躍進の秘訣

 

  驚異的躍進を続けるある会社の人事部長にインタビューを取り付け、俺は、助手といっしょに会見場所の第二応接室で、若林豪に似た人事部長と対面していた。

「と、いうような体制によって我が社は、人事を行い、適材適所の人員配置を可能にし、その者の能力を限りなく発揮できるようにした結果です。」

  俺は、黙って人事部長の話が終わるのを待っていた。

「はい、インタビューありがとうございました。しっかりとれたか。」

  俺は、振り返り、助手に聞いた。肯くのを確認すると、俺はテープを止めるようにいった。

「さて、建前はここまでにして、これからは、本音で行きましょう。」

「本音とはどういうことですか。私は、本当のことをお話したはずですがね。」

「そうですかね。じゃあ、2年に一回の人間ドックはどうですか。」

「あれは、社員の福利と健康を考えて行っているもので、社員からは感謝されていますよ。」

 「果たしてそうかな、俺が調べたところでは、人間ドックから帰ってきた社員の中にはすっかり人が変わったものが何人もいるということですがね。」

「それは、今まで気づかなかった体調の変化が、発見でき、ベストの状態になれたからですよ。」

「そうですかね、今までできなかった外国語が急にできるようになる社員や、ドン臭かった社員が、理解も早くバリバリと仕事を仕出したとかね。体調が変わっただけでここまで変わるとは思えませんがね。」

「君は何がいいたいのかね。」

「それをお聞きしたいのですよ。」

 そう言うと、俺は助手に持たせていたカバンから、リポートを取り出すと、人事部長の前に放った。

「これは、いったい。」

「読んでもらったら分かりますよ。」

レポートには、ある人物の名前が書かれていた。

「メアリー・フォン・フランケンシュルト?」

  人事部長の顔が、にわかに狼狽した。

「そう、元・ドイツ医科大学脳外科の教授であり、臓器移植の一人者でもあり、欧州医学協会を追われた、脳神経外科の天才ですよ。日本のマッドメディカリスト人浦狂児の恩師であり、あのフランケンシュタイン博士の縁者でもある、フランケンシュルト教授ですよ。そして、あなたと、あなたの上司である常務が、欧州視察の折に大事故に遭ったときの担当医でもありましたな。」

「それが?」

「ほう、しらばっくれる気ですか。」

「なんです。確かに教授は存じ上げていますよ。それがどうしたのですか。」

「そのレポートにも書いてあるとおり、あなたと、常務は、欧州視察の折に事故に遭われた。そして、シュタインベック教授の治療を受けた。」

「確かにうけましたよ。それが、どうしたのですか。」

「どんな、治療を受けたのです。」

「どんな問い割れましても、わたしは、医学の知識がないもので、どう説明すればいいかわかりかねますが。」

「トボケなくてもいいよ。岩崎部長、いや、早乙女めぐみさん。あなたは、T医科大学を出ている。そして、この計画の立案者でもある。」

「わたしが、早乙女君?このわたしが、女性に見えるかね。」

「いや、今のあんたは立派な男性だ。しかし、頭の中身は女性だよ。32歳のね。」

「なにを馬鹿なことを、一度病院に行ったほうがいいのではないかね。」

「それじゃあ、あんたもいっしょに行こうか。精密検査をすれば以上が発見されるだろう。脳と肉体のDNAが違うことがね。」

「なにを根拠にそんなことを言うのかね。」

「根拠?根拠は、帰国後のあんたと常務の行動だよ。それと、あんた達が事故に遭ったときの地元の新聞記事と、カルテのコピーだ。ドイツ語も理解できるあんたには説明の必要はないだろうが、ここは静かに聞いてもらうよ。あんた達は、2年前、欧州の福祉施設の視察に行った。表向きは、会社の福祉施設の改善だった。だが、本当の目的は、常務のバカンスだ。そして、腰きんちゃくの人事部長も付いていった。その時、二人の女性も一緒だった。ひとりは、常務秘書の立花かおる、もうひとりが、通訳兼任で当時、ドイツに駐在していた早乙女めぐみさん、あなただ。」

「まだそんなことを言っているのかね。」

「まあ、怒らずに聞いてもらおうか。あんた達は、ドイツのフリーウェイで事故を起こした。そして、その時、同行していた女性二名は死亡し、あんた達は助かった。」

「そう、悲惨な事故でした。あの時、早乙女君が咳き込みさえしなければ、彼女達は死なずにすんだのですがね。」

「そう、地元警察の調書ではそうなっているがね。」

「違うとでも言うのですか。」

「そう、違う。運転していたのは、常務で、横に載っていたのは、部長だ。そして、後には、早乙女さんと立花さんが、後ろに乗っていた。常務は、自分のわがままから運転をしだした。早乙女さんや、立花さんは止めただろうが、部長が、押し通して、運転をさせた。」

「わたしが、そんなことをさせたというのですか。」

「あなたじゃない。死んだ部長だ。」

「わたしは、死んでいませんよ。こうして、ここに・・・」

「そう、部長は生きている。ただし、身体がね。とぼけるなら結論から言おう。あんたは、死んだことになっている早乙女めぐみさんだ。」

 部長は、一瞬ひるんだが、大声で笑い出した。

「なにを言い出すかと思えば、ばかばかしい。脳が入れ替わっているなんて、そんなこと出来るわけないでしょう。それに、あなたの言うことが本当だとすると、なにを好き好んで男の身体になりたがるのですか。」

「それが、おれが、言いたかったことだよ。今の世の中、女性の社会進出が進んでいるとはいいながら、まだまだ男性社会だ。女性だということだけで出世どころか仕事の評価もやはり低い。どれだけ、出来る女性でも女性は女性。男社会には、厄介なだけだ。だが、出来る男になれば話しは違う。出来る女性を、男に変えれば出世は思いのまま。仕事のほうもそうだ。だから、あんた達は、人間ドックと称して、だめな男と出来る女の身体を入れ替えているのだろう。だから、優秀な人材の女性がこの会社に入っているが、いつのまにかいなくなっている。」

「なにを夢みたいなことを言うのですか。そんなことできるわけないでしょう。」

「そうかな、このコピーによると、あんたと常務は、脳に損傷を受け、女性二人は、頭は大丈夫だったが、身体は、ぐちゃぐちゃだった。そして、おかしなことに、検死の際、女性二人の頭がなかった。いや、脳がなかった。あんた達の損傷の部分と取り替えるために使ったということだった。そして、その手術は、フランケンシュルト博士と一部のスタッフで行われた。それも、博士を含めすべて女性スタッフだった。」

「それだけの証拠で、こんなことを。たったそんなことで、だれが信じますか。」

「そうでしょうね。だが、これを、ライバル会社が知ったらどうなるだろうね。いや、マスコミに流してもいいですね。奴らは、ネタを探していますからね。騒ぎが大きくなったら、厚生省としても黙っていられないでしょうね。」

 部長は、テーブルの上のカップを手にとった。その手は、かすかに震えていた。

「これをどうします。」

 まだ、カップを手に持ったままだった。俺は、追い詰めたねずみをもてあそぶ猫のように、部長の顔色を楽しんだ。奴はどうしようもない。出す物出したらいただいて、これをマスコミに売る。何も、俺は、金をくれとは言ってないし、出すのはあっちの勝手だからな。俺は、出されたままのカップを手にとって、一口、口に含んだ。すっかり冷めていたが、猫舌の俺にはちょうどよかった。俺は、カップのコーヒーをブラックのまま飲みほした。

 しばらくするとどうしたことか、眠気が襲った。手からカップが落ちた。

「な、なにを・・・」

「よく調べたわね。あなたの言う通りよ。でも、それを調べたのは、あなたの後ろにいる助手の方でしょう。あなたの身体は、助手の方が使うわ。彼女、わたし達の計画に賛同してくれたの。そして、彼女の身体は、身体が不自由になった方が使うわ。」

「それじゃ、俺は、どうなるのだ。」

「つかえない部分は、捨てるわ。」

「さ、殺人を犯すつもりか。」

「あら、臓器だけを捨てても、殺人かしら。脳も臓器の一部よ。」

「の、脳は人間の本質だ。」

「でも、悪い臓器は手術で取り除くでしょう。あなたの悪い部分は、脳だわ。さあ、安心して眠りなさい。有効に使ってあげるから。それから、あなたの調査部分の欠損部分を教えてあげるわ。この計画は、わが社だけでなくほかのところでもすでに実行されているの。だから、あなたの計画は成功はしないのよ。」

 俺は、部長になった女と、助手の部屋中に響き笑い声を聞きながら深い眠りについた。2度と目覚めることのない眠りに・・・