*Happy Birthday Captain Luffy*

「どうしたんだい、ナミさん。今日はやけに沈んでるね」
デッキチェアに座りボンヤリ風景を眺めているとサンジが声をかけてきた。
その手には暖められたカップとポットが乗せられている。
どうやらサンジはナミにお茶を運んできてくれたようだ。

「別に沈んでるって訳じゃないのよ。ちょっと考え事、してただけ」
「そう? それにしちゃやけに憂い顔だったよ?」
そう言って少し微笑むとサンジはポットからお茶を注ぐ。
注ぐと同時にふわりと漂うその甘い香りにナミは思わず微笑する。
「バラね、これ。いい香り」
「今日のお茶にはバラのジャムを少し、ね。少しでもナミさんの心が和めばと思いまして」
サンジのそうした細やかな気配りにナミの心はふっと暖かくなる。

「ねぇ、たまにはサンジくんもお茶、付き合わない?」
「え? ナミさんが誘ってくれるなんて嬉しいなァ。んじゃ、ちょっと待ってて?」
そのままキッチンに引き返し、しばらくするとサンジはケーキを持って現れた。
「ナミさんとお茶できんなら、これくらいのサービスはしないとね」
サンジが運んできたのはナミの好きなオレンジタルトだ。
「いつの間に作ったの、これ? 今日食べたおやつとは違うわ」
「ナミさん、今日は夕方からずっと溜息吐いてたでしょ? だから夜、お茶の時に出そうと思って
夕食終わった後作ったんだよ。ホラ、女の子は甘い物食べるとみんな笑顔になるでしょ?」
ハイ、と言って差し出されたそのケーキはナミの為と言うだけあってその好みにぴたりと合っている。
「美味しい。サンジくんの作るものはほんとに何でも美味しいわ」
ケーキの甘さに微笑むナミの笑顔を見て、サンジは満足そうに頷く。
「やっぱナミさんは笑ってる方がいいよ。そのほうがずっと可愛い」
「そんな事言ってるとまたゾロが嫉妬するわよ? あいつに恨まれるのはごめんだわ」
「はは、あいつはもう何言っても無駄だからほっといてやって? 
あいつのあれはもう病気だからさ、いちいち気にしてたら俺は誰とも話せねェし」
「確かにそうだわ」
二人は顔を見合わせ可笑しそうに笑った。


「ねぇ、サンジくん…。サンジくんは不安になったりしないの?」
その質問にサンジは小首を傾げると不思議そうな顔をする。
そしてそのままナミの言葉の続きを待っているようだ。
「ゾロと付き合ってて不安になったりする事、ない? あいつって前だけ見て歩いてるじゃない?
置いて行かれそうな気分になったり、寂しくなったりしない?」
するとサンジはナミに向って柔らかく微笑んだ。
「あいつが振り向いて俺の姿を確認なんてしやがったら、俺は多分そっちの方が不安だ」
「どうして?」
「俺はあいつが前進する為の足枷になる気はねぇんだ。だから俺の事を気にして振り返ったりされちゃ困る。
あいつが前を見ながらそれでも俺の存在を感じてる事がわかるから俺はそれでいいんだ。
振り返らなくても俺がそこにいる事、あいつはわかってるから」


いつの間に二人の間にそんなに強い信頼の絆が生まれたんだろう。
サンジのその確信に満ちた笑顔がとても羨ましかった。


「羨ましいな…。私もそんな風に思える時が来たらいいのに」
サンジはナミの顔を覗き込むと柔らかく微笑む。
「あいつはナミさんを一番大切に思ってるのに、何がそんなに不安?」
「あいつが一番大切なのは海賊王になるっていう夢よ。私なんかちっとも見てない」
「ナミさん、俺はあいつがどれだけナミさんを大切に思ってるか知ってる。
あいつにとってナミさんはいつだって特別な存在だよ。不安になることなんてこれっぽっちもねぇさ」
「あいつ、いつだって船首に座って前だけ向いてるの。あいつはあそこで景色を眺めてるんじゃない。
誰よりも先に海賊王への航路を進んでいる事を確認するためにあそこでその道のりを眺めてるのよ。
私なんて…目に入らないわ」
そう言うと甲板でゾロと会話をしているらしいルフィの後姿に視線を送る。


ルフィの背中を眺める度に感じる、この疎外感。
まるで誰をも寄せ付けないようなその背中を見る度に泣きたい気持ちになる。
ルフィにとってナミはこの船の航海士でしかないかも知れない。
けれどナミにとってルフィは船長であるだけでなく大切な想い人でもある。

これまでルフィに何度かその想いを口にした事がある。
「私、アンタの事が好きよ」と。
その度にルフィは「俺もナミが好きだ」と言って笑った。
けれどその言葉には仲間としての想いしか感じられず、ナミはその度に切なくなる。

違う、違うと何度も叫びたかった。
私の想いは仲間としてのそれじゃない、と。
けれどそう打ち明けて何になるだろう。
それで二人の関係が変わる訳でもない。
距離が縮まる訳でもない。
適度に近く、けれど絶対的に遠いその距離。
その距離が縮まる事など、これからだってきっとない。


「明日、あいつの誕生日じゃない? 喜びたいの、一緒に。あいつが生まれた特別な日なんだもの。
でもね、本心では喜んでないのよ。凄く悲しいの。またあいつが夢に近づいた、って。
毎年あいつは少しずつ大人になって、夢にまた1歩近づくの。
あいつが夢に近づけば近づくほど、私なんて振り向いてもらえない気がして…悲しいのよ」

「ナミさん、あいつは前向きながら、ナミさんや周りの事もちゃんと見てるよ?」
「え?」
「あいつはちゃんとわかってるんだ。自分の夢を叶える為に、自分の力だけじゃ駄目だって事。
だから仲間を集めて、その仲間の為に時には命懸けで戦ってさ。
あいつは海賊王の夢、自分だけで見たいんじゃねぇんだよ。ナミさんや、みんなと一緒に見てェんだ」
「みんなと…一緒に?」
「そう。その中でもナミさんは特別なんだぜ? あの未来の海賊王の誓いの証を託される女性なんだから」
「誓いの証? あの、帽子の事?」
「そそ。さ、これより先はルフィに直接聞くといいよ。
ナミさんはもっと自分に自信持っていいんだぜ? 未来の海賊王の隣に立てるのはナミさんだけなんだからね」

ナミはそのサンジの言葉に苦笑する。

「……そんなのサンジくんの思い違いよ」
「だから。明日、もう一度聞いてみるといい。ルフィだって年に一度の誕生日だ、素直に答えるさ」


サンジくんの言葉はその料理と同じ。暖かくて優しい。
私はその言葉を信じてみたくなる。
明日ルフィにもう一度尋ねてみたら、二人の中で何かが変わる?
今はそう信じたい。
明日もう一度尋ねてみよう。
心からアイツの誕生日を喜べるように。


「ありがと、サンジくん。明日、頑張ってみる」
「大丈夫、きっとうまくいくよ。検討を祈る!」

そう言って敬礼するサンジに笑顔を残し、ナミは自室へと戻って行った。



***



「てめぇにしては考え込んでるじゃねぇか、ルフィ」
甲板に寝転んでいるとゾロが側にやって来て、ルフィの体を足で小突いた。
「別に考え込んでねぇやい」
そう言ってルフィはぐいっと帽子で顔を隠す。
「ナミの事…じゃねぇのか?」
そのゾロの言葉にルフィは思わず体を起こすと呟いた。
「…何でわかんだ?」
「いや、俺もあいつの受け売りだ。あのバカがてめぇの悩み聞いてやれっつーからよ」
「別に俺、悩んでねぇ。ただ、ナミが…」
「ナミが?」
「明日、俺の誕生日なんだって。そんでな、ナミは俺の誕生日が来ると悲しくなるって言うんだ」
「へぇ……」
「ゾロの誕生日の時な、サンジが言ってたんだ。好きな奴が生まれた日って特別だから、嬉しくなるって。
生まれてきてくれてアリガトウって思うんだって。でもナミ、俺の誕生日に悲しくなんだ」


夕方、船首に乗って海を眺めていると、ナミが側にやってきた。
「ねぇ、ルフィ。明日…アンタの誕生日ね」
「お? そうだっけか? んじゃ明日はサンジのメシでパーチーだなッ!」
ルフィがそう言うとナミは俯き、淋しそうに笑った。
「ナミ、何でそんな顔すんだ? お前笑ってる方がいいぞ?」
「アンタの誕生日が来ると、なんだか悲しくなるわ。でも明日は一応プレゼントも用意するし、祝ってあげる」
それだけ言うとナミはそのまま踵を返し自室へと戻ってしまった。
それからナミはずっと暗い顔をしている。
溜息ばかりを吐いている。

自分の誕生日の話題を口にした途端に笑顔をなくしたナミが心配だった。
ナミはいつも笑顔でいるのが似合う。
だから誕生日にもおめでとうと笑って言って欲しい。
プレゼントなんていらないから、ただナミの笑顔が欲しい。
けれどナミは悲しくなるのだと言う。
それはルフィにとっても悲しい事だった。
どうしたらナミに笑顔が戻るのか。
それをずっと考えているものの、その答えは一向に出ない。


「…何で悲しくなるんだ? あいつ」
眉根を寄せ首を傾げるゾロにルフィが上目使いに睨む。
「それがわかんねぇからここで考えてんだ。やっぱおめぇにもわかんねぇじゃねぇか」
「俺はナミじゃねぇんだ、わかる訳ねぇだろうが。そんなのナミに直接聞きゃいいじゃねぇかよ」
「…そっか。そうすりゃいいのか!」
ゾロは大きく頷き腕を組む。
「相手の気持ちがわかんねぇ時は直接相手に聞くのが一番手っ取り早くて済む。
ルフィ、お前ナミが好きなんだろ?」
ルフィはこくりと頷く。
「おう、俺はナミが好きだぞ」
「仲間としてじゃなく、あいつを好きだろ?」
「おう、きっとそうだ! お前らを好きなのとはちっと違う。もっと一杯好きだ」
「そんならこう、ナミをギュッと抱きしめてだな、お前が好きだってそう言やぁいいんだ。それで済む」
「そうなのか?」
「あぁ、俺の言う事を信じろ。サンジもそれで大体喜ぶからな、ナミもきっと喜ぶだろうよ」
自信たっぷりに言うゾロの言葉にルフィもなんとなくそんな気分になってくる。
「明日、そうしてやれよ。そんで万事丸く収まる。まぁ、検討を祈るぜ」
「そっか。そうだな。んじゃ俺、明日ナミをギュッとして好きだって言う。ありがとな、ゾロ!!」

そう言うとルフィは軽い足取りで船の中へと戻って行った。



***


その夜、見張り台の上でのゾロとサンジ。

「どうだった、ルフィの方は?」
サンジが尋ねるとゾロはニヤリと笑い頷いた。
「あぁ、お前の言った通り、ナミのことで悩んでやがった」
「だろうな。お前、うまくやったんだろうなァ?」
「俺はてめぇに言われた通り、ナミにちゃんと好きって言えって言ったぜ? それでいいんだろ?
お前の方こそうまくいったのかよ」
「俺の方に抜かりはねぇ。よし、これできっと明日はうまくいくな」
サンジは嬉しそうに微笑むとゾロに抱きつく。
「ルフィとナミさん、幸せになれっといいなァ。ナミさんが幸せなら俺も幸せだ〜ッ!」
「計画もうまく行きそうだし、あいつらの幸せの前に今から俺を幸せにする気、ねぇか?」
「んじゃ…一緒に幸せに、ナル?」
「あぁ、そりゃ願ってもねぇ」
二人は唇を寄せ、微笑み合った。



5月5日。
ゾロとサンジの計画が功を奏し、
未来の海賊王と美しき航海士の恋が実った記念日。