トワイライト・シアター

蘇 生

語り部・よしおか

 

ある発掘現場。作業スタッフたちには、失望と諦めが漂っていた。

今まで数限りない発掘を行ってきた彼等だったが、成果が出ず、ついにはただ、流れ作業的に発掘を行う空気がスタッフの中に漂っていた。それを押さえる義務のあるはずのチーフにさえも、彼らと同じになっていた。

「ここもダメか・・・」

誰もがあきらめかけた時、三日前に発見された朽ち果てた扉から遺跡の内部で調査をしていたスタッフから緊急連絡が入った。

「チーフ、至急来てください。ポイントM-13です」

調査スタッフの興奮した連絡に、チーフは、サブ・チーフ他2名と現場へと向かった。

調査団のチーフたちは、鍾乳洞のような空間の中へと歩いていった。鍾乳洞のように見えたのは、廃墟と化した何かの建物の地下室への通路だった。調査のために設置された照明に照らされた空間には、一見岩のように見える原形をとどめない事務機器や、何かの装置があちらこちらにあった。崩れやすい岩場のように変形した階段を降り切ると、大小のコンクリートの塊がごろごろとしている足元に気をつけながら、彼らはさらに奥へと進んでいった。

「あ、チーフお待ちしておりました。実はこれを見ていただきたくて・・・」

そのポイントを調査していたチームの主任がチーフたちを出迎えた。彼は、少し興奮しているように思えた。

そこは、荒廃しているとはいえ、整理されてカプセル状のものが並んだ何かの保管所のようだった。すっかり薄汚れて鈍い光沢をした大小の金属製のカプセルが置かれている様子は、まるで納骨された骨壷のようで不気味さがあった。調査チームの主任はその中のひとつを指し示した。

チーフとその一行は、主任の指し示すカプセルの前に進んだ。それは、直径三十センチ、高さは二十センチほどの円筒だった。ただ他の物とは違って、かすかな音を立てていた。

チーフは振り向くと、サブ・チーフに何か指示した。それを合図に、一緒に付いてきたスタッフは機敏に動き出し、小さなカプセルを調べ始めた。そして、彼らの動きをじっと見つめていたチーフに告げた。

「間違いありません。今までになく完璧な状態です」

その報告に、その場にいた調査スタッフは、歓喜の声を上げた。チーフは、ただ黙ったまま静かに頷いた。

 

『・・・』

『・・・・・』

『・・・・・ますか?』

私は、誰かの声に呼び起こされた。

「う~ん、まだ眠いよ。後5分」

私は、誰かわからない声の主に言った。

『・・・・はありますか?』

再び、声が私を起こしにかかった。

「だから、後5分寝かせてくれよ。母さん・・」

私は、何気なくそう言った。だが、私の母は、かなり以前になくなり、妻も6年前に亡くなっていた。子供たちや孫たちは、最近では私のところに来る事もなく、私の周りには、私を起こす者は誰もいなかった。

『意識はありますか?』

「だからもう少し寝かせてくれよ。死んでもゆっくりとは寝られないのか!」

私は思わず叫んでしまった。そして、重大な事を思い出した。

そう、私は死んだのだ。だから目覚めるはずなどないはずなのだが・・・私には意識がある。という事は、ここは天国か?

『先生!意識はあるみたいです。反応がありました』

『うむ、気をつけて、呼びかけてみたまえ』

私の近くに誰かいるみたいなのだが、声がするだけで、見ることが出来なかった。

「すみません。どなたか存じませんが、停電みたいで、真っ暗で何も見えません。電気をつけていただけませんか?」

私は、真っ暗な闇の中に居た。

『おお、なにかしゃべっているみたいだぞ。調整を行え!』

『はい、先生。調整終わりました』

『うむ、私の声が聞こえますか?』

闇の中で聞き覚えのない声がした。

「はい聞こえます。ここは天国ですか?私は死んだはずなのですが・・・とにかく明かりをつけていただけませんか?」

『うむ、自分の死は自覚しているみたいだな。ここは、天国ではありません。あなたは生き返ったのです』

「生き返った?でも、何も見えず、何も触れませんが・・・本当に生き返ったのですか?」

『はい、あなたは脳だけ冷凍保存されていたのを発見されました。それを我々が、蘇生したのです。ですから、あなたには身体がないのです。あなたの脳は、いまは生命維持装置の中にいるのです』

脳だけで生きている?私は死ぬ前の事を思い出していた。

「私が死んだら、人工冬眠処置をしてくれ。未来に私の長年の願望を果たすためにそうしてくれ」

私は死ぬ前に、子供たちにそう遺言をした。それは、『五体満足で』ということだったのに、そして、それに彼らに遺産分けをして、その分の残りでも人工冬眠処置をするのに十分な財産を残していたのに、彼らはケチって、脳だけ処置したのだろう。

甦れたとしても、脳だけでは何にもならないではないか。私は、絶望の深闇に落ちた。といっても、今も闇の中なのだが・・・

「死なせてくれ。身体がないのでは甦っても意味がない。頼む!死なせてくれ」

私は見えない声の主に懇願した。

『かなり興奮しているようだな。大丈夫ですよ。あなたの身体はちゃんと再生してあげます』

先生と呼ばれていた声が、私に言った。

「再生?私の身体が再生できるというのか。でも、私の姿がわからないでしょう」

『大丈夫です。イメージスキャナーを準備しております。あなたが、元の姿をイメージしてくだされば、それを元に身体を再生する事が出来ます。ご安心ください』

「イメージスキャナー?私の思い描く姿で、復活出来るのですか」

『はい、完全にあなたの身体を再生できます』

「でも、私は87歳で死んだので、再生出来るのであれば、若返りたいのですが・・ダメでしょうか?」

『若返り?それはかまいませんが・・・変わらないと思いますけどね。大丈夫ですよ』

私は、決して悟られないように喜んだ。長年の夢が叶うのだ。当時のような中途半端なものではなくて、完璧なものとして・・・

私には人には決して言えない望みがあった。それは、若くてキレイな女性になりたい。

決して、当時言われていた性同一性障害ではない。私は、自分は男だと確信している。でも、やはりきれいな女性は憧れだった。あの美しい姿が自分だったらどうだろう?女の人の身体ってどんな感じだろう?あの胸のふくらみは?きれいな姿を鏡に写すってどんな感じ?

そんな思いがあった。でもそれは誰にも言えないことだった。言えば、変態扱いされてしまう。当時は、まだ、男性と女性という性の分別が残っていたからだ。だから、私は未来へと望みを託した。

その望みが今、叶おうとしている。私は、自分が理想としていた姿をイメージした。

『ほうほう、当時に人々はこんな姿をしていたのですか。今の我々とほとんど変わりませんね。わかりました、ボディの再生を準備します』

その言葉を聞き、私は生きる希望を持った。今の世界を見る許可も得たが、新しい身体で、この世界を見たいと思ったので、ボディが完成するまでガマンする事にした。男から女へ、それも、老人から若い美女への転身が出来るとは、まさに夢の未来だった。

 

『さあ、新しいボディへの転入。完了しましたよ。ゆっくりと目を開けてくださいね』

私は、言われるままに、ゆっくりと瞳を開けた。

どれくらいの間待たされただろう?かなりの時間待った気もするし、あっという間だった気もする。闇の中で、新しい身体になった時の事を考えていたので、時間感覚がわからなくなっていた。

ゆっくりと目を開けると、私は透明なカバーのされたカプセルのようなものの中に横たわっていた。カバー越しに見る外の世界には、私を覗き込む二人の人物がいた。金髪と、黒髪の長い髪をした巨乳の二人は、スタイル抜群で、端整な顔立ちをしていた。二人ともちょっとお目にかかれないほどの美人だった。彼女らが、私が闇の中にいたときに話しかけてきた人物なのだろう。金髪のほうの人物が目配せをして、黒髪の人物が、カプセルのカバーを開けてくれた。

「起きれますか?」

金髪の人物(こちらが先生なのだろう)が、その姿にあった高く美しい声で聞いた。

「は、はい」

私は、上背を起こした。私は裸だった。下半身は、陶器のような染みひとつないきれいな肌になっていた。そして、股間には、見慣れたものはなかった。私は、思わず胸に手を滑らせた。私の胸には形よくすべすべの二つのふくらみがあった。

『女になった!』

私は心の中で思わず叫んだ。

「鏡を、鏡を見せてください」

私の言葉に、二人はふしぎそうな表情をした。

「かがみ・・あの、自分の姿を見たいのですが」

「あ、ああ、ミラーですね。ちょっとお待ちください」

そう言うと、黒髪の方の人物が、なにやらつぶやいた。すると私の前に、裸の上半身を起こした可愛らしい少女の姿が現れた。

「え?」

私は思わず声を上げた。すると目の前の美少女も小さく口を開けた。

「あの・・・鏡は」

「これがそうですよ。今では光を屈折させて、あなたの言う鏡の代わりにしているのです」

「は、はぁ・・・」

だとすると、目の前の少女は、私と言うことになる。私は両手で顔を触ってみた。目の前の少女も同じように顔を触っていた。

髭剃り跡のないすべすべの肌。私は、もっとじっくりと自分の姿を見たくなった。でも、彼らの前ではそれは無理というものだ。しばらくは我慢することにした。

「いかがです。イメージされていた姿と同じですか?」

「はい、イメージ通りです」

私は答えながら、彼女たちがこの場を去ってくれることを祈りました。早くこの身体を探求したい。口には出しませんが、私はその思いでいっぱいになっていた。

私は彼女らに気付かれないように、手で自分の身体を触った。まるで合成皮のように滑らかですべすべな肌・・・・?

私は、女になれたことに浮かれてその違和感に気付いていなかった。そう、わたしの身体は、すべすべで出来物などないきれいな肌なのだが何も感じない。手は身体を触っているのを感じるのだが、触られている肌の方は何も感じないのだ。

私は、彼らの目がある事も気にせずに、胸を触ってみた。軟らかくふっくらした感触は手に感じるのだが、胸の方は何も感じなかった。揉みあげても、乳首を捻じっても、何も感じなかった。私は、股間へと手を伸ばした。そして、オナニーをしてみた。だが、指先は、触っている感じはするのだが、他の人のものを触っているみたいで、何も感じる事ができなかった。

「感じない。何にも感じられない」

私は思わず叫んだ。

「どうしたのですか?」

「感じないんです。どこを触っても、抓っても何も感じないんです。まるで、他人の身体を触っているみたいに」

私はパニクッた。これでは、念願の女性になれたとしても何にもならないではないか。こんなはずではなかった。

「感じる?指先は感じるでしょう?それではいけないんですか」

「皮膚感覚がまったくないんですよ。これではオナ・・・いえ、おかしいですよ」

「そうなんですか?ちゃんと再生したのですが」

彼女たちは、私が興奮している事が理解できないようだった。

彼女たちは顔を見合わせると、私に聞こえないように小さな声で何か話し合うと頷きあって、両手を首の後ろに回した。そして、首の後ろに指を立てて引き裂いて、引き上げた首の皮を前の方に引き剥がした。

ベリッ。グチュゥ・・・ドサッ

彼女たちは自分の顔の皮を引き剥がし、床に落とした。

「ウゲェ」

私は思わず顔を伏せ、吐き気を抑えた。ふと視線を上げるとその先では、床に落とした顔の皮から血が流れ出して、床を赤く染め・・・ていなかった。

「ん?」

床には血は流れ出して居らず、顔の皮もなんだかおかしかった。

「あなたを脅かしてはいけないと思って、あなたと同じような姿をしていたのですが・・・これが不味かったのかな」

その声に顔を上げて、私は自分の目を疑った。そこには、ブラウンの肌をしたスキンヘッドで眉も睫毛もなく、のっぺりとした顔が二つあった。それはまるで昔のSF映画に出てくるグレイと呼ばれる有名な宇宙人のようだった。

「き、君たちは・・・」

「私たちは、イノノイドです。六千年前の先の大戦で滅んだ人間の生態を知るために、遺跡を発掘していて、あなたを見つけたというわけです」

「イノノイド?」

「ええ、私たちは、あなたたちの言葉で言うと昆虫から進化した人類です。私たちは外骨格なので、あなたが言われる皮膚感触というものがわからないのですが、どういうものなのですか?わかりやすく教えていただけませんか?」

私は、状況が理解できなかった。

「絶滅?人類??昆虫?外骨格???」

「はい、あなたの身体も我々と同じように再生して、外見を、あなたのイメージに合わせたのですが、違いました?」

私は、自分の胸を掴んで思いっきり引っ張った。

ベリベリベリ

音を立てて胸の付け根辺りから皮膚が裂け、膨らんだ胸がはがれ、その跡にはブラウン色をした鎧のような硬そうな外骨格が顔を出していた。

私は目覚めようとした。このあまりにもリアルな悪夢から・・・

「起こしてくれ〜〜。お、俺をこの悪夢から、誰か起こしてくれ〜〜〜」