『小袖の手』
その質屋は栄えていた。
温和な人柄の主人が代々店を継ぎ、国一番と評されるまでになった。
だが、質屋である以上、恨みを買うことも多い。
そのためか、現当主には四十路を越えても嫁のなり手がいないというありさまであった。
五代続いた店を絶やすわけにはいかない。
四方八方手を尽くしたが、なぜだか彼の元には縁談が舞い込むことはなかった。
そうなると親戚も何か裏があるのでは、と養子縁組することも拒むようになった。
そんな中、彼の店に小袖が一重ね持ち込まれた。
彼は一目でその美しい椿の小袖を抱えてた娘のことを気に入ってしまった。
風の噂によるとその娘は母を亡くし、父親も病気になっているという。
ならば、生活も立ち行かなくなっていることは明らかだ。
付け入る隙はある。
それから彼の陰湿な攻め手ははじまった。
娘に対して執拗に取り立てを行い、彼女とその父は追い詰められていった。
長屋の一室を訪れると、土下座をする娘に彼はささやいた。
私のところにくれば楽な暮らしをさせてやる。貸した金も返さなくて良い。
娘は額をつけたまま、一晩考えさせてくれ、とだけ呟いた。
自分の手に落ちた。
彼は確信した。
次の朝、父子は冷たくなっていた。
彼は嘆いた。
だが、死んでしまった者を妻とすることは出来ない。
騒動になっている長屋をこっそりと後にした。
店に戻り、かけてあった小袖を眺め続けた。
彼の取立てで二人は死んだようなものだ。
噂が流れたのか、その日は店に来る者はいなかった。
昼が過ぎ、日が沈みはじめても、彼は微動だにしなかった。
ただ娘のことだけを思い続けていた。
そこに、ふ、と彼の頬を撫でる者があった。
人などいるはずもない。
しかし、たしかに人の手だ。
二度、三度。
夕闇の中で目を凝らすと、小袖の口から白い腕が生えていた。
驚愕し、逃げ出そうとした彼に着物が降りかかってきた。
その身体を冷たい指が這い回る。
大声をあげて転げまわるが、彼を掴んだ手は離れる気配はない。
それどころか、彼に自分を着せるかのような動きを見せはじめた。
前身ごろが合わさりあい、どこからか帯まで現れた。
もはや自らの意思で動くことすら出来なくなっていた。
無骨な男の手と細く白い小袖の手が重なり合い、一つになる。
すでに彼は彼でなく、命を絶った娘の姿へと変じていた。
その夜から、質屋の主人はいずこかへと姿を消し、質屋の主人が懸想していた美貌の若い生娘が、いつの頃からか、店に居ついていた。
質屋の主人への憶測、中傷、噂が飛び交ったが、消息は要としてわからなかった。
娘は変わり者で、決して自ら化粧をしようとはしなかった。だれにも告げなかったが、娘は鏡に映る自分の姿が恐ろしかったのだ。水鏡に映る己の姿さえも見ることが出来なかった。
だが、こんな変わった娘でも、世話を焼く人が居て、一年後には婿を向かえ、店はますます栄えたという。
どっとはらい
お詫び
うずらさんファンの皆様。うずらさんのお話の最後の方に無理やり加筆させていただきました。お詫び申し上げます。^^;