トワイライト・シアター

100円ショップ

語り部・よしおか

 

最近、流行っているのか、100円ショップが、あちらこちらに開店しだしていた。近所には、大型チェーン店のダイナーもあったが、それの対抗するわけでもないだろうが、新しい100円ショップが、開店した。

新装開店の店を覗いてみるのは、結構おもしろいので、ボクは、休日には必ず、その店を覗いてみた。品揃えは、他の店とそんなに変わらないのだが、いろいろなコーナーを覗きながら店の中を見て歩いた。結構いろんなものが置いてあった。

「へえ、こんなものまであるのだ」

驚くほど雑多なものが、並べてあった。文房具、スナック菓子はもちろん、鉢やドライフラワー、食器、本、CD,ミュージックテープ、ビデオカセット、ディスク、フロッピー、化粧品、下着等々、いろいろとあった。

と、その中に、壁のハンガーに掛けられたフォトカードを見つけた。

「恋人が欲しい方は、お好みのカードをどうぞ?」

それは、恋人紹介のコーナーのようだった。

「これも、100円?」

いろんな女性のフォトカードがぶら下げてあった。そのフォトカードは、ひとつとして同じものはなかった。その隣にも、同じようなフォトカードが、掛けてあった。恋人のいないボクは、そのフォトカードの中から、好みの女の子の写真を選ぶと、手にとって見た。そのフォトカードを裏返すと、そこには、こんな恋人はいかがですか?という文字の下に、写真の女の子のプロフィールが、書かれていた。細かく書かれたプロフィールを読んで、自分の好みに合うことを確認すると、そのフォトカードを持って、カウンターに向かった。

「ちょっと、お待ちください。」

そういうと、女子店員は、店の奥に入って、一個の携帯を持って帰ってきた。

「これが、このカードに付きます。消費税コミで、105円になります。」

レジの女の子の言うとおりに金を出しと、商品を受け取って、その店を出た。こんな怪しげな商品を買うボクを、あの子は笑っているような気がした。だが、それはボクの思い過ごしかもしれない・・・多分違うだろうが。

携帯の使用契約もなく、フォトカードを買うだけでだけもらえたこの携帯。本当に使えるのだろうかと思いながら、入れてもらったビニル袋から取り出してみた。それは、機種はすこし古いようだった。だから、100円でも売れるのだろう。だが、携帯って、基本使用料で、儲けているのじゃなかったかなぁ。などと、要らぬ心配をしながら、携帯の電源を入れた。

「トゥルルルル・・トゥルルルル・・・・はい、・・・・です」

電源を入れただけで、その携帯は、写真の女のこのところに繋がってしまったのです。ボクは、あわててしまいました。テレフォンナンバーも入れていないのに、勝手に携帯が繋がるなんて。ボクは、あわてて、間違いダイヤルだと謝ると、携帯を切りました。

「どうなっているのだ?」

ボクは、説明書を探した。だが、説明書はなかった。ただ、一緒に入っていた写真をよく見ると、さっき電話に出た子が、あの写真の子と同じ名前だと言うことがわかった。

「この携帯は、あの子への直通だったのか?」

そんな考えが、ボクの頭に浮かんだ。女の子と知り合うチャンス。でも、本当に、この写真のような女の子だろうか?ボクは、そんなことを考えながらも、このせっかくのチャンスを生かすことにした。すぐに、電話するのは、おかしいので、しばらく時間を置いて電話することにした。

 

「はい・・・です」

さっきの女の子が出てきた。

「あの、携帯を拾ったので、電話してみたのですが・・・」

緊張して、すこしどもりながら、ボクは言った。

「携帯ですか?わたしの携帯は、ここにありますけど?どなたかとお間違いでは・・・」

やはり100円だもの。こんな落ちだろう。ボクはふとそんな気がした。女の子に縁がなかったボクが、女の子と話せただけでもいいか。そんな思いがしてきて、ボクは、彼女に詫びると、携帯を切ろうとした。

「ちょっと待って。その携帯は、どんな機種なの?」

切ろうとした時、彼女がそう聞いてきた。ボクは、出来る限り携帯の特徴を、彼女に伝えた。

「すみません。その携帯の後ろに、イニシャルが、入っていませんか?」

言われるとおりに、イニシャルが入っていた。そう告げると、彼女は、驚き。すぐに、ボクと会いたいと言ってきた。ボクは、急な展開に戸惑いながら、会う場所を打ち合わせした。

打ち合わせの場所で、ボクは、どきどきしながら、彼女の来るのを待っていた。約束の時間が近づいてくるに連れて、ボクは、彼女におちょくられたのではないかと、そんな気がしてきていた。突然、携帯をかけて来た見知らぬ男に会おうなんて、正気の沙汰ではないだろう。彼女が、15分すぎても来なかったら帰ろうと、そんなことを思っているときに、5分遅れで,彼女が、息を切らせながら駆けてきた。その後ろから、かっこいい男が、一緒に駆けて来る。どうせそんなことだろう。

彼女は、写真に写っていた以上にかわいかった。それに引き換え、こちらは、さえない男だ。携帯を渡したら、さっさと帰ろう。そう心に決めて、彼女が、ボクの前に来るのを待った。

「あの、携帯をくれた方ですか?」

彼女は、息を切らしながら、はずんだ声で、ボクに言った。彼女の後ろには、さっきのかっこいい男が、睨みつけるように、僕を見つめて立っていた。

「はい、これがそうです。それでは、失礼します」

そう言うと、ボクは、彼女に携帯を渡すと、立ち去ろうとした。

「待ってください。お礼がしたいのですが・・・」

ボクの足が、彼女のその声に止まった。もし、彼女一人だったら、その申し出を受けていただろう。でも、彼女の後ろには・・・ボクは、手を振ると、また、歩き出した。

「お兄ちゃんからも頼んで。これじゃあ、この方に失礼よ」

「急ぎの用がないのなら、ちょっとお茶でもどうだ。そうしないと、妹の気がすまないみたいなのだ」

「お兄ちゃん!」

彼女の声のトーンが、すこし変わっていた。

『お兄ちゃん?彼じゃなかったのか。でも、これだけかっこいいお兄ちゃんがいたのなら、ボクなんて・・・でも、ちょっとだけ夢を見てもいいよね』

たった一度だけの夢で終わるだろうが、ボクは、彼女たちの申し出を受けることにした。

ボクたちは、近くの喫茶店に入った。彼女のお兄さんは、超一流大学の秀才で、将来を嘱望されていると言うことだった。彼女も、有名なお嬢様学校の高等部3年の優等生だった。この兄妹に比べると、ボクはと言うと、名も知られていない5流大学を、一浪して、今年、やっと入った凡才だった。どんな美人コンテストでも優勝を狙えそうな彼女と、人ごみにまぎれたら見つかりそうもない平凡な容姿をしたボクでは、月とどろ饅頭。雲泥どころの差ではなかった。見た目よりも気取ったところのない、気さくなこの兄妹との楽しい時間を過ごし、彼女とボクは、話が合い、時間も忘れて、話し込んでしまった。それは、楽しい時間だった。その間、彼女の兄が、話しにはいろうとすると、彼女がそれを止めた。その時間の間、ボクと彼女は、まるで、愛し合う恋人同士だった。別れ際、ボクは、あの携帯の真実を告げるべきか、二度と会わないのだから、このまま別れるべきなのか、悩んだ。

このまま別れるのが、いいに決まっている。だが、ボクには、この兄妹を、騙したような状態で別れることに、気が重くなっていた。

「実は、この携帯ですが・・・」

嫌われることは、間違いないだろう。だが、ボクは、本当のことを話し出した。ボクの話を聞いている二人の顔を見ることは出来なかった。こんなことをしてまで、彼女を作ろうとした自分が情けなく、わざわざ来てくれたこの二人に申し訳なくて、涙がこぼれてきた。ボクは、話し終えると、テーブルにあの写真を置いて、伝票を握り締めると、逃げ出すように、席を立ち、それ相応の金額をレジに叩きつけるように置くと、レジの店員が、お釣りと叫ぶのも無視して、店を飛び出した。一瞬の淡い思い出とともに、こうしてボクの100円の恋も終わった。甘く、切なく辛い100円の価値しかない恋。いや、恋ともいえないだろう。ただの、ボクの憧れだから。それから、ボクは、あの店には行かなくなった。だが、しばらくすると、あの店が閉店したことを聞いた。やはり、大型店にはかなわなかったのだろう。あの携帯も、もう2度と手には入らないのだろう。欲しいとも思わないが・・・・

しばらくは、彼女のことを思い、何も手に付かなかった。自宅通学だったので、母親が、ボクの様子がおかしいと心配したが、あのことを言うことを言う気はなかった。ボクの心の中に秘めた思い出として、誰にも話さずにいるつもりだった。

 

あのことがあって、3ヶ月がすぎた。ボクは、悪友と一緒に、大学のキャンパスをぶらついていた。春が来て、ものめずらしそうに、辺りを見回す新入生の姿が、キャンパスのあちらこちらで見受けられた。一年前は、ボクもこうして歩いていたのだろう。ふと懐かしさに、顔の頬が緩んで、笑みが浮かんだ。

ふと、前を見ると、そこには、人だかりができていた。集まっているのは、男ばかりだった。

「お、ミス・キャンパスだな」

「ミス・キャンパス?」

「お前って、女に縁がないくせに、こんなことは疎いな。今年入った一年生で、美貌、頭脳ともに最高で、その上、性格もいいので、男たちが黙ってないのだよ。でも、彼女には、思いの人がいるみたいで、誰にもなびかないのだ」

「ふ〜ん」

ボクには関心がないことだ。忘れたはずだったが、いまだに、どうしても、彼女のことが忘れられずにいた。彼女の学校のそばや、通学路に行こうとしたこともあったが、自分が惨めになるだけなので、思いとどまっていた。彼女も、今は、どこかの大学に行っているのだろう。もしかしたら、あの学校の姉妹校である大学に通っているのかもしれない。かなり、程度が高いことで有名な大学だから、彼女にぴったりだろう。

ふと、そんなことを思っていると、目の前の男たちの塊が、左右に割れ、そこから、3人の女の子のグループが、現れた。左右の女の子も結構かわいいが、真ん中の、左右の子にサポートされた女の子は、彼女たち以上にかわいかった。

「あ!」

ボクは、思わず声をあげてしまった。その声に、顔を伏せていた真ん中の子が、顔を上げた。そして、美と慈愛の女神の笑顔はかくやと思うほどの、笑顔を浮かべると、まっすぐに駆け出した。

ボクは、思わず辺りを見回した。彼女が、どこに向かって走ってきているのか気になったからだ。だが、行き先は、すぐにわかった。激しい衝撃が、僕を襲ったからだ。

「会いたかった。会いたかったわ・・・・・さん」

その声は、涙声で聞き取れなかった。ボクの胸で、泣きじゃくる彼女を優しく抱きしめた。この瞬間、ボクは、大学、いや、他のところにもいるだろう彼女のファンの男子全員を、敵に回すことになった。

「あとで、しっかりわけを聞くからな。とにかく、この場をにげろ〜〜〜!」

悪友と、彼女をガードしていた女の子たち、それと、ボクと彼女は、その場から逃げ出した。彼女の手を握り、走り出したボクは、どんな困難があろうとも、この手を一生、離すまいと心に誓った。

彼女は、ボクに会うために、この大学を受けたのだそうだ。でも、あの時、ボクは、大学の名前を言った覚えがなかった。どうして、わかったのか聞いても、笑顔で答えるだけで、教えてくれなかった。

それから、ボクと彼女は、大変な妨害はあったが、公認のカップルになった。たのしいキャンパス生活を過ごし、なんとか3流会社に就職して、3年目に彼女と結婚した。そして、女の子が生まれた。いつまでも、美しく優しい妻、母親似のかわいい子供。ボクは、幸せだった。

 

「ねえ、おかあさん。どうして、お父さんと結婚したの?」

今年、中学に入った娘が、ダイニングテーブルのイスに座って、キッチンで夕飯の準備をしている母親に聞いた。

「どうしてだと思う?」

「う〜ん、娘のわたしが言うのもなんだけど、お父さんて、伯父さんみたいにカッコよくないし、ダサいし、さえない人なのに・・・」

「じゃあ、あなたは、お父さんが嫌い?」

「ううん、大好き。だって、優しくて、真面目で、バカが付くぐらい正直だもの」

「まあ、親をバカ呼ばわりするのじゃありません。フフフ・・・」

母親は、本気でしかるではなく、笑い出してしまった。

「そうね、たしかに、どうしようもなく正直よ。お母さんと、最初に出会った時も正直だった。わたしと伯父さんに、不正をしたと、泣きながら詫びて、逃げるように帰って行ったわ。伯父さんは、あきれていたけど、わたしは、もう一度、会いたいと思ったの」

「でも、お父さんは、あまり、自分のことは話さなかったのでしょう?」

「そうよ。でも、お父さんが、お母さんと出会えるきっかけの話は聞いていたわ。だから、お母さんは、そのアイテムを探したの。そして、そのアイテムを見つけて、お父さんと再会したのよ」

「それって、なに?」

「お母さんたちの寝室にあるバッグを持ってきて」

娘は、母親の言うとおりに、バッグを持ってキッチンに帰ってきた。娘から、バッグを受け取ると、バッグの口を開け、中から、小さなビニル袋に入ったフォトカードを取り出した。2枚のフォトカードと、それに挟まれて、受験票が入っていた。一枚は、若いころの母と、そのプロフィールが書かれていた。そして、もう一枚には、今と変わらずさえない姿の父親が写っていた。母親のプロフィールの上には、『こんな恋人は、いかがですか?』と書かれていた。そして、父親のカードのプロフィールの上には、『こんな伴侶は、いかがですか?』と書かれていた。そして、フォトカードに挟まれて入っていたその受験票は、父親の母校の受験票だった。

「お母さん、これは・・・」

「お父さんの時は、お爺ちゃんの携帯だったの。わたしのときは・・・ね。それに、お父さんは知らなかったのだけど、お父さんのカードは、恋人になれるだけなの。結婚まではしないのよ」

「でも、お母さんは、このカードで、お父さんのことを・・・」

「お店に人にきたら、このカードは、その人に合った人との出会いをセッティングするだけのものなの。だけど、その出会いのチャンスをどう使うかは、買った人次第なの。このアイテムがしてくれるのは、出会いのチャンスだけ。それ以上は、自分次第。わかった?」

「じゃあ、お母さんは、本当に、お父さんのことを・・・・ウフッ、お母さん大好き!」

娘は、母親の首に抱きついた。

「もう、まだまだ、赤ちゃんなのだから。さあ、早く準備しないと、もうすぐ二人とも大好きなお父さんがおなかをすかせて帰ってくるわよ。夕飯の準備を手伝ってくれる?」

「は〜い」

そんな、二人の会話も知らずに、ボクは、愛妻と、愛娘の待つ家路を急いだ。