白すぎた無垢は、時としてどんな闇よりも暗い深淵に沈む。
これはその一例に過ぎぬ話。
雲雀は綱吉の首筋に顔を埋めた。相変らず甘い匂いがする。
噛み付くより先に、べろりと舐めた。雲雀は、飴玉もアイスもチョコレートも、最後まで綺麗に舐めとる主義だ。
この蜂蜜のような甘い身体を、舐め尽す勢いでれろりと舌を這わせる。綱吉が小さく声を上げて、くすぐったそうに身を捩った。
「全く、淫乱になったものだね」
「ち、がう…ン、う…だっ、て!」
「何が違うの。うそつきは嫌いだよ」
くすくす笑って、腰に手を回す。シャツをたくし上げて、片手で背中を撫で回した。
まだ人が神の御許にあったころ、そこには翼があったという。肩甲骨の飛び出た骨をこりこりと弄った。
それが綱吉は好きだ。いや、本人は「いやだ」とか弱い声で言う。だからこそ、雲雀はそれを止めない。
歯でボタンをはさみ、手を使わず、ひとつずつ器用に外していくと、日に焼けない真っ白なキャンバスのような肌が現れた。
…現れる、はずだった。
雲雀は目を瞠る。
「なに、これ…?」
鎖骨の下。服を着ていれば、よほど肌蹴ない限り決して見えることのない場所。赤い、痣のような痕。
雲雀はそれに見覚えがある。だが身に覚えがない。
何度も何度も綱吉の身体に、雲雀自身が刻んだものだ。口付けて、吸い付いて、幾度となくつけたものだ。けれど、これは知らない。
「あっ…」
綱吉が慌ててそこに手を当てようとしたが、雲雀がそれを阻む。
見たくもないのに、そこに目が釘付けになる。
何なの、これ…と雲雀がもう一度訊ねて、ようやくそこから目を離し、綱吉の顔を見ると、頬を真っ赤にして雲雀の視線から逃げるように顔を逸らし俯いていた。
「すみません…」
綱吉が謝る。
「誰にされたの? 僕が殺してきてあげるから、言いなよ」
雲雀は精一杯笑って―それはとても冷たい笑みで―、綱吉に優しく問いかける。
予想がつく。最近、雲雀のお手つきだと噂になった綱吉を、よく思わない人間は多くいる。
綱吉は普段、ひ弱だ。小動物だ。恐らく校内でも、いや、世界中どこを見渡しても最弱だ。
だから、雲雀に報復が出来ない分、綱吉にそのとばっちりが向かうことは充分考えられる。雲雀はそれを阻止できなかったことに舌打ちをした。
絶対、殺す。
雲雀がそう思っていると、綱吉がぎゅっと雲雀の服の袖を掴んできた。
首をふるふると振って、不安げな瞳で上目遣いに雲雀を見る。ああ、こんなときでも優しい綱吉。
そうだ。どんなに苛められても、どんなに虐げられても、それでも敵ですら庇う子なのだ。そんな子だから、綱吉は雲雀の想いも受け止められたのだ。
その優しさが疎ましい。
「ごめんなさいっ、怒らないで…! 俺、痕はつけないでって頼んだんだけど…っ」
雲雀は言葉を失くした。
何を言ってるの、君。
これは君を無理やり組み敷いて、もしかしたら腕を縛り上げたのかもしれず、嫌がる君の足を開いて、汚らしい肉の棒を大した愛撫も無しにぶち込まれ、君は痛かっただけじゃないのかい?
「ひどいことはされてないから、みんな、優しくしてくれたから…だから、怒ることなんてないですっ」
ひどいこと?
それはひどいことじゃないの?
みんな?
みんなって誰。
じゃあ、僕は誰に怒ればいいの?
「ヒバリさんのお陰で、いじめがなくなったんです。俺、ヒバリさんに感謝してます」
雲雀はキィンと耳鳴りがしてくるのを感じた。
この子は何を言っているのだろう。
声を弾ませて、ちょっと上気した頬で、うれしそうに、照れくさそうに言う綱吉の一言一言が、雲雀にとって信じられない。
「ヒバリさんの言うとおりにしたら、みんな優しくて…俺のこと、俺みたいなヤツのこと、好きだって言ってくれたんです。俺、そういうの今までなかったから、凄くうれしくて…」
えへへ、と笑って頭をかく綱吉を、雲雀は身体の奥底から震え上がって今にも全てを破壊しつくしてしまいそうな衝動等は裏腹に、酷く冷静な瞳で、いっそ全てを凍らせる瞳で、綱吉を見る。
綱吉はキョトンと首を傾げて、雲雀を見上げた。
「ヒバリさん…?」
そっと手を伸ばして、雲雀の頬に触れる。
冷たくて、鋭くて、殺意にも満ちた表情は、それでも綱吉の目には泣きそうだと映ったのだ。
具合が悪いんですか? と、本気で心配そうに訊ねる声に嘘はない。罪悪感もない。何も、ない。
熱を測るように額に当てられた綱吉の手を掴みあげて、後ろ手に捻った。
「い、た…っ!」
どさり、とその場に押し倒される。否、床に叩きつけられる。
背中に膝を押し付けて、ぐりぐりと弄ると、綱吉が息が出来ず痛みと苦しみに呻いた。
「へえ、優しくしてくれたんだ。それはよかったね」
「ひ、ヒバ、リ…さん…っや!」
ズボンの上から指で綱吉の蕾を刺激する。
それだけで綱吉は、たまらない、と言った声で、首を横に振った。
「ここで、いっぱい咥えたんだ? こっちも?」
掴みあげていた腕を離して、空いた手を綱吉の口に突っ込んだ。喉の奥の奥にまで指を差し入れると、綱吉が息を詰めて喉を鳴らすのが分かった。込み上げたものを飲み込んだのだろう。
「本当、淫乱だね」
「ひや…ひゃ、れす…!」
口に異物を突っ込まれて、上手く喋れない。けれど、それが拒絶の意であることだけは分かる。
行為の最中、綱吉は「いやだ」と繰り返してばかりいるけれど、それは羞恥と慣れぬ快感から逃げたいだけであって、本当の拒絶ではない。
それどころか、無意識の彼の誘い方だ。
だが、これは本当のそれだということが分かる。
「他の男には喜んで足を開くのに、僕にはできないって? 馬鹿いわないでよ。誰が君に教えてあげたと思ってるんだい?」
「ヒ…ヒバリさ…っ」
「分かってるじゃない」
ズボン越しに弄る手はそのままに、綱吉の唾液に濡れた手を首筋や胸元に這わせながら、雲雀はくつくつと喉を鳴らした。
雲雀は生来、自分に正直だ。楽しければ笑うし(人から見れば恐ろしいものだけれど)、気に食わなければ殴る(たとえ、その人に非があろうとなかろうと)。
けれど、雲雀は生まれて初めて、楽しくもないのに笑った。痛くて仕方がないのに、笑った。
「ねえ、どうしてほしい?」
「あ、う…ちゃ、ちゃんと、して…っ、やさしくして…ぇっ」
雲雀は意地悪なことを言うけれど、手だけは優しかった。気持ちよくしてくれた。
何でこんなに怒ってるのか、分からない。
悪くないのに。誰も、悪くないのに。
そう、誰も、傷ついてない。
「本当、メス豚よりタチ悪いんじゃない?」
「ひ、う…!」
既に立ち上がって蜜を零し、布をじんわりとしめらせている睾丸を親指で押しつぶして、中指で蕾を弄る。
直接的な刺激のないもどかしさに、綱吉は泣きながら首を振った。
もっとちゃんとしてほしい。
イカせてほしい。
優しくしてほしい。
「や、やだ、こんな…いや、あ……」
ズボンがびちゃびちゃに濡れて、雲雀の手も糸を引き始めた頃、雲雀は漸く綱吉のズボンを引き摺り下ろした。
ホッと綱吉が息をつく。
ああ、いつものヒバリさんだ。ちょっと意地悪はするけど、気持ちよくしてくれる。こくりと期待に綱吉の喉が鳴った。
ぐい、と足を大きくM字型に開かれて、羞恥が沸き起こる。それすらも快感になることを、綱吉は知っていた。自然と腰が揺れた。
雲雀の手が、綱吉の先端を弄る。
「あっ、ん、ん!」
気持ちいい、気持ちいい、でもこれじゃ足りない。
もっと気持ちのいいことを、綱吉は知っている。気が狂うほどに気持ちよくて、天にも昇るほど幸せな瞬間を。
物欲しげな目で雲雀を見ると、雲雀は笑いもせずに、くっと喉を鳴らした。
ポケットからクリップを取り出す。先ほど、書類を整理していたときに、あとで片づけようと思ってポケットに入れていたものだ。
「な、に?」
綱吉の目に不安や恐れはない。
ただただ、雲雀に期待のまなざしを向ける。
雲雀は本当に暴力ばっかりで、冷たくて、恐ろしかったけれど、抱いてくれるときは優しくて、温かくて、心地よかった。ちょっと強引だけれど、それでも「好きだよ」と囁いてくれた。
雲雀のものを愛撫したり、キスをしたり、上に乗って雲雀を気持ちよくできれば、もっと優しかった。頭を撫でて、優しい口付けをくれて、「いいこだね」と言ってくれるのだ。
だから、綱吉はもう雲雀が怖いとは感じなかった。
雲雀は楕円状のナルトを描いたクリップの針金を伸ばして、その針の先を綱吉のそそり立って蜜を零す先端に押し当てた。
ちくり、とした感覚も痛みには至らない刺激で、何をされるのか分かっていない綱吉は、気持ち良さそうに喉を逸らした。
その様が滑稽で、雲雀は口角を持ち上げた。ぐ、と指に力を込めると、ぬるりと濡れた先端の小さな穴に、クリップの針金がずるりと埋め込まれた。
「ひ、きゃあぁう!?」
綱吉が目を見開いて、びくりと背中を撥ねさせた。
あまりの衝撃に、何が起こったのか分からない。はっ、はっ、と息を乱しながら、恐る恐る激痛の走ったそこを見やる。
すると、ふるふると震えて蜜を滲ませながら自己主張する己のそこから、ピン、と銀色の針が突き刺さっているのが見えた。
その光景に、綱吉は唖然とする。
「あ、あ…ア、あ…っ」
何でこんなことするのか、されるのか、分からない。
雲雀を見上げると、雲雀は冷たく綱吉を見下ろしたまま、口角だけを持ち上げて笑みとも取れぬ笑みを見せていた。
綱吉のそこを掴んで、根元から絞り出すように上へ扱き上げる。そのたびに、中に埋め込まれた針金が僅かに振動した。
「あうぅ、い、たぃ…ひ、い…いっ」
「痛い? 冗談言うんじゃないよ、気持ちいいの間違いだろ?」
「だ、め…死んじゃう、しんじゃ、ぁふっ…」
「良いんじゃない? 気持ちよくて死ぬ、最高じゃない」
だって、ほら。
綱吉のそこは力を失わない。
どくどくと脈打って、針金の隙間から、蜜をぷつりぷつりと断続的に吐き出している。
空いている片手で、針金を掴む。それを見た綱吉が、ひっと息を詰めて、目を見開いた。
「やっ、ヒバリさん、それ、やっ、いや、いや…っ」
首を振って怯える綱吉に、雲雀は嘲りの言葉を浴びせかけて、ずるりっと音を立ててぎりぎりまで引き抜いた。
綱吉の悲鳴が迸るのがやまないうちに、また奥へ押し込む。時に回転を加え、蜜と混ざり合ってぐちゅぐちゅと音がする。
まるでそれは、雲雀が普段、綱吉を抱くときの腰使いのようだった。
「ひぃ、アーッ! やだやだ、ひど、あぐぅっ」
「こんなこと、誰にもされたことないでしょう?」
くすくすと雲雀が笑う。
何で、この人は笑うんだろう。綱吉は不思議でならなかった。
雲雀は思う様、綱吉のそれを弄び、先端が腫れてくるのを見て、ますます楽しげに笑った。
手を離す。綱吉は放心したように、ぜぃぜぃと息を零した。
「ヒバリ、さん…怒ら…ないで…っごめんなさ、いぃ…」
はらはらと泣いて、雲雀の身体にすり寄る。
雲雀の目がすぅっと細くなった。気温が下がったように感じて、綱吉はますます雲雀の不機嫌を身体で実感する。
どうすればいいのだろう。そう考えて、緩慢な仕種で雲雀の腰にしがみつき、ズボンのジッパーに手をかけた。
雲雀が何も言わないので、これで良いのだと思い込んで、雲雀のものを取り出して唇を寄せた。
いつもならば、これだけ綱吉を嬲れば雲雀のものはカチカチに硬くなっているはずなのに。
少しも反応していないそれに、舌を乗せようとすると、肩を蹴り飛ばされた。
「な、に…?」
ヒバリさんがいつも喜ぶようなこと、しようとしたのに…。
戸惑い気味に綱吉が見上げる。
「なに、はこっちのセリフだよ。誰のものとも知れないもの咥えた口で、僕の慰めようっての? 僕を病気にする気?」
雲雀がため息をつく。
肩を踏みつけた足で、綱吉のまだ針金の刺さって腫れたそれを踏みつける。凹凸のある靴底が、ぐりぐりと綱吉を刺激した。
「あぁあう、やああ、ア!」
ぶんぶんと首を振る綱吉は、何が何だか分からない。こんな酷くされる理由も、雲雀が不機嫌になる理由も。
雲雀は綱吉から離れて、革張りのソファに腰掛けた。背凭れに手をかけて、床に転がる綱吉を蔑む眼差しで見下ろす。
「優しくされたければ、ここから出て行きな。次はこれ、君の食いしん坊な下の口に入れるよ?」
何でもないことのように雲雀は笑みすら浮かべて言いながら、ひゅん、と音を立ててトンファーを振る。
綱吉は大きく目を見開いて、身を竦ませた。ガクガクと力の入らない足で立ち上がって、慌てて服をかき集める。
ズボンはしみが出来ていたが、そんなのは気にしていられない。手早く(といっても、雲雀の目にはのろく映ったが)服を着込み、綱吉は振り返ることなく立ち去った。
走るたびに、針金の仕込まれたそこに、激痛と崩れ落ちそうなほどの快感が同時に襲い掛かる。
雲雀は慌しく開き、重苦しく閉まる応接室の扉を見て、バタンと音がするのを聞いてから、天井を仰いだ。
涙が落ちるのなんか、嘘だ。
これが愛だったなんて、嘘だ。
きっともう、あの子はここへは来ない。
何が悪かったのだろう、と雲雀は誰を責めるでもなく、ただ本当に不思議で仕方がなかった。
タイトルのありえないほどの長さに、友達に「おまえの本領発揮だ」と言われました。照れたら「褒めてない」といわれました。
ヒバツナの初エロだなんてうーそさ♪………_│ ̄│○戻る