トワイライト・シアター
<朝起きると・・・>
提供・ビッフェコック見習い よしおか
朝、目が覚めてベッドから起き上がろうとしたとき、わたしは、身体がごわついていることに気がついた。ふと、ごわつくあたりを見ると、いつの間にか服を着たまま寝てしまっていたのだろう、いつも寝るときに着ていたパジャマじゃなくって、昨日着ていた服のままだった。
「服を着たまま寝てしまうなんて・・・わたし、そんなに疲れていたのかしら?」
それは、問題ではなかった。わたしは着たまま寝たのでしわだらけになった服を脱いだとき、それよりも、大変なことに気がついた。着ていた服にべっとりと付いた血がセーラー服を赤黒く染め上げていた。
「きゃ〜〜〜。」
ごく普通の学生のわたしの服になぜ、こんなに血が付いているの。わたしは、いったいなにをしたの。そんな自問自答しても、記憶がなかった。
わたしは、脱いだセーラー服を全自動の洗濯機に放り込むと、漂白剤を一本丸ごと入れて、洗剤を何倍も入れると、スイッチを入れた。ジャ〜っと言う音とともに洗濯層に水がほとばしり、溜まっていった。わたしは、その場をそそくさに、離れると、ベッドの中にもぐりこんだ。
「あの血はなに?何であんなにべっとりと付いていたの。わたしはなにをしたの。」
シーツをかぶって、がたがた震えているわたしの鼻に、生臭いにおいがした。よく見ると、シーツにもべっとりと血がしみこんでいた。わたしは、飛び起きて、ベッドからのけぞると、部屋の隅っこでがたがた震えだしてしまった。
「何でこんなことになるの。わたしが、何かしたというの。誰か教えて・・・」
その時には、わたしには、わからなかった。あんな恐ろしい事実が隠されていようとは・・・
わたしは、ふらふらと部屋を出ると、キッチンに行った。そこには、身寄りのなくなったわたしを引き取ってくれた叔父夫婦が、いるはずだった。その思いは当たったが、そこにいたのは、椅子に腰掛け、お互いにメッタ突きにし、首を真一文字に切って死んでいる二つの血まみれの死体だった。二人を見たわたしは、気が狂わんばかりに、大きな悲鳴を上げた。
それからしばらくして、わたしの悲鳴に異常を感じた近所の人の通報で、警察が到着した。錯乱状態のわたしを、発見すると病院へと運んでくれた。そこで、わたしは、鎮静剤を打たれ、朝からの続けざまの出来事に疲れ果てていた身体を休ませることが出来た。
目覚めると、見知らぬ男性が三人と、看護婦が、カルテを持って枕元に立っていた。
「気が付きましたか。もう大丈夫でしょう。警察の人が事情を聞きたいそうですが、話せますか。」
白衣を着たやさしそうな中年男性が、わたしを気遣うように聞いてきた。わたしは、不安げな顔をしながらも頷いた。
「5分だけですよ。」
そういうと、その医者と、看護婦は席をはずした。
「大変なときに申し訳ない。わたしは、県警の河原崎と申します。こっちは、所轄署の渡辺です。仕事なもので、許してくださいね。」
少し頭が禿げ上がったほうの刑事?が、優しくそういった。
「あなたのお名前は?」
「篠田鮎子です。」
「亡くなった佐々木啓二さんの姪御さんですね。」
「はい。」
わたしは、頷いた。
「叔父さん夫婦は、あなたに優しかった?」
「は、はい。」
わたしは戸惑いながらも答えた。死んだ叔父夫婦を悪くは言いたくなかったからだ。
「そうではないでしょう。あいつらは、あなたの財産を狙っていたはずだ。他人の前では優しかったが、他人の目がないと、あなたをいじめていたはずだ。」
若い刑事が、決め付けるように、わたしに言った。
「そんなこと、そんなことありません。死んだ叔父夫婦の悪口を言うつもりはありません。いくら殺し合ったとしても・・・」
「そうでしょうね。こちらが悪かった。おい、謝れ。」
「す、すみません。」
若い刑事は素直にわびた。その、すまなそうな顔が妙に可愛く、わたしは微笑んでしまった。
「うんうん、少し落ち着いてきたようですね。でも、もうすぐ時間だから、もうひとつだけ。どうして、叔母さんの死んだと思われたのですか?」
「エ、生きているのですか。叔母様は・・・」
「ええ、意識を戻しましたが、まだ、不安定なので、尋問は明日以降になるでしょうね。それでは、失礼いたします。あ、そうそう叔母さんの病室は、405号室です。それでは、また。」
刑事たちが出て行き、一人になると、わたしは、考え込んでしまった。
『叔母が生きている。このままでは、わたしが危ない。何とかしなくては・・・』
わたしは、消灯の時間を待って行動をすることにした。見回りが通り過ぎ、病院内が静かになると、わたしは起きだして、そっと病室を出て行った。そして、刑事が告げていった405号室の前に立った。あたりには人影もなく、わたしは、そっと病室の中に入った。そして、生命維持装置に囲まれて、ベッドに横たわる叔母のそばに立つと、ささやいた。
「叔母様、叔父様が、待っていらっしゃるわよ。」
そして、装置の電源コードを引き抜いた。と、その瞬間、部屋の明かりがつき、わたしは、数人の警官に取り囲まれた。
「そこまで、篠田鮎子。いや、佐々木鮎一郎。佐々木夫妻殺害容疑で逮捕する。」
そういうと、昼間の中年刑事が、わたしの手に手錠をかけた。わたしは、急に足が萎え、その場に崩れてしまった。
「河原崎さん。いったいどういうことなんです。奴はなぜ、鮎子と名乗ったんでしょう。それに、実の親を叔父夫婦だとか言ったりして・・・」
「それは、精神科のお偉い先生の講釈を聴かないとなんともいえんがな。奴は昔から違和感があったのだろう。」
「女装をする自分に対してですか。」
「いや、男だと言う自分に対してだよ。それを押し隠していた。だが、その思いが漏れ出して、隠れて、女装をしていた。それを、母親に見つかり、父親に攻められ、女装を辞めさせられた。そして、奴は、自分の持つ不安を誰にも話せなくなった。それが、鮎子を産んだ。」
「止められた憎しみから生まれた彼女は、彼女自身意識することもなく、両親を殺した。それも、自分をいじめる叔父夫婦として。」
「そんなところだろうな。常識にとらわれた悲劇かもな。」
「そうですね。でも、河原崎さんは、なぜ、奴を怪しんでんですか。」
「勘といいたいところだが、検視官が、面と向かってあんな首の切り方は出来ないと言ったんだ。争っているにしては、切り方が綺麗に横一文字だし、二人とも同じ切かただ。誰か、別の者がいたとね。それに、微量だが、二人からは、睡眠薬も検出された。二人をぼんやりとさせるには十分だったろうな。」
「なるほど。さすが、河原崎さん。」
「ちゃんと検視報告書に書いてあったぞ。ちゃんと読め。」
『ククククク、これで、俺は可愛そうな、性同一性障害者か。ふん、まあいいさ。あのうるさい親父とお袋を始末できたんだから。それに、遺産は俺のものだ。一時的な精神錯乱。と言うことになるからな。ちょっと我慢すれば、俺は金持ちだ。ククククク、わははははは・・・』
彼は、冷たい留置場の中で、声も立てずにひそかに笑った。それは、妖しき悪魔の笑いだった。
お品書き説明
この前菜は、他のサイトで、あいこ。さんが書かれていた『血まみれの服が・・・』にヒントを受けて書いてみました。はたして、鮎一郎の計画は成功するのでしょうか。それは、あなたのご想像にお任せします。それでは、またここでお会いしましょう。
よしおかさん、連弾投稿ありがとうございます。
ややもすれば奇異に受け止められがちな[性嗜好]を茶化す事なく、真っ正面から受け止めて、このように文章に昇華させる事が出来るのは、文章作成の能力だけでなく、恐らくは よしおかさんの生まれ持った魅力なんでしょう、触れ合った人達が感じる、その奥深い思いやりと気配りがソースになっているからなんでしょうね。
辞令を交付します。
免除する旧職制:ビッフェのコック見習い
交付する職制:TWILIGHT TRAIN展望食堂車 名誉支配人
今後ともよろしくお願いします。