トワイライト・シアター

百物語

語り部・よしおか

 

 私は、結構怖い話って好きなんですよね。だから、ついつい知り合いに怖い話をせがんでしまうんです。

 これは、そんな私に友人が語ってくれた彼の勤める会社の先輩が体験した話なのですが・・・

 

「これは俺が高校時代に体験した話なのだが、俺の小学校からの親しい友人が急死したんだ。仮にTとしておこう。死んだTは両親と中二の妹の四人家族で、母親と妹はTの急な死にショックを受けて、寝込んでしまい、父親は葬儀の準備とかで忙しいし、親戚は遠方にいるので、通夜に集まったのは、近所の人や、両親の仕事関係の人や俺たちのような友人たちだった。Tはまだ高校に入ったばかりだったので、集まった友達といっても俺たちみたいな中学のころの仲間や、高校でできた友達が23人といったところだった。

 昨日まで、馬鹿を言っていたTの急な死に、俺たちは実感として彼の死を感じることができなかった。お棺の中に横たわるTの死に顔は安らかでまるで眠っているようだったからなおさらだ。俺はTの死に顔を見ていると「永眠」という言葉が理解できる気がした。

 「あいつは何で死んだんだ?」

 「朝、なかなか起きないので、妹さんが起こしに行ったら冷たくなっていたそうだ。若年性心筋梗塞というそうだ」

 「じゃあ、あいつのことだ。自分が死んだことにまだ気づいていないかもな」

 そんな不謹慎なことも平気で言えるほど若かったんだなぁ。通夜といっても、俺たちは何もすることもなく、時間をもてあましてくだらない話をしては、気のないわざとらしい笑いをたてた。俺たちはなにをしたらいいのかわからず、それでいてこの場を離れることもできなかった。いくら退屈でも帰ることができない雰囲気があったからだ。音楽を聴く雰囲気でもなく、馬鹿話で盛り上がる空気でもないので俺たちが時間をもてあましていると、俺たちから離れたところで、酒を飲んでいた近所のおっさんたちが俺たちに声をかけた。

 「君たちは、彼の友達か」

 「え?ええ、そうです。俺たちは中学のころの仲間で、そっちは高校の同級生だそうです」

 俺たちとは別に固まっていた高校の仲間のほうを見て言った。

 「そうか。君たちの年ではお通夜なんか初めてだろうなぁ。お通夜では亡くなった人の思い出や、好きだったことを話して、亡くなった人を懐かしみ、冥福を祈るんだが、仏様は若いからなぁ。彼が好きだったことでも語り合おうか。彼の好きだったことはなんだい?」

 「あいつが好きだったことですか?スポーツとかに興味はなかったし・・・怖い話かな?」

 「そうそう、中一の時の夏休みの読書感想文に稲川の怪談実話の感想を書いて、国語の戸田にどやされていたなぁ」

 「チ、チミは、ポクをパカにしているのかね」

 「あはは、そっくりだ」

 仲間の一人が中学時代の教師の真似をしておどけた。あまりそっくりだったので、俺たちは受けた。

 「う〜ん、お通夜に怪談はなぁ・・・ほかには?」

 「え〜と、ガンダムブレートソードとか、アイシルフィード・30とか・・・」

 「萌えちゃんハ〜イとかもあったなぁ」

 「なんだそれは?」

 「え?あいつが好きだったアニメとかゲームです」

 「漫画か。高校にもなってまだそんなものを」

 「いや、うちの娘も見ているぞ」

 Tの好きなアニメの話から通夜に来ていた近所や父親の仕事仲間の間で、いまどきの子供の話が盛り上がった。とは言っても、俺たちにとっては決して面白いものではなかった。

 「お前たちも漫画ばかり見ているのか!大体いまどきの子供はだなぁ」

 酔った大人の一人が俺たちに絡んできた。

 「やめろよ。俺たちのころも似たようなものだっただろうが。君たちすまないなぁ。こいつ少し飲みすぎていているんだ。許してやってくれ」

 「は、はあ」

 絡んできた大人をたしなめてくれた人の顔を立てて、俺たちは何も言わなかった。俺たちに絡んできた大人は、まだぶつぶつ言っていたが無視することにした。

 「不謹慎かもしれないが、仏が好きだったのなら、いいかもしれないなぁ」

 そう言って、大人たちの一人がそう言って語りだした。

 「これは、俺のおばさんから聞いた話だ。親父の妹なのだが、男勝りな人で。その人が高校生のころの話なのだが・・・」

 そう前置きするとその人は不思議な話を語りだした。

 

 「叔母が通っていた高校というのはできたばかりの新設校で、建物はおろか、その設備も新しかったそうだ。他の高校に通う友達たちの学校は、建物も設備も古臭く、羨ましがられていたそうだ。ところが、新しいものばかりのはずのその学校の叔母さんたちの教室の一番後ろの席に置いてある誰も座らない机と椅子は、古くてガタのきた木製もので、なぜそんなものがこの教室においてあるのか誰も知らなかったそうだ。担当の先生に聞いてもわからず、ただ、決して近寄らないように言われていたんだ。でもそういわれると、触りたくなるのが若さだ。ある日その机に・・・」

俺たちは、その大人の人と怪談大会を始めた。周りの人たちは、通夜の席で怪談を始めた俺たちを、あきれたような冷たい視線で見ているだけで、参加しようとはしなかった。

 それからしばらくたって、Tの父親が、葬儀の打ち合わせの途中で、通夜の席上に挨拶に来たんだ。母親と娘は寝込み、会社や近所の奥さんたちが手伝ってくれるといっても、ほとんど一人ですべてを取り仕切らなくてはならないから、彼の親父は心なしかやつれていた。ほかの人から俺たちが怪談を話しているのを知ると、ふと懐かしそうな顔になった。

 「ありがとう。それがあいつの一番の供養かもしれないな。あいつは人一倍怖がりのくせに、怖い話が好きで、夜一人で眠れなくなるのに、私によく怖い話をせがんだものです。どうぞ息子にも聞こえるように話してやってください」

 挨拶も終わり、そう言い残すと、Tの父親は葬儀の打ち合わせに戻っていった。俺たちは、そばにTがいるかのように怖い話を続けた。さっきまで俺たちを睨み付けていた人たちも、いつの間にか加わって、怪談大会になっていた。

 どれくらいたったのだろう?Tが横たわる祭壇のろうそくがかなり短くなっていた。

 「というわけで、それ以来彼を見たものはいないんだ。あの受話器から聞こえてきた声が何だったのかいまだわからないそうだ。」

 怪談もひと段落ついて、俺たちは眠くなってきていた。大人たちは、俺たちに先に眠るように言ったが、俺たちは眠いながらも寝る気にはならなかった。と、また誰かが話し始めた。

 「これは、僕が見た夢の話なんだけど・・・」

 それはどこかで聞き覚えのある声だったが思い出せなかった。

 「ちょっと寝苦しい夜だったんだけど、僕は無理して眠っていたんだ。暑い暑いと言っているうちに、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。どれくらい眠っていたのだろう?僕はどこかで見たことのあるような家の中にいた。それは自分の家じゃなかった。誰の家かはすぐにはわからなかった。僕は家の中をうろうろと見て回っているうちに、居間の前に来ていた。すると、中から誰かが話している声が聞こえた。僕は開いた襖の陰から中を覗き込んで、息を止めた。

 居間の中にいたのは、父と母と、母方の叔母の四人だった。四人はテーブルを挟んで向かい合って座っていた。父と母、二人の叔母たちといった位置関係だった。

 「・・・・だ。」

 「でも、もう・・・」

 「しかし、・・・は、あなたたちの・・・なのよ」

 「それでも・・・・」

 四人は真剣な顔をして話し合っていた。母は泣きじゃくり、父は怒りをあらわにして、叔母たちに迫っていた。叔母たちはそんなことを気にする様子もなく冷静な顔をして、二人に何か言っていた。肝心なことは僕には聞こえなかった。

 僕はその光景を見て恐ろしくなった。両親と話し合っている叔母たちはもうすでに死んでいるんだ。死者と両親が話しているんだ。感情的になっている両親と、冷たいほど冷静な死者の叔母たち。僕は思わず両手を合わせて声を出してお経を唱え始めた。『南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・』何度も何度も唱えたんだ。ただ一心不乱に・・・」

 そこまで彼が話したときに、俺はその声の主を思い出した。俺は思わず周りを見回した。だが、まだその声の主に気づくものはいないのか。その場にいた全員、その話を聞き入っていた。俺はそばに座っていた奴の身体をひじでつついたんだ。奴は、真剣に聞いていたのを邪魔されて俺をにらんだ。俺は奴がにらんでいるのもかまわずに、俺に気にかかることを奴の耳元でささやいた。最初は奴も信じていなかったが、だんだんと奴の顔色が変わっていった。それに、俺以外にもこのことに気がついた友人の顔が青ざめていった。俺たちはきょろきょろと辺りを見回して声の主を探した。そして、俺たちは声の出所を見つけた。だが、俺たち以外の大人たちはまだこの声の主の正体に気づいていなかった。

 「で、目を覚ますと、僕は身を丸め両手を合わせて拝むような格好で眠っているんです。その顔は恐怖に引きつり青ざめて顔一杯に脂汗を流し、背中も汗でびっしょりと濡れていました。我ながらその姿におかしくなり笑ってしまいました。ふと時計を見ると時計の針は三時を指していました。できすぎた話ですよね」

 そして、彼は語り終えた。大人たちは、まだその声の主に気づいていなかった。そのことに気づいていた俺たちはその場にいることはできなかった。俺たちはなんとか言い訳をするとTの親父さんへの挨拶もそこそこに通夜の席を立つとその場を去った。

 もう、午前二時を過ぎた夜の道、大の男といってもさっきのような事があった後では、さすがに一人では帰れない。俺たちはみんなで一番近い奴の家に泊まることにした。

 「さっきの声は、あれは・・・」

 「言うな。やめないと泊めないぞ」

 「でも・・・」

 そう言いながらも、もうだれもさっきの事について言う者はいなかった。この時にはみんなあの声の主に思い当たりがあった。そうあの声の主はたしかにTだった。彼のお棺が祭られた祭壇から聞こえてきたTの声。誰かが言ったようにTは自分が死んだことに気づいていないのではないだろうか。だから、怪談の輪に加わったのじゃないか。そんなことを思っていると、ふと気持ちよい風が吹き、声がした。

 「ありがとう」

 それはさっき怪談を語っていたTの声だった。俺は思い直した。Tは自分の死を理解していた。そして、わざわざ集まった俺たちへのお礼のつもりでとっておきの怪談を聞かせたのだ。

 そう思うとさっきまでの恐ろしさが嘘のように消えていった。俺たちは心の中でTに言った。

 「最高の怪談をありがとうよ。ゆっくりとお休み」

 

 不思議な話でしょう?怪談を語る幽霊だなんて。でも、案外いるかもしれませんよ。貴方のそばでいっしょに怪談を聞いている人。その人生きていますか?