よしおかの仮面の世界

第一回 手塚治虫と石森章太郎

わたしは、手塚マンガは好きなのですが、マスクがらみのマンガでは、石森氏のほうがお気に入りなのです。石森氏のマンガに出てくる女性のほうがセクシーに感じるのもありますが、石森氏の画くマスク変装のほうが、マスクを被るシーンとか、脱ぐシーンがあるからなのでしょうね。手塚氏の作品も掲載時にはあったのかもしれませんが、コミックスになったときにはそのシーンは見受けられません。でも、石森氏の作品にはコミックスになってもちゃんと載っているという点があります。それと、意外と知られていないのが、手塚氏と石森氏の使用している変装アイテムにボディスーツがあります。手塚氏の作品にボディスーツが出てくるのは「鉄腕アトム・黄色い馬」の時に、アトムが人間に変装するためにゴム製のスーツをきる時と、「地球を呑む」に出てくる「デルモイドZ」です。そして、異性装に使われているのは、「刑事もどき エムレット」というミステリーマンガの女体の着ぐるみと、コミック化された時に削除された「地球を呑む」にしか出てきませんでした。

ところが、これが石森氏になると意外と出てくるのです。先にご紹介した「仮面ライダー」「鉄面探偵ゲン」「ゴレンジャーごっこ」「探偵ドウ一族」(この作品では、ボディスーツはメインアイテムになっています)、それに、短編マンガにさえ出てきます。これがマスク変装になると、まだ増えます。

手塚氏も初期の頃には仮面による変装(本当にマスクというよりもお面といった感じのものです)が多かったのですが、石森氏の場合は、中期以降にその数は増えていきます。

「なんだ。ボディマスクの出てくるのは四作だけじゃないか」といわれるかもしれませんが、私の読んだ作品が四作だけで、他にもあるかもしれません。マスク変装でよければ「イナズマン」「人造人間キカイダー」「多羅尾伴内」「009ノ1」「闇の風」「ロボット刑事」「大江戸緋鳥808」「オーとうちゃん」「変身忍者嵐」「新・変身忍者嵐」「GRナンバー5」等があります。

さて、ここで手塚氏と石森氏の作品に出てくる変装テクニックの違いは、同じ変装名人のその変装テクニックを比べてみるとその違いが出てくるでしょう。

手塚氏の変装名人といえば名前を挙げられるのは「七色いんこ」、石森氏では、「鉄面探偵ゲン」でいかがでしょう。

さて、この同じマスク変装の達人たちの違いはなんでしょう?

「七色いんこ」は、周りの人々を観客として、変装した相手を演じます。つまり舞台俳優なのです。でも、「鉄面探偵ゲン」は、変装した相手になりきりその場に溶け込もうとするのです。つまり変装した相手の分身です。この違いがわかりますか?

手塚作品での変装は、メイク変装が多いのです。それはまるで歌舞伎や舞台でのお約束の変装(それほど変わらなくても、別人として扱う)のような気がします。それは、「七色いんこ」でもそうです。彼は袋状のマスクを被り、それにメイクすることで別人になります。ところが、石森作品の変装は、他人の顔をコピーしたマスクでまったくの別人になるのです。これはスパイ映画などに出てくるお約束です。つまりこれは、二人の変装というものに対する考え方の違いなのでしょう。

手塚氏の場合は、変装をする過程を楽しむと言うことなのでしょう。自分の顔から徐々に別人へと変わっていく過程を楽しんでいるから、メイク変装を多く扱っているのです。その例として「火の鳥・太陽編」で、削除されたシーンがあります。掲載時には、主人公の坂東スグルが、姉のユリカに変装するシーンがありましたが、コミックスには削除されています。手塚氏は、そのシーンが必要ないと思ったのかもしれませんが、そのシーンでは、主人公は、胸パットを付け、腰にヒップを大きく見せるパンツをはき、腰を轢き詰めています。そして、メイクをし、人工声帯をつけて、声を出し、うっとりするシーンさえあります。ページで約一枚分のそのシーンは削除されています。これを描いたことで、手塚氏は満足したからのでしょうか?コミックスのほうでは、突然姉に変装したスグルが出てくるといったような唐突なシーンになってしまっています。変装過程を楽しむ手塚氏の作品からは、「地球を呑む」に出てきた人工皮膚「デルモイドZ」で見られたようなマスク変装は影をひそめていきます。

一方、石森氏は、「仮面ライダー・仮面の世界」の出だしのところでこう言っています。『人間は誰でも仮面を持っている。その仮面の下に真実の顔がある』と。そして「鉄面探偵ゲン・霊体殺人事件」では、『洋服や髪型をかえると気分がかわっちまうように―“変装”は顔やからだをかえるだけじゃなく“心”もかえられる・・・』と主人公のゲンに言わせています。

石森氏は、変装によって他人になることを楽しんでいたのでしょう。自分とはまったく違う人間になること。そのためには、別人の姿をコピーしたマスクが最適だったのです。

二人の巨匠が描く変装方法。その方法の違いは、二人の変装に対する考え方の違いがあったような気がします。変装の過程を楽しむ手塚氏と、変装して別人の生活を楽しむ石森氏。あなたは、どちらの変装がお好みですか?

 

 

参考文献

手塚治虫氏

鉄腕アトム・黄色い馬 (SUNCOMICS第10巻アトム対ガロン 朝日ソノラマ)

地球を呑む (手塚治虫全集全三巻 小学館)

刑事もどき・エムレット (HARDCOMIC山棟蛇(やまかがし) 大都社)

火の鳥・太陽編(火の鳥・太陽編全二巻 角川書店)

火の鳥・太陽編(野生時代掲載 火の鳥・太陽編第4回 角川書店) 

 

石森章太郎氏

仮面ライダー(SUNCOMICS 全四巻 朝日ソノラマ)

鉄面探偵ゲン(Shotaro World 全二巻 メディアファクトリー)

探偵ドウ一族(プレイボーイCOMICS 全二巻 集英社)

ゴレンジャーごっこ(Shotaro World 全二巻 メディアファクトリー)

イナズマン(SUN WIDE COMICS 全三巻 朝日ソノラマ)

人造人間キカイダー(SUNDAY COMICS 全六巻 秋田書店)

多羅尾伴内 (道草文庫 全四巻 小池書院)

009ノ1(SUN COMICS 全五巻 朝日ソノラマ)

闇の風(SUN COMICS 全二巻 朝日ソノラマ)

ロボット刑事(SUN WIDE COMICS 全二巻 朝日ソノラマ)

大江戸緋鳥808(Shotaro World 全一巻 メディアファクトリー)

オーとうちゃん (HIT COMIC 全二巻 少年画報社)

変身忍者嵐(SUN WIDE COMICS 全二巻 朝日ソノラマ)

新・変身忍者嵐 (St COMICS 全一巻 大都社)

GRナンバー5(スターコミックス 全三巻 大都社)