迷える神に、子羊の断罪と悪魔の慈悲を 自分のファミリーの屋敷も大概にして広いが、ボンゴレの屋敷はそれの比ではない、とディーノは思う。 ひとつひとつの部屋の広さもキャバッローネにある自室とはまるで違うが、それ以上に部屋の数と敷地そのものの広さが半端じゃない。 もう二十年もの間、数え切れないほどこの屋敷に訪れているが、未だに慣れないのだ。つまり、迷うのである。 部下が離れてしまったときが一番最悪だ。ディーノは三日ぐらいさ迷って、屋敷の中で遭難しかけたことがある。 自分を憧れ慕っていた弟分ですら流石に呆れて「今度からうちに来たときは、これ付けてください」と言って、主にボンゴレ幹部たちに支給されている発信機付きのピアスを手渡されてしまった。 キャバッローネは同盟内では第三勢力に過ぎないが、ディーノはボンゴレの中でもかなり優遇されている。 第一、第二勢力のボスよりも遥かに。 守護者と同等の、時にはそれ以上の特権を持っていた。 このピアスにしてもそうだし、ボンゴレのファミリーではないが、ディーノにはディーノ専用の部屋が宛がわれている。 ベッドはディーノの自室にあるそれと同じだし、枕もそうだ。調度品なんかもディーノの希望をよく聞いてくれたし、トイレやバスなどもほとんどディーノが自身で設計した。 ディーノはこう見えて、意外に几帳面だ。神経質の間違いじゃないの、とかつての弟子は言ったが、あくまでディーノは几帳面なのだと言い張る。 ミミズクの鳴く声を聞いて、そろそろ寝ようかと欠伸をひとつした。 コンコン。
部屋の戸が叩かれる音。 「入って来いよ。鍵は開いてるぜ、ツナ」
穏やかな声音で言ってやれば、遠慮がちに扉が開かれた。半分ほど開いた扉から、ひょこりと栗色の髪が覗く。
「えと…こんな時間に、すみません…」
ディーノはからからと笑って手招きをする。
「なんだぁ、ツナ。また、眠れねえのか?」
お風呂に入ったからだろう、まるで彼の気持ちを表すかのように、ぺたりと沈んでしまった髪の毛を撫でながら、ディーノは綱吉の額に、頬に、こめかみに、唇を這わせる。
「仕方ねえよな…恭弥が、あんな死に方したあとだもんな」
ディーノがその名を、その言葉を、絞り出すように紡いだ途端、ビクン、と綱吉の肩が撥ねた。
「まさか、恭弥があんな死に方、するとは思わなかったよ。お前を庇って、敵の銃弾に当たって…額を一撃だったな…」
ゆっくり、ゆっくりとその耳に囁きかける。 「ヒバリ、さ…っ、ヒバリさん…っ!」
見開いたまま瞬きを忘れた瞳から、涙がボタボタと落ちた。自責からか現実からか、まるで逃げようとするかのように首を激しく振ると、涙が飛び散る。
「恭弥のヤツ、最後にお前の名前を呼んだぜ。ただただお前の名前だけを。死ぬ、ホントにその瞬間まで、何度も何度も…」
綱吉は首を振る。 「おまえのこと、本当に…愛してたんだな…」
それが、引き金だった。 「ああ、あ、ヒバリさ、ん…っ、ヒバリさん、ヒバリさんッッ!!」
何で…。何で。何で! 何で!!
僕は絶対、君のためになんか死んでやらない。
そう言ったじゃないですか。
這いずりながら、抽象的な痛みでズキズキと締め付けられる己の身体を抱きしめて、綱吉は床を涙で濡らす。 「守護者、四人になっちまったな…」
ディーノはぽつりと呟いた。とても心痛に。その声は沈んでいた。ぴくっと、ディーノに縋りつく綱吉の手が震えた。 「ご、く…獄寺く…っヒバリさん、獄寺君、ヒバリ、さん…っ!」 俺が、殺した…と綱吉が声なき声で叫ぶ。
「そうだよ、お前が、殺したんだ」
ディーノの声が、自分を守って死んでいった、冷たくなっていった彼らの声と重なる。 「雨の守護者…山本つったっけ。アイツ、最近笑わなくなったよなぁ。スモーキン・ボムのやつが死んでから…」 ドクン、体中の血が沸騰しそう。
「次は、あいつを、殺すのか?」
弾かれたように、顔を上げてディーノを振り返った。 「ちが、う…そんな、こと……」
そっと、綱吉の頬を両手で包んで、視線を合わせる。 「あいつも、お前を守って、獄寺のところへ行けるなら、きっと喜ぶさ」
ディーノが優しく囁く。 「大丈夫。たとえ、雨のあいつがお前のせいで死んでも、霧のあの変態がお前のせいで死んでも、晴れの芝生頭がお前のせいで死んでも、雷の色牛がお前のせいで死んでも」
はっ、はっ、とまるで絶命の瞬間が近づくように、綱吉の息が荒くなる。肩が大きく跳ねて、どんなに息を取り込んでも吐き出しても、息苦しい。心臓が痛む。心が痛いからなのか。もう、分からない。
「俺だけは、おまえのそばにいる」
一瞬、綱吉の目が淡く輝いて、すぐにそれを振り払うようにぎゅっと目を閉じて首を振る。ディーノは綱吉の額に、鼻筋に、頬に、唇に、キスを落として、コツンと額を触れ合わせた。
「俺は、おまえを守って死んだりしねえ。約束するよ」 「ヒバリ…っ、ヒバリさん、も、そう言ってた…!」
でも、それでも彼は最期は綱吉を庇っていた。 「俺は、お前のためにゃ死ねねーよ。5千ものファミリーがいる。おまえだけじゃねーんだ、大切なモンは、よ」
すん、と綱吉が鼻を啜る。 「でも、お前が一番だ。一番、大事。だから、死ねない。俺の死んだあと、俺の知らないお前がいるなんて、耐えられねーからな」
ふにゃり、と綱吉の目尻が緩んだ。 「俺はな、ツナ。恭弥や獄寺みたいな、守護天使様にはなれねーんだ」
愛してる。
恥も外聞もなくわぁわぁと泣き叫んで、腰にしがみついてくる細い身体を抱きしめた。
顔をうずめた綱吉には見えない。 「お、山本。ンなとこにしゃがみこんで、どした?」
おどけた声が、かんらんらと笑いながら山本に声を掛ける。
「ツナのヤツ、泣き疲れて寝ちまったから、明日の朝までこのまんまでいいよな?」
潔癖です、と言って降参のポーズに手を上げるディーノに、山本は刀を抜いた。喉元に、鋭利な切っ先が突きつけられる。 「……」
山本の目が眇められる。 「俺を、殺すのか?」
子供の悪戯を見るような目。 「ワオ」
どこかで聞いたような口癖で驚くディーノを、山本は憎々しげに、同時に悔しげに睨んだ。 「俺を殺したら、ツナが悲しむもんな。賢明だぜ、山本」 くしゃり、と山本の頭を、綱吉にそうするかのように撫でた。山本がその手をはじく。 「まぁ、お前が、俺がいなくなったあとのツナを上手く慰めてやれるっていうんなら、殺されてやっても良いんだけどな」
そういったあとで、はっとしたように「あ、やっぱダメだ! ンなことしたら、キャバッローネのヤツらが路頭に迷う!」と必死に訂正する。 「お前なぁ、いくら相棒なくして悲しいからって、そんな顔でツナと向き合ってたら、そりゃああいつ立ち直れねーよ」
作り笑いのひとつやふたつ、できるようにしとけ? 「ッ、分かってるよ!」
昔は笑えたのに。笑い方を忘れたわけじゃない。でも、上手く笑えない。その原因は、獄寺の死でも雲雀の死でもない。 「なあ、山本!」
数メートル離れたところから、ディーノが思い出したように声を掛けた。 「おまえはいつ死ぬの?」
無邪気に、他意なく、まるで学校の先生に質問するかのような、そんな軽さで、明るく問われた。
「俺は死なねえ。ぜってえ、あいつを守って、俺も生きてやる!」
ちぇーと、小さく呟く声が聞こえた。 「恭弥も最初はそういってたけどな」
ディーノは独り言のつもりで、小さく呟いた。それでも山本の耳には届いてしまう。 「呼び止めて悪ぃな、山本。お休み、いい夢見ろよ」
ディーノが手を振る気配がする。 否、訂正。
今夜もきっと。 あれ?なんか、山本が最後にしか出てこないのに目立ってる気がする。 ディーノさんの役どころは獄寺君と了平以外なら誰でも良かったし、ヒバリさんの役どころは、山本でも良かった(獄寺君は譲れない)。山本の役どころはヒバリさんでもよかった。 でも、ディノツナが少ないなーと思ったので、あえてディーノさんにしました(そんな理由…)。 あとディーノさんにすると、少し意味合いが変わってくるので…。 (ちなみに、ディーノさんの役どころをヒバリさんにすると、ハマり過ぎて逆に怖いという事態に陥った) (ちなみに、ディーノさんの役どころを山本にすると、山本にケンカ売るヤツが誰もいなくなって本当に救いようがなくなる) (ちなみに、山本の役どころをヒバリさんにしたら、ヒバリさんが天使の如く真っ白な人間になりました。これはこれで面白かった) (しかしながら、ヒバリさんが生きて登場すると、否応無しにヒバツナヒバになってしまうので、ディノツナを強調させるために山本にしました)
ヒバリさんとか山本とか獄寺君なんかは、ツナが本当にマフィアが嫌で壊れてしまったとしたら、助けようとすると思うんですね。
でも、ディーノさん(とリボーン)は何があってもツナをマフィアに縛り付ける人だろうなぁ…と。 |