用意された選択はふたつ、許された選択はひとつ


――まだ、いいじゃねえかよ。

 って言ったら、

――ダメだ。

 って俺の元家庭教師様で愛しい子の現家庭教師様は、冷ややかに仰られた。
 いいじゃねえかよ、リボーン。だって、あいつ大学行きたがってたぜ。
 俺より優しくて、俺より意志を持ったあいつは、まだボスになるって決めてねえぞ。

――もう猶予期間は終わったんだよ。

 ああ、そうだな、お前はそういうやつだよ。
 おまえは誰より生徒を愛してて、誰より優秀な家庭教師で、誰より予定を狂わせない男だった。

 おまえはいつだって無茶苦茶で、逆らうことを許してくれない。
 俺にだって銃をつきつけるんだもんな。
 それ、実弾だろ?

 ああ、死ぬ気になれば、俺だって。





「ツナ。イタリアへ行くぞ」
「え……?」

 戸惑った声。
 ああ、そんなとこもカワイイなぁ、なんて思う俺は最低。
 でもアイツほどじゃない。多分。

「でも、俺…っ」
「猶予期間は終わったんだ」

 同じ言葉をなぞる。
 これは俺の意思じゃない。俺のせいで、この一番愛しい顔を歪めているわけじゃないんだと言い聞かせるため。

――ツナといたかったら、ツナをイタリアに連れて行け。

「俺といたかったら、イタリアへくるんだ」

――今までと同じでいいよ、俺は。
  俺がツナに会いに行く。

「………今までと、同じじゃ、ダメ、なんですか…?」

――キャバッローネのボスは暇なのか?
  いやだってんなら、

「俺は暇じゃねえんだ。嫌だって言うなら」

――もう、ツナには会わせない。

「もう、ツナに会いにこない」

――永久に。

「永久に、だ」

 信じられないものを見るような目。
 裏切られた、っていう顔。
 ごめん、ごめんな。リボーンには逆らえない。あいつは自分の生徒の扱いを、本人以上に知ってるんだ。
 おまえも、俺も、あいつの掌なんだよ。

――選択はふたつにひとつだぞ、ディーノ。

「選択はふたつにひとつだぜ、ツナ」

――ツナを幸せにするか、自分が幸せになるか。

「俺を幸せにするか、自分が幸せになるか」
「ディー、ノ…さ…ん……」

 引き攣った声。
 うん、さっき俺もあいつと喋ったとき、そんな声だったよ。

 何が選択はふたつにひとつ、だ。
 ひとつしか、ねえじゃねーかよ。

 つらいよな? 俺もつらいよ。お前の気持ち、分かるよ。
 こんなこと、おれ、望んでねーもん。
 俺はお前の好きにさせてやりてーもん。
 あいつが、逆らわせてくれねーんだもん。

 おれのせいじゃないよ?
 だから、そんなめでおれをみるなよ。

――強制はしない。ただ、おまえが、あいつのいない人生に耐えられるか?

「強制はしねーよ。ただ、おまえが、俺の居ない人生に耐えられる?」

――って、お前が言えば、あいつはイタリアへ行く気になるだろ。

 確信犯的笑顔。
 こ、ンの悪魔! …あー、死神か。最高のヒットマン。

「って、俺が言えば、お前はイタリアへ行く気になるだろ?」

 泣きそうな顔。
 好きだけどさ、そういう顔。
 できればベッドの中でお願いしたい表情だ、それ。
 だから泣かないで。
 笑顔で頷いて欲しいんだよ、ツナ。

――これは脅しじゃねえぞ?

 うん、そんなこと知ってるよ。
 何年の付き合いになると思ってんだよ。
 ちょっ、だから銃向けんなって。おまえのそれ、シャレになんねーから!

「これは脅しじゃねえよ?」

 傷ついた顔。
 俺から逸らされた視線。
 自分を抱きしめる細い腕。

 唇が引き結ばれる。
 ゆるく首を振る。
 拒絶は何? それは何?
 そんなに行きたくないのか?
 俺を拒絶してるのか?

「ツナ、愛してる」

 弾かれたように顔を上げたツナ。
 驚いた顔。嘘、って顔に書いてある。何でそんな顔するんだろうって不思議に思った。
 驚くことなんか何も無い。いつも、何度も言ってることじゃねーか。なぁ、ツナ?
 それとも、俺、まだ言い足りてなかった? だったら言うから。何度でも言うから。

 信じて。
 信じて。

 受け入れて?

「愛してる。愛してる。ほんとうに、どうしようもないくらい、おまえだけを愛してる」

 くしゃりと歪む顔。
 俺、何言ってんだろう?

「お前が来ないと、俺、死んじまう」

 口からするすると零れ落ちるアドリブ。
 リボーンの言ってたことを思い出そうとするのに、浮かんでくるのは愛の言葉。
 ツナがぎゅっと掌を握り締めた。

「脅しじゃねえよ?」

 緩く笑って、懐に手を入れかけた俺の手に、ぎゅっと絡みつく細い腕。
 首をブンブンブンブンと壊れたように振り続けて。

「……ディーノさん、俺、ディーノさんが好きです…っ」

 だから。

「イタリア、行きましょう…?」


 ぽろりと落ちた涙が綺麗。
 泣きじゃくって、声も手も何もかも震えて、唇も戦慄いてて、この世の不幸を全て見てしまったような顔をしている愛しい子に。
 俺はなんだか、うれしくてたまらなかった。



 おまえ、すげーよ。
 リボーン。



 実弾の込められた銃が俺の額に当たったとき、どうしてだろうな。目の前が開けたんだ。希望が見えた、って言うのかな。
 死ぬ気になれば、俺だって…って思った。

 死ぬ気になれば、俺だってお前を連れて行けただろうに、って。
 この一言一句は全て、俺の意思だった。
 リボーンが、俺の言葉を借りただけなんだろう?
 俺に、俺の願いを叶える言葉を用意しただけなんだろう?

 リボーン。
 お前を悪役にしてごめん。

 本当は誰より俺が、こいつをイタリアへ連れて行きたかっただけだ。
 本当は、誰より俺がこいつに愛されてるって、証明したかっただけ。



 なんて、俺のこの子への愛は、お前に都合のいい愛なんだろう。


「愛してるよ、ツナ」


 俺の唯一絶対のこの愛も、死神の名を冠す子供の掌で作りあげられたものなのだろうか。
 それなら、感謝しねーとな。



 俺の、最高の家庭教師様。

 へなちょこだった俺を、ボスにしてくれて有り難う。
 何も出来なかった俺を、強くしてくれて有り難う。

 愛を教えてくれて、有り難う。





END


うちのディーノさん、基本的に最低ですね(笑)。
多分、うちの攻め'sで一番酷い人なのは、ヒバリさんでも骸でも誰でもなく、ディーノさんです。
黒いとは言わない。酷いんです。

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