トワイライト・シアター
三つの願い
語り部・よしおか
「いい加減決めてくださいよ。わたしも忙しいんですから」
俺の隣で、金髪のトップモデルも足元に及ばないほど綺麗な若い女性が、今にも泣き出しそうな顔をして喚いていた。だが、そんなことは俺の知った事ではない。俺は机に頬杖をついて、ぼんやりと目の前の窓から外を眺めていた。
「もう、あとひとつなんですから、何でもいいじゃないですか」
金髪の美女は、笑みを浮かべ、もみ手をしながら、俺ににじり寄った。だが、俺は、そんなことはお構いなしに外を眺めていた。
「女になりたいという望みも、若くて魅力的な美人にしてやるというサービスまでつけて叶えてやったし、レズを体験してみたいって言うから、我輩自らこの姿になって相手をしてやったのではないか。後ひとつなんだぞ。さっさと叶えさせてくれ。そうでないと、我輩はお前を・・・」
金髪の美女は、その美しい口元をゆがめ、口先を耳元まで広げ、さっきまで形よくきれいに並んでいた白い歯の代わりに猛獣のような鋭い牙を生やして、俺の耳もとで、ドスの利いた低い男の声で言った。
「まだ、二つ目の願い、続行中だよ」
俺はぽつりとつぶやいた。それを聞くと、化け物へと変わりつつあった金髪美女は、空気の抜けていく風船のように、勢いが抜けていき、おとなしくなっていった。
「ねえ、頼みますから、早く最後の望みを言って、ね。オ・ネ・ガ・イ!」
その声を聞いたらどんな男でも、彼女の言う事をきいてしまうだろうが、あいにく今は、俺は女だ。彼女の甘いささやきも効果がない。俺は相変わらずぼんやりと外を眺め続けた。
もうお気づきだろうが、俺の横で喚いているのは、悪魔だ。
ある日、見慣れない電子メールが届いていた。いつもなら即効で消すのだが、このメールはどんなことをしても削除できなかった。そして、削除をあきらめかけたとき、パソコンのモニターに古い漫画に出てくるような悪魔の顔が浮かんできた。
「フフフ、このメールは我輩が出したものだから、消すことはできないぞ。お前は運がいい!我輩は悪魔の中でも名門でもっとも力のある悪魔中の悪魔だ。どんな望みも三つだけ叶えてやるぞ。何が望みか?金か?女か?世界征服か?」
身体全体をモニターから出てきた自称・悪魔は、俺の隣に立って愛想笑いを浮かべながら俺の返事を待った。
「何でも出来るのか?」
「ああ、我輩にできない事はない。だが、契約事項に含まれていることだけは無理だがな」
「契約事項に含まれていること?」
「そう、不老不死、願い事を無限に増やす事と世界平和だ。これだけはダメだ」
「ふ〜ん、死者を甦らせたりは・・・」
「簡単だ。何ならやって見せようか?ただし契約が済んでからだがな」
「契約の解除は?」
「出来ない。一度契約したら、お前は絶対に願いを言わなければならない」
「じゃあ、お前は絶対に俺の願いをかなえなければいけないって事か。でもどちらかが約束を守らなかったら?」
「契約をたがう事は出来ない。契約は絶対だ。これは神さえもどうする事も出来ない」
「ふ〜ん」
俺は少しの間沈黙した。そして、悪魔にこう言った。
「契約するよ」
俺はこの悪魔と契約をした。
契約書にサインをすると、早速、悪魔は俺に聞いてきた。
「最初の望みはなんだ?」
それは決まっていた。彼の力を借りないと行えないであろう事。俺はためらわずに言った。
「女にしてくれ?」
「え?」
悪魔は意外そうな顔をして俺に聞き返してきた。
「女にしてくれ」
「お前、最近増えているというティスカーなのか」
俺は悪魔の質問にはなにも答えず、机に頬杖をついて、目の前の窓から外を眺めた。
『ティスカー』異性にはなって見たいが、整形手術とかではなくて、本物の異性になって見たいと思い願っている人間たちの事だ。別に男がいやだというわけではないが、俺は、好奇心から一度女になって見たいと思っていた。だから、この願いを叶えられるのは、悪魔か神か、魔法使いぐらいしかいなかった。
「ま、いいか。お安い御用だ。お前はちょうど1000万人目の契約者だから特別サービスで、若くて綺麗なスタイル抜群の女にしてやろう!(この変態めが・・・)」
トーンは落としていたが、聞こえるようにそう言い加えると悪魔はなにやら呪文を唱え出した。俺はぼんやりとその呪文を聞きながら外を眺めていた。すると、俺の身体がムズムズとしだした。俺は、身体の肉や骨が蠢き、軋み、身体が変化しているのを感じた。悪魔の呪文が終わると、身体の変化もとまった。
「さあ、終わったぞ。鏡を見てみろ」
悪魔は俺の横に身体全体が映る鏡を出した。鏡の中には、机に頬杖をついて座っている若くて綺麗な女性が裸で映っていた。悪魔が言ったようにスタイルも抜群だった。
「さあ、願い通りに女になったんだから、やることはひとつだろう。特別に我輩がお相手をいたそう」
悪魔はブルッと身体を震わせると、美形の爽やかな印象の裸体の青年の姿に変わった。
「俺は男とはする気はない」
「なに?じゃあ、レズだというのか?それでは、我輩も女になろう」
そう言うと、また身体を震わせて、悪魔は、今横にいる金髪美女の姿に変わった。
「さあ、身体を任せて。お姉さんが感じさせてあげられるわよ」
金髪美女になった悪魔は、俺の座っている椅子の後ろに立ち、抱きついてきた。俺の背中に悪魔の胸のふくらみが感じられた。悪魔は、俺の耳元にフッと息を吹きかけた。
「ゾクッ」
俺は、男の時にはおぞましさしか感じなかったその仕草に、言い表せない快感を感じた。
「どう、感じさせてあげようか?」
「感じさせて・・・満足させて」
「うふふ。あなたを満足させる事。これが第二の願いでいいわね」
「い、いいわ」
俺の形のいい唇から、自然とこの言葉が出てきた。別に望んでいた事なので、後悔はなかった。
悪魔の金髪美女は、あらゆるテクニックを使って、俺を感じさせた。
夜が明け、朝になり、昼が過ぎ、陽が暮れて、また夜が明け、朝が来て・・・
どれくらいの時間がたっただろう。悪魔は、いまだ俺の最後の願いを聞くことができていなかった。
それというのも、俺の興味があったのは、女ってどんな感じなのか。悪魔はそれを満足させようとするのだが、悪魔のテクニックに酔いしれる俺と、それを冷静に観察する二人の俺が、俺の中にはいた。俺は悪魔とのレズにはまりながらも、もっと他の快楽があるのではないかと、模索するものだから、何時までも満足する事がなかった。
二番目の願いを完了して、最後の望みを俺から聞かないと悪魔は、契約完了が出来ないのだ。契約途中で俺に死なれると、契約未完になってしまうが、それは絶対に許されない事だし、契約破棄もできない。となると、悪魔は俺を死なすわけには行かなかった。
部屋の窓から眺める景色はすっかり変わってしまった。窓の外では、数十年、いや、数百年の月日が過ぎてしまったのだが、俺の部屋は、悪魔が俺の二番目の願いを叶えようとした時からまったくその姿を変わることはなかった。いや、もう心底疲れ果ててしまった金髪美女の悪魔と、彼女のテクニックで、多少の事では満足できなくなってしまった女の俺以外は・・・
そして、時間の止まってしまった俺の部屋の前の世界はその様相を変えながらも晴天だった。