ウェディング
町外れの小さな教会で、今まさに一組の新しいカップルが生まれようとしていた。
「病める時も、健やかなる時も、お互いに慈しみ、愛し合い、・・・」
という、お決まりの言葉を、神父が継げるのを、若い二人は、神妙な顔つきで聞いていた。
そして、神父は、静かに言った。
「それでは、誓いの口づけを・・・」
二人はお互いに向かい合うと、新郎は、頭に花のリングをかぶり、白いベールで顔を隠した花嫁のベールを持ち上げ、すこし震える花嫁の顔を見つめた。
マリンブルーの瞳、麦秋の頃の麦の穂のように、美しい髪、天空より舞い降りるホワイトパウダーよりも白く決め細やかな肌、そして、どんな人形よりも整った顔立ち。彼女は、彼の女神だった。
二人の唇が、重なろうとした瞬間。それは、起こった。
「すまん。やっぱ、男とは、キスできねぇわ。お前は好きだけど、どうも・・・」
突然、花嫁はそういうと、キスをやめ、花婿に謝った。
「お前はいい奴だから、きっといい娘が見つかるよ。じゃあな。」
そして、花嫁は、唖然とする花婿を残して、教会の出口に向かって駆け出した。
「はっ!ジェ〜ン、どうしたのだ!」
花婿は、我に帰ると、教会の扉を開け、まさにでかかった、花嫁に駆け寄り、引きとめようとした。が、教会の赤いジュータンに足を滑らせ、花嫁にタックルしてしまった。そして、二人は、教会の表へと、飛び出してしまった。教会の数段の階段を二人は、抱き合ったまま転げ落ちた。
「ジャック ジャック ジャック・・・」
どこか遠くで、彼を呼ぶ声がしていた。
「うう〜ん」
彼が目を覚ますと、そこのは、鏡があった。
「ジャック。気が付いたかい。」
それは、おかしな鏡だった。彼は、仰向けに寝かされていたのに、その鏡は、彼の目の前にあるのだ。そう、彼の鼻先に、それも横向きに彼の顔が映っていた。
「う〜ん、ジェーンは、どこだ。それにこの鏡は・・鬱陶しいなぁ。」
「ジャック。気が付いたみたいだな。よかった。」
鏡の中の彼は、彼がしゃべっていないのに、口をあけ、声も聞こえていた。それは、いつもとどこか違っていた。
『え?今しゃべっていないのに、何で鏡がしゃべるのだ。それに、そんなこと、しゃべるつもりはないのに・・・』
彼は、その場の異常さにだんだんと気づき始めた。そして、起き上がると、鏡を触ってみた。
「触れる。それも、立体的に・・・これは、鏡じゃない。これはいったい?お前は誰なのだ。」
「まあ、落ち着いて・・・」
「これが落ち着けるか。お前は誰なのだ。何でボクと同じ格好をしているのだ。ジェーンはどこだ!」
彼にそっくりの男は、彼の顔の前に手鏡を差し出した。その手鏡には、最愛の美しい娘の顔が映っていた。顔には傷ひとつなく、輝くばかりの美しい金髪が、肩に優しくたれていた。
「ジェーン、ここに居たのかい。心配したよ。ジェーン・・・・?」
鏡の中のジェーンは、彼に語りかけていたが、その声は、すぐそばから聞こえていた。すぐそば・・そう限りなく彼のそば、彼の身体の中から。そして、彼女の言葉は、彼が言わんとすることをそのまま言葉にしていたのだ。
「ジェーン、なんで?どうして。怒っているのかい。」
「ジャック、現状を受け入れろ。見たままの事を信じるのだ。」
「なにを?どうして、なにが起こっているのだ。どうしろというのだ。」
「現状を受け入れろといっているのだよ。」
そういいながら、彼にいた男は、彼の胸を掴んだ。彼の胸を・・・?
「これでも、お前は、現状を認めようとはしないのか。」
男に胸をもまれながら、彼は、言い知れぬ感情に包まれた。そして、男ではありえないことをしてしまった。
「あ、あ〜〜ん。」
彼は、自分の豊満な胸を揉まれながら、声をあげてしまったのだ。
「どうだい。わかったか。お前は、俺になったのだよ。ジェーンにな。」
「ジェーンに・・・それじゃあ、君は、ジェーン?」
「そうだよ。医者の話では、教会の階段を抱き合ったまま転げ落ちたので、入れ替わったのだろうということだ。これは、アメリカでは、珍しい症例らしいが、ジャパンでは、有名な症例らしい。なんでも、Tenkohshe(転交性)という症例らしい。」
「元には・・・戻れるのだろう?」
「同じ階段で、もう一度、抱き合って転げ落ちれば、戻る可能性はあるらしい。だが、俺は戻るつもりはないぜ。」
「何でだよ。君は、女だろう?」
「まだ、気づかないのか。俺は、誓いのキスをする寸前に、あの病気が、発病したんだよ。」
「精神男性化症候群・・・」
彼は、おそるおそる、あのおぞましい病気の名前を口にした。
「そうだ。だから、お前とは結ばれないと思っていたが、この身体だと、今の精神とフィットしているし、お前は、ここにいる。これで俺たちは、結ばれるな。さ、誓いのキスをしようか。」
「い、い、いあ・・・」
彼は、叫ぼうとする口を、彼になったジェーンによって塞がれてしまった。
「さあ、これで、二人は結ばれた。これからもよろしくな。ジャック。いや、ジェーン。」
そういいながら、彼になったジェーンは、彼女になったジャックのウェディングドレスを脱がしだした。
あまりのことに、放心状態になったジャックは、なされるままに、身を任せた。そして、ジャックの頭に神父の誓いの言葉が浮かんできた。
『死が二人を分かつまで、この二人を夫婦と認めます。』