トワイライト・シアター

電話

語り部・よしおか

 

電話って不思議だと思いませんか?番号を押すだけで、話したい相手につながるなんて。

ただ、どうしても繋がらないところがあります。でも、もし、そこに繋がったりしたら・・・

 

それは、小学生の頃のある日。両親も姉や妹も出かけ、その日は、家の中には僕以外は誰もいませんでした。僕は、ほかに誰もいない家の中で一人で留守番していました。なにをやっても誰にも叱られないし、止められない。

僕は、誰もいない家の中で、したいことを思いっきりしました。いつも止められているアイスクリームをおなかいっぱい食べたり、勉強もしないでずっとマンガやアニメを見たり、ずっとゲームをしたりして、いつもは出来ない事のし放題でした。その日一日、僕はこの家の王様でした。

その頃、僕には気になることがありました。それは、電話です。もし自分の家から自分の家に電話をかけたらどうなるんだろう?繋がるのかなぁ?繋がったとしたら誰が出てくるのだろう?僕はそんなことを考えていました。一度お母さんに聞いて見たことがあるのですが、「繋がるはずがないじゃないの」と言って止められてしまいました。

でも、そのあともずっと僕は気になって仕方がありませんでした。どうなるんだろう?僕は、試してみる事にしました。今日は、電話をかけてもだれも止める人はいません。僕は電話の前に立つと、受話器を取って、僕の家の電話番号を押してみました。

試してもたらわかるのですが、自分のいま使っている電話の電話番号をかけても話し中になって繋がることはありません。でも、その時は繋がったのです。

「プルルル・・・プルルル・・・ガチャ」

向こうで、誰かが受話器を取る音がしました。僕がかけている電話に誰か出たのです。この家の中には、僕が使っている電話以外には電話はなく、この家の中には僕以外は誰もいないのに。僕は恐る恐る声を出しました。

「もしもし?」

「・・・・」

「もしもし?よしのですが、どなたですか?」

僕は、勇気を振り絞って相手に聞いてみました。ですが、相手は何も答えず電話を切ってしまいました。ツーツーツーという、電話の切れた音が、受話器に流れていました。

僕は怖くなって自分の部屋に戻ると、ベッドの中にもぐりこんで、みんなが帰ってくるのをガタガタと震えながら待ちました。

「どうしたの?ベッドの中にもぐりこんで」

最初に帰ってきたのは、中学生の姉でした。僕は、姉にあの電話の話をしました。姉は笑いながら、ベッドの中で縮こまっていた僕を引っ張り出すと、電話の前に連れて来て、受話器を取ると、僕と同じように家の電話番号をプッシュしました。そして、真剣な顔をして受話器に耳を当てていたのですが、突然ニコッと微笑むと僕に受話器を差し出しました。

「聞いてごらん?」

僕は、恐る恐る受話器に耳を当てました。その受話器から聞こえてきたのは、お話し中を知らせる信号音でした。

「どお?自分の家に電話をかけてもお話中になるだけなのよ。こわがりサン」

姉は、怖がる僕に安心するように、僕と同じように電話をかけてくれたのでした。

 

「という、体験をしたんだよ」

「甲くんて、怖がりだったんだ」

「昔の話だ!」

「ウソ。いまもだったりして・・・ウフッ」

「こいつぅ〜」

恋人のさやかは、まだおかしそうに僕の顔を見て笑っていた。さやかはよく笑う子で、イタズラ好きでもあった。

「ねえ、電話してみよう?」

「どこに?」

「ここに。ね、いいでしょう?」

「誰も出ないって」

「ねえ、それでもいいから。ね、電話してみよう」

そういうと、さやかは、受話器を取って、ここの電話番号をプッシュした。呼び出し音がして、つながる音がした。冗談で電話をかけたさやかの顔が青ざめた。

「もしもし、どちら様でしょうか?」

電話から若い女性の声がした。ふと、僕はその声をどこかで聞いたような気がした。震えながら受話器を持っていたさやかが僕に差し出した。今にも泣きそうな顔をして僕を見つめた。僕は、静かに受話器を受け取った。

「もしもし、吉野さんのお宅でしょうか?」

「はい、吉野でございます」

電話から聞こえて来る女性の声は、どことなく暗かった。

僕は思い切って聞いてみた。

「あの甲児さんはいらっしゃいますか?」

確かに、相手は、僕と同じ苗字だった。僕は、自分の名前を言ってみた。居る筈はなかった。そこまで、偶然が重なるとは思えないからだ。だが、それは裏切られた。

「どちら様でしょうか?主人は一昨日、交通事故で・・・亡くなりました」

女性は、耐えていた悲しみがあふれ出て、泣き出してしまった。と、向こうで受話器を持ち替える気配がして、相手の声が変わった。

「申し訳ございません。どちら様か存じませんが取り込んでおりますので、改めてお電話いただけませんでしょうか」

「ね、ねえさん」

僕は思わず声を出した。その声は、すこし変わっていたが、確かに姉の声だった。そして、さっきの女性の声はよく思い返してみると、僕のそばで心配そうな顔をして、僕の顔を見つめているさやかにそっくりだった。この電話はいったいどこにかかっているんだ。僕は、静かに受話器を置いた。

「こうくん」

「混線していたんだよ。回線の故障だ。気にすることはないよ」

僕は無理やり笑顔を作って、さやかを安心させようとした。さやかもそのことには気づいているようだったが、僕に微笑むと小さく頷いた。

「さ、あっちに行ってお茶でも飲もう」

「うん」

僕は、さやかの手をとると、その場を離れようとした。と、その時、電話がけたたましく鳴った。その音に、僕とさやかは顔を見合わせた。僕は、鳴り響く電話に手を伸ばした。それを見ていたさやかが、黙ったまま首を横にふった。

『でないで』

彼女は無言のまま目で僕に訴えた。だが、僕は優しくさやかに微笑むと、受話器を取った。

「もしもし?」

受話器の向こうから、幼い男の子の声がした。それは、どこかで聞いたような声だった。

「もしもし?よしのですが、どなたですか?」

それは、僕の幼い時の声だった。僕は思わず電話を切った。過去から未来へとつながる電話。では、さっき電話がつながった先は・・・

 

 

あとがき

ぴえろさん、虫さん、お久しぶりです。虫さんのお言葉に調子に乗って書いてみました。気に入っていただけるとうれしいのですが・・・

あ、すみません。電話がかかってきましたので、ちょっと失礼します。

「もしもし、よしおかですが、どちら様でしょうか・・・」