『微笑むセールスレディ』
提供・よしおか


こんばんは、皆様。
私の名は、妖木福子(あやきふくこ)
人間の心の奥底に潜む願望をかなえる商品を訪問販売しております。
さて、今夜のお客さまは・・・

いつの世も美しいものに憧れるのは人間の性でございます。
そこには男も女も老いも若きも関係ございません。
美の追求のための商品はそれこそ掃いて棄てるほどありますのに。

「はぁ、もうやだなあ、いっそ女にでもなりてえよ」
眠らない街、新宿。午前二時。
飲み屋のネオンに照らし出された細身の男が終電もとうに過ぎた山手沿線沿いに歩いている。

「いかがなさいました?かなり酔ってらっしゃるようですね」
「え?ああ、いやあ、こんな美女に声をかけていただくとは嬉しいやら、情けないやら。ウップ」
「あらあら、ご気分もすぐれない様子、すぐ先に私の知り合いのやっているお店があるので、そこで水でも飲んで休んでいきませんか」
「はぁ、な〜んだ。美女のお誘いと思ったら客引きですか。どうせ僕は女にもモテマセン、男の腐ったようなヤツですよぉだ」
そう言いながら、細身の男は前によろけながら眠りこんでしまった。

「あれ?ここは?」
「気が付きました?言いましたでしょう、私の知り合いのお店です。いきなり倒れてしまって、マスターにお願いして運んでもらったの」
「か、金ならないっすよ。もう飲んじゃったし、今日はカードもな、い」
男は額にあてられたタオルを取りつつ起き上がろうとした。
「大丈夫ですよ、ご心配なく。私はこういうものです」
差し出した名刺を片手で受け取り軽くつぶやく。
「『ヨクボウのカゲ、満たします』、風俗の人?」
「いえいえ、とんでもない。私はセールスレディですの。もちろん、風俗関係でもなければ保険勧誘でもありませんの。皆様が叶えたくてもかなえられないそんな心の隅にある欲望の影の部分を見いだし、それに見合った商品をお届けしているのです。なにかお悩みなんでしょう?よろしければお話しいただけません?」

男は少し不思議な面持ちで、でも福子の顔を見るうちに話し始めた。
「僕は地方出身者でようやく就職して東京の会社に入れたんです。ところが、自分でも仕事はそこそこ出来ると思うのですが、性格的に押しが弱く入社3年目にして、同僚からは差をつけられ、上司からは信頼も薄く、女子社員にいたってはバレンタインデーの義理チョコすら貰えない有り様で」
「なるほど、いわゆる男として認めてもらってないわけですね」
「そ、そうなんです。同僚なんて仕事じゃ僕には劣るわりに上司へのコネが厚くてラグビー部だった身体を自慢しては週末同じ課の女の子とデートで、これじゃあ何のために頑張って会社入ったんだか、もうバカらしくなっちゃって」
「見返してやりたい?」
「できることならやってますよ、でももう誰も僕を見てくれてない。このまま窓際族に追い込まれるのは目に見えてます」
「それは、貴男がうだつのあがらない男だからよ。ひょろっとして頼りなさそうだし、男性的魅力も全然無しっ」
「ははっ、初対面のあなたにまでそう言われるとは。もう生きる資格もないのかなあ」
「ええ、ないわね。いっそ、死にましょう、ね?」
「あぐ、あきれたな、もう終わりだ。最後に介抱してくれてありがとう。こんな美女に会えて悩みを話したらスッキリしてきたよ。さような・・・」
「ちょっとまちなさい。ほんとに死ぬつもりじゃないでしょうね。」
「えぇっ?あ、あんたが今、死にましょうっていったんじゃないか。それともやっぱり、保険に入ってくれとかかい?」
「違う、違うわ、男としての貴男は死んで女としてやり直すの。おわかり?」
「あぁ、そうですか、オカマやニューハーフになれって、そういうことか。死んだ方がましだよ。じゃあね」
「もう、気が早いわね。これを使ってごらんなさい」
大きめの漆黒のボストンバッグから取り出したのは一見ガスマスクのようであり頭の周りからビニール製の袋がついているものだった。
「こ、これは?」
「美顔器ってあるでしょう?小顔にしたり肌をより綺麗にしたり。これはその究極的美顔器、いえ、そうね美女顔器とボディパックといったところかしら。使えば誰もが思い通りの美女になれるのよ。そう、誰でも」
「こ、この男の僕にだって使えるというのか、で、でもだからといって・・」
「ご心配なく、明日から貴男は休暇を取りなさい。その間に美女器で誰もが振り返る美女になるの。私は会社に派遣社員の手続きをとって2週間後に美女になった貴女が同じ職場に入り込むのよ、当然仕事はできるんでしょう?」
「も、ちろんだとも、仕事に関しちゃ負けない自信はあるさ、でも誰も相手してくれないし、課全体の成績の為に置いてやってる風な雰囲気があって」
「そこよ。それで美女の貴女がやっぱり仕事をこなして、認めてもらうのよ。上司からも同僚からも女子社員からも」
「で?、結局それは僕が認められたわけじゃないんだろ?」
「ここからが大事。契約社員なんだから当然期限付きよね。でも大きな仕事をこなせるのだったら、会社は男のアナタより美女のアナタを欲しいから契約延長と言うかもしくは貴女を正式に雇うかもしれない。でも、そこで大失敗をおかすの。なんでもいいわ。とにかくそれで彼女は雲隠れして課は大混乱、そこへ貴男が帰ってきてさっとその問題を片付けるのよ。おわかり?」
「そ、そうか。でも上手くいくのかなあ、だいたい見かけが美女になって仕事ができたって女性らしい振る舞いなんて無理だよ
「いいえ、アナタはもうそれしか残された道はないのです。いいですか、必ず最後は男として仕事を片付け、みんなに存在をアピールするのです。けっして、女のままで居ようとは思わないでくださいよ、Dooownnnn!」
激しい衝撃と共に、男は暗黒の渦の中へと落ちて行った・・・・

 

「うぉほん、こちらが今日からうちに来てくれる杉本紀香(すぎもとのりか)くんだ」

「杉本紀香です。よろしくお願いします」

デブハゲ脂性の嫌われ部長のそばに立つ派遣社員の女性に、その場にいた男性社員はおろか、女性社員からも視線が注がれていた。男性社員の場合は、これから華やかに成る職場の明日を、女性社員は、嫉妬・・いや、彼女のあまりの完璧な美しさに敗北に満ちた視線を向けていた。杉本紀香。彼女は、伝説の美の女神が肉体を得たのならこうなるであろうというイメージ通りの美しさだった。

『みんなが俺を見ている。俺を無視していた女どものあの敗北感に満ちた顔、それに、男の俺に助平そうに鼻の下を伸ばしている野郎どもの情けない面。これは、これから楽しくなりそうだぞ。グフフフ・・・』

紀香は、少し顔を伏せ、誰にもわからないように肩を震わせて笑った。

「この書類。誰が作ったんだ!見積もりが間違っているぞ」

「なんだぁ?この発注は!桁が一つ違うぞ」

「だれだ!だれだ!だれだ!」

朝から紀香が配属された部署は怒号の嵐だった。

「すみません、すみません、すみません」

その嵐の中、紀香は、あちらこちらで頭を下げまくっていた。

『何で俺が頭を下げなければいけないんだ。俺はお前らの言うとおりに仕事をしただけだぞ。ただ・・・ちょっと修正は加えたけど。優秀な俺がこんなに謝って回らなければいけないなんて・・・』

パニックの原因になったミスは、紀香の勝手な判断による物だった。自分の起こしたミスによるトラブルだと言うのに紀香には、全く反省の色がなかった。それよりも、謝って行くうちに、段々と腹立たしく、自分よりも仕事の出来ない連中に頭を下げている事に情けなくなってきて、知らず知らずのうちに涙があふれてきた。

そして、一番小うるさいデブハゲ脂性の嫌われ部長の前で涙を流してしまった。

「あ、う、うん。誰にでもミスはある。それに君は来たばかりだしな。これからは気をつけなさいね」

いつもなら、2時間近くはネチネチと小言を言う部長が、あっさりと紀香を許した。

『え?なんで・・・』

紀香は訳がわからず、そのまま席の戻ると、その周りを男性社員たちが取り囲んだ。

「杉本さん、ガンバ!これくらいのミスは俺たちがカバーするよ」

「君には涙は似合わないよ」

「なに気障な事を言ってやがるんだ。だけど、杉村さん、後始末は俺たちの任せてくれよ」

紀香の周りに集まった男性社員たちは口々のそう言って、彼女を励ました。

「あ、ありがとうございます」

そう言うと、紀香は微笑んだ。それを見た男性社員たちは、生きのいい取立ての魚のようにはじかれたようにその場を去ると紀香の後始末に取り掛かった。

紀香は彼らの態度が理解できないまま、机の引き出しからコンパクトを取り出すと、自分の顔を写してみた。そこには、愁いの表情に涙を溜めた美女の顔があった。

その表情に、紀香自身も思わず衝撃を受けた。

『これならたしかにあいつらの態度も理解が出来る。俺でさえ自分の顔にドキンとしてしまったからな。なるほど、美女ってこれほどの力があるんだ。まてよ・・・この美貌も俺の実力だよな。これを使わない手はないな。ヒヒヒヒ・・・・』

紀香は、背を丸めて、肩を震わせて小刻みに笑った。

 

「うっふん、あっは〜〜ん。うう〜ん、こっち向いて」

あの日の夜から、紀香は自分のアパートに戻ると、大きな姿見の前で、いろんな服を買い集め、いろいろとコーディネートしながらセクシーポーズをした。メイクもいろんなHowto本を買い集めて研究した。

そして・・・・

「佐々木さん、オ・ネ・ガ・イ!」

「は、はい。やらせていただきます」

「久保さんは、これを・・ね」

「お、おう!」

紀香は、セクシーフェロモンでオフィスの男たちすべてを自分の言いなりになる下僕に変えてしまった。

「ククク・・・これが俺の才能なのだ。ガハハハ」

紀香は、美貌をフルに使って男たちを翻弄し、まさに働き蜂に君臨する女王蜂のような生活を始めた。

 

「杉本様、今日のメニューにはご満足いただけましたでしょうか?」

「まあまあね」

「あ、ありがとうございます」

超有名なフランス料理のオーナーシェフは、紀香の言葉に感動して、涙を流すほどだった。彼女のフェロモンは、オフィスの男ばかりだけではなく、彼女の周りの男たちも下僕に変えてしまっていた。

「紀香さん、今日は楽しかったです。今度はぜひ・・・」

「あら、このままお帰りになるおつもりなの?」

紀香の住む高級マンションに送ってきた世界的に有名な資産家の御曹司は、紀香の言葉に驚いた。今まで何人もの男たちが、彼女と付き合ってきたが誰一人、彼女の部屋へ誘われた者はいないからだ。

「あ、あの・・いいのですか?」

「お嫌かしら?」

紀香は、御曹司に優しく微笑んだ。

「い、いえ、光栄です!」

女遊びは飽きるほどしてきているはずの御曹司さえも、純な少年のようにさせてしまう紀香の魅力。

『ククク、これほどの資産家ならいいだろう。そろそろ楽したいし、この容貌の価値に値するのはこの程度は必要だしな。もし、駄目でも巨額な慰謝料が踏んだけるだろうからな』

紀香は、今までも何人もの資産家や権力者と付き合った中で、この御曹司を選んだのだった。

二人が、寄り添い、仲良くマンションに入ろうとした時、玄関の柱の影から、人影が現れた。それは、妖木福子(あやきふくこ)だった。

「お久しぶりです。でも・・・お約束を守っていただけないみたいですね」

二人は、妖木福子を不思議そうに見つめた。

「あら、お忘れかしら?紀香さん」

紀香は、福子を見つめて、表情を変えた。

「あ、あなたは・・・」

「思い出していただけましたかしら?」

二人の異常な雰囲気に御曹司は、福子に向かって言った。

「失礼じゃないか。待ち伏せをしているなんて。君はいったいだれないんだ!」

「い、いいのよ。先に部屋に行っててくださるかしら?」

紀香は、御曹司をマンションの中に入れて、部屋のカギを渡すと、福子の手を掴んで、人の気配のない暗闇へと連れて行った。

「いまごろなんなの?」

「あのときのお約束をお忘れみたいですね。あなたの才能を使って、周りの人を見返すはずでしたね。そして、男に戻るはず・・・」

「あら、この美貌も私の才能よ。この美貌を生かさないって、罪だわ。それに、わたしは女よ」

「そうかしら?その美貌は、わたしがお貸ししたもののはずですけど?それに、あなたは男」

「いえ、これは私のものよ。それに、わたしの何処が男だというの?もう帰ってよ。わたしは、この美貌で幸せになるんだから」

「そこまで仰るのなら、お貸ししたものは返していただきます。Dooownnnn!」
激しい衝撃と共に、紀香は暗黒の渦の中へと落ちて行った・・・・

 

「う、う〜ん」

目覚めると紀香は、自分の部屋のベッドの上に横たわっていた。

「え〜と昨日は、あの御曹司と・・・ちょっとやりすぎたかしら?女の快感て、すごいのよね・・・あれ?なんだか声がおかしいわ。少しやりすぎたかなぁ?」

紀香の横に眠っていた御曹司が、もぞもぞと動き出した。

「おきたの?あなた」

「ああ、紀香さん。おはよ・・・!?」

寝ぼけ眼を右手で擦っていた御曹司の言葉が止まった。そして、紀香を見つめる彼の表情が、変わっていった。

「お、お前は誰だ!」

「いやね。わたしは、紀香よ」

「お前が紀香さんである筈がないだろう!お前は誰だ。どうして、このベッドにいるんだ。紀香さんは何処なんだ」

「だから、わたしがのり・・・」

「やめろ!彼女の名を言うな!!お前みたいな痩せぎすの男が紀香さんであるはずがないじゃないか。彼女を何処にやった。本当のことを言わないと承知しないぞ」

「おとこ?」

恐ろしい剣幕で問い詰める御曹司に尻込みしながら、紀香は、ベッドから飛び降りるとバスルームへと駆け込んで、洗面台に取り付けられた鏡を覗き込んだ。鏡に写りこんだその顔は・・・

「ぎゃぁ〜〜〜〜」

福子は、マンションの下で、男の醜い悲鳴が響いてきた部屋のある階をチラッと振り返って、微笑んだ。

「初心を忘れてはいけませんわね。初心忘れるべからず。お〜ほほほ・・・」