トワイライト・シアター

ある信号機

語り部・よしおか

 

その日、ボクは、街の交差点に立っていた。歩行者用の信号機を見るためだ。といっても、信号機がなかったわけではなく、新しい信号機に変わったから、それを見に来ただけだった。

ただ、古い信号機から、新品の信号機に付け替えられたとか、ライトが、光が差し込んでもよく見えるとか、そんなことではなくて、止まれと進めのライトに描かれたイラストが、変わったのだ。

今までは、帽子をかぶった紳士のイラストだったが、それではつまらないという声があがり、交通安全協会は、信号機のイラストを公募して、その中から選ばれたイラストの信号機が、ここに設置されたのだ。新しいイラストの信号機第一号を見に来たというわけだ。

テストとして、信号機は、4台作られ、交叉点の四つの角に取り付けられた。ボクの正面にある信号機のイラストは、止まれが、スカート姿の女の子で、進めが、スーツ姿の青年だった。そして、ボクのほうのイラストは、止まれが、青年で、進めが、ポニーテールの女の子だった。

ボクの左側の方は、正面と同じイラスト配置だった。信号点灯まで、あと、20秒をきった。交叉点の中央で、交通整理をしているおまわりさんも、心なしか、緊張しているようだった。そして、信号機が点灯した。最初に進めが点いたのは、ボクが立っているほうの歩道に信号だった。ボクは、別に用もないので、歩道を歩く人たちを観察していた。こちらに歩いてくる人たちが、少し緊張しながら歩いてきているように見えた。

ふと、かわいい女の子を見つけると、ついついそちらのほうに目が行った。恥ずかしいので、見るとはなしにその子を見ていると、その子の姿がぼやけだした。そして、歩道の中ほどまで来ると、輪郭がわかるぐらいにぼんやりとしてきた。だが、こちらに近づいてくるに従って、その姿は、はっきりとしてきたが、その姿は、少年の姿に変わっていた。

「え?確かに女の子だったのに・・・・」

ボクは、自分の目を疑った。だが、それは、この少女だけに起こったのではなくて、こちらに歩いてくる女性すべてに起こっていた。こちらに歩いてくる女性は、すべて、男性に変わっていた。そして、驚くことに向こうに渡っていった男性は、女性に・・・・

渡りきった人たちは、自分たちの変化に気づかないのか、そのまま、自分の目的地へと歩き去っていった。信号が変わり、ボクの左側の歩道でも、同じ現象が起こっていた。何組かのカップルも通り過ぎたが、だれも気づかないようだった。ただ、気づいたカップルや、自分の変化にうろたえる人もいたが、騒ぐそれらの人をだれも気にかける様子はなかった。

これらの現象を観察していて、ボクは、あることに気が付いた。歩道を渡って変化しても、また渡りなおすか、横の歩道を渡れば元に戻れるのだ。ボクは、イラストが、女の子が進めになっている正面の信号に向かって歩き出した。戻れるのだから、一日、女の子を体験するのも言いかも知れない。

ボクの歩調は、異性への好奇心で、いつのまにかスキップを踏んでいた。

また明日、この交叉点に来ればいいのだから・・・・

 

『7時のニュースです。

 本日、午前9時ごろ。A交叉点にて、テスト点灯された新イラストの信号機で、トラブルが発生しました。詳しいことは、発表されていませんが、この事態を重く見た県公安委員会、交通安全協会、および警察は、事態収拾のために、新イラストの信号機を回収しました。

 さて、次のニュース。本日未明・・・・』