飛べない鳥の狂想曲
俺がそばにいれば文句ないでしょう、と言った彼は、本当に雲雀のそばを離れようとしなかった。
雲雀はいつもと変わらず、本当に変わらない態度で生活をしていたのだけれど、その変わらない日常の中に、綱吉の姿が紛れ込んでいる。
書類を常に持ち歩いて、雲雀の行く先々で場所を見つけては、邪魔にならないように仕事に勤しんでいた。
綱吉にとっても、雲雀の行動範囲に常にいる、ということを除いては、何一つ変わらない生活を送っていた。
護衛のために一緒にいるんだか、それともストーカーにあっているだけなのか、最早わからない。
けれども、綱吉も特に雲雀に関わろうとはしなかったし、言葉だって本当に必要最低限しか交わさなかったから、だから、雲雀は鬱陶しいと思うこともなかった。
ちょうど、雲雀が綱吉の護衛について一週間目になる日だった。
雨の日だった。
雲雀は昨年の決算の書類を挟んだファイルを読みながら、いつもの書庫へと足を運んでいた。
目が顔に二つついている以外にもあるかのように、ファイルに目を落としていても、障害物やすれ違う人たちをするすると避けていく。
その後ろを綱吉が追った。
雲雀は常に歩くのが早いので、綱吉は必然、小走りのようになる。
カツカツと規則正しい足音の後ろで、弾くような靴音がする。
「ヒヨコみたいだね」
「何がです?」
「君が」
雲雀はファイルから目を逸らすことなく、独り言なのか何なのか分からない声で呟く。
それまで沈黙だったから、お互いがいることすら忘れているのではないかというほどの沈黙だったから、綱吉はちょっと意外そうに瞬いて雲雀を見上げた。
雲雀はやっぱりファイルに目を向けていて、綱吉のことなんか眼中にも脳の片隅にもありませんという感じではあったが、綱吉の言葉は届いているらしい。
「だって、護衛ですから、そばにいないとダメでしょう?」
「誰が、誰の、護衛?」
「雲の方が、俺の」
「逆にしか見えないんだけどね」
「雲の方は、逆に護衛をぶん殴る人じゃないですか。守られるの、嫌いでしょう?」
「当然だろ。気色悪い」
クスクスと背後から含み笑いが聞こえるのが、気に食わなくて仕方がない。話しかけるんじゃなかった、と雲雀は後悔した。
後悔した、と言えば、そもそもこの護衛の話を引き受けてしまった、そのところから雲雀の後悔は始まっている。
別に鬱陶しいわけではない。何か困ったことがあるわけではない。不自由があるわけでもない。
ただ、居心地が悪いのだ。どうしようもなく。
なんというか、常に何かが絡みつくような感覚というか、何も変わらない生活のはずなのに、違和感があって仕方がない。
飽きたわけでも、鬱陶しいわけでもないから、契約破棄はしたくない。けれども、今すぐにでもこのボンゴレのボス様から離れたい気持ちで一杯だった。
流石に、寝るときは違う。
獄寺と山本なんかは、綱吉が寝るときでも部屋の横に交代で待機しているらしいが、雲雀はそんな面倒なことは御免だった。
そもそも、彼が勝手にそばにいるだけなのだから、雲雀は護衛をしているという意識はあまりない。
初日の夜に、まさか一緒に寝るとか言い出すんじゃないだろうか、と思っていた雲雀に、綱吉はただ手を振った。
「今日はお疲れ様です。また明日」
そう言われて遠ざかっていく背中を見て、正直、拍子抜けしたのを覚えている。
男同士だからいいじゃないか、と言われてしまえば、それまでだからだ。まぁ、殴るなり何なりして追い出すことは可能だけれど。
そういえば、彼のことはもう、数年近く殴っていない。いつからだろう、殴らなくなったのは。
あの頃は、ことあるごとに、何もなくとも、理不尽な理由で、理由などなくても、手元にトンファーがあれば殴ったし、トンファーがなくても手持ち無沙汰であれば殴った。
彼の歪む顔が好きだった。否、好きだったかどうかは分からないが、その顔を見れば何もかもがすっきりしたのだ。
「今日はお疲れ様です。また明日」
綱吉が手を振った。雲雀はそれには何も言わず、ただ「ねぇ」と言う。今将に踵を返そうとしていた綱吉は、キョトンと首を傾げて振り返る。そんなところは変わらないのになぁ。
「今日は疲れたから、殴っていい?」
理不尽な理由をつけて、許可を請う。しかし、雲雀のそれは、言葉の端に疑問符がつこうと、それは問いかけではない。脅迫だ。決定事項だ。
綱吉はそれをよく知っていた。
にこりと笑う。
「殴るより、殺し合いのほうが好きなんじゃないですか、あなたの場合」
「じゃあ、君、殺しあってくれる?」
「嫌ですよ。雲の方、手加減してくれないじゃないですか。俺、負けますって」
「そしたら死ぬだけだから、安心していいよ」
「ダメですよ。俺はここのボスだから」
ね、と小首を傾げて、微笑まれた。
それはどういう意味だろう、と雲雀は思う。もし、雲雀が綱吉を、ボンゴレのボスを殺せば、他の部下―特に他の守護者たちや、小うるさい家庭教師など―が黙っちゃいないだろうから、そういう意味を込めた脅しなのだろうか。
それとも、凄く遠まわしな勝利宣言か。
或いは、ただ殺し合いが純粋に怖いのを、隠したかっただけか。
もしくは、もしくは…?
その先が浮かびそうで浮かばなかったので、雲雀は黙殺した。
「それじゃあ、今度こそお休みなさい。また明日」
自身の思考に視線を揺らした雲雀に、綱吉はまたにこりと笑って手を振った。
雲雀はいつものように、何も言うことなくその背中を見送り、部屋の中へと戻っていった。
やっかいだった。
夜中に、う、と下腹部に違和感を覚えた。雲雀はその嫌というほど覚えのある感触に眉を顰め、ゆっくりとベッドから降りる。スプリングが軽くキシリと軋んだ。
この酷く憂鬱で、鬱陶しい期間の最後だというのに、それでもまだ微妙な違和感を残し続けるその生理現象に、雲雀はほとほとうんざりしていた。
ベッドの下の棚から箱を取り出して、そこからナプキンを取り出した。自室に備え付けられているトイレに向かって歩き出して、ふと足を止めた。
扉が、開いてる――?
寝る前に、閉めたはずだ。
ボンゴレの屋敷は、ファミリー全体で公共として使う部屋と数個の部屋を除いて、指紋認証のオートロックだ。防弾ガラスで出来た、窓の鍵でさえも部屋の持ち主以外は簡単に入ることが出来ない。
いや、それは違う。
ただ一人、部屋の持ち主以外で、自由にどの部屋へも入れる特権を持つ人間がいる。
この巨大なファミリー、ボンゴレを統率し、支配し、束ねる、ボスだ。沢田綱吉。
雲雀は不思議に思ってそっと扉の隙間から、外を覗き見た。
ちょこっとだけ扉を開くと、内開きの扉にあわせて、寄りかかっていた物体がコトンと倒れてきた。
案の定、というか、何故かというか、それは綱吉である。
「…………何やってんの、この人…」
雲雀は呟かずにはいられなかった。
倒れても雲雀が呟いても、起きる気配を見せずに無防備な寝顔を晒し続ける姿は、どう見ても常に危険に身を置くマフィアとは、それも世界一の規模を誇るボンゴレのボスとは、到底思えない。
扉の向こうに足を投げ出した状態で、雲雀の部屋に上体を倒して、すーすーと寝息を零す綱吉の顔を覗きこむように、雲雀はしゃがみこんだ。
その表情は呆れている。
すっくと立ち上がって、腕を組んだ。
「ちょっと」
「んー」
こつん、と靴先で蹴ると、ちょっと身じろぐ。
ぼんやりとした目が開いて、くるりと視線を動かした後、ゆっくりとその琥珀色の瞳が、雲雀を映した。
「あーおはよーございますー」
「寝惚けないで。何してんの、こんなとこで」
「寝てるんですよ、分かりません?」
「バカにしてんの? そんなことを聞いてるんじゃないよ」
ぐ、と雲雀は相変らず寝転がったままの綱吉の頭を踏みつけた。
綱吉はそれでもまだ頭がはっきりしないのか、舌足らずな声で「いーやー」と子供のように首を振った。
「だぁって、護衛はいつも俺のそばにいなきゃ、いけないんですよー」
「おやすみって言って別れたじゃない」
「あれは、毛布取りに行っただけですよ。流石に俺でも風邪引いちゃいますもん」
「…まさか、一週間、ずーっとここで寝てたわけ?」
「ニブチン」
咬み殺したい…。
雲雀は寝ている間も仕込んでいる、トンファーに手をかけた。
いつも以上に、言動が生意気なのは、寝惚けて自分の言ってることの意味をよく理解していないのか。
無意識であるならば、なお性質が悪い。
雲雀が睨みつけて、本当に殴ってやろうか、と逡巡している―そこで逡巡し踏みとどまるだけ、自分は成長したと雲雀は思っている―と、また綱吉の瞼がゆっくりと閉じはじめる。
雲雀はガツン、と後頭部を蹴り上げて、覚醒を促した。
「……ここで寝ないでくれる? いくら護衛が、つったって、ここにいるほうがよっぽど危険なんじゃないの?」
「…でも、一人じゃ、寝れない…っ」
ぽろ、と涙が落ちる。
雲雀が目を見開いた。彼の涙を見るのは何年ぶりだろう。
かつては、殴るたび、詰るたび、ことあるたびに見ていた彼の涙。そして弱音。
ぞくり、と雲雀の背筋に何かが駆け抜けた。
込み上げるもの抽象的な衝動を、ごくりと喉を鳴らして唾と一緒に飲み込んだ。
「……じゃあ、僕の部屋で寝たらいいじゃない」
「それはダメです」
「何が。どうせ君みたいな置き人形くらいだったら、ソファで充分寝れるだろ」
ベッドを貸す気はない。
綱吉はややしっかりした瞳で、雲雀を見上げた。
もう一度、ダメですよと呟く綱吉に、雲雀は眉を寄せて、ため息をついた。呆れと、渋々ながら、という表現が良く似合う、その吐息。
「男同士なんだから、気にすることないだろ」
雲雀は、当初の頃に綱吉に言われたらどうしようと思っていた言葉を、自ら言った。
綱吉が軽く目を見開いて、笑った。その笑みの意味が分からず、雲雀が怪訝そうに「何」と聞いた。
「女の子でしょう、雲の方は」
今度、目を見開くのは雲雀の番だった。
細い瞳をたっぷりと見開いて、綱吉の瞳より大きいのではないかというほど見開いて、当然のように言いのけた綱吉の顔を凝視する。
「いつ」
「え、隠してたんですか? だから俺、初めて会ったとき、グーで殴らないでスリッパで叩いたのに」
「グーで殴ったよね、一番最初」
「それで気づいたんですよ。結構焦りました。女の子殴るなんて初めてだったから」
かんらかんらと笑う、綱吉に悪意も屈託もない。
雲雀が、トンファーを握り締める手に、ぎゅっと力を込める。ふつふつと湧いてくるのは何だ。
最初から知っていたのか。
あのいけ好かない変態と戦って捕まった自分を助けにきたあの時も、リングを賭けて戦っていたあのときも、ボンゴレの戴冠式で守護者の一人一人に声を掛けたときも、仲の悪いファミリーを一人でつぶしてケガをこさえて帰ってきたあのときも、具合悪いんですかと聞いてきたあのときも。
いつも、いつも、彼は、そういう目で、分かっていて、全部。
屈辱感に似ている。桜クラ病に掛かったときに感じたあの気持ちか、あいつと戦って捕らえられたときに感じたあの気持ちか、それもある。
けれど、もっと。
もっと。
「バカにしないでくれる?」
最近、口癖のようになっているような、この言葉。
綱吉が首を傾げる。
そうだ、この男は、バカにしているつもりも、何もないのだ。本当にただ、ただ。
いつから、こうなったんだっけ。
雲雀はその頭蓋をトンファーで殴りつけた。
闇にまだ慣れきらぬ目では輪郭ぐらいしかつかめないから、実際どこに当たったかは詳しく分からない。
目とかにでも当たったら大惨事だな、とぼんやりと思う。
「っ、つぅ…」
側頭部を押さえて蹲る己よりも若干小さく細い身体に、雲雀は懐かしい昂揚感を覚えた。そうだ。
この動物を殴れば、こんなにも心地よかった。
全てから解放された。
それだけで生きている気になれた。
「来なよ。そんなところじゃ、君も熟睡できないだろ」
渾身の力で、腕を引き上げた。
綱吉は確かに強くなった。まともに殺し合いをすれば勝てないだろう、と雲雀は悔しいけれどもそれは認める。昔は、どんな天変地異が起ころうとも、彼にだけは勝てると思っていたのに。
けれども、純粋な力なら雲雀のほうが強い。それは生来、彼があまり努力をする人ではなくて、筋力を地道に鍛えることを怠ったからだ。
人を殺す力と、純粋な力は、違うものだ。
雲雀はその両方をも自分は兼ね備えていて、ボンゴレ10代目とかねてより呼ばれていた彼は、そのどちらをも持っていないのだと思っていた。いつからだろう、それが、間違いだったと気づいたのは。
部屋の中まで、ぐったりとした彼をずるずると引きずり、ベッドの上に放り投げた。
スプリングが激しく軋む。
「あうっ…」
「なっさけない声」
衝撃に小さく漏らした綱吉に、雲雀はそれを冷たく見下ろしながら、鼻で笑った。
彼がこちらを振り向くより先に、雲雀は綱吉の身体に圧し掛かった。
綱吉は不思議そうに、けれども殺気立たせた雲雀に怯えることはなく、ただただ不思議そうに雲雀を見上げていた。
腰をまたがれて、氷より刃より冷たく鋭い瞳を灯した顔が間近に迫っても、綱吉はじっと雲雀の顔を見ている。
それは白痴な子供のようだ。
「怯えてみなよ」
「何するんですか?」
「男がカマトトぶっても可愛くもなんともないよ」
首筋に顔を埋めて、べろりと舐めても、綱吉はちょっとくすぐったがるだけで、頭に浮かべた疑問符を消さない。
雲雀は眉を寄せた。
「分からないと、怖いものも怖くないです」
「…分からないからこそ、怖いものもあるんじゃない?」
ビッ、と服を破る。暗がりでも分かる。細くて、華奢で、とても世界最大のファミリーを束ねるマフィアのボスだとは思えない。
色こそ、雲雀よりは健康的だが、それでも同年代の同性である獄寺や山本と比べると、まるで違う。
少女のようだ、というのが雲雀の感想だ。これで胸があれば、誰もが疑うことなく女だというだろう。
見た目は細いけれども並の男よりも筋力だけはある自分より、よほど。雲雀は思う。
「貧弱な身体」
わざと嘲るように言う。
指を身体の線に沿って辿らせた。ピクリ、と小さく震える。それを見て、雲雀が笑った。
「何、感じやすいんだ。君のほうが女の素質あるかもね」
クスクスと笑って、カリ、と胸の突起を甘く噛んだ。
綱吉がひゅっと息を飲むのが分かる。
「…っ、なに、なにする、気ですか…っ」
怯えはない。
けれども、襲ってくる感覚に耐えながら、不思議そうに綱吉が尋ねる。否、先ほどとは違う。少し予想が出来たようだ。雲雀はそれを見て取って、満足げな表情をした。
雲雀の肩を押しのけようとする彼の手を掴みあげて、頭上で縫いとめる。女のクセに無駄にある身長と腕力、男のクセに必要以上に足りない身長と腕力が、不幸にも幸いした。
「何ってさ、男と女がベッドですることって、ひとつしかないじゃない?」
「ダメですよ…っ、だって雲の方は女の子です。俺、嫌です…っ」
綱吉が首を振る。
雲雀は目を見開いた。そして、次にはいつも以上に細くすがめ、肉食獣の眼差しで睨んだ。口元には、酷薄な笑み。
「ふぅん。君、もしかして、犯されるの専門?」
雲雀の言葉に、背けた綱吉の顔がカァッ、と赤く染まった。
それが図星であると、何よりも告げていた。
驚いて、意外に思って、けれども大声で笑い出したくなる衝動を抑えるのに、雲雀は必死になった。
意外なものか。
彼の周りにはいつも男がいて、時にボンゴレの10代目ボスとして、時に生徒として、時に弟として、時に友達として、時にそれ以上として、男どもは大切に大切に寵愛してきた。
時々現れる女は、蔑みたくなるほどにちんくしゃで、色気の欠片もないやつらばかり。そして、彼女らは悉く綱吉を「男」として意識しなかった。
雲雀自身だって、彼を「男として」「そういう対象として」見たことなど一度もない。
雲雀にとっての彼とは、小動物で、情けない少年で、恰好のオモチャだった。―――だった。
「じゃあ、もしかして童貞?」
雲雀は確信を篭めて問う。綱吉は答えなかった。けれども、雲雀は綱吉がなんと答えようと、もう分かりきっていた。
彼には愛人がいる。その中から妻を選べと彼の家庭教師は言うけれど、実際選べるはずがない。
だって、彼の愛人は皆、綱吉を愛してはいるけれど、それは全て「母性愛」だとか「ボスを慕う気持ち」に他ならないからだ。
雲雀は綱吉が愛人を連れて歩くたび、いつもそれを感じていた。
それに何より、あの過保護で過剰愛な連中どもが、綱吉に率先してそういうことを教えたとは考え難い。
「比べてみる? 抱かれるのと抱くの、どっちがキモチイイか」
雲雀が笑った。
そのとき、大きく目を見開いた綱吉が、唇を戦慄かせ、肩を竦ませて硬直した。カタカタとかすかに震えている。
ああ、この目だ。
ずくん、と僅かに血の滲む雲雀の下腹部のさらに下が、生ぬるく濡れるのを感じた。
どこまでも、昇りつめられる気分だった。
「あっ、んん――っ」
こんな甘い声が、自分の口から漏れるなんて、雲雀は知らなかったし、知りたくもなかった。
別段男が好きなわけでもなかったが、初めてでもない。どちらかといえば、こういうことは嫌いな部類に入る。
汚い、とか、怖い、などという初心な少女ぶるつもりはないけれど、気持ちが悪いのは確かだ。
あとが面倒なことは間違いないことを承知で、無責任にも男どもは中に出したがるし、いくつか場数を踏んだ男などは己のテクニックに過剰な自信を持って無茶をしてくる。男とはバカな生き物で、自分が気持ちよくなればなるほど「キモチイイだろ?」と同意を求めてくる。
そういう輩が雲雀は気持ちが悪くて仕方がなかった。それでなくても、身体の中に他人の異物―それも排泄にも使う部分―を受け入れるという行為自体が信じられない。
では何故、男をこの身体の中に受け入れたかといえば、それはまぁ一言で言えば「断るのも面倒」だったからで「あとから使える」からだった。
極力ゴムはつけさせたし(雲雀が言えば、大抵の男は―というより人間は―逆らえない)、ピルも欠かさず飲んだ。
その上で、暴力で言うことを聞かない男には、かわいそうな姫ぶって「あのとき、あんなひどいことをしといて…」と言う。
時には妊娠を偽装したこともあった。産婦人科は買収していたから、診断書は簡単に作れた。
女として生まれたことを疎んでいたけれど、使えるものは使わなくては損だと、雲雀は常々思う。
それがハサミであれ、拳銃であれ、他人であれ、己の身体であれ、命であれ。
今、自分は、この己を酷く馬鹿にした男に、制裁を与えているのだ。
好きでもない女に身体を好きにされ、男としての尊厳を壊されていくという、事実に絶望すればいい。
「く…っ」
綱吉が呻く。
案の定、歳の割りに淡い色をしていた彼のものは、雲雀の中でぴぃんと立ち上がっていた。雲雀が上下に動くたび、形の良いハリのある胸がぶるぶると激しく振動し、中でぐちゅぐちゅと愛液と精液とが混じって音がする。
雲雀には羞恥などはない。逆に綱吉にとっては酷い羞恥であるようで、うわ言のようにすすり泣きと共に「やめて」と繰り返した。縛り上げた腕は、少し赤く擦り切れていた。
「ふ、ぅ…! 止めて困るのは君でしょ、ね…あぁ…っ」
雲雀は切ない吐息を零して揶揄する。
頬が紅潮し、生理的な涙が出てくる。熱くて熱くて、気持ちがいい。
繋がったところから、蕩けていきそう。自分が自分じゃなくなる感じ。初めての感覚に、雲雀は酔いしれながらも戸惑っていた。
まるで処女のようだと思って自嘲した。
その妄想に拍車をかけたのは、綱吉をぱっくりと飲み込んだ花弁から零れ落ちる、蜜でも液でもない赤い線だった。
処女膜なんて疾うにないし、内部が切れたわけでもない。月に一度訪れる女の断罪の証しだ。
イヴがアダムを騙した罰だという、その力ゆえの苦痛。
今、自分はそれ以上の罪を犯しているのだと、雲雀は思う。それは背徳で、罪悪で、けれども恍惚で、快感で、愉悦だ。
「綱吉…ふ、ぁ…綱吉ぃ……っ」
初めてだったら、本当にどれだけ良かっただろう。
彼が抱く最初の人間が己で、己を抱く最初の人間が彼であるならば。
胸が締め付けられる。
男だったら、この身体を思う様、貫けただろう。
どんな声で鳴くのだろうか。もっと、と言ってしがみついてくるのだろうか。
ああ、悔しい。
そして、切ない。
でも、女だからこそ、この熱を受け入れられるのだ。
この快楽を、愉悦を、恍惚を、全身で受け止められる。この心のない繋がりを、非生産的なものにしない。
なんと言う、歓び。
そして、幸福だ。
なんだ、これは。
これは。
これは。
まるで恋のようではないか。
愛してる、綱吉。
「ひあ、ぁ、あ、んっ、ふぅ――――っ!」
雲雀は背を大きくそらし、大きく目を見開いて、足をぴんと突っ張り、絶頂に達しながら理解した。
ああ、愛していたのだ、この人を。最早、言えないけれど。
生まれて初めて、他人を身体に招き入れて、絶頂した。
「くっ…ぁ!」
ドクン、と身体の中で弾ける熱いもの。
流れてくる。雲雀はそれを全身で受け止めるように、こくりと喉を鳴らした。潤っていく気がする。からからになった自分の全てが。
意識が薄れそうになる中で、雲雀はうっとりと綱吉の顔を見た。いとしそうに、いとしそうに。薄らと笑みが浮かぶ。
「ヒバリ、さん……」
とさりと彼の上に倒れこむと同時に、ほとんど熱い息に掻き消された声で、綱吉が、呆然と呟くのが、聞こえた。
細い身体は、温かい。
ヒバツナなのかツナヒバなのか、非常に複雑なラインですが、一応「挿れられる側」はヒバリさんなので、ツナヒバと言い張る。次で最後。
エロはあるのに萌えはない、みたいな話で心苦しいです、ハイ。
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