『枕がえし』

 

家があった。
山からの吹き降ろしが直接当たるさびれた家だ。
古老は座敷童に逃げられたと伝えている。
そんな古い民家に一組の夫婦がやってきた。
挨拶回りをしようにも、すでに日は暮れかけていた。
夕餉は旅籠で作った握り飯ですませ、すぐに布団を引いた。
ようやく落ち着く場所を手に入れた。
そう、彼らは安堵した。

遠くの鶏の鳴き声で彼らは目を覚ました。
おかしい。
夫の使っていた枕が逆になっていた。
そのくせ寝苦しくて、暴れたにして布団不自然に整っていた。
しかし、悩んでいてもしかたがないと判断した彼らは、朝餉の準備を始めた。

村中に挨拶も終わり、再び家で一息をついた。
昨日は気づけなかったがたが目に付きだした。
ただ、直すにも時間も労力も必要だ。
すぐにすぐ、というわけにはいかない。
これからゆっくり自分たちの家にしていくのだ。
春になるころには子供も出来るだろう。
時間はたっぷりある。
明日に備えて、英気を養おう。

朝、枕の向きが変わっていた。
次の日も、次の日も、次の日も。
次第に夫は眠ることに恐怖を覚えるようになっていった。
その一方で、妻は農作業と家事の疲れを取るために、睡眠を貴重に思っていた。
いつも妻が寝てしまう。
夫にとってはそれが不満だった。
自分がこんなに悩んでいるのに、と。
うたた寝をするだけで枕の向きが変わってしまう。
その恐怖を分かってくれないことに。
明け方、彼は思いついた。
膝枕ならどうだ。
いくらなんでも起きてる人間は動かせないだろう。
最初、妻は難色を示したが、一刻だけということでしぶしぶ頷いた。
これで安心して眠ることが出来る。
しかし、彼の期待は即座に裏切られることになる。
意識が落ちたと感じた瞬間、彼は正座をしていた。
ひざの上には男の頭。
そして自分の服装は妻のそれ。
妻も目を覚まし、すぐさま気を失った。
彼は口を開け閉めするだけで、何も発することが出来なかった。
くけけけ、くけけけけ、と不気味な笑い声だけが虚空に響いていた。