蜜柑味寒天汁奇談
我輩は、不自由になった手を使って、この実験の記録を残そうと思っておる。本来は、この記録は、我輩に賞賛と栄光をもたらすある発明の貴重な記録となるはずであった。そして、この天才を辱めた愚かなる女の屈辱の証ともなるはずだった。
「う?うぐぐぎぐ。うぐぐぎぐぐ」
「気がつきおったか。うるさいなぁ。またねむらせるか。いや、このまま実験を行うとするか」
我輩は、実験台の上に置かれたビーカーを手に取ると、うめき声のするほうに、歩み寄った。そこには、身体をイスの背に縛り付けられ、両手両足も縛り上げられ、口には、薄汚い日本手ぬぐいで猿轡をされた若い女が、身を悶えさせながら、うめいていた。
「お気づきか。お嬢さん」
我輩は、バカ丁寧な口調で、縛られた女に言った。女は、きれいに断髪した髪を左右に振りながら、首を激しく振って、猿轡を外そうとしていた。
「ククク・・・・さすがのお前も、クロロホルムの魔力には勝てなかったようだな。安心しろ。殺しはしない。お前がバカにした男の力を、お前に見せてやるだけだ。但し、お前を使ってな」
我輩は、恐怖に顔を強張らせる女を見ながらほくそえんだ。我輩の好意を無視し、我輩の名を汚した女の哀れな姿は、何者にも変えがたいものだった。
「グハハハハ・・・・ようこそ、我が奇跡の実験室に」
我輩は、言い知れぬ快感に高らかに笑った。
イスに縛られた女は、最近あちらこちらで見かけるようになった職業婦人で、科学雑誌の「最新科学」の記者だった。先日も、我輩の発明を、助手より奪ったものと糾弾したのだ。この帝国一の、いや、世界一の科学者にして、発明家たる我輩を盗人扱いするとは、妙齢で見目麗しき女人でなければ、許すつもりはなかったのだが、その美しさと家柄の良さから、我輩の伴侶にふさわしいと思って、今までは、言動を許していたが、この間、我輩の求婚を一笑し、その上に、我輩の容姿を嫌悪する発言をするにいたっては、許しがたく。今回の仕置きとあいなったわけだ。
「これは、助手の小野が、偶然に作った物で、飲んだ者同士の身体を入れ替えることのできる薬だ。直接、外気に触れると薬の成分が変化してしまうので、寒天に混ぜ込んであるのだ。これを、お前と私が飲むのだ。お前の嫌いな私の姿がお前のものになるのだ。ワハハハ・・・・」
我輩は、女の猿轡をはずし、ビーカーの中の寒天を飲ませようとした。だが、寒天が固まっており、女の口の中に流し込むことが出来なかった。
「ふふふ、バカね。そんな固まったものを、私に飲ませるつもりなの。それに、それもまた、人の発明じゃないの。この盗人」
「だまれ!この帝大薬学部教授の威光院正慶(いこういんしょうけい)の名で、学会に発表するから、認められるのだ。誰が、無名の学究者の発明などに目を向けるものか」
「いえ、すばらしい発明は、必ず世間に認められるわ。あなたなんかの名などなくてもね」
「うるさい!」
我輩は、霍乱用のガラス棒で寒天を崩すと、女の顔を掴むと、寒天を流し込もうとした。
「やめてよ。いや〜〜」
あばれて、なかなか流し込めなかった。我輩は、女の顔を数度殴ると、やっとおとなしくなった。
「手をかけさすな。さぁ、おとなしく飲んでもらおうか」
我輩は、女の口に、ビーカーの中の寒天を流し込んだ。
「うぐっ。あら、意外とおいしい」
「そうだろう。わたしが飲みやすいように蜜柑汁を混ぜてあるからな」
「ふん。これを作った助手の小野さんはどうなさったの」
「小野か。あいつは、眠らせて、犬と身体を入れ替えてやったわ。今頃は、どこかの見世物小屋で、自分の顔になった犬といっしょに出ているだろうよ。人面犬と、犬男としてな」
「なんてことを・・・怖ろしい人」
「なんとでも言うがいい。いまからは、お前が同じ目にあうのだからな。さて、お前のその高慢な顔でも頂こうかな」
我輩は、そういうと、ビーカーの中の蜜柑の寒天汁を一口飲んだ。
「あ、身体があついわ」
「私も熱くなってきた。効いてきたようだな。さあ、入れ替わるぞ」
我輩の顔が、特に熱くなり、まるで溶けるかのようだった。もぞもぞと顔の辺りを無数の蛆虫が徘徊するかのような感触とともに、目の前が暗くなった。と、その瞬間。女の叫び声がした。
「いや〜〜〜」
その叫び声は、やがてうつろな笑い声に変わった。
「あは、あはははは・・・・」
その声を聞きながらも、我輩には、なにがどうなっているのか、判断がつかなかった。我輩は、急に見えなくなった、我が目を触った。だが、そこには、目がなかった。イヤ、もっと奇妙なことには、顔中に毛が生えて、毛むくじゃらになっていた。
「どうしたというのだ。それに、妙にしゃべりづらいのだが、どうなっておるのだ」
唇のうごきがどうもおかしかった。さらに、顔を触っていると、顔の真ん中に、なにやらひだのようなものがあり、我輩がしゃべるたびにそれが震えた。
「どこと変わったというのだ。わたしの顔は・・・」
我輩は、さらに顔を探った。すると、顔が、敏感に感じ、熱くなり、よだれがたれてきた。口を閉じようにも、妙に締りが悪かった。
「どうなっているのだ。このままではどうしようもないな。また入れ替えるか」
我輩は、手探りで、女の顔をまさぐって、ビーカーの寒天汁を流し込んだ。そして、我輩も寒天汁を飲んだ。だが、妙に飲みづらいのだ。まるで、口が縦についているかのように・・・・
また、さっきと同じ感覚が、身体に広がった。そして、今度は、右腕が、熱くなり、腕が溶ける様な気がした。その感覚が治まると、腕の感覚が変わっていた。腕の感覚がないのだ。我輩は、残った左腕で、右腕の付け根を触った。そこには大きなふかし饅頭のようなものがあった。
「な、なんなのだ、これは。この感触は・・・・あ、あはん。た、たまらん。このやわらかさは、まるで女の乳房・・・まさか!」
自分の男根を饅頭のような形にして、右腕の変わりにつけたような感じ。それに、このさわり心地。入れ替わったのは、我輩の右腕と、女の乳房。このままでは、我輩は・・・・
我輩は、狂ったように、女に寒天汁を飲ませ、自らも飲んで、次々と女と身体を入れ替えた。何度目だったのだろう。我輩は、ついに視力を取り戻した。
取り戻した視力で、我輩が見たものは、そのおぞましさに気が狂い、よだれをたらしながら、笑い続ける女の姿と、女の陰部に変わった我輩の顔だった。そのようなおぞましき光景を見ている我輩の目は、左足についた白くしなやかな右腕の手の平にあった。
我輩は、このおぞましき姿を自ら消し去ることにした。股間より生えた女の左腕を使ってこの記録を記している。まもなく、この女とともに、我が身体を消し去るつもりだ。だが、そうなるとこの記録も消え去ることになるのだろう。それも、よしとするしかない。我輩の姿を人前にさらさぬためには仕方のないことだろう。生き恥をさらすよりはマシだ。それでは、諸君。さらばだ。
昭和×年7月12日 威光院正慶 記す
「て、お話なんだけど。なに考えているのだろうね。この作者?」
「作・よしおか か。変なことを考えるひとだなぁ」
「本当にね。でも、にいさん、ここのサイトには、いろんなゼリージュースが紹介されているんだよ。にいさんが、ボクが飲んだブルーハワイなんかもね」
「うむ、これは問題だなぁ。どこからこれらの情報が流れているのだろう?対策を立てなくてはいけないな」
小田利通は、弟の弘忠が、ネットで見つけたHPの内容を見ながらつぶやいた。まだ試験段階の「ゼリージュース」の情報が、かなり正確に物語の中で使われているからだ。それに、研究者として、自分の名に似た「小野俊行」とか、弟の弘忠にそっくりの「広幸」という人物が出て来ているのだ。そのうえ、共同研究者の彼女に似た人物さえも。
利通は、HPの名前と、アドレス、それに、そのHPの内容をコピーした。研究所の所長に報告するためにだ。
「HPの名前は、『Jelly Juice』。管理人は「tira」?「toshi9」?それと、アドレスは・・・・」
あとがき
変な話になってしまいました。ゼリージュースで、「ロシアンルーレット」出来ないかと思って書いていたのですが、気味悪い話になってしまった。
だめだこりゃ。次行って見よう!