躍進の職安

 

今年大学を出たけれど、いまだに就職先がなく、毎日ぶらぶらしていた。それは、受験勉強から開放され、一流大学に入ったのだからと、在学中からまじめに勉強せずに遊んでいたし、試験も落第しない程度にがんばって来た結果だ。と言われては、何もいえないけど。

何でもよければ、なくはないが、でも、好きな仕事に就きたいじゃないか。だから、俺は、職安や、リクルート雑誌を見ていたが、俺が望む職種の応募の少ないこと。俺は、この頃じゃあきらめかけてきていた。

と、そんな時、俺のパソコンに一通の見知らぬメールが届いていた。

『思い通りの仕事につけないで、焦っているあなた。あなたのお望みのお仕事に、すぐに就くことが出来ます。ご希望の方は、下記のアドレスにメールをお送りください。申込書をメールいたします。

ただし、一回に尽き、紹介料18万円をいただきます。』

希望の職に就けるのなら18万円なら、安い。それくらいなら、親も出すだろう。いつまでも、息子にぶらぶらされているよりいいからだ。

俺は、早速、メールを送ってみた。すると、30分で返事が来た。そして、俺は、申込書の記述を答えた。それは、まるで、アンケートだった。

「名前、年齢、性別、出身校は言いとして、家族構成、趣味、性格、好きなタイプ、恋愛経験等まで、記入させられるなんて、どうなっているのだ。」

怪しみながら、質問に答えるのが面白くなって、俺は、最後までいってしまった。

そして、申込書を送信した。

その夜、仕事から帰ってきた両親にその話をすると、烈火のごとく叱られた。オヤジは、『そんな金出せるか。』と喚き、お袋は、『あんないい大学に行ったのにこの程度なんて・・』

と泣き出すしまつ、だが、俺が、バックの会社の名前を言うと、二人の態度はがらりと変わった。

『あの会社がバックにあるのなら安心だ。』

『そうね、もしかすると、あの会社には入れるかも。』

その会社は、堅実経営で、着実に業績を伸ばし、社員も優秀なので有名で、今では、公務員以上の安定職といわれていた。

俺は二人の態度が気に入らなかったが、とにかく、金は出来たので後は連絡を待つことにした。

申し込みのメールを送った翌日、案内のメールが来た。それによると、今週の土曜日に、指定の場所にくるようにとなっていた。そこで、簡単な身体検査と、適能検査をすると書いてあった。土曜日には友達と遊びに行くことになっていたから、日時を変えようとしたら、いつの間にか、俺の後ろにいたお袋にばれて、土曜日に指定の場所に行くことになった。

指定されたのは、親会社の社員保養所だった。俺は、金と指定された着替えの入ったカバンを持って、その門をくぐった。

そこは、保養所というよりも、病院のような白いモダンな建物だった。建物の中は、明るく清潔で、ますます最新鋭の病院のようだった。

俺は受付を済ますと、ロビーで名前を呼ばれるのを待った。俺と同じように待っている人が十数人いた。みんな、俺のように若いやつらばかりで、女性はいなかった。ただ、集まっている連中は、ジャニーズ系や、ビジュアル系の美男子ばかりだった。年齢は、14.5歳から25.6歳といったところだった。俺も奴らに負けないくらいの美男子だ。

少しすると、俺の名が呼ばれ、薄いピンクのユニフォームを来た若い美人が俺を連れに来た。俺は、言われるままに付いて行った。

美人だが、俺好みじゃないけど、美男子の義務として一応お茶に誘うことにした。

「ねえ、キミ、名前なんていうの。よかったら、これが済んだら、お茶でもどうかな。」

古臭い言い回しだが、俺の容貌ならこれだけで大抵の子はOKだったが、彼女は何の反応もなかった。

「ここです。お入りください。」

事務的にそういうと彼女は、俺を部屋に入れて、さっさと去っていった。

「うふっ、振られたわね。」

声のするほうに、顔を向けると、そこには、超美人の女医さんがいた。

「彼女はだめよ。まだ成り立てだから。それより、あなた、そこに座って。」

女医さんは、俺を彼女の前の丸い椅子に招いた。彼女は、看護婦に成り立てて、仕事のことで頭が一杯なのだろう。それで、俺の誘いを理解できなかったのだ。そう考えながら、俺は女医さんの前に座った。

「あなた、かなりの自信家でしょう。わたし、そういう男スキよ。」

「はあ、どうも。」

面と向かって言われるとなんだか恥ずかしくなってしまう。

「そんな男が、変わるのが楽しみなの。」

「はあ。」

女医さんが言っている意味がよくわからなかったが、俺は、なんとなくうなずいた。

「どう、これが終わったらデートしない。君がどう変わったか興味あるし。」

変な女だが、美人だ、俺はOKした。

「それじゃ、ちょっとした検査があるから、この指示書通りに検査を受けてきてね。」

言われるままに、指示書に従った。検査は、本格的なものだった。CTスキャン、レントゲン、血液検査、身体測定、体力測定など、まるで、入社試験のようだった。一通りの検査を終え、女医さんのところに戻ると、そこで、問診を受けて終わりだった。

それらの検査が、昼過ぎまでかかったので、俺は、附設の食堂で遅い昼飯をとる事にした。やはり、保養施設だけのことはあり、値段が安く、ボリュームがあり、うまかった。満腹になった俺は、少し、表の芝生の上で休むことにした。晴れた日の日差しは、心地よく、俺はいつの間にか眠ってしまった。

「OOさん、OOさん。」

俺を呼ぶ声に目を覚ますと、案内をしてくれた彼女が立っていた。

「あなたの番ですよ。急いでください。まだお待ちの方がいらっしゃるのですから。」

せかされて、俺は、あの女医さんのところに戻った。女医さんは、笑いながら俺を迎えた。

「芝生で、眠っていたんですって、困った人ね。さあ、あなたの希望の職場をお聞きしましょうか。」

「え〜と、教師になりたいです。」

「もっと具体的に。」

「高校教師。」

「だからもっと具体的に。どこの教師になりたいの。」

「えっ、女子校に教師です。」

「だから、具体的にと言っているでしょう。どこの学校の教師になりたいの。」

女医さんはイラついていた。俺は、無理だとわかっている学校の名前を言った。

「聖ヨハネス女学園です。」

そこは、超有名校で、職員はおろか、ペット、親族、イチョウの木にいたるまで、女性ではないと、入れないところだった。そのうえ、美女が多いことでも有名だった。

「聖ヨハネス女学園ね。ちょうど、空きがあるわ。ここでいいのね。」

「はい。」

あたりまえのように言う、女医さんの言葉に俺は返事してしまった。男の俺が、絶対にはいれない学校なのだ。

「さて、それじゃあ、この中から選んで。」

そういって、女医さんは、数人の年若い美女の写真を映し出したパソコンのモニターを俺のほうに向けた。

「あの〜、これは?」

「あなたか、なるための女性の写真よ。男のままで、あそこの入れるとは思っていないでしょう。」

それはそうだ、でも、これらの女性に変装できるのだろうか?俺は疑問を感じながらも、ひとりの女性を指差した。

「この子ね。わかったわ。それじゃ早速、取り掛かりましょうか。」

そういうと、女医さんは、有無を言わさず俺に注射をした。打ち終わると、俺は眠気を覚えた。意識が朦朧として、どうしようもなく眠くなった時、女医さんが何かを言った。それが何なのかは、わからない。ぼんやりとして板からだ。俺は、そのまま深い眠りに就いた。

 

保養所の事務室で、親会社の人事部長と、保養所の所長が、雑談をしていた。若林豪に似た、人事部長が、かなり高齢の女性所長に、葉巻を勧めながら言った。

「先生、ここの、センターも軌道に乗ってきたようですね。」

「ええ、契約を結んだ企業も増えてきていますわ。」

「それもこれも、先生のお蔭です。」

「いえ、あなた方が、わたしに活動の場を提供してくれたからですわ。」

「ところで、所員たちの、仕事振りはどうですか。」

「ええ、変わる前と比べたら、格段の差です。やはり、なりたい姿になると、人間はりきるものですね。」

「がんばらないと、あとがない。」

「それもあるでしょうね。」

「でも、先生のお蔭で企業ばかりではなく、官庁からも問い合わせがきていますよ。優秀な人材を失わずに済むと。」

「そうでしょうね。必要なのは、肉体ではなくて、頭脳ですから。でも、かなり需要が増えているのでしょう。」

「ええ、わが社だけではまかなえませんので、こうした、職業案内を始めたのです。」

「これで、供給も完璧、その上、紹介料も入る。」

「わずかな物ですがね。でも、このシステム、海外からも問い合わせがあるのですよ。たとえば、中国や韓国。それに東南アジア。意外なところで、アメリカや欧州からも。」

「そう、それじゃあ、需要と供給のバランスも、インターナショナルになったわね。」

「ええ、これからも、これは伸びますよ。」

「ところで・・・」

所長は、部長に進められた葉巻を吹かしながら、つぶやいた。

「わたし、一ヶ月ほど休みをもらうわ。」

「え、どうされたのですか。」

「ちょっとね。今度お会いするときは、若返っているわよ。」

「先生も、いよいよされるのですか。」

「ええ、弟子達も優秀なのが育ってきたし、夫も了解してくれたので、思い切ってすることにしたの。今度お会いするときは、かなりハンサムになっているわよ。」

「やはり男性に。」

「ええ、夫は、女性になるのを了承してくれたの。だから、わたし達は、夫婦のままね。」

「それはおめでとうございます。これからもっと躍進するこのセンターの未来は、さらに明るいというわけですか。」

どちらからともなく、笑いがで、それは、センター中に響かんばかりの笑い声になった。