姿なのか、わたしは、構内にあるトイレに駆け込んだ。
トイレの中では数人の人が用をたしていたが、わたしが入ってくると誰もが驚いたような顔をしてわたしを見た。そして、滑稽な事に用をたすのを止めて、出て行く人が多かった。中にはわたしを睨みつけていく人もいた。
何のことかわからぬままに、わたしは備え付けの鏡を覗き込んだ。だがそこにはいつものわたしを見つけることはできなかった。なぜなら、そこに映っていたのは見知らぬ若い女性だったからだ。男子用トイレに若い女性。さっきの彼らの反応が理解できた。だがなぜ彼女ではなくて、わたしを睨んでいったのだ。わたしは、わからなくなり、考え込んだ時の癖で、頭を掻いた。鏡に映る女性もそのショートヘヤをかきむしった。
同じような癖の人がいるものだなあ。と思ったとき、わたしはおかしな事に気がついた。鏡にはわたしが映っていないのだ。彼女が鏡に映るには、わたしの前に立っていなければいけない。だが、わたしの前には彼女はいず、鏡があるだけだ。ということは・・・・ん?わたしは頭をよぎったあまりにも非現実的なことに自分の頭を疑った。そんなことがあるはずがない。わたしは、あの場所でなにかの薬を飲まされて幻覚を見ているのだろう。
そうに違いない。この胸が膨らんで思えるのも・・・と、胸を触った手が止まった。アンマンのような、マシュマロのような感触と、何かに触られる感じが同時にわたしを襲ったからだ。
あそこにはちゃんとあれが・・・・股間に伸ばした手はむなしくそこらを触り。言い知れぬ感触を股間に感じた。これが幻覚ならかなりリアルなものになる。これが幻覚ならば・・・
「幻覚じゃない。わたしは・・・女になってる?ぎや〜〜〜〜〜〜〜。」
わたしは頭を抱えてその場で声の限り叫んでいた。それからのことはよくは憶えていないが、駅員が錯乱するわたしを何処かの部屋に連れて行った。そこは、なにかの待合室のようで、向かい合わせになったイスに数人の若い男女が坐っていた。
「友野さん。また、いらっしゃいましたが、お願いできますか。」
「わかりました。いま皆さんに説明を始めたところですからどうぞ。」
駅員に友野と呼ばれた若い女性がそう答えた。わたしは、オズオズと彼らのそばに座った。
「皆さんがお聞きになりたいことはわかります。ですが、質問はわたしの話が終わってからにしてください。いいですね。」
彼らは黙って頷いた。わたしも、いろいろと聞きたかったが、この場の雰囲気から従わざるを得なかった。
「皆さんは、自分の変身に驚いておられるでしょう。それは当然です。あなた方は間違って変身されたからです。でも、それは、あなた方の心のそこでは望んでいる事なのです。」
わかったようなわからないようなことを彼女は言い出した。
「あなた方は今の自分に満足されていますか。もしほかの人間になれたらとか考えられた事はありませんか。今の自分はほんとうに自分ではない。ほんとうの自分は・・・と仰っているのではないですか。」
「あなたは、もしかしたら、SF作家の友野貞行先生ですか。」
彼らの中の一人が彼女に聞いた。
「そうです。友野です。」
「じゃあ、あの話はほんとうなのですか。あの自分の望む姿になる計画の・・・」
「そう。その計画に、あなた方は関わってしまったのです。望むと望まざるとに関わらず、いままでのあなたの生活はこれで終わるのです。」
「いやだ。いやだ〜。元に戻してくれ。元のわたしに戻してくれ〜〜〜。」
苦労をともにして暮らしてきた妻、わたしを慕ってくれている娘を捨てて新しい姿になるなんて。わたしには我慢できなかった。わたしは叫びながら、その部屋を飛び出すと、自動改札口を無理矢理通り抜け、いつの間にか日の暮れた夜の町へと飛び出していった。あてどなく、あの場所を捜し求めて・・・・
「ということらしい。」
ベッドの上に横たわる男のそばに坐っていた博士は後ろを振り向いて、不可思議そうな顔をして、立ちすくんでいる万城目と由利子に言った。博士は男に催眠術をかけて、彼に起ったことを聞き出していたのだ。
「自分の望む姿になる計画。なんだか恐ろしいわ。」
「うん。自分の望むと望まざるとに変えられるのはどうだろう。」
「うむ。こんな計画が実行されておったとは・・・」
「Ts計画と違いますか。」
その声に三人が振り向くと、部屋のドアが開き、そこには頬のこけた女性が立っていた。よく見るとそれは、一平だった。
「一平君も女の人になったの?」
「なに言ってるんだよ。由利ちゃん。罰ゲームで女装させられた僕をほっぽいて二人だけで帰ったくせに。おかげでタクシーの運転手には白い目で見られるし、助手の実相寺さんには胡散臭そうに思われるし、どうしてくれるんだよ。」
「だって、一平君がその姿のままで追っかけてくるんだもの。」
「由利ちゃんが服の入った紙袋持っていくからだろうが、おもしろがって持っていくんだもの。」
「あ、そうか。ごめんなさい。わすれていたわ。」
「それより、一平。この計画を知っているのか。」
「なに言っているんですか先輩。これは、SF作家の友野貞行の『Ts計画』そっくりじゃないですか。」
「一平君。そのTs計画というSF小説の話をしてはくれんか。」
「いいですよ。たしかこんなはなしです。この物語の主人公はSF作家でスランプ気味でした。ある日、同業のSF作家の出版記念パーティの会場からでてきたところからこの物語は始まるんです・・・
わたしは疲れていた。自分よりへたで、ありながら売れている奴のパーティに出て、おべっかを使い、この間までは、気にも止めていなかった出版社の編集員に気を使っている自分に嫌気が差していた。スランプで何も書けず、仕事が減っているわたしには、仕事を得る場所が必要だった。そのために来たくもないこのパーティに無理矢理来たのに、目的を果たす前に、自分で自分に嫌気が差してきたのだ。
わたしは、作家と編集者の卑しい駆け引きの場をさっさと去ることにした。そこにいる事が耐えられなくなったのだ。さっきまでの自分と同じ事をしている売れない作家達や、人気作家の作品を得ようとゴマをすりまくる編集者を見ているとこの場に居られなくなったからだった。
わたしは、ホストへの挨拶もそこそこにパーティ会場を出て、エレベーターに乗った。いつになく早く来たエレベーターに乗るとフロントのある2階へと降りた。行く時は、パーティ会場のある18階からフロントのある2階までは思いのほか早かったが、下降となると意外と時間がかかった。エレベーターが着き、ドアが開くと、わたしは、さっさとエレベーターを降りて、フロントへと向かった。そのフロントは、病院の受付を思わせた。それは、フロントの従業員がすべて白い制服を着た若い女性だったからだろう。わたしが、カウンターに近づき、タクシーを頼もうとした時、従業員が、一枚の紙をカウンターの上に差し出した。タクシーを頼むのに書類にサインはおかしい。だが、このときわたしの精神状態は普通ではなかった。何かお決まりのセリフをカウンターの彼女は言っているのだが、わたしはかまわずにサインをすると相手につき返した。この、猿芝居の会場に一秒たりともいたくはなかった。
「あの、よろしいのですか。」
「かまわん。たのむ。」
「それではこちらにどうぞ。」
カウンターの女性は、わたしをある部屋に案内した。そこには一個の歯医者にあるような治療用のイスに似たイスとその周りには、照明機材に似た機械が取り囲んでいた。
「そのイスに座ってお待ちください。」
わたしにそう告げると女性はその部屋から出て行った。イスの正面の壁の上がガラス張りになり、そこには、テレビ局の調整室のような部屋が見えていた。わたしは、その椅子に坐った。今考えるとなぜこのときに異常に気づき、行動をおこさなかったか不思議な気がするが、そのときはそれでいいような気がしていた。
わたしが坐るとイスの背もたれが倒れ、肘掛に置いた両手と両足、首に固定用のバンドがかかり、わたしは椅子に固定されてしまった。このバンドが、かなり首にきつく締まっていたのでわたしは声をあげることができなかった。
『それでは始めます。よろしいですね。じゃあ、スタート。』
どこかにあるらしいスピーカーの声を合図に周りの照明器具のような形の機械が点灯した。わたしはその光を浴びながら心地よい気分になり、意識を失った。
気がつくと、わたしは見知らぬ部屋のベッドの上に寝かされていた。
「気がつかれました。」
ふと目を開けるとわたしの周りには見知らぬ人々がわたしを覗き込んでいた。
「どうですか。何かおかしなところはありませんか。痛いところとか・・・」
わたしは、首を振った。特におかしなところはない様だった。ただ妙に胸が重かった。
「痛いところはないが、胸が・・・」
そこまで言いかけて、わたしの言葉はとまった。確かにわたしが話しているはずなのに聞きなれない声が聞こえてきたからだ。甲高い若い女のような声。女のような・・・
「あ、ア、亜、あぁ〜〜〜。」
それはわたしの声だった。わたしの声は変わってしまったのだ。
「これは一体?」
「どうかなさいました。新しく生まれ変わられたばかりですから、無理はなさらずお休みください。それでは、私達はまたあとで参りますから。」
そう言うと、わたしの周りにいた一団は部屋を去っていった。わたしは、自分の変化に意識をとられて彼らが去っていくのに気がつかなかった。下に手を伸ばすとそこには、慣れ親しんでいたものはなかった。
「こ、これは・・・」
気を落ち着けようとそばに置いてあった水差しの水を一口飲んだ。
「一体なにが、何でこんな事に・・・」
わたしはこうなった原因を考えていたが、気が落ち着いてきたためか、この水に何か薬でも入っていたのか、意識が薄れてきた。そして、いつの間にか眠りに落ちて行った・・・
「こちらの手違いで処置を行ってしまったようで申し訳ございません。」
「処置?」
わたしは、ベッドの上に体を起こして、彼の説明を聞いていた。目覚めると彼は、わたしのそばに居た。この施設の責任者だという。見た目はまだ20代なのだが、かなり優秀なのか。それとも、見た目以上の年かいずれかだろう。
「はい、この施設は、皆さんの本来の姿に戻して差し上げる事を目的としています。」
「本来の姿?」
わたしには彼の言う事が理解できなかった。本来の姿とは一体何のことなのだろうか?
「あなたは言い知れぬストレスを感じたことはないですか。それは、本来の姿と違う自分に対してのギャップが生み出すストレスなのです。そのストレスのために理由無き犯罪が起こり、罪もない人たちが命を落とす事になるのです。そのため、我々の施設ではそのストレスを軽くする為に本来あるべき姿をリサーチし、その姿にして差し上げる事によって、ストレスから来る犯罪を未然に防ごうというものなのです。」
「それと、わたしの身に起った事との関係は・・・」
男は申し訳なさそうな顔をした。
「それは、普段は、こちらがお呼びした人しか使えないはずのエレベーターで、佐野先生が来られたので、お呼びした方が来られたのと係りのものが勘違いしたみたいで・・・申し訳ございませんでした。」
本来は来れないはずのエレベーターに運ばれてきたわたし。確かに言い知れぬストレスを感じていたわたしは、エレベーターに選ばれたのだろうか。
「それと、これが、先生の本来の姿です。」
そう言うと男はわたしの前に姿見を運んできた。そこに映っていたのは、わたしではなく、見知らぬ若く美しい女性だった。
「こ、これがわたしの本来の姿?わたしは男だ。女ではない。」
「かなりの方が性別を取り違えられているのです。先生だけではありませんよ。いまの社会的性(ジェンダー)ですが、これはひとによって作られたものです。そのために本来の性のあり方とのギャップが出てストレスとなっているのです。そしてそれがやがては・・・」
「犯罪につながると。それにしても女性とは・・・」
「お気に召しませんか。」
そう言われて鏡を見つめているといつの間にか心が落ち着いてきている自分に気がついた。いつになく落ち着いた心。わたしの心は穏やかだった。彼の言う事にはうそはなかったようだ。
「先生がお望みでしたら元に戻して差し上げますが・・・」
「いやこのままでいい。わたしは、この姿が気に入ったよ。」
「ありがとうございます。」
こうしてわたしは、新しい姿、いや、本来の姿を手にいれることができたのだ。
そして・・・・・
「と、言った話なのですが・・・」
一平は、概略を話し終えると一息ついた。
「先生。そんな施設をお聞きになった事がありますか。」
万城目は何かに思いをめぐらしているような一の谷博士に尋ねた。
「男の人が女性になるなんて。そんなことが可能なの。淳ちゃん。」
「不可能ではないじゃろうじゃが、そのような施設は聞いた事がないのじゃが・・・それほどのものなら政府が関連しているはずなのじゃが。」
政府の科学顧問でもある一の谷博士の知らないそのような施設があるとは考えられなかった。
「あるいは・・・」
「あるいは?」
「ふむ。彼は別の世界に迷い込んだかじゃ。とにかくいまの科学では不可能じゃ。」
博士がそう結論づけたとき、助手の実相寺が、部屋に入ってきた。
「先生。この方のご家族の方がお見えです。一平君のいいかげん着替えたらどうだい。部外者が見たらまた、白い目で見られるよ。」
「あ、そうだった。由利ちゃん。僕の服は・・・」
「ごめん。車に乗せたままだわ。すぐ取ってくるわ。」
由利子はそう言うと、部屋を飛び出した。
「この部屋ではまずいだろう。ご家族の方には応接間でお待ちいただいて、彼には何か着れそうな服を準備してくれたまえ。」
「ハイ、わかりました。」
そう言うと、実相寺は部屋から出て行った。
「まったく恥ずかしいわ。酔っ払ってよそさまのお世話になるなって・・・」
タクシーに乗った男は、妻と娘に挟まれて小さくなっていた。厚化粧の妻はさらに男を攻め立てた。
「何でも、オフィス街をふらついていたそうね。なにやっているのよ。通りが少ないからいいようなものの、もし車にでも跳ねられていたら、酔っ払った上に交通事故なんて世間に対して恥ずかしいわ。」
「オヤジ〜、化粧臭くないか。なんかにおうぞ〜。」
ケバイ化粧をした高校生の娘が、鼻をくんくんいわせながら言った。
「あら、ファンデーションのあとがここに・・・あなたまさか変な倶楽部に言ってないでしょうね。ちょっとあなた聞いてるの。」
おどおどしていた男はタクシーのドライバーに怒鳴った。
「止めてくれ。ここで降りる。」
「あなた何処に行く気なの。」
「かいしゃ。」
「おやじ〜今何時だと思ってんだよ。」
「そうよ。もう5時前よ。会社はもう終わるわよ。」
そう言って止める二人をよそに男は降りるととぼとぼと歩き出した。そして、会社に着くと自分の職場に顔を出した。
正面に座っている自分より若い部長が、彼の入ってくる姿を見つけた。
「いま何時だと思っているんだ。病気だと奥さんから電話があったが、警察からも君の身元を確認する電話があったんだ。いままで何処をほっつき歩いていたんだ。」
部長の怒鳴り声が聞こえないのか。彼は、自分の席につくとぼんやりと坐った。
『いつからだろう。妻があんなになったのは・・・あのかわいかった娘がこんなになってしまったのは・・・
わたしの居場所がいつの間にかなくなってしまった。家にも会社にも、そして社会にも・・・』
彼は、机の引出しから、便箋と封筒とボールペンを取り出すと、なにやら書き出した。そして、書き終えると、それを封筒に入れ、表に何か書き込み、それを持って仏頂面の部長の前に立つと差し出した。
「お世話になりました。」
そう言うと彼は振り返ってさっさとその場を去っていった。
その封筒にはこう書かれていた。
『辞表』
あわてた部長は彼を呼び止めようとしたが、すでに彼の姿はなかった。
「勝手にしろ。」
部長は机の引き出しの中から胃薬の瓶を取り出し、ふたを開けて、中の錠剤を取り出そうとしたが瓶の中はからだった。いらだちまぎれに、ゴミ箱の中にそれを叩き込んだ。
彼は、会社を出た時は爽やかな顔になっていたが、すぐに何かを探し始めた。そして、彼は雄叫びを上げながら、オフィス街の闇の中に消えていった。
「かえてくれ〜。わたしを、もう一度変えてくれ。お願いだ。もう一度、もう一度・・・・・
かえてくれ〜〜〜〜〜〜」
ナレーション「彼は戻ってきてしまったのです。あの世界から・・・そして、この世界での自分の存在を知った時、彼はあの世界に戻る事を心から望んだのです。でも、もう2度と戻れないかもしれません。なぜなら、彼はあの世界への扉を偶然見つけたのですから・・・・」
終
あとがき
これは、虎之助さんの「ウルトラQ」のパロディに刺激されて書いてみたものです。ですから、元の話を知らない人にはつまらないかもしれません。
ちなみに、元になった話は、「あけてくれ!」(監督・円谷 一 特技監督・川上 景司 脚本・小山内美江子)「1/8計画」(監督・円谷 一 特技監督・有川 貞昌 脚本・金城 哲夫)です。DVD、LD、ビデオなど出ていますから興味を覚えた方はレンタルでも見てください。元のほうがかなりおもしろい事は保証します。
それでは、またどこかでお会いしましょう。