7月3日・・・
未明から降り出した雨が雷を伴い、GM号は大荒れの大海を やや、危うげに航海していた。
航海士のナミをはじめ、全員が寝ずに一晩中大荒れの波と格闘をしている中、 真っ黒な空も多少は白み始め、夜が遠慮がちに明けてゆく。
やがて薄明かりが、強い光へとかわる中、 大海原は陽が昇るのと呼吸をあわせるが如くに、 少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。 一晩中働いたクルーも疲労の色をかくせず、 全身にうけた雨と海水で体温は奪われ、かなりの体力を消耗していた。
「もう、大丈夫ね・・・」 ナミがほっとして言葉をもらすやいなや、 「サンジ〜!!メシ〜!!ニク〜!!腹減ったぁ〜!!」 緊張がとけると、途端に空腹を訴える船長。 「よし、じゃあ温かいものでもつくるか。」 みんなの様子をみながら、身体に優しい滋養のあるスープでも・・・と メニューを考えながらサンジは厨房に向かって行った。 他のクルーもその後に続く中、一向に動こうとしないナミに気づいたロビンが声をかける。 「航海士さん、部屋に戻らないの?」 「・・・うん、心配だからもう少しここにいるわ。」 「ナミだって疲れてるじゃないか、休まなきゃダメだ。」 チョッパーがやや眉間にしわをよせ、船医として忠告する。 「ありがとう、でも、もう少し、海が気になるから・・・」 船医の忠告を頑なに拒むナミの様子を見ていたサンジが 「じゃ、ナミさん、メシの準備ができたら呼びにくるから、それでいい?」 「うん、ありがとう、サンジくん。」 普段はうっとうしいラブコックだけど、こういう時には その気遣いにほっとする・・・ 船室にはいっていくみんなを見送りながら、船の前方に視線を戻すと そこにはまだ一人、クルーが残っていた。
「ゾロ、まだ居たの?あんたも行きなさいよ。」 剣士はナミのほうをちらりと見たが、軽く無視して前方を見ている。 「ちょっと、ゾロ・・・聞こえてんの?」 疲れから多少イライラしながらナミが言うと、 おもむろにゾロは口を開いた。 「てめぇは、航海士としてここに残るんだろ? オレだってこの船を沈ませたくねぇ。 いつ何が起こるかまだわからねぇんだったら、 男手はいるだろぉがっ・・・」 『ごもっとも・・・』 ナミは今ばかりはいつものようにゾロとケンカする気にもなれず、 のろのろとミカン畑にあがり、先端に座りこみ、脚を両手で抱え、 ひざ小僧に頭をのせ、手すりの隙から油断ならない気まぐれな海を眺めた。 ゾロの大きな背中が、視界の邪魔をする。 『まぁ、アイツはちっとやそっとじゃ、くたばりゃしないわね。。。』 もう、勝手にして・・・と思いながら、ふと今日が自分の誕生日である事を思いだした。
誕生日・・・といっても、今まで何かあったろうか? オンナ盗賊をしていたから、海に出ている事も多かった。 さして記憶に残るような出来事はないが、 幼い頃に、ベルメールさん、ノジコ、村長さんが お祝いをしてくれたっけ・・・ 小さなオレンジケーキと風車、 誕生日プレゼントの、手作りのワンピース・・・
幸せな記憶と船の揺れが眠りを誘い、いつの間にかうとうとしていた。
次に気づいた時、ナミは強く逞しい腕と大きな胸の間にいた。 温かくて気持ちよくてなんだかとても安心で、しばらくぼーっと身をゆだねていたが、 意識をしっかり取り戻した途端、驚きのあまり勢いよく立ち上がった。 「な・・・な・・・何っっ!?」 見れば、ゾロがそこにいた。 「こんなとこで寝たら、風邪ひくぞ。」 「だ、だからって、ドサクサに紛れて何してんのよアンタはっ!!」 混乱してるナミに一瞥をくれただけで、ゆっくりと立ち上がったゾロは 腕組みをしながら言った。 「・・・海は、大丈夫そうだな。天候も安定してきたんじゃねぇのか?」 そして腕にしていたバンダナをほどき、ナミに突き出した。 「そんなもん、拭いておけ。」 「・・・エ?」 「拭いておけ、って言ってんだ。」 そういって、バンダナを目の前にひらひらさせる。 (何を拭くっていうのよ・・・)と言葉が出る前に、 頬を伝って落ちた、自分の涙に気がついた。 「!!!」 (あたし・・・まさか、泣いていた?) そぉっと頬をさわると、ずいぶん泣いていたらしいことがわかった。 そしてゾロが自分の事を心配して隣にいてくれた事、 身を案じて、暖めていてくれた事を理解した。
ナミは目の前のバンダナを手にとって、涙をぬぐった。 「これ、たまには洗いなさいよ。汗臭いわ。」 照れくささから思わず憎まれ口を叩き、バンダナをゾロに突き返した。 「チッ・・・本当にかわいくねぇオンナだよ、オマエは。」 ゾロは独り言のようにつぶやきながら、慣れた手つきでバンダナを腕に巻いた。
そこへサンジがご機嫌な様子で甲板に上がってきた。 「ナミすわぁ〜んっ♪」と大声で呼びながら、ナミを探している。 「ここにいるわ、サンジくん。」 声をかけると、サンジは満面の笑顔で振り返ったが、 ナミの隣にゾロがいるのに気がついて、途端にむっとした。 が、気をとりなおそうというかの如くに、ネクタイを直し、 ゾロを無視してナミのいるみかん畑まであがってきた。
「ナミすわぁ〜んっ!ナミさんをイメージして作ったケーキでぇす。 気に入ってもらえますかぁ〜??」 サンジの手には、想い出の小さなオレンジケーキが乗っていた。 (ベルメールさんのケーキより・・・ちょっと豪華だけど・・・) フルーツの乗せ方などはさすが海のコックだけあって、芸術的だ。 「うん、なかなかステキね。どうしたの?コレ・・・」 喜んでいるらしいナミの笑顔に大満足したサンジは、コホンと咳払いして言った。 「ナミさん、お誕生日おめでとう〜♪♪♪」 見てるこちらが恥ずかしくなるくらいのラブコックの笑顔が、 ナミのココロの奥、深く、深くに沁みわたる・・・。
−−−ザワザワとオレンジ畑が風に吹かれてさざめき、 むせかえるようなオレンジの香りにつつまれたとき・・・ 張り詰めていた緊張の糸、 クセになっている警戒心と言う名の高い壁・・・ そういったものが、こみ上げてくる喜びの感情の、大きな波に押し流され・・・ 堰を切ったように、ナミの瞳からは再び涙があふれだした・・・
悲しみを味わいつくしたものは、哀しいときの涙はでない。 が、人の優しさに触れた時・・・涙は、簡単にあふれだすのだ。
「あ〜ぁ、泣かしちまったな、クソコック。」 少しはなれたところで様子をみていたゾロが、ニヤリと口を開いた。 「うわぁ〜っ!!ナミすわん!泣かないで〜。。。 泣くなら、僕のこの胸で・・・」 “バキッッ!!” 泣きながらも、ナミの鉄拳はしっかりラブコックに命中し、 「泣き顔のナミさんも、強いナミさんも、だあぁい好きだぁぁ〜♪」 という雄たけびを招いた。
「何やってんだよ、サンジぃ〜!早くメシ〜!!」 と言うルフィを先頭に、船室からクルーが次々と現れた。 「あ、ナミが泣いてるっ!ナミを泣かせたのかっ??」 ウソップが声を荒げる。 「ナ・・・ナミ、お誕生日なんだから、泣くな・・・」 小さな声でチョッパーが言う。 「仕方ないわねぇ、どんなオイタをしたのかしら?コックさん。」 瞳を輝かせて、あおるようにロビンが言う。 「サンジ、お前度胸あんなぁ〜。ナミ、あとですんげぇ〜こわいぞ、きっと!」 ルフィが大声で言って、怒ったナミのまねをした。 それに興じて、ウソップとチョッパーが次々に真似をして、大笑いしている。 「・・・アタシが泣いてるのが、そんなに面白いっ??」 時折しゃくりあげながらナミが怒ると 「おもしろかねぇよ。早く始めようぜ、ナミのバースデーパーティ。」 フイに真面目な顔をして、ルフィが言った。
「・・・!!!」 驚いた拍子に、ナミの涙も一瞬止まる・・・ あらためてミンナを眺めると、そこには優しい顔・顔・顔・・・ 「ニシシ・・・ナミの誕生日、みんなで祝いてぇんだ。早く来いよ。」 そういってルフィは両腕を広げる・・・。すべてを受け入れてくれるかのように・・・。
(ベルメールさん・・・見てくれてますか? 私には今、誕生日を祝ってくれる、こんな温かい仲間達がいます・・・)
ナミは涙がこぼれないように・・・と、空をあおいだ。 そしてサンジにエスコートされ、ゾロに背中をおされ、甲板に降り立つ・・・
早く行こうぜ、と、全員から頭をこづかれながら、 幸せそうに笑い泣くナミを先頭に、一行は船室へ戻って行った。
いつの間にかあれほど立ち込めていた雲はどこかに消え、 一面にぬけるような青空が広がっている。 夏の太陽が強く照り付けると、ミカン畑は宝石のようにキラキラと輝きだす。。。
そんな様子を眺めながら、 「けどよぉ〜、メインがスープって・・・、どこがパーティ料理なんだ?」 最後尾のウソップが首を捻りながら、パーティ会場へと消えた・・・。
(了) 2003/7/13 written by NAO
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